このホームページでも、「榎本武揚伝」もしくは「榎本武揚」という仮題で
紹介してきましたが、この書き下ろし作品のタイトルが本決まりになりました。
「武揚伝」
たけあきでん、ではなく、ぶようでん、と読みます。
編集者とのやりとりでは早くからこのタイトルを使っていたのですが、
誰のことかわからない心配がある(それほどポピュラーな人物ではない)ので、
フルネームを使う可能性をずっと考えておりました。
ところが、編集者が、装画家の生頼範義氏に連絡を取ったところ、
生頼氏が言ったそうです。
「三文字の『武揚伝』のままでいいと思います。とても力強いタイトルじゃありませんか」
(生頼氏にはカバーの装画をお願いすることが早くから決まっていて、
原稿も全部読んでもらっていました)
完全に第三者である人物がそう言ってくれたことで、懸念はなくなりました。
タイトルは「武揚伝」、これで決定です。
校正にじっくり時間をかけるつもりなので、刊行は2001年5月です。
00/12/21
朝から吹雪。午後になってから、いよいよ激しくなってきました。
中央公論の編集者たちがやってくる予定なので空港に電話すると、
午前中の東京からの便は引き返したそう。
これでは無理だなと思っていたら、いま連絡があって、
やはり午後の便は欠航でした。
でも編集者たちは、きょうのうちに札幌まで飛んで、
明日、こちらに向かうとのことです。そういえば、前にも同じようなことがありました。
明日、吹雪が収まっていればよいけど。
外の吹雪はますますひどくなっています。外出も不可能なくらい。
でも、雨や雪に降りこめられるという感覚はきらいではありません。
むしろ、この季節の中途半端な曇り空の日よりも、
気持ちは明るく過ごせるような気がします。
きょうは音楽を聴こう、という気持ちになるのも、降りこめられた日です。
先日やってきた集英社の編集者は、わたしの仕事場を見て、
ここで聴くシベリウスは素敵でしょうね、と言っていた。
きょうのような吹雪の日には、たしかにシベリウスですね。
00/12/19
仕事場の表の公道には、「自発光式大型視線誘導標」なる照明設備が、
道沿いにずらりと設置されています。
吹雪や霧の日などに、ドライバーの視線を誘導する設備だそうです。
きょう、吹雪の中、あまりにもこの照明が激しく点滅するので、
たしかめに出てみたら、
照明の輝度がこれまでとは比較にならないぐらいに強いものになっていました。
ぎゃっとのけぞって、目を覆いたくなるぐらいの明るさ。
しかも点滅しています。ひきつけを起こしかねない強い赤いライトの点滅です。
仕事場の建築工事と同時にこの設備の工事がはじまり、
引っ越してきて唖然としました。
満天の星の夜だろうと満月だろうと、
空が暗くなると自動的にこの誘導標が点灯し、点滅する。
それでいて、日中の吹雪や霧には、まったく反応しないのです。
昨年春、わたしは、こんな無意味で無神経な設備は改善してほしいと、
北海道土木現業所の地元の出張所に申し入れました。
土木現業所の地元所長も、肝心のときに役に立っていないことを認め、
今年の春先からは改良工事がおこなわれました。
センサーを、空の明るさではなく、霧や吹雪、雨に反応するものに変えたのです。
これで天気のよい夜の無意味な点灯・点滅はなくなったと喜んでいたら、
ライト(LEDか?)の輝度も、いつのまにか上がっていたのでした。
この輝度は、パチンコ屋の照明以上です。
わたしには、ひとが耐えられる限度を超えた強烈さと見えます。
窓の外の、この強烈な灯りの点滅は、神経をさいなみます。
けっして誇張ではなく、拷問的です。
またしばらく、わたしはこの問題の解決のために悩み、
時間とエネルギーをついやすことになりそうです。
00/12/19
馬という動物は、飼う場合、犬ほどには手はかからないのですが、
でも生き物である以上、毎日それなりの世話は必要です。
新鮮な水を与えるのは、その最低限の部分。
今年から、酪農家が牛のために使うウォーターカップをという設備を、
馬小屋のそばに取り付けました。冬でも水が凍らず、水の補給もいらないという、
たいへん省力化のできる設備なのですが。
これが昨日、凍らないはずなのに凍結してしまった。
きょう、その設備を直していたら、栓の微妙な調節をするネジが折れてしまいました。
古いものをただでもらったものですから、鉄がかなり劣化していたのです。
この部分をそっくり取り替えねばなりません。
農協の資材ショップに行って注文しても、入るまでおそらく一週間。
届くまで、毎日バケツで水桶に水を足してやる、という仕事が復活してしまいました。
放牧地の中には沢が流れており、
当初は馬がここで水を飲んでくれることを期待したのですが、
水辺まで急斜面なので、馬はいやがっています。
斜面をパワーショベルでなだらかにすることも考えたのですが、
自然の地形にあまり手を入れてはいけないとも思い、やめたのでした。
でも、来年(雪解け後)は、これを真剣に考えたほうがよいかもしれません。
デリケートで高価な設備を入れるよりも、沢の水を飲ませる、という飼いかたのほうを、
最初から選択すべきだったと、いまなら思います。
00/12/15
北海道新聞読書ページ「私の選んだ今年の三冊」に、
つぎの三点を挙げました。
「ゴッホの証明」小林英樹、情報センター出版局
「東電OL殺人事件」佐野真一 新潮社
「20世紀冒険小説読本、日本篇、海外篇」井家上隆幸、早川書房
12月24日付け北海道新聞「ほん欄」に掲載されます。
00/12/12
集英社の編集者が三人、仕事場を訪ねてきました。
担当の引き継ぎと、小説すばるの連作の打ち合わせ。
ちょうどタイミングとしては、中央公論の書き下ろしの脱稿祝いをやるべきときです。
まだしていないと話すと、打ち合わせの前にまずそのお祝いをということになりました。
べつの社の編集者に、お疲れさまと言ってもらうのもうれしいものです。
集英社のみなさんが持ってきてくれた赤ワイン、おいしかったな。
脱稿したとは言っても、大直しがあるので、まだまだ先は長いのですが、
とりあえずひと区切りです。
00/12/09
業界関係各位に、業務連絡です。
仮題「榎本武揚」ようやく脱稿しました。2600枚を超えたと思います。
書いている途中から連載がはじまったことと、
1200枚ぐらいの予定が、書けども書けども終わりが遠のいてゆく状態で、
けっきょく二年がかりとなってしまいました。
最近新作が出ないじゃないかの声、ずきんずきんと胸に突き刺さって
おったのですが、これで胸張って言えます。
さぼってたわけじゃありません。
00/12/05
「馬のいる暮らしとナイフ」について、ナイフマガジンという雑誌の取材を受けました。
インタビュアーは、ガンマニアでも知られるマルチライター小峯隆生さんです。
仕事場のある土地の恵まれたアウトドア・ライフ環境などを自慢し、
戸外で写真撮影などしていたら、そこにひょっこり馬仲間のひとりが
馬に乗って訪ねてきました。彼は、自分の馬場で乗っているうちに、どうせならと、
6キロほど離れたわたしの仕事場まで、コーヒーを飲みにやってきたのでした。
雪をかぶった牧草地をわたって、馬に乗った訪問者が現れたのですから、
小峯さんやカメラマンは、驚くやら、喜ぶやら。
あまりにもいいタイミングだったので、わたしにとっても驚きだったのですが、
「この土地はこんなものです」と、まるでそれが日常の光景であるかのように
話してしまいました。わたしは、見栄坊です。
このインタビューは、12月26日発売のナイフ・マガジンに掲載(1月号か?)
00/12/04
高野孟氏の講演を聞きに、帯広まで行ってきました。
高野氏は、房総半島や十勝を拠点にして、
「生活空間の多重化」「半農耕・半電脳的生活」を試行しており、
そのような生活こそ、21世紀的な豊かさと言えるのではないか、と主張しています。
そのことをあらためて高野氏自身の口から聞いて、共感するところ大でした。
高野氏のお仲間で、帯広でレストランを経営する平林さんという方がいますが
このひとのご自宅を訪ねることができたのも収穫でした。平林さんのご自宅は、
帯広市内から四十分ほどの日高山脈のふもとの廃校跡です。
平林さんは、ここををそっくり改装して、馬や犬、ガチョウやニワトリを飼って、
暮らしているのですが、いっとき、離農農家跡を真剣に探した身としては、
この住宅の様子と、平林さんの暮らしぶりには、羨望を禁じ得ませんでした。
このところ、仕事に集中する、という言い訳で、少し出無精になっていました。
たまには腰を上げ、テンションの高い時間を過ごさねばと反省しつつ、
おもしろい人たちが集まっていた帯広から、仕事場にもどってきたのでした。
00/11/28
先日、NHKの「プロジェクトX」という番組が、マツダのロータリーエンジンを
二週にわたって取り上げていました。
一週目が、ロータリーエンジンの開発にたずさわった四十七人の技術者の苦闘篇。
二週目が、ロータリーエンジン搭載車がルマンで優勝するまでの栄光篇。
週刊ポストの連載が、いままさに主人公がルマンを知る部分に
さしかかったところで、偶然に驚きながらも、この番組を興味深く観ました。
番組の中で、関係者たちが異口同音に、このプロジェクトに関われて幸せだった、と
述懐しているのが印象的でした。
あの住友銀行の恐怖支配のもとでは、企業人としては
けっして幸福ではなかったろうと想像できますから、余計に。
製造業が日本から消えることへの危機感のせいか、
バブル経済への反省のせいか、
このところマスメディアでは、
「物づくり」の意義を問い直す企画が多くなっているように感じます。
日本がバブル真っ盛りの90年、「プリティウーマン」という映画が公開されました。
あの映画の中で、企業買収屋・解体屋のリチャード・ギアが、
物を作るひとびとの人間としての品位に次第に共感してゆき、
パートナーの弁護士にふと漏らします。
「おれたちは、何か作ったか?」
製造業再評価の流れというのは、
いま、日本人の多くが、同じ問いをみずからに発しているということなのでしょう。
00/11/18
昨日の朝、目覚めると、雪が降っていました。
降りだしたばかりのようで、仕事場の周囲の牧草地はごくうっすらと冠雪。
犬を放してやると、童謡の歌詞そのままに、
大喜びで牧草地の遠くへ駆けてゆきました。
それにしても、やれやれ、とうとう初雪です。
北国育ちには、強固に刷り込まれたひとつの季節感覚があります。
すべては、その年、根雪となるまでにすませておくこと、というもの。
根雪となると、事実上、新しいことを始めることもできず、中途のことは、
そこで中断、翌年の雪解けをまたないかぎり、何もできなくなるからです。
農作業のことばかりではありません。生活の、あるいは人生のほとんどの
ことについてそれが言えます。
書きおろしの完成、初雪には間に合いませんでした。
根雪までには間に合うだろうか。
昨日は、降る雪を見ながら、焦っておりました。
00/11/12