ひとりごと過去ログ(2000年10月から2001年7月まで)


『天声人語』7月12日
朝日新聞

今朝の朝日のコラム『天声人語』は、昨日のメジャーリーグ、オールスター戦の話題。
筆者はこう書く。
「その球宴は、働くべき人が働いて盛り上がった」
メジャーリーグを話題にしているのに、この筆者はどうしてまた例のごとく、
野球を「サラリーマン社会の暗喩」としてしか書けないのだろう。

以前から日本の『野球』のふしぎさについては多くの指摘があるが、
中でもアメリカ人がもっとも奇妙に感じるのはつぎの点だと言われてきた。

「PLAY」という言葉が、『野球』では「仕事」とか「働き」という概念に置き換わること。

イチローも佐々木も、あれは「働いた」のだろうか。
前日にイチローはインタビューに答えていたではないか。
「みなさんよりも、いちばんぼくが楽しみます」
イチローは、絶対に「働いた」のではない。

けっきょくイチローも佐々木も、日本のサラリーマンたちにとってはこう見えるのだろう。
彼らは子会社採用だが、優秀なので本社に認められて、逆出向となった。
本社でも彼らはめざましい業績を挙げて、本社のエリートたちに一泡吹かせている・・・。

でも、イチローも佐々木も、野茂も新庄も、彼らの魅力はなにより、
日本の会社社会を出ていった点にあると思うのだが。

01/07/12



『早乙女貢・古川薫対談』
日経新聞6月30日全面広告

7月4日には、早乙女貢氏『会津士魂』完結を祝う会、という集まりが東京であったのだが、
残念ながら欠席。ところがこの少し前の6月30日、日経新聞に、
福島の未来博と山口きらら博というイベントの合同全面広告が載って、
この広告上で、早乙女貢(作家なので、敬称略、会津出身)と、
古川薫(同上、山口県在住)が、タイミングよく対談しているのだ。
この手の広告にしては珍しく、ふたつの歴史観ががつんとぶつかった面白い対談だった。
これを企画した広告代理店のセンスはなかなかのものだ。

明治維新と戊辰戦争が話題なのだが、
対談の中で、ふたりはこう言う。
早乙女貢「(吉田松陰は)大変な忠義と誠実のひとだった。でも問題は、
弟子たちは功名心と利欲にかられて、松陰の真意を正しく受け継がなかったことです」
・・・
古川薫「ただ、戊辰戦争当時の彼らの行動原理、なぜ倒幕なのかということについては、
松陰の志とか時代認識にも合っていたと思います」
早乙女貢「その時代認識は、戦後の左翼思想と同じく、強引に作り出され、
公武合体の穏やかな改革をぶち壊して戦争へと持ち込まれてしまった」
・・・
早乙女貢「(明治維新は)権力奪取によるクーデターで、軍国主義への移行が証明しています」
古川薫「明治維新によって絶対主義専制政治の時代が終わったわけです。そこに注目するなら、
条件つきであっても革命の概念にあてはまると思います」
・・・
早乙女貢「世界のすう勢から言っても、封建制がそのままの形で続くことはありえないわけです。
にもかかわらず薩長土の下級武士層が急ぎ過ぎたために、多くの有為な人材を失う結果にも
なったし、禍根を残すことにもなった」
・・・

箱館戦争についてのあるムックの中で、榎本武揚がプロシア人ガルトネルに農場一千町歩を
99年間貸したことについて、「国土を切り売りしたのだ」とする解説を読んだことがある。
その筆者によると、賃貸契約は財政窮迫した榎本武揚の「あがき」だったというのだ。
しかし武揚は契約にあたって、農場で雇用する日本人は、
三年ごとに交替させてほしいと条件を出している。
つまり武揚にとって、ガルトネルの農場は近代洋式農業を普及させるための
研修機関という位置づけであった。
広さもたった3q四方である。香港島一帯を貸したのとはちがう。
で、あらためてその筆者の名を見ると、古川薫だった。
山口県人の歴史観はやはりこうかと苦笑した覚えがある。

この会津、長州を代表する歴史作家同士の対談、紙面上の雰囲気とはちがって、
その場はかなり熱かったのではないだろうか。

01/07/06



『小泉改革、どうする北海道』逢坂誠二
日本経済新聞6/29記事

また政治の話題、時事の話題。
このところ、ニセコ町長・逢坂誠二氏のメディアへの登場ぶりが目立つ。
人口六千人あまりの小さな町の若い町長だけれど、
その信念と実績、改革への志向が、明らかに「次の時代のリーダー」を予感させるからだろう。
97年の後半、わたしもニセコ町で半年、貸し別荘を借りて暮らしたことがあるので、
逢坂氏の言動にはひとなみ以上の関心がある。

この記事の中で逢坂氏は「小泉改革が、都市対地方というかたちで語られるのは不幸」と
語っている。一見、地方の保守政治家の改革反対の発言のようにも聞こえるが、
「国と地方の最初の取り分比率を変えることが本来の税論議」
「補助金制度を廃止せよ」といった主張は過激で、しかも説得力がある。

二十年ほど前だろうか、「社会党のプリンス」横路孝弘が北海道知事に当選したとき、
彼が言ったのは「静かなる改革」。しかし「改革」の部分はどんどん後退し、
静かになるばかりだった。最後は「政策の継続性」という言葉で、
それまでの自民党知事が敷いた路線の全面肯定である。
(政策の継続性を望むなら、選挙民は非自民の知事など選ばなかったろう)
彼の実績で思い出せるのは、サハリンの少年コースチャくんの火傷治療に協力したことくらいか。
その横路知事は、後継に道庁官僚出身の堀達也を指名、けっきょく北海道は、
この二十年間、「何も変わらない」ままに、横路・堀道政のもとで、衰退が進んだ。

政治家を、保守なのか改革のひとなのか、簡単に見分ける法。
主張を吟味するよりも、つぎのふたつにどう対応するかで、わたしは判断している。
(その人物が市民感覚を持っているかどうか、という点の試験紙でもある)
1、煙草を喫うのか喫わないのか。2、情報公開を基本的に是とするか反対か。
これに、もうひとつ、そのひとが時代とシンクロしているかどうかの判断。
3、PCを自分で使っているか。

この点で、逢坂氏はまちがいなく市民感覚をもった新しい時代の政治家である。
逢坂氏が北海道知事選に出るなら、わたしはすぐに応援団に入るな。
北海道の民主党は、おそらくは堀達也の第三期立候補を支援するはずだが。

01/07/01




東京都議選結果、各マスメディア


東京都議選は、自民大勝。
前回の衆議院選挙、東京では民主党が自民党の得票率を大幅に上回っていたけれど
今回は逆転された。しかし、小泉総理の支持率85、6パーセントということを考えると、
民主党は今回も13パーセント取ったのだから、意外に善戦したと言ってよいか。

民主党の鳩山代表が、構造改革はうちが元祖なのに、と嘆いているとか。
でも、そうだろうか。民主党の問題は、もはやまるで改革勢力だという印象が
なくなっていることだ。わたしはかねてから、日本最大の保守勢力は官公労だと
言ってきたのだが、その官公労出身議員を多く抱える民主党も、
すでに保守勢力になりはてている(例外的な個々の議員の名は挙げない)。

小泉人気とこの都議選結果は、それがもう国民的常識となったことの現れだ。
昨年来の各地方首長選挙でも、保守と相乗りしては連敗。
鳩山代表が何か発言するたびに、党内からばかばかしい反発が飛び出す(政策批判ではなく、
若造が何を言ってやがるんだ、というレベルのえらそうな非難)。
先の衆院選前には、北海道の旧社会党系議員たちが鳩山代表に
「総理になりたいんだったら、おれたちを敵にしないほうがいい」とすごんだとも報道された。
小選挙区制のもとでは、民主党は都市政党に純化するしかないのではないかと考えていたが、
小泉自民党が急速に都市政党化してきたいま、もうそれも手遅れだ。
民主党の役割も、たぶんもう終わったのだろう。

「愚か者の盟約」を書くために旧社会党の関係者・議員に取材していたときも、
あの党の保守体質が驚きだった。大半の議員にも秘書たちにも、
オールド・レフトとしての矜持、すら感じなかった。
ただの利権団体代表という印象だった(ということについては、
「愚か者の盟約」にも描写したとおり)。

政治がまたおもしろくなってきたところで、
「愚か者の盟約」の続編を書いてみたいとも考えていた。
でもその機会がくるのは、ずいぶん先のことになりそうだ。
少なくとも、旧社会党議員だった主人公・寺久保浩也のその後については、
まだとても、面白い物語につなげることはできない。
書けても、「悪戦苦闘の巻」だな。

01/06/25



「新宿・夏の死」船戸与一
文藝春秋


面識のある同業者の作品は取り上げない、という原則が音を立てて崩れているな。
船戸与一5作目の短編集。タイトルにある通り、舞台を新宿に限定した、いくつもの苛烈な
死をめぐる話が8本、一般には「中編」と呼ばれるであろうサイズで収まっている。
バイオレンスの要素に満ちてはいるが、これはやはり風俗小説集と呼ぶべきだろう。
その新宿風俗を切り取る船戸与一ならではの視線と技巧が堪能できる。
それにしても、これまで船戸与一が辺境に仮託して書いてきたテーマは、
いまや新宿を舞台にして書いても、まったく不自然ではなくなったのだ。
少し感慨。

01/06/24



「自由に至る旅、オートバイの魅力・野宿の楽しみ」花村萬月
集英社新書


オートバイ好きの著者による、オートバイによる旅についての、含蓄のある考察である。
メインのタイトルがいいな。ただ、大事故を起こして以来オートバイをやめた身から言うと、
著者にとってのオートバイは、かなり麻薬に近いものなのではないか。
一本打てばぶっ飛ぶよ、と勧められている気分なのだが、
わたしはそこまでの極限的なトリップは遠慮したい。
また、その極限の向こう側とこちらとを平気で行き来できるところが、
たぶん著者の著者たるゆえんなのだろう。
小説家が自分の趣味について語るという体裁をとってはいるが、
これは著者の(際立って個性的な)人生の基本姿勢についての宣言文としても読める。

01/06/24



「再現日本史・最後の五稜郭決戦、土方歳三、箱館に死す」
講談社

先々週、NHKが「その時歴史が動いた」で土方歳三を取り上げた。
ずいぶんタイミングよく、この週刊誌も土方特集。と中身を読んでみると、
タイアップだったようだ。土方を描く視点は一緒。最後の状況について
採用している証言も、同じ大野右仲のもの。キーワードまでテレビと一緒だ。
見出しにはこうある。「前進させよ、自分はこの柵にいて、敗走しようとする者を斬る」
新撰組時代の、恐怖の指揮官のイメージそのままである。
格好はいいが、古くて恐ろしいサムライ、というところか。

問題は、この週刊誌が取り上げている蝦夷共和国についての解説だ。
「民衆からは憎まれたサムライの『共和国』」という小見出しがすべてを物語っているが、
共和国はカッコつきである。「まぼろし」説なのだ。くわえて、本文にはこうある。
「榎本の蝦夷政権樹立自体が「ブラフ」だったのではという見方さえある。
内戦収拾のため、幕府軍総裁の勝海舟と事前に話し合い、
旧幕臣の不満分子だけを率いて形だけの『最後の戦い』を行ったのだという推測である」

この解説の筆者は、土方歳三を含めた3000人もの将兵が、
榎本武揚の大嘘にころりとだまされ、大八百長の戦争に生命を投げ出そうとしたと、
本気で思っているのだろうか。
この大嘘をつくために、武揚は戊辰戦争の開始のときから、
将来を見越して、八百長で主戦派を演じていたと言うのだろうか。
八百長戦争をするために、武揚は、古くからの友人や同志たちすべてをだましたのだし、
じっさいにそれができる男だった、と言うのだろうか。

またこのトンデモ説の前提には、武揚と勝海舟は、あうんの呼吸で話が通じる関係であったか、
勝が武揚に対してなにごとも指示できる関係であった、という事実が必要だ。
(じっさい、維新史で、武揚と勝との関係をそのようなものだと記すものも少なくない)

この週刊誌に出ている武揚の年譜では、武揚は長崎海軍伝習所で
勝の指導を受けた、となっている。これがそもそも大きな事実誤認。
勝は伝習所一期生で、教官ではない。入所では武揚より一期先だが、
二度留年しており、武揚のほうが早く卒業している。
勝自身は、三期の途中に、勝手に江戸に帰ってきている。
勝と武揚は、師弟の関係でないどころか、先輩後輩の関係でもない。
ましてや、武揚は勝に対してなんら人間的な共感も寄せてはいなかった。

だから勝は、武揚に対して何の影響力も持っていない。
八百長を思いついて武揚に実行させることなど、できたものではなかったのだ。

「箱館戦争八百長説」は、冗談以下のレベルの話である。
「再現日本史」、定期講読しているのだが、こんな史観で編集されていたとは不覚。

01/06/12



「天の川を斬る」
山田風太郎 文藝春秋

大久保長安を主人公にした奇想の小説。すごい、という評判だけは聞いていたが
やっと読むことができた。タイトルはこの後改題されていると思う。
ほんとにすごい。大久保長安をこのような人物として造形できる想像力に圧倒される。
この作品中の大久保長安は、十七世紀の日本人ではなく、
ほとんど十九世紀後半に生きるマッドサイエンティストなのだ。

ふつう歴史上の人物についての物語は、まず正伝と呼べるものが先にあって
それから異説がくるものと思う。でも大久保長安については、
わたしは山田風太郎以前に誰が取り上げていたかも知らない。
時代小説の評論集などでも、「山田風太郎による大久保長安」だけが、
語られていたような気がする。
大久保長安についてもっともポピュラーなものがこの奇想の小説だと、
あとに続く作家は、いまさら長安の正伝は書きにくいぞ。
どんなに趣向をこらしたところで、退屈なものになるのははっきりしている。

入手できてよかった、としみじみ思える一冊。

01/06/06



「田園生活の教科書」
斎藤令介 集英社

実用性は高い。「ホームセンター商品購入ガイド」とサブタイトルをつけても、
あながち中身とずれてはいない。
じっさいには「辛口のカントリーライフ入門書」とあって、たしかに辛口の文明批評が
散りばめられている。筆者の精神は、まるでアラスカ奥地で生きているかのような
雄々しさである。でも奥付を見ると、十勝地方の音更町の在住だ。
多くても30キロも走れば、確実にコンビニエンス・ストアがある土地のはずである。
この気構え、この雄々しさが必要なのだろうか? 
筆者の精神性の部分がちょっとうるさい実用書。
自戒の材料としよう。

01/06/06



「乳の河」
さかもと未明 文学界(文藝春秋)6月号

このひとりごとのページでは、原則として、つきあいのある
同業者の仕事は取り上げないつもりだった。
でも、このページはブックレビューではないのだし、
語りたい、という想いのある作品なら、ひとりごとの種にしてもかまわないか。
ということで、この作品。

前作は意外や私小説ではなかったので驚いたのだけど、
この作品は「坂上桃」という「官能を主題とした(女性)ルポライター」が主人公。
私生活を細かに知っているわけではないが、ディテールには私的な体験が、
かなりストレートに反映しているのではないか、という気がする。
官能と家族がテーマだけれど、性生活の部分も官能的というよりは、
むしろ痛々しい自己切開と読めて、エンターテインメントとは受け取ることが
できなかった。これは純文学。
メディアと手法を試行錯誤しつつ、
さかもと未明は、自己表現の極北をめざしつつあるのではないだろうか。

「文学界」なんて、久しく目を通したことはなかったが、同じ号に載っている
斎藤美奈子「『少女小説』の使用法」もおもしろかった。
わたしは、このひとの『妊娠小説』からはじまる日本文学批評の愛読者である。

01/06/06



「小さな農園主の日記」
玉村豊男、講談社現代新書

田舎暮らしをもう少し豊かにするヒントでも出ていないか、
と手に取ったのだが、まるで参考にはならなかった。
著者の生活はあまりにも華麗でお洒落だ。
また長野県東部町にあるという農園には、
ひと月のうちせいぜい十日程度しかいないのではないか。
日記型式のこの著書を読む限り、
著者は一年の大半を、東京で過ごすか国内外を旅行しているようである。
それに「小さな農園」とは言うが、なんと十人の「スタッフ」がいるというから、
この近所の乳牛300頭クラスの牧場よりはるかに規模は大きい。
これはもう大農場である。

そもそも長野県では、農家資格を取るのはそんなに簡単なのだろうか。
どのように農地法をクリアして農地を手に入れたか、そういう事情も
知りたいところだった。でもこれはきっと、ないものねだりなのだろう。
著者のべつの作品の中で記されていることかもしれない。

思いついた。著者の事業は、日本版マーサ・スチュワート、
という言いかたもできるな。

01/04/06



「迷宮学入門」
和泉雅人、講談社現代新書


あちこちの書評サイトで評判の一冊。そこで多くのひとが書いているのと同様、
「迷宮」と「迷路」とはちがうものだと、わたしも初めて知った。
本書は、クレタ島の神話に起源を持つ「迷宮」の定義、
もしくは確たる原理をすっきりと示してくれる。
それはじつに秩序整然たるものなのだが、
文献学的には、古代ローマ帝国時代にはすでに
「迷宮」と「迷路」(カオス的)の混同がはじまっていたという。
いけない。わたしもカオス的という意味で、「迷宮」という言葉を、
作品のタイトルに使ってしまったぞ(「ネプチューンの迷宮」)。

参考文献として、渋沢龍彦の著作や種村季弘の訳書が挙げられているが、
あちらはわたしの読書体験から完全に欠落している分野。もしかして、彼らの
読者には、この「迷宮学」の知識というのは常識だったのだろうか。

きょう以降は、わたしは「迷宮」と「迷路」概念との混同はせずにすむが、
「ネプチューンの迷宮」のタイトルのほうは、どうしようもないな。

01/04/05



「ダイエー、全店で顧客の声『お伺い』」
日経新聞3月28日記事

日経新聞の記事では、経営再建中のダイエーが、
全部で1万7000人の顧客の声を聞くというキャンペーンを実施、
品ぞろえやサービスなどの改善に取り組むことにしたそうだ。
いままで聞いていなかったのか、とひとり突っ込んでから、
そういえば、と思い出したことがある。

当地にあるダイエー系スーパーマーケットで見た事実だ。
いまはもうなくなったが、要望を投書してくれ、という
カウンターがあったことがあった。
このカウンターに「書き方例」として、つぎのような文面が記されていた。
「○○という商品はLサイズまでしか置いていませんが、ぜひLLサイズも
置いてください」

ふしぎなことに、このあとに「回答例」として、こんな文面が掲示されていたのだ。
「いつもご利用いただきありがとうございます。○○の商品にはついては、
当店ではLサイズまでしか取り扱っておりません。なにとぞご理解たまわりますよう、
お願い申し上げます」
(どちらの文面も、記憶に頼っている)。

「回答例」は、まるで回答になっていない。
また、わざわざこんな「回答例」を、お客に対して掲示するのも奇妙だ。
考えて、これはお店の担当者がうっかり、要望にどう回答するか、その店内用の
マニュアルをそっくり書き写して掲示してしまったのだ、ということに気づいた。

つまりダイエー系のスーパーマーケットでは、
お客の要望を聞くようなポーズは取るが、
相手にしなくていい、「回答例」のような返事だけ出せ、と指示されていたのだろう。
そうでければ、いまさら麗々しく、お客の声を品ぞろえに反映させる、
なんていうキャンペーンを実施するわけはない。その必要もないはずだ。

先日「ブランドはなぜ堕ちたか」を読んだせいもあり、だめになる企業には
それだけの理由がある、と確信するようになっている。
たくぎんがつぶれる前、店舗では「文書振り込み」の用紙がテーブルから消えた。
銀行員に要求しないと、出してくれなくなったのだ。
わずかな電信振り込み手数料までいぎたなくかき集めなければ、
資金繰りが厳しいというところまで追い込まれていたのだろう。
貧すれば鈍する。

今後はあのマニュアルも書き換えられるのだろうか。
どうであれ、ダイエーの再建も容易なことではないはずだ。

01/03/29



「ブランドはなぜ堕ちたか」
産経新聞取材班、角川書店


雪印と、三菱自動車、それに、そごうデパートの、危機管理、経営破綻を
取り上げるルポルタージュ。新聞の企画記事をまとめたものだ。

「堕ちた」理由を要約すれば、雪印は組織の弛緩であり、
三菱は組織の驕り(消費者不在)、
そごうは水島広雄というカリスマ経営者の暴走、
ということになるだろうか。
ふしぎなのは、弛緩も驕りも経営者の暴走についても、
その組織の内部には、これをただそうとする者がただのひとりもいなかったこと。
組合もまるで機能していなかったのだ。
つまりは、一種類の人間しかいない日本の会社組織の(ということは、
日本の社会の)、根本的問題だということだろうか。
日本の社会が、異論を唱えることができる風土にならないかぎり、
同じことは繰り返され、なぜ、という同じ問いもまた繰り返されるのだろう。

本書の取材陣は調べきっていないが、雪印の幹部が先日起訴されて、
そのときの報道でわかった事実がふたつあった。
ひとつ、食中毒発生の日の「役員会」は、
札幌・ススキノのスナックで開かれていたこと。
つまり、株主総会の流れで酒を飲みながら、対策が話し合われたということ。
また「株主へのあいさつまわりで不在」とされていた石川社長は、
「知人の女性宅を訪問」していたこと。
雪印は、あれほど説明責任を叩かれていたにもかかわらず、
警察の取調べまで、この基本的なふたつの事実を隠し通していたのだ。
北海道の酪農家には雪印を支持するひとは少なくないが、
やっぱりこの会社、応援してはならないのではないか。

この三つのケース、あまりにもばかばかしく、
何のサスペンスも人間洞察もない犯罪実話を読んだような気分だ。
本ではなく題材のせいなのだが、読後感はむなしい。

01/03/22



「映画のなかの現代建築」
飯島洋一、彰国社


視点はすごくおもしろそう。
こんな本が読みたかったのだと飛びついたのだけど、
取り上げられた映画の解釈については、やや釈然としないものがある。
もちろん、いくつもの映画の中に出てくるちょっと気になる建築について、
それがどこの何という建築であり、建築家は誰か、
それを教えてくれる情報は貴重なものである。
著者のことは知らなかったが、このひとは建築評論家なのだ。

著者は、アメリカ文化とアメリカ人の精神のありようを、
時代ごとに明快に区別して見せるが、この部分はあまりにも単純化しすぎだ。
しかもしばしば、矛盾している。
「アメリカの道徳心。それがまだ残っていた三十年代」
「何かが狂っていた時代(三十年代)」
「アメリカがどんどんと自身の精神の暗い深みにはまってゆく一九三十年代」
三十年代って、つまりどういう時代だと言っているのだ?

けっきょく著者は、映画に登場する現代建築から意味を過剰に読み取り、
そこから逆に映画全体を強引に解釈しているように思える。
「未来世紀ブラジル」とか、「リトルマン・テイト」についての文章では、
その手も納得もできるのだが、おおむね牽強付会という印象だ。
うまく決まれば、それも芸のうちではあるが。

01/03/19



「英語で日本語を考える、単語篇」
片岡義男、フリースタイル社

装丁が素敵でまず手にとってしまった。
黄色い表紙に、ひと目で平野甲賀のものとわかる文字。
サイズはおおよそ新書版なのだけど、一見、ペーパーバックのように見えた。
いまほかの新書と較べて見たら、中公新書や文春新書よりも五ミリほど細身。
ぴったりアメリカのペーパーバックのサイズである。
同時に気がついたけど、宝島新書もこのペーパーバック・サイズなのだな。
新しい潮流か。

中身は、英単語にまつわる軽いエッセイだ。
日常的にはよく使われるが、英語への言い換えにはとまどう表現を取り上げて、
いわば英語的発想法について語っている。
「体育会系の連中」とか、「ちゃきちゃきの」といった言葉もあるが、
全体では「新聞記事をよく話題にするひと向け」の読み物というおもむき。
飛行機の中で読むにはちょうど手頃な一冊だった。
じつは全日空の機内誌の片岡義男の連作短篇を読むのが、
飛行機に乗るときの楽しみのひとつだ。
最近、ほとんど全日空を使わなくなったので読んでいなかったのだが、
羽田に向かう直前にこの本を見つけて買ったので、
ひさしぶりに飛行機の上で片岡義男を読んだことになる。

この本の出版社は、はじめて聞くところだ。
奥付を見ると、所在地は世田谷区代沢。アドレスの最後に204と三桁の数字。
下北沢の集合住宅の一室ということだろうか。
女性中心の、編集プロダクションの雰囲気もある小さな出版社、と想像してしまう。
片岡義男のこのシリーズが続くといいな。

01/03/10



「歴史とはなにか」岡田英弘
文春新書


このところ、小説はまったく読めず、読書といえばもっぱら新書。
これも最近読んだ新書のうちの一冊。
著者は中国史と日本古代史の大家のようだが、これまで読んだことがなかった。
読んでみて、いままで自分の視野に入っていなかった理由がわかった

「日本書記」「古事記」の記述の信憑性をこてんぱんに叩くあたりは
痛快なのだけど、筆はかなり滑っている。学術啓蒙書の文章ではない。
モンゴル帝国が資本主義経済を世界に広めた、という主張など、
手形決済イコール資本主義という認識である。

著者は、民主制と共和制を、普遍性のない政治原理としてしりぞける
(著者の最も主張したいメッセージは、これらしい)。
その論拠として、「19世紀の国民国家の時代までは、地球上ではどこでもみな、
君主制か自治都市だったのだ」と記述する。
いっぽうで著者は、
「国民国家の成立まで、いまわれわれが考えるような国家はなかった」とも言っている。
「国家のない時代には、共和制国家はなかった」と主張されたら、
それはそうでしょうね、と反応するしかない。

そもそも歴史家が自説の根拠を語るのに、「どこでもみな」などと粗雑に記述してよいか。

全体にこの調子。刺激的な説を並べるが、
論拠の採用は恣意的、記述に矛盾が多い。

また、本書の「結論」なのだとして著者は書く。
「清朝時代までの皇帝の歴史も、国民国家になってからの中国の歴史も・・・
どちらも『悪い歴史』だ」
「どちらの中国史も、普遍性と妥当性を持つものではない」

だけど、「正史記述者の史観が偏っている」ということなら、
すべての正史がそうであろうし、
特異でユニークな歴史、と言っているのであれば、、
それはどの国・どの文明の歴史にだって、多かれ少なかれ言えることだろう。
中国史だけを「悪い歴史」と切り捨てることはあるまい。
それとも著者は、中国史ではなく、中国史・学を問題にしているのだろうか。

歴史啓蒙書の体裁をとったアジテーション、という本である。
きちんと読み通したことを後悔した新書。

わたしは、読んで腹が立ったときほど、その本についてひとりごとを言いたくなる
たちらしい。

01/02/13




「ソトコト」木楽舎
『特集、馬で癒されたい』

こういう雑誌があることを知らなかった。
書店でふっと「馬」という文字が目にとまり、手にとったら、いままで
読んだことのない雑誌。「地球とひとをながもちさせるエコ・マガジン」とある。
月刊誌で、もうノンブルは19。創刊されてからしばらくたっていたようだ。
エコ・マガジンとうたっているが、中身はけっこうお洒落(つまり消費的)だし、
主張がとんがりすぎてもいない。興味深い雑誌である。

この号の特集は『馬に癒されたい』というもの。
この中ではとくに林良博という農学博士のインタビューがおもしろいものだった。
林氏は、いま日本には12万頭しかいなくなくなってしまった馬の数を
50万にまで増やそうと主張しているのだが、
50万頭に増えるはずだ、という根拠が、
きわめて説得力のあるものなのだ(ごく短いコラムの部分だが)。
妙にうれしくなる主張だった。

ただし、『馬で癒されたい』とタイトルをつけた特集でありながら、
競馬に関連した記事が多いのは不可解。
この雑誌の編集者たちも、馬と聞いてすぐ競馬を連想するのだろうか。
わたしは競馬をやらないので、
競馬で『癒される』ひとなんているか、と思ってしまうのだが。



01/01/14



「ルネ上野桜木全面広告」総合地所・長谷工
日本経済新聞1月1日号



上野桜木の言問通り沿いに、総合地所と長谷工が、
高さ14階の高層集合住宅(いわゆるマンション)を建てようと計画している。
地元住民は、この計画に仰天し、
総合地所・長谷工に話し合いの場を持つように求めているが、
彼らは話し合いに応じようとはしていない。

14階建てのビルは、このエリアの景観を破壊する。
狭い言問通りに建つのに、車寄せのスペースも作らぬ設計だという。

話し合いを拒絶したまま、
総合地所と長谷工は、日経新聞元旦号に、このマンションの広告を出した。
広告紙面で、写真家・立木義浩が、このマンション建設に賛成する立場で、
このマンションのデザイン監修を担当している建築家、新津正昭と対談している。

新津「だから情緒が色濃く残っているんです。路地がまだありますし」
立木「写真を撮る側からすると、日本固有のものが一条の光のように残されている
嬉しいエリアです」

しかし、ふたりも認めるこの地区の風情を、
「ルネ上野桜木」なる高層マンションはぶちこわすのだ。

このマンションがこのエリアの景観を破壊することは、
当の総合地所・長谷工も承知している。
広告には、こんなコピーが記されているのだ。
「ランドスケープに、美的インパクトをあたえたかったのです」

わたしに言わせれば、それはユーゴ空爆なみの破壊的インパクトである。

この広告には、周辺景観の写真も、
これと組み合わせた建物の外観パースも、掲載されていない。
それが「美的」でないことがはっきりわかるからだ、と考えてよい。

わたしはこの地区に住むようになってまだ十年の新参者だが、
ここの風情とたたずまいがすっかり好きになっている。
寛永寺を中心にした寺町の趣と、下町の住宅街の雰囲気が溶け合って、
落ち着きと、ある種のなつかしさに満ちているのだ。
森まゆみさんが「谷中・根津・千駄木」というタウン誌で
この地区の歴史性と物語性を繰り返し語ってくれるおかげもあって、
近年、この地区を訪ね歩く観光客もずいぶん増えてきた。

でも、この町の景観もたたずまいも、偶然に生まれたものではない。
たまたま「残った」ものでもないのだ。
住民たちが意識的に創りあげてきたものだ。
住民がコミュニティのソフトウェアを守り、育て、
ハードウェア造りにも関係者が配慮してきたから、
その結果としていまのこの界隈のよさがあるのだ。

昨年は、谷中・三崎坂に計画された12階建てのマンションが、
住民と大京観光との話し合いで、6階建ての建物に変更となった。
(この運動と話し合いの過程は、街造りのモデルケースとして、
テレビのドキュメンタリー番組でも紹介された)

このエリアには、高層ビルを建ててはならない。
いまも7階建て、8階建てのビルがないわけではないが、
6階建てまでが、ぎりぎりの許容限度だと思う。
(ちなみに、このエリアで最も醜悪なビルは、
東京芸大・美術学部の8階建ての校舎である。
およそ芸術大学の施設とは思えぬ醜さだ)

総合地所と長谷工のやろうとしていることは、
地元住民が時間をかけて創り上げてきた価値の上澄みの窃盗であり、
そしてその価値そのものの破壊行為にほかならない。

日本経済新聞掲載のこの全面広告、不愉快を通り越して、
地元住民への挑発、とさえ感じられるものであった。

01/01/01


「スティーブン・キング、インタビュー」
月刊プレイボーイ、01年2月号



スティーブン・キングが99年の6月に交通事故に遭っていたのだという。
わたしはまったく知らなかった。月刊プレイボーイの今月号に、
そのスティーブン・キングへのインタビューと評論が載っている。
月刊誌で6ページの記事だから、かなり読みごたえがある。
この記事を読んで知ったが、
わたしたちは、もう少しでキングの新作を読めなくなるところだったのだ。
もっとも、わたしは「グリーンマイル」を最後に、
あとの新作は読んでいないな。
「キャリー」からはじまって、以来リアルタイムで読み続け、
最近まで読破率85パーセント以上(たぶん)、を誇っていたのだが。

この記事で初めて知ったもうひとつの事実。
キングは、「クージョ」を書いていたころ(1985年ころか)、
コカイン中毒だった、ということだ。
「クージョ」を書いた記憶が、そもそもまったくないのだという。
とすると、あの印象的な短篇、
夜中に小人たちが自分に代わってタイプを打ってくれている、
と妄想する作家の話が、これまたちがった意味合いを持ってくる。

キングの言葉の中で、自戒をこめてときどき思い出すものがひとつある。
「ぼくは毎日書く。誕生日とクリスマス以外、書かない日はない」
(うろ覚えなので、正確な引用ではない)
キングは執筆中毒だが、でも物書きはそうでなくてどうするのだ、と思うのだ。
おっと、そういえばきょうはクリスマス・イブか。

00/12/24



「ウェルカム・人口減少社会」
藤正巌・古川俊之、文春新書


いま日本の「少子・高齢社会」化が心配されているのだけれど、
本書は、それは社会の成熟化ということだ、と言う。
おそるるに足らずと、いちおうは元気づけてくれるのだが、
同時にやはりこれは、恐怖の警告書である。
年金が破綻する、ということは、著者たちも認めており、
2025年までにいまの既得権益維持のシステムは破産する、とも指摘している。
その点を考えると、やはり少子・高齢社会の到来は、
ふつうの市民にとっては、かなり恐るべきものだと言える。

北欧などと比較し、日本人の民度の低さも指摘している。
日本の構造改革はシステムが破産したあとにしかない、という認識は厳しい。
やはり、いちばんの問題はそこなのだろうな。
ロシアの年金生活の老人たちの様子が、ちらりと脳裏をよぎる。

00/12/19



「プロレタリア文学はものすごい」
荒俣宏、平凡社新書

タイトルは大いに問題あり。中身は逆なのだ。
かなり期待して読みはじめたのだが、
著者が「面白い」「ものすごい」と、評価するのは、
プロレタリア文学の定義にははずれる同時代の外国の幻想小説やSFである。
プロレタリア文学の定義に収まる日本の文芸作品については、
いくつかその表現の先鋭性を評価するものの、
おおむねからかいの調子ばかり(と読める)。

カバーには「それはとてつもなく面白く、豊穣な世界なのだ!」と書いてあるのだが、
最後のページで著者の出している結論はこうである。
「プロレタリア文学は、芸術至上をいえるほど質の高いものではなく、
また講談社系の大衆ロマンに勝てるほど大衆的なおもしろさをもたなかったのである」
「だから、誰もいなくなった」

面白いとも、豊穣だとも言っていないのだ。
それとも、これだけからかえるのだから「面白く、豊穣だ」ということなのだろうか。
でも、プロレタリア文学は、著者がやらなくても、これまで十分に
からかいの対象となってきたのではないか?

00/12/04



「17歳の殺人者」
藤井誠二、ワニブックス

あまりひとには勧めたくない本だ。読後は、暗くなる。
八八年に足立区で起こった「女子高生コンクリート詰め殺人事件」を
中心にした、いくつかの少年犯罪ルポルタージュなのだ。
ただし、足立の事件の細部を知って、理解不能の事件、とは感じなかった。
事件の現れかたは凄惨で想像を絶したものではあるが、
基本は、かなり単純、と思える。
加害者たちのおいたち、資質、親子関係、学校のありよう、地域社会、行政。
どの要素も、図式の中にすっぽり収まる。謎はない。
ただ、ひとつひとつが、どれも極端なだけだ。
極端の総和としての、監禁、殺人、死体コンクリート詰め遺棄。
やりきれない明快さ。

加害者たちの出身校である東綾瀬中学のありかたも恐ろしい。
「荒れていない」学校としての評判を得るため、
学校の方針として、教師による体罰は積極奨励、
いじめは黙認、体罰やいじめにおびえて長期不登校の生徒が
常時五十人以上いて、学校はそれを容認していたという。

仕事場のある町でも、一昨年から昨年にかけて、
十カ月しかあいだをおかずに、二件の高校生リンチ殺人事件が起こった。
人口比で見るなら、異常な頻度、異常な多さと言えるだろう。
町を取り巻く田園風景ほどには、ここは牧歌的なところではなかったのかと、
わたしもいささか衝撃を受けた。

そんなこともあって、読後感の悪さはわかっていたけれども、
ついついこの本に手を伸ばしてしまった。
町の書店にはどっさり平積みだったのだ。
たしかにこの町では、よく読まれることだろう。

00/11/14



「ブレヒトの詩」
ベルトルト・ブレヒト、河出書房新社

重信房子が連行される映像のあとに、女性アナウンサーが、
あざけるような調子で言う。
「彼女はいったい、何と闘う、と言っていたんでしょうね?」
ニュースの中で重信房子が「がんばるから」と
言っているのは聞いたが、「闘う」とも言っていたのだろうか。
もしほんとうに言ったのだとしても、
含み笑いの表情で口にするような疑問とはならないだろうに。
「何と闘う、と言っていたんでしょうね?」
無邪気を装って問うことで、
じつはこの女性アナウンサーは、
自分で自分向きの答まで示してしまったのだ。
俗物性。

この二日間、ブレヒトを引っ張りだして、読み返している。
たとえば、こんな一節に、あらためて目がとまる。

「あとをくらませ!
きみが死のうと思うなら、こころして
墓標を残すな、残せばきみの居場所は明かされる
はっきりした文字がきみの名前を届けでる
そして没年の数字がきみの有罪を証拠だてる
くどいが
あとをくらませ!」

00/11/11



「北人伝説」
「タイムライン」
マイケル・クライトン、早川書房


例の石器発掘捏造事件のニュースを聞いて、マイケル・クライトンを
連想したのはわたしだけだろうか。
マイケル・クライトンは、考古学にはかぎらないが、発掘、という作業に
大変な関心があるひとのように思えるのだ。。

最近作「タイムライン」では、14世紀の遺跡の中から、
その遺跡を発掘調査中の主任教授の眼鏡が発見される。
「スフィア」では、300年先の未来に作られた宇宙船が、
海底から見つかる。「ジュラシック・パーク」でも、印象的なのは冒頭近くの
恐竜の化石の発掘作業シーンだ。
「コンゴ」でも、基本にあるのは、遺跡の発見、というモチーフ。

残念ながら、この事件の藤村新一というひとは、いささか想像力には欠けたようだ。
ありえない物がありえない場所から発掘される不思議さについて、
思い切りとんでもない仮説を作り出し(奇想天外なほどよい)、
専門家たちに論争を挑んでくれたらよかったのに。
そのほうがどれだけ観客席は楽しめたことだろう。
(考古学にとっては、迷惑な話だろうが)。

「タイムライン」も映画化されるそうだが、
つい最近観たクライトン作品の映画化は「13ウォリアーズ」。
これは「北人伝説」が原作で、8世紀のスカンジナビア半島に
ネアンデルタール人がまだ棲息していた、という、きわめて魅力的な設定の話。
でも映画の制作者たちは、
ネアンデルタール人と人類との遭遇という主題よりも、
いかに「七人の侍」の新バージョンを作るか、というところに関心があったようだ。
せっかくの興味深い主題が後方に追いやられて、この映画化には失望した。

もっとも、マイケル・クライトン作品の(他人による)映画化で
成功したものは少ない(「アンドロメダ」は傑作だったが)。
クライトン作品の面白さはなにより基本の設定にあるのであって、
ストーリーではないせいだろう。
映画の場合、その設定をいったん映像化してしまうと、
観客の興味はそこで終わってしまうのではないか。
「ジュラシック・パーク」も、遊園地管理棟のシークエンスまでくると、
もう恐竜にも食傷してしまったし。
「タイムライン」も、映画化した場合、量子コンピュータによる別世界への移動、
というところまで話が進むと、あとはふつうのコスチューム・プレイと
変わらぬ映画になるだろう。「ジャンヌ・ダルク」に勝てるかな。

ともあれ、発掘、という言葉からすぐマイケル・クライトンを連想して
しまったのだった

00/11/10


「アレクサンドロス大王
『世界征服者』の虚像と実像」
森谷公俊、講談社

アレクサンダー大王の事跡を、主に軍事面から考察する研究書。
大遠征のうちの初期の三つの戦いが詳しく分析されるのだけど、
二千三百年前の戦争について、ここまで臨場感ある詳細な記録が、
いくつも残っている、ということに驚く(もちろん史料ごとに異同はあるが)。
わたしが読んだことがあるのは、プルターク(「英雄伝」)だけ。
本書が引用するほかの伝記や史料は翻訳されているのだろうか。

読み終えてから、「馬と人間」というドキュメンタリービデオを観直した。
これはBBCが制作したシリーズで、馬と人間との関わりがテーマだ。
歴史的事実の部分については、歴史スペクタクル映画の映像を
多数引用しながら解説している。
たしかこれにアレクサンダー大王の戦いの映像があったはず、と、
観直してみると、あった。映画のタイトルはわからないが、
「ガウガメラの会戦」が取り上げられ、
史料にあるとおりのアレクサンダーの作戦が再現されていた。
ということは、アレクサンダーの事跡については、
どの戦いでどんな作戦をとった、という程度のことまで、
ヨーロッパのひとびとには常識であるということなのだろう。

著者は騎兵による作戦の記述の中で、
「当時は轡(くつわ)も鐙(あぶみ)もなかった」と書くのだけれど、
轡はすでに存在していた。本書で取り上げられているモザイク画を見てもわかる。
何かの勘ちがいだろう。
プルタークを確認してみたが、
アレクサンダーがブケファロスという馬を短時間で馴致した
有名なエピソードの中にも、轡という言葉は出てきているぞ。

この本を読み、あのビデオを見直したせいで、またしばらく
古代史方面に現実逃避したい気分になってしまった。

00/11/01



「私の嫌いな10の言葉」
中島義道、新潮社

「うるさい日本の私」の哲学者の新著。
このひとのエッセイは上記の著書のほか、「哲学者のいない国」
「孤独について」と読んできたが、最初の著作がもっともボルテージが高く、
共感できるものだった。
中身が回顧談や日本文化の考察にとどまっておらず、
「果敢な戦いの記録」であったせいだろう。あれはわたしにとっては、
自分を社会的不適応者とは考えなくてもよい、と
教えてくれたような書物であった。

残念ながらこの新著は、偏屈な親爺のぼやき、っぽく読める。
リストの十番目に「自分の好きなことが必ずあるはずだ」という
言葉が挙げられているのだが、
これは大学教官として就職指導もしなければならない
著者の切実な悩みなのだろうか。

00/10/25



「ベートーヴェンと蓄音機」
五味康祐、角川春樹事務所

小林秀雄が話題になったついでにと、目についたので手を延ばした本。
五味康祐がクラシック音楽ファンで、
たいへんなオーディオ・マニアだとは知っていたが
この本を読んで、その水準がほとんど「業病」のレベルであったと知った。

五味康祐のベートーベン(注・小生の表記原則)への入れ込みかたは、
ベートーベンの人生総体まるごとの理解と共感と受容、というものだ。
五味康祐は、ベートーベンの困窮や不幸や悲惨を繰り返し語り、
彼の人生についての知識を披露し、
その背景があって生まれたからこれは名曲なのだ、と書く。
自分がこの曲に感動できるのは、
ベートーベンのその不幸を理解できるからだ、
と言っているかのようである。

収められた文章の中に複数、ベートーベンを聴いていて、
幻覚を見た話が出てくる。
親しいひとが眼前に現れるのだ。口をきくときもある。
「幻覚を見たように感じた」ではなくて、
ほんとうに「見た」「現れた」と書いてあるのだ。
いくら音楽に感動したからといって、幻覚を見ることはあるまいと思ったのだが
末尾の年譜を見て納得した。五味康祐は、覚醒剤中毒だったことがあるのだ。
幻覚は、たしかに彼の目には「見えた」のだろう。

娘の誕生の日のことを書いたエッセイも収録されている。
「ムスメの生誕のために音楽を鳴らすことを考えていた。
これだけが父としてわたしのしてやれるムスメへの贈り物だろうと」
こう記す五味康祐は、早朝に奥さんの陣痛がはじまると、
奥さんをひとりタクシーで病院に送り出す。
十時ごろに、女の子誕生の電話。すると彼は、
「この(曲のように)閑雅な品のよさは失わぬそういう女性に、
私は育ててやりたいと思い」、
あらかじめ考えていたバッハの平均律クラビアと
モーツァルトの「戴冠式」のレコードをかけるのである。

このエピソードを、どうやら五味康祐は、自分の微笑ましい家族愛の
話として書いているようなのだ。
でも、わたしは、つっこみたくなる。
おいおい、そこでレコードを聴いているよりも
あんたはまず産院に駆けつけるべきなんじゃないのかい?

他人の趣味のことだけれど、全体に妙にからみたい気分になる本だった。

00/10/25



「桶川女子大生ストーカー殺人事件」
鳥越俊太郎&取材班、メディアファクトリー

田舎で暮らしていると、読む週刊誌は限られる。
地下鉄に乗らないから、雑誌の車内吊り広告も見ない。
テレビのワイドショーも見ない(朝7時台の民放の番組は、なんと呼ぶのだろう?)。
となると、しばしば世間を騒がせている話題にうとくなる。
それ自体は自分がそう望んでいることでもあって、とくに不都合ではないのだけど、
上京したときに知り合いたちと話していて、
ある同時代的な話題について、摂取した情報量の差に驚くことがある。

たとえば「東電OL殺人事件」で、佐野真一は、「あの事件に日本中が発情した」と
書くのだが、わたしには何のことやらわからない。
それほどの量の情報があの事件に関して流れたのだろうか。
わたしにとっては、あの事件の骨格についてさえ、
あのルポで初めて教えられた、という部分が多かった。

この桶川ストーカー殺人事件については、
「警察腐敗」という部分が気になって、
わたしもふだんよりは情報に敏感になっていたと思う。
そのときひとつふしぎに感じていたのは、
殺された女子大生の素顔というか、生活について、
メディアのクォリティのちがいで、相反するような情報が流れている、
と見えたことだ。
たまたまのぞいたウェブサイトでも、
なんとも訳知り顔の情報が語られていた。

本書は、あの事件についての番組製作過程の記録だが、
ある意味では、殺された女子大生の名誉回復のためのルポである
(そのぶんだけ、加害者たちの追及が甘いと言えるのだけど)。
埼玉県警の事件調査報告も全文が掲載されているが、
県警はけっこう本気で内部調査をしたのだともわかった。
加害者たちの公判がはじまれば、また興味深い事実も出てくるのだろうが。

読後印象的なのは、被害者の父親の憲一さんの強さだ。
きわめて健全な常識を持ち、加害者たちの脅しにもひるむことなく、
殺人事件後は警察の圧力にも、メディアの暴力にも屈せず、
切れることもなく、絶望もせず、耐えつつ静かに社会と立ち向かう。
その姿が感動的だ。

呉智英が「家族を殺された者には仇討ち権を認めよ」と主張しているが
わたしも、なぜ日本では、家族を殺されたことで復讐に出る父親が出ないか、
ふしぎに思っているひとりだ(アメリカのニュース番組で、
裁判所に入ろうとする加害者を、被害者の父親が撃った、
という場面を見たことがある。映画ではなくて)。
わたしが憲一さんの立場だったら、ここまで強く堂々と対処できるか、自信がない。
はやばやと疲れ果て、自警団主義的解決を求めたような気がする。
本書のようなルポが味方になってくれるよりも前にだ。

00/10/20



「インターネットは『情報ユートピア』を作るか?」
野口悠紀雄、新潮文庫


『週刊ダイヤモンド』連載だったエッセイをまとめたもの。
『週刊A』と『週刊ダイヤモンドの座談会』での、
氏への中傷に対する反論が興味深いものだった。
この著者もけっこう攻撃されているのですね。
著者が一般には『「超」整理法』で知られるようになったとき、
おそらく「アメリカ的実際主義の伝道者」とでも誤解されたのだと思う。
実際主義者なのは確かだが、そのありようが、
日本の教養主義的知識人には、
自分たちへの挑発と取られたのではないか。
著者への中傷と攻撃は、明らかに教養主義的立場からのものだ。

先日、たまたま観たテレビ番組は、捨てる技術をめぐる特集だった。
これに著者と立花隆が登場してコメントしていた。
著者は、捨てる技術、が確立されることを歓迎する立場。
これに対して、立花隆は、蓄積こそ文化だ、と発言していた。
意外にも、彼も古典的教養主義者だったとわかった。
それはさておき。

教養主義的知識人を、著者はこのエッセイ集の中でも、軽くからかっている。
「ミーハー的『魔笛』論」と題された文章だ。
ここでは著者は小林秀雄(どういうわけか、またこの話題になった)の
「モオツァルト」を取り上げ、引用する。
読んだことはなかったが、小林秀雄はこう言っているのだという。

「わが国では、モオツァルトの歌劇の上演に接する機会がないが、
僕は別段不服にも思はない。上演されても眼をつぶって聞くだろうから。
僕はそれで間違いないと思っている。彼の歌劇には、歌劇作者よりも
むしろシンフォニイ作者が立っている、と言ってもあながち過言ではないと思ふ。
(中略)シンフォニイ作者モオツァルトは、オペラ作者モオツァルトから何物も
教えられるところはなかったように思はれる」

モーツァルトのオペラを「上演されても眼をつぶって」聴く、
という宣言には唖然とする。
これって、ドイツ人やオーストリア人(赤ん坊のときから日常的に
モーツァルトの音楽に接しているひとびと、という意味で)に対して、
「あんたらはモーツァルトがわかっていない。わたしの理解が正しいのだ」と
言うようなものではないのか。
小林秀雄にとって、オペラはきっと俗悪な芸能だったのだろうな。
こういう音楽の聴きかたを「オペラ純粋音楽派」と言うのだそうだ。
著者は、「小林秀雄がLDを見ることができたら、
どんなふうに意見を変えただろう」、と想像するのが楽しい、と書くのだが。

わたしは、小林秀雄が、モーツァルトの歌劇に一度も接したことのないうちに
「モーツァルト論」を書こうとした大胆さにまず驚く。
モーツァルトをシンフォニー作者と規定することも、暴論である。
引用の最後のセンテンスにしても、
モーツァルトを相手に、ずいぶん不遜な言いかたではないか。

著者がそう記しているわけではないが、わたしにはこのエッセイはこう読める。
「小林秀雄って、モーツァルトを聴いて
ほんとうに感動したことがあったのだろうか」
この含みに、教養主義的知識人は、たぶん敏感に反応してしまうのだろう。

00/10/10


付記
上記の文章を書いてから、ずいぶん前に読んだ
「モーツァルト」(高橋英朗、講談社現代新書)を読み返した。
その前書きで、著者も小林秀雄ふうのモーツァルト理解について触れている。
「(小林秀雄と、彼に感化されたモーツァルト・ファンは)観念的解釈で、
力んでいるように思えた。それにモーツァルトにとって大事なオペラをすっかり
切り落とし、器楽だけしか認めないという、あるいは短調作品に傾斜した評価は
どうしても納得がいかなかった」
わたしにはそもそも、わたしよりもひとまわり上の世代に、
小林秀雄というひとがどうしてそれだけの影響力を持っていたのかが謎だ。


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