journal
03年10月分
この近況の更新、少しのあいだ、休みます。
メールのやりとり、掲示板への書き込みも休止。
身体の不調ではありませんので、ご心配なく。
03/10/24
激しい雨。どうやら、きょう、秋が終わったようです。
『英龍伝』原稿送り。来月は最終回。
鈴木宗男の立候補断念で、当地でささやかれている鈴木宗男の戦術。
北海道7区の後援会の票を、すべて民主党の候補、仲野博子に振り向ける。
鈴木宗男後援会の票があれば、仲野博子は当選。
そうすると、自民党公認候補、北村直人が落選して、がたりと影響力を失う。
つぎの選挙では、胃ガンから回復した鈴木宗男が、仲野博子と一騎討ち。
仲野博子との戦いならば、鈴木宗男は勝てる(と踏んでいるらしい)。
ほんとかどうかはわかりません。
『西部劇を読む事典』(芦原伸、NHK出版)を読む。
西部劇についての百科事典を目ざした本ですが、新書版では無理がありましたね。
どの項目についても記述の量が少なくて、かなり欲求不満になる。
著者は46年生まれ。わたしとは4歳ちがいなのに、50年代の西部劇黄金時代の
作品をリアルタイムで観ているようです。わたしは遅れてきた西部劇ファンなので、
ここに取り上げられている西部劇のうち、半分は観ていない。
でも、60年代以降の西部劇についてはわたしもけっこう観ていますので、いろいろ言える。
言えるだけに、あちこち突っ込みたくなる本だな。
太宰治のファンが、太宰をほんとに理解しているのはおれだ、と思い込むみたいなものです。
西部劇というジャンルに限らないと思うのだけど、こういう趣味の本って、
出版しにくくなっているでしょうね。Web上には情報量が多く、読み方の深い
サイトが数多くある。それを凌駕していないと、本にする意味もない。
わたしはこの事典については、「スター」(俳優、でよいと思うが)の項目に
ロバート・ライアンが抜けていること、『シェーン』の解説でジョンソン郡戦争に
触れていないこと、が不満。
03/10/23
『英龍伝』クライマックスの章を書いています。
水野忠邦の失脚のあおりを受け、幕政から遠ざけられていた英龍ですが、
ペリー来航という事態に至って、幕府はあわてて英龍を韮山から呼び戻し、
難局打開の責任者に据える。
史料を読んでいても、この英龍復権の事情は小気味よいところです。
いま発売中の週刊文春に、『くろふね』の書評が1ページで載りました。
雨がちの天気。崩れそうです。ほぼ50日間続いた好天(何日か雨はあったにせよ、
基本的には好天続きでした)も、そろそろ終わりです。
きょうはいろいろと連絡事項の多い日でした。
03/10/22
毎日新聞社、担当編集さん来訪。エイジャン・ノワール打ち合わせ。
空港で出迎え、いったん隣町にあるプチホテル、ヘイゼルグラウス・マナーへ。
ここのサロンでコーヒーを飲みながらプロットと執筆時期について確認。
担当さんを町なかのビジネスホテルに送って仕事場にもどってきたところ、
いきなり胃痛。それから下痢。
昨日、内視鏡検査が終わってから、無茶喰いした報いだろうか。
夜、もう一回町に出て、担当さんと居酒屋で話す。
エイジャン・ノワールについて話しているうちに、泥沼から気泡が発生するように、
またアイデアが出てきました。ただし、気泡の段階ではまだ話せない。
もう少しはっきりと質量を持った何かになるまで、温めよう。
わたしの場合、いちばんの発想法は、ひととの会話、のようです。
二番目は、旅行、だろうか。
『裁判官が日本を滅ぼす』(門田隆将、新潮社)を読む。
あまりにも常識はずれの判決が出た裁判の例を紹介するノンフィクション。
ここに取り上げられている例は、なるほど裁判官の世間知らずぶりはひどい、
と思えるものがほとんどですが、著者の憤慨ぶりにも、ややファナティックなものを感じる。
「人権派弁護士」を非難する調子など、ちょっと怖い。
また、八尾恵事件については、わたしには裁判官の判断が妥当に思えるのですが。
03/10/21
町立病院に行って胃の内視鏡検査。
胃カメラを飲むのは、これで4回目か5回目なのだけれど、いまだに慣れません。
きょうが一番苦しかったかもしれない。目をつぶり、涙を流し、全身麻酔にして欲しい!と、
声には出さず(マウスピースをしているので、声は出ないのですが)願った。
胃の状態は深刻ではなかったようだけど、いま服用中の薬がなくなったところで、再診。
現時点での注意としては(金曜日に採血、採尿ずみなので、こちらの検査結果も出ている)、
深酒はしないように(平均すれば、深酒なのか)、コレステロール値が高い、
やや脂肪肝気味、ということでした。
問題はお酒と食生活、ということになりますか。
根本の原因は仕事じゃないのだろうか、と考えていたのですが。
『考具』(加藤昌治、TBSブリタニカ)を読む。
『考具』というタイトルが気になって手を伸ばした本です。
わたし、この手のジャンルの本が好きなのですね。
内容は、完全に広告関係者向けの発想法。
発想のための小道具やPCのソフトが、使い方の具体例と一緒に紹介されています。
「マンダラート」という発想ソフトがあるのですね。
Windows版で1万5千円。おもしろそうなソフトですが、この値段は高いな。
ハウツーものをもう一冊。
『図解百戦百勝のメモ術・ノート術『(本田尚也、三笠文庫)
これは営業マンのためのメモ術・ノート術。
手帳(ノート)を三種類使い分けるように提案しているところが新鮮で、実際的です。
つまり、メモ用、仕事用、スケジュール管理用と。
じっさい、わたしの場合、システム手帳は取材用には使えないし、
超整理手帳も、実用的なのはスケジュール管理の機能のみ。
また取材用ノートは仕事ごとに分けていますから、こちらにスケジュールや
ほかの件のメモを書き込むわけにはゆかない。
でも、これを一冊にまとめようと言うのが、そもそも無理な話。
3種類持って、使い分けるということでよいのですね。
03/10/20
雨が上がって快晴。
きょうは、晴れたら馬、と決めておりました。
で、午前中に仲間たちと、近所の牧場まで馬を運んで、トレイル・ライディング。
というか、きょうは長距離は乗らず、秋の陽の当たる丘の草地で、繰り返し交代で乗る。
沢をはさんだ反対側の斜面の草地で、黒い影が動いています。熊でした。
距離は700から800メートル。
先日も、この牧場内で、馬たちが立ち止まって耳をピンと立て、しばらく動かなくなった。
あのときも、近くに熊がいたのでしょう。たぶん、きょうのと同じ熊。
これからは、林道トレッキングの場合は注意しないと。
『突破者流「殺し」のカルテ』(宮崎学、日本文芸社)を読む。
サブタイトルにはこうあります。「動機と時代背景から読み解く殺人者の心の暗部」
連合赤軍事件から、神奈川県警の容疑者射殺事件までが取り上げられていますが、
殺人者側の「心の暗部」がさほど緻密に分析、検証されているわけではありません。
むしろ「事情通」による、事件の背景解説、事件の読み方の提示、という中身の本。
一本一本の量がもう少しあったら、と思います。9つの犯罪事件が取り上げられていますが
どれも物足りない。これをせめて5件に絞って書いてくれたのならどうだったろう。
この10日ばかり、ほんとうはレギュラー仕事をこなし、角川春樹事務所書き下ろしに向けて、
テンションを高めてゆかねばならない時期だったのに、いろいろあって、失敗しましたね。
たいして見返りがあったわけでもないのに、本業がおろそかになった。
職業人としては、とてもまずい状態。この前、こういうことで愚痴を書いたのはいつだったろう。
03/10/19
冷たい雨。空からまっすぐに落ちるように降り続けています。
明日は、斜里岳の五合目あたりまでは冠雪でしょうか。
昨日、ニュース・サイトを見ていてら、沖縄発信のこんなニュースがありました。
「作家T氏が進めていた沖縄I島の不登校児学校建設計画が、住民の反対で白紙に」
不登校児問題に関心を持つ(らしい)作家のTさん? 誰だろう。
Tという名には心当たりがなく、何かべつのジャンルの作家さんかしらと検索したら、
ご本人のサイトばかりではなく、反対の住民側が作っているサイトまで見つけました。
後者はT氏の発言にもていねいにリンクを張っており、とても面白い読物になっている。
さてこのT氏、新聞記事では「作家」だったけれど、飲食店の経営者さんですね。
沖縄の読谷村で、カフェ・バーを経営している。イベント・サークルも主催しているようです。
ご本人は「自由人」を自称しており、31歳。23歳のときに自分で興した出版社から
「自伝」を刊行している。某紙によれば「20代のカリスマ」らしい。
2年間、夫人とふたりで世界数十カ国を放浪した、という体験が、いかにもそれふうです。
このひと、沖縄の小さな離島(人口800人)に、自分の夢のリゾート地を作る計画で
地元と交渉、その際に、不登校児童のための学校を作るという構想も提示していた。
でも、住民は猛反対、島の聖域が荒らされる、やろうとしていることはただの商業主義、
不登校児童問題で何の実績もないひとが何をやるのだ、として、
とうとう計画を撤回させた、という次第らしい(JANJANで山村雅康氏のレポートも
読んでみました)。
いや、正直なところ最初は、もっと大きな、理念的裏付けもある計画に対して、
住民が地元独自の論理で反対しているという話なのかと思いました。
わたしは知らなかったけれど、けっこう社会的にも関心を集めてきた問題なのかと。
でもじっさいは、沖縄にやってきた、いわゆるフリーター青年たちが、
ある島で、ここを自分たちのパラダイスにするぞと、はしゃいで騒いでいる、
という程度のことです。計画も、大まじめに取り上げるようなものじゃない。
「20代のカリスマ」が関わっていたので、全国ニュースだったのかな。
住民側のサイトには、島の地図も添付されています。
周囲12キロ、島の中央には、ラグーンの跡の湿原もある。
『ネプチューンの迷宮』の発想のもとになった島、ナウルを思い出しました。
『半農半Xという生き方』(塩見直紀、ソニーマガジンズ)を読む。
タイトルは「はんのう、はんエックスといういきかた」と読みます。Xは、ひとそれぞれの
天与の才を活かす生き方のことです。
著者は、自給自足の農業に、ほんとうに自分のやりたいことをやる人生を組み合わせよ、と
主張します。
著者の住んでいる農村は、京都府の綾部市美山町。
藁葺き屋根の農家が多く残っていることで、最近よくメディアに登場するようになりました。
この町には92、3年ころから移住者が増え始め、いまは人口の1割、500人ぐらいが
移住者なのだとか。
農業をやろうと提案する類書は数多く出ていますが、美山町での実践例として
興味深く読みました。ただし、著者が選んだ人生は、かなり過激なものです。
半農村・半都会、という人生ではありませんし、食糧は自給自足。
生半可には真似できない。
こういう人生も、西の地方だから可能なのでしょうね。亜極地気候の当地では、
自給自足がまず不可能だし、冬を生き延びるためには、大量のエネルギーを消費する。
この本の中で語られている理念の多くは、現実的ではありません。
でも過激なことを言っているわりには、共感するところの多い本。
美山町やその周辺の、半農半Xを実践しているひとたちの紹介も興味深いものでした。
03/10/18
きょう、思い切って病院へ。夏前の忙しかった時期から、胸やけ、胃重、ときどき胃痛が
あって、友人たちから、胃潰瘍じゃないの、とおどされていた。
わたしのみたては、神経性胃炎。休みを取れば症状は消えると思っていたのだけど、
まだ多少残っている。それで、中国旅行を前に、いざという場合の薬をもらうつもりで、
病院へ行ったのでした。
医者に症状を伝えると、胃カメラで検査しましょうということになった。
予想できていたので、旅行の予定のことを話し、そのあとがいい、と言ったのだけど、
医者は言います。
「前のほうが安心できますよ。出発前にすませてしまいましょう」
けっきょく月曜に胃カメラを飲むということになってしまいました。
「この際ですから、超音波もやりましょう。肝臓なども診てしまいましょう」
ほとんど人間ドックに入れられるような勢い。ま、それで安心できるのはよいのですが、
出発前の忙しい時期は避けたかった。
朝9時すぎに病院に着いて、薬局で薬をもらったのが午後の2時半。
半日、というか、気分としては一日つぶれましたね。
何も本を持ってゆかなかったので、待ち時間の長いことといったら。
中国の有人宇宙飛行に関して、予想どおりの反応が出てきました。
今朝の小倉智昭の番組で、ある出演者の言葉。
「日本だって、その気になれば4、5年で打ち上げられますよ」
その気になれば4、5年で?
こういう負け惜しみは恥ずかしい。
昨日の朝日新聞の社説も、「科学衛星の分野では日本のほうが先行している」と
書いていたけれども、ほんとうにそう信じているのだろうか。
日本の宇宙技術は、自前の気象衛星さえ満足に(確実に)打ち上げられない水準です。
95年に打ち上げられたひまわり5号はとうに寿命を終えたけれども、
いまだに後継機を打ち上げられないので、
現在、気象データはアメリカのゴーズ9号からもらっている状態。
その点、毎日新聞の解説は冷静だった。外国からの商業衛星の打ち上げ受注についても、
中国は技術の信頼性とコストが評価を得て、すでにビジネスとして成功している、
日本は市場参入もできていない、と指摘している。
ただ、日本も、先日の対北朝鮮偵察衛星については、
打ち上げ決定から打ち上げまでが、異様に早かったような印象があります。
しかも打ち上げは成功した。予算が潤沢についたということだろうか。
この事実を指して、その気になれば、と言う?
でも、その偵察衛星、商業衛星のイコノスにさえ分解能で劣り、
北朝鮮のミサイル発射監視が主目的のはずなのに、静止軌道に乗せていない
(乗せられなかった?)。そんな偵察衛星に、実用性はあるのだろうか。
これが日本の宇宙技術の最高水準なのだと言うなら、
やはりあまり自慢できるようなものでもないと思うのですが。
60年代なかば、日本人は、「日本は世界で三番目の人工衛星打ち上げ国になる」と
信じ込んでいた。技術者も、官僚たちも、メディアもそう信じ、それを口にしていた。
アメリカ大統領の前で、そのとおり大見得を切った総理大臣もいたはずです。
ところが65年にフランスが打ち上げに成功。これが三番目。
日本の打ち上げはそれから遅れること5年の70年で、さらにその2カ月後には、
中国が打ち上げた。
こうやって思い起こしてみれば、日本の宇宙開発技術の水準は、
そのころからすでにそんなレベルで、それからも徐々に順位を落としてきたということですね。
日本の場合、原子力同様、これが国家的プロジェクトだったために、
逆に駄目になっていったのではないか、という気がします。
ボランティア原稿1本、うんうん苦しんで、ようやく上げる。
溜め息をつきながら言うけれど、わたしは小説を書きたい。
そういえば、先週送ったもう1本のボランティア原稿、受領のファクスもこないけれど
どうなっているのだろう。そろそろゲラが戻ってもいいのではないかな。
そういうシステムにはなっていない媒体だったか。
わたしも、こっちからあえて問い合わせる気にはならない。早く手を放したい。
関係者にはこのサイトは絶対に読まれていない、と確信できるので、
こんなふうに書いてしまいますが。
四輪駆動車、修理を終えて、戻ってきました。
もう少し可愛がります。ブラックホール・カー、という呼び方も、もうよします。
03/10/17
人類初の宇宙飛行士、ユーリー・ガガーリン少佐が日本を訪れたのは、
わたしが中学1年生のときです。あの宇宙飛行の翌年、1962年。
ソ連政府が企画した世界講演旅行の途上でした。
日本側の受け入れ団体は、たぶん総評あたりではなかったかな。
わたしは、その札幌での講演会のチケットを運よく手に入れ、
中島スポーツセンターまで、胸躍らせて講演を聞きに行ったのでした。
(チケットを手に入れた経緯の記憶は若干あいまいです。
当日券が配られるというので、その日、行列に並んだのだったか)
ガガーリン少佐の講演が始まる前に、聴衆は「歓迎の歌」の歌唱指導を受けて、
それを歌わされました。うろ覚えだけれど、こんな歌詞です。
「ハラショー、ハラショー、ガガーリン。
青い地球を下に見た、働く者の代表が、やってきた。
ハラショー、ハラショー、ガガーリン」
講演の冒頭で(もちろん通訳つきで)、 ガガーリン少佐は言いました。
「地球を回っているとき、わたしは北海道を窓の外に見ました」
生意気な中学生は、ああ、この「北海道」の部分を、少佐は講演旅行の先々で、
入れ換えてしゃべるのだろうなと気がついた。
講演の中身は、残念なことに、宇宙体験に関わる部分の少ない、退屈なものでした。
世界平和と人類の連帯に関する話とかが中心の話題だったように思います。。
わたしが期待したのは、たとえばロケットが発射されるとき、あるいは地球を回るとき、
帰還するとき、具体的にそこでどんな体験があったのか、ということだったのですが。
(注;後に、立花隆『宇宙からの帰還』を読んで、ガガーリンは講演や記者会見等で、
「宇宙には神はいなかった」と繰り返したのだと知りました。有名な言葉のようです。
キリスト教文明に対する、唯物論の側からの挑発なのだそうで、アメリカ人は
少なからずショックを受けたらしい。
わたしは覚えていませんが、ガガーリンはこのときもそれを言っていたのかもしれません)
講演の中身にはあまり満足できなかったけれど、
本物の宇宙飛行士を見た、という感激で、わたしは多少ハイになっていたはずです。
わたしの同世代の科学者などには、あの講演を聞きにいったというひとが
少なくないのではないだろうか。
ガガーリン少佐の宇宙飛行は、それほどにあの時代の少年たちを
わくわくさせてくれる、夢のある物語だったのでした。
中国が有人宇宙飛行に成功した、というニュースで、このときのことを思い出しました。
この有人宇宙飛行計画が動き出したのは、92年だそうです。
中国が宇宙開発技術を進歩させ、商業衛星の打ち上げ受託実績も重ねていた
この11年のあいだ、日本はいったい何回ロケットや衛星の打ち上げに失敗したろう。
最先端のはずの技術分野で、どれだけお粗末な事故を繰り返したろう。
またこの間に、日本の国債の格付けは何段階下がったことだろう。
べつに中国と競争しなくてもよいのですが、
「失われた10年」という言葉の意味に、あらためて納得するニュースです。
日本の経済が沈没しただけではなく、技術大国、という最後の誇りさえ、
いまや完全に虚構になってしまったということでしょうね。
この11年、日本の科学好きの少年たちのヒーローって、誰だったのかな。
日本には、はたして対象がいたのだろうか。
日本には東京湾アクアラインがあった。
藤井治芳という、技官から通産次官まで昇り詰めた優秀な技術者がいた、か。
03/10/16
『くろふね』の書評が、10月10日の毎日新聞夕刊に出ていたそうで、
ファクスされてきました。細谷正充氏の「歴史・時代小説の楽しみ」というコラム。
的確でとてもありがたい書評です。
『歴史街道』編集部から、「外国人が見た『最後のサムライ』たち」という
特集に原稿依頼。12月にトム・クルーズ主演の『ラスト・サムライ』が公開されるので、
これに合わせた特集とのことです。
映画『ラスト・サムライ』は、明治維新後の新政府軍と反乱士族軍との戦いの話の
ようですが、完全にオリジナルの脚本なのだろうか。
そういえば、先月号の『PREMIERE』誌は、甲冑をつけたトム・クルーズが表紙でしたね。
とあるイレギュラーの依頼原稿、2日間考えて、何を書いたらよいものか、
まったくアイデアが出ません。あるテーマについて自由に、ということで、
小説家としてではなく、いわば「文化人」としてやらねばならぬ仕事。
こういう仕事が、いちばんつらい(わたしは文化人ではない)。
小説なら、2日間で20枚ゆくのになあ。
じゃあ引き受けなければいい、と突っ込まれるでしょうが、うむ、まあ、いろいろ。
ブラックホール・カーの件、ディーラーさんには、深刻なトラブルであれば、修理の前に
まず電話をくれないかと頼んでおいたのだけど、町へ出たついでに寄ってみると、
すでに大部分修理ずみでした。
トラブルはクラッチ。つなぐときの衝撃を緩和するバネがだめになっていた。
担当さんではないメカニックさんの話。
「やんちゃな乗りかたすると、こうなるんだよね」
乱暴にクラッチをつないでいると起こるトラブルだそうです。
そうか、原因はドライバーなのか(わたしは、半クラッチ使い過ぎだと言われたことがあるが)。
工場にはたまたまこの車の新品同様のクラッチがあったので、これとそっくり交換したという。
費用は5万円ちょいぐらい(担当さん不在で、正確な費用は出ていない)。
さて、悩む金額ですね。ミッションの全取っ替えで費用を予想していたので、
それならばあっさり手放す決断もできたのだけど。
しかし、ここに至ってまだ決断できないということは、なんだかんだ言いながら、
けっきょくわたしは、このトラブルばかりの車が好きなのかもしれない。
わたしのブラックホール・カー、たとえるならば、
ちょっといいところの出で気位は高く、かといって若くはないし、意外に虚弱体質。
扱いにくくて医療費がかかりすぎの美女、というところか。
だからといって、若くて健康だけれど、派手好きで騒々しいあの子たちには、
どうしても乗り換える気にはなれない。
宮崎駿監督の愛車は、シトロエン2CVだとか。2CVの生産終了は90年だけれど、
宮崎駿はたぶんそのずっと前から乗っていたことでしょう。
1920年以降の飛行機には興味はない、と言い切るひとですから、
この好みにも納得がゆくのですが、最近でも実用上問題はないのだろうか。
都会で乗っているぶんには、十分かな。
03/10/15
当地、昨夜はけっきょく雨は降らず。強風が吹いて、冷え込んだだけ。
でも一夜明けて見ると、斜里岳は八合目あたりからうっすらと白い。初冠雪。冬です。
お酒を飲んだときの記憶欠落問題、ちょっと深刻なレベルかもしれません。
きょう、わたしはひとつ、訪問を受ける約束をしていたらしい。数日前のお酒の席で。
ところがまったく覚えておらず、わたしは日中、べつの用事を作って外出していた。
先日の仕事の約束の件といい、きょうの件といい、もう社会生活に支障が出るレベル。
わたしの頭には、「ス」ができてしまったのだろうか。
お酒を飲んだときだけ、注意すればよいのか。それとも、飲み方の問題だろうか。
03/10/14
いま、馬仲間のチームウェアを作ろうとしています。
ユニクロの商品にロゴとマークをプリントするかたちで。
先週土曜日、相手方ファーストリテイリングに緊急に連絡する必要ができたのだけど、
連休にかかるので、電話は無理。それでeメールを送ったところ、その日のうちに返事がきた。
きょうはきょうで、こっちはてっきり相手は休みと思っていたのだけど、向こうのほうから
電話がかかってきました。これで問題は解決。
前にここでも書いたことのある、某大手小売り業の通販の応対とはずいぶんちがいます。
勢いのある企業は、やっぱり対応が迅速で気持ちがいいと感じ入った次第。
昨年も、仲間うちのナイフ好きがメーカーと交渉して、
クラブの銘入りの、乗馬向きナイフを特注して作っています
(馬を扱うためには、必ず鋸刃が必要。でも、ふつうに売られているナイフには、
鋸刃つきは少ないのです)。
そのとき、仲間の夫人から言われました。
「あんたたちって、まるでボーイスカウトね」
こんどのチームウェアの件では、べつのひとに「大学のサークルみたい」と言われた。
かもしれません。ならば、つぎにやることは、合コンだろうか。
きょうの仕事は、北海道新聞コラム「干し草通信」の6。
広報「ほっかいどう」12月号エッセイ。
寒くなりました。
きょうは、予報では午後から雨だったのだけれど、ずっと青空ものぞく雨含みの曇り空。
雲の隙間の夕焼けがきれいでした。一瞬、東の空の雲まで赤くなった。
夜半からは確実に雨でしょう。山間部では雪になるとか。とうとう、冬です。
03/10/13
車がまた壊れたショックが、尾を引いています。たかが故障ぐらいで、とは
わかっているのだけど、おおげさに言うなら、自分の人生の不運を嘆きたい心境。
あたりはずれはあるさ、と自分に言い聞かせて気分を奮い立たせようとしても、
すぐに「なにごとも」とつけ加えて、ふと気づくこともあり、いっそう落ち込む。
というわけで、落ち込んだまま怠惰に過ごした日。
『日本の治安は再生できるか』(前田雅英、ちくま新書)を読む。
タイトルどおりの中身。日本の犯罪発生件数が増加している現状の分析。
とくに著者が言及するのは、外国人犯罪と少年犯罪の増加です。
あまり面白みのある分析ではないのですが、著者はそうとうに保守的な学者のようで、
ところどころ、読者の反応を心配してしまうような記述がある。
スウェーデンの離婚率の高さを犯罪発生件数(少年犯罪ではなく一般犯罪)の高さと
関連づけて語ったり、女性の社会進出と少年犯罪の増加を結びつけたり。
たとえば著者は書きます。
「母親がつねに家庭にいることが望ましいことも、ほぼ異論のないことである」
え、異論はないか?
わたしなど、社会性のない母親(働いたことのない女性)が多いことのほうが、
少年犯罪の土壌を作るように思うのだけれど。
『ドイツ式シンプルに生きる整理術』(リタ・ポーレ、畔上司訳、主婦の友社)を読む。
わたしは、ドイツ式の生活哲学には、かなり共感している。
たとえば買い物についての格言「欲しい物は買うな」(必要な物だけを買え)という言葉など、
わたしが何か買い物をするときの一応の規範になっている。
本書は、その合理的なドイツ流生活哲学を基本にした整理術の本かと思いきや、
かなり精神世界に近づいている整理術の本でした。
著者は、東洋思想の信奉者で、「気」「パワー」「エネルギー」「無」などといった
言葉を散りばめて、整理のノウハウを主張します。
部分的には納得できる過激な整理術も開陳されているのですが、
「部屋を浄化するいちばん簡単な方法は手を打つことだ」と言われても…。
でも、日本の若い女性には受けそうな整理術、という気もする。
03/10/12
このところ毎朝、目覚めると、腰から下が冷えきっています。
日中も、かすかな悪寒を感じっぱなし。また血行障害が出て、下半身に血が
めぐっていないようです。これでもう少し涼しくなってきたら、たちまち風邪です。
明日は、温泉に行って、十分に温めてこようか。
ブラックホール・カーの故障、ディーラーさんが週末の休みにかかってしまったという
こともあって、まだどんなトラブルなのか、修理費用はいくらか連絡がありません。
でも、ミッション交換を想定しておいたほうがよいのでしょうね。
そのときは決断。
03/10/11
今朝、当地から車で二時間半ほどの山中にあるチミケップ湖に向けて出発しました。
北海道新聞のコラムの次の回で、「質の高いプチホテルが地域に与える影響」
というようなテーマで書こうかと。
チミケップ湖は湖自体も美しいという評判、湖畔のプチホテルも素晴らしいらしい。
前から行きたかったのだけれど、きょうまで時間がなかった。
ちょうどいま、阿寒の北の山中ならば紅葉真っ盛りです。
だったらこの機会を逃すまいと出発したのですが、
屈斜路湖畔から津別峠へ向かう道路に入ったところで、わたしの四輪駆動車、
とつぜんギアが入らなくなる。異音がして、エンスト。
そこから先は、30数キロ、人家もないはずの峠道です。
素早く判断して、なんとか一回だけギアを入れて、Uターン。
でも、もうそれ以上は走行不能に。
ディーラーさんに電話すると、すぐにトラックに代車を積んでピックアップにくるとのこと。
500メートルほど離れたところにプリンスホテルがあったので、ここで待つこと1時間。
ディーラーさんのトラックがやってきました。
「ミッションみたいですね」とは、メカニックさんの診断。
代車に乗り換えて津別峠へ向かおうとすると、なんと道はその先で通行止めです。
バリケードでふさがれている。
計画変更。かなり遠回りですが、北見方面からチミケップ湖に向かい、
阿寒湖経由で帰ってこようと。
でも、途中で時計を見て、チミケップ湖行きは断念。
けっきょく女満別から東藻琴方面の秋の田園地帯をドライブして帰ってきました。
せっかくの小旅行、残念です。
このブラックホール・カー、先日の(ヒッチハイク事件のときの)ウォーターポンプと
ラジエーター・ファンの交換については、ディーラーさんが費用を持つと言ってくれたので
結論を先延ばしにしました。
でも、やはりもう手放すことを決めねばなりませんね。
これからの季節、これほどトラブル続きの車では生死に関わりますし、だいいち、
遠出もできない。ディーラーさんからは、まだどれほどの故障なのか、連絡はないのですが。
もし買い換えるとしても、当然重い四輪駆動車ということになりますが、
鈴木宗男関係業界のドライバーと見られたくないのであれば、選択肢はそんなにない。
いま、その少ない選択肢の中から、そっちに買い換える余裕はないしなあ。
というのは、前回も書いた嘆きですね。
明日、「カーセンサー」を買いに行くか。
じつを言うと、あのヒッチハイクのときよりも、わたしはきょう、狼狽し、焦っている。
ややパニック気味だな。
いや、こういう土地柄ですから、車自体は不足していない。
現にいま、わたしは馬を運ぶためのトラックさえ友人から借りたままです。
町のスーパーまで買い物に行くなら(駐車場に停めるのは大変ですが)、足はあるのです。
ま、それにしても。
03/10/10
今月末から来春にかけてのスケジュールで、何か忘れていることはないか、と
心配していたら、やっぱりありました。
某誌編集担当さんから、不安げな電話。
あの警察小説特集の件、ということでしたが、まったく記憶になかった。
しらふでの打ち合わせのときの話ではなく、
お酒を飲んだときに出て、わたしがオーケーしていたらしい。
わたし、中国に行っている余裕は、ほんとうはなかったのでした。
関係各位、ここにも何度か書いてお願いしましたが、わたしはお酒を飲むと、
飲んでいるあいだの記憶がしばしば欠落します。
ですから、お酒のときに決まった仕事の話は、
翌日必ずeメールかファックスでご確認ください。
わたしは、ふだんお酒を飲みません。晩酌もしない。ビールの買い置きもない。
ただし、何か区切りをつけたいときとか、ひとと愉快な時間を持ちたいときには飲む。
そのときは、リラックスするために積極的になります。ぐいぐい飲んで、
早い時間で酔い、その酔いを維持する。ときどきペース配分を間違えて、ベロベロになる。
表面上はきちんと受け答えができているように見えても、じつはかなり酩酊。
だから、一番いいのは、お酒を飲みながら仕事の話はしないことですね。
酒の席では仕事の話はしたくない、ということではなく、頭が使い物にならないのです。
よろしく。
昨日、掲示板にも何度か書き込みいただいた森俊弘さんから、安土城天主築造工事の
時期に関して、そういえばこういう史料もありました、というメールをいただきました。
『邪蘇会士日本通信』の天正5年の記録と推定される文書に、
天正5年には安土城天主の築造工事が行われたと読める記述があるそうです。
日本の史料(『安土日記』)を補強する記録が外国にあったとなれば、
これは天正5年築造説を受け入れざるを得ませんね。かなり書き直しです。
昨夜は満月。きょうも素晴らしい月夜なのですが、視線誘導標はまた誤作動。
地表にかすかにジリ(霧)がわいているのかもしれないけれど、この満月の夜に、
道路側端が視認できなくて交通事故を起こす車などないと確信持って言える。
あのギラッギラッに、神経がさいなまれる思いなのだが。
03/10/9
『ユニット』文藝春秋、本体2000円。今週末には、書店に並びます。
少年犯罪と復讐権、そして家族のありかたと、家庭内暴力がテーマ。
ひさしぶりのサスペンスです。下の画像は期間限定。

『ユニット』は、構想している北海道警察本部を舞台の警察小説とはべつの
ところから発想された作品なのですが、はからずも例の「稲葉警部事件」を
少し想起させる小説となってしまいました。
『ユニット』の「別冊文春」連載開始は、2002年1月号から。
稲葉警部事件の発覚は、2002年7月。
でも、いま『ユニット』を読むひとは、これに登場する道警の刑事に、
いやおうなく稲葉警部を重ね合わせることでしょう。
じつはいま『北海道警察の冷たい夏』(曽我部司、寿郎社)を読み終えたばかり。
道警稲葉警部事件を取り上げたノンフィクションです。
二カ月ほど前に、『北海道警察 日本で一番悪い奴ら』(織川隆、講談社)という
同じ事件を扱ったノンフィクションが出ていますが、『冷たい夏』のほうは、
情報量でゆうに『悪い奴ら』の3倍か4倍。じつによく取材された重量感ある大作です。
著者は、札幌在住のノンフィクション作家。版元は札幌の資本の新興出版社。
札幌でこれほどのノンフィクションが発行されたとは、北海道に住む者としてうれしい。
『悪い奴ら』を紹介したとき、映画の『LAコンフィデンシャル」を連想したと書きましたが、
いま『冷たい夏』を読み終えて、それプラス香港ノワールだなという思いも感じます。
この本の中に、稲葉警部が関わった大規模な潜入捜査「警察庁登録五○号事件」という
捜査が紹介されているのです。
この捜査での稲葉警部の姿など、まさに香港映画のヒーローです。
わたしが想像していた稲葉警部のキャラクターが、ちょっと修正されましたね。
また、このノンフィクションを読んでわかったのは、稲葉警部事件の背景は、これまで
理解してきたことよりもずっと大きなものだということ。
道警が組織的に関わったことはもちろん、地検から税関までもが一緒になった
大プロジェクトの、その破綻の部分が稲葉警部事件だったのだ、ということです。
角川春樹事務所の警察小説の取材は2001年の春から始めておりますが、
そのころ不可解で気になっていたことに、小樽港を舞台にした盗難車不正輸出の
問題があります。社会問題になっていながら、なぜ道警が動かないのか、
ふしぎでならなかった。
現場の捜査員には、触れるな、という指示さえ出ていたのです。
『ユニット』にも、わたしが想像しうる範囲でその構図を書きましたが、
『冷たい夏』を読んで、それが想像どおりだったことがわかりました。
『北海道警察の冷たい夏』、重いノンフィクションですが、読後感はわりあい爽やかです。
道警の警察官全部が腐っているわけではないと、確信できるからでしょう
(おっと、比較しているのは、道警の幹部連中やキャリア組です。稲葉警部ではありません)。
きょうは、深夜から何度も地震。午後6時すぎのものは、震度3でした。
03/10/8
旅行決定にともなうスケジュール調整。
たいした件数があるわけじゃないのですが、それでも多少はある。
電話したり、メールしたり、詫び状を書いたり。
原稿を書くよりも、神経を使います。
またボランティア原稿の依頼、1件。
新書を二冊読む。
『現場主義の知的生産法』(関満博、ちくま新書)
著者は地域産業論を専門とする経済学者。フィールドワークをもとに、
中小企業振興を指導してきたひとのようだ。
このひとの知的生産のノウハウは、わたしが無意識にとってきた方法と、
かなり共通しているような気がする。
カバーの惹句にはこうある。
「IT時代だからこそ心に染みる、超アナログ的知的生産のすべて」
著者の仕事は、現場を徹底取材、1日に40件以上の面接調査を行い、
これを分析して、報告書をまとめる、というものです。
このような仕事と小説を書くこととは、もちろんかなり大きな差異があるのですが、
「現場の空気にポイントがある」とか「長い時間をかけて現場を愛する」、
「(資料の)整理はしない」といった心構えの部分には共感します。
これが、ジャーナリスト系のひとの知的生産法だと、小説家のそれとは
あまり共通点はなくなってしまう。
それにしても、著者が原稿執筆にかかったときの生産量は、1日に50枚だという。
ううむ。やはり、ノンフィクションは、取材(資料)があると書けるということだろうか。
『日本企業、モラルハザード史』(有森隆、文春新書)
戦後の日本企業の「経営失敗」の実例集。「闇の経済裏面史」
「白木屋乗っ取り事件」から「りそな国有化」まで取り上げられていますが、
途中までは、同じ名が繰り返し何度も登場します。
岸信介、児玉誉士夫、小佐野賢治…
読んでいるうちに、著者自身の感慨でもある「暗澹たる」気分になって、
かなり落ち込みました。
承知しているつもりではあったけれども、政治家、金融・証券マン、官僚ってのは、
なんとまあニヒルな人種なのかと。
この連中に較べれば、日商岩井の海部八郎なんて、
せいぜいが「悪辣なセールスマン」でしかない。可愛いものです。
03/10/7
朝一番で、朝日新聞社に『静かな大地』の推薦文送り。
日経マスターズ『英龍伝』第10回ゲラ直し戻し。
そのあと、町へ出て、郵便局から北海道野生生物基金『モーリー』の原稿と、
求められた写真プリントほか5点セットを送る。
地震のあと片づけ、再開。
とりあえずひとまとめにしておいた雑誌や郵便物の山を整理していて、
きょうが、たしか東京農大・榎本武揚研究会の例会の日だと思い出した。
出欠を連絡しなければと思って、案内状をよけておいたはずなのだけど、
それが見つからない。無断欠席ということになってしまいました。
事務局さん、申し訳ありません。
突然ですが、来月、日本ペンクラブと中国ぺンクラブとの交流事業に参加して、
中国へ行くことになりました。三好徹・親善使節団長から直接の代打指名。
わたしはふだん、同業団体や職能団体の雑務を何もしていません。
東京在住の同業者たちは、みな忙しい中、手弁当でいろいろやっているというのに。
ですから、緊急時に指名があれば、ノーと言うわけにはゆかない。
とりあえず連載がふたつなくなっているときでよかった。
いくつか調整しなければならない案件はあるけれど、何か大きなもので忘れている
ものはなかったろうか。こういう自分のことだから、少し心配。
ペンクラブ事務局からは、中国語に翻訳されている作品はあるかと訊かれたのだけど、
残念、『昭南島に蘭ありや』があればなあ。
この機会にプロモーションしてこようか、と、図々しいことを考えてしまいます。
待てよ。台湾の出版社との契約は、中国語への独占翻訳権を渡すということだったかな。
『天下城』単行本刊行は、来年2月で決定。
03/10/6
きょうは、誰もが感激した面持ちで言うほどに、素晴らしい秋晴れ。
夜は半月で、星空。夜空はかなり明るい。
だけれど、これまで繰り返し書いてきた「自発光式大型視線誘導標」試験区間の
誘導標の灯は、誤作動(?)でギラッギラッと点滅を繰り返しています。
この明るい夜道で、あんな誘導標を必要とするドライバーがいるのかどうか、
この誘導標がほんとにこんな日に交通事故の防止に役立っているのか。、
溜め息しか出ない馬鹿馬鹿しい無駄遣い。
ただ土木現業所の組織維持のための愚劣な事業。
同じ土現つながりで言えば、先日の地震のあと、室蘭土木現業所は、
崩落予測で「危険」とみなされていた場所すら、道路パトロールカーを通過させただけ。
下りて点検することさえやっていなかった。
その結果、通行止めにもしていなかった場所で、大規模な崩落。
北海道議会では、事前の質問取りはしない、と公約したはずの、高橋はるみ知事の答は、
明らかに現業所の入れ知恵です。
「車の中からの目視であろうと、車を下りての目視であろうと、目視は同じ。差はない」
そのうち、衛星写真のチェックと現場視察は同じ、とでも言い出すつもりなのだろうか。
ともあれ、こうして、この国は官僚機構のために食いつぶされてゆく。
きょうはちょっと時評系の話題でした。
目の前で無意味に点滅するあの誘導標の灯を見るたびに、
わたしは憤りと悲しさと空しさとで、暗くなるものですから。
03/10/5
ここにも何度か書きましたが、近所の酪農家さんが、二基のサイロを改装して
版画美術館をオープンさせました。
この美術館は、ときどきミニ・コンサートの会場にもなります。
今夜もコンサート。今回は地元の声楽家さんとピアニストさんの出演で、
オペラのアリアを中心に、唱歌などもまじえたプログラムでした。
わたしは別件の用事があったので、終了ギリギリに会場に到着。
ここではこれまで、ポップス・ギター・コンサートとか、フォルクローレのコンサートなどが
開かれていますが、自分の音楽の好みで言えば、きょうのがいちばんよかった。
ほかの大半の聴衆の趣味とも合っていたようです。しばらく多くの客が立ち去り難いまま
感動の余韻を冷ましているうちに、アンコール・コンサートということになった。
ぐんとカジュアルな雰囲気の中で、再びピアノ伴奏によるアリア。
その前後、会話もはずみ、ぜいたくな時間が美術館の中に満ちましたね。
聴衆のひとりの酪農家さんがしみじみ言いました。
「自分が、こういう関係と、こういう時間を持っていることを、誇りたい気分だ」
同感です。
関係と空間がよかった、という要素は大きいのですが、
その場の者をみなこのような幸福感で包んでしまう音楽という表現様式に、
ちょっと嫉妬しないでもない(「すべての芸術は音楽に憧れる」という言葉が
ありませんでしたか。うろ覚えですが)。
じつを言うと、昨日、わたし自身の企画・主催で、『ユニット』刊行祝いを開いた
つもりだったのだけれど、お祝いの会にしてはちょっと不完全燃焼。
今朝は二日酔い気味で目覚めて、一日中あまりいい気分ではなかった。
その欲求不満が、このミニコンサートでいやされましたね。
まだ、いい気分が続いている。
午後、隣町で開催された管内消防団研修会で講演。
「戦う男の話をして欲しい」と要望されていたので、中島三郎助と土方歳三の話を
中心に語りました。でも、あとで感想を聞くと、榎本武揚のリーダーシップ、というあたりが、
聴衆の関心テーマだったようです。
なるほど、社会人の研修会では、「リーダーシップ」を語るのがよいのか。
03/10/4
新潮社『天下城』担当さんから連絡。
『天下城』組んでみたら、予想をはるかに超えて688pになったそうです。
わたしはラストの章を50枚ぐらい書き足すつもりでいますので、そうなると
どうしても上下二巻ということになる。すみません、毎度厚い本ばかりで。
刊行時期は一応来春の予定ですが、出版社のほかの本とのかねあいもあり、
まだはっきり決まっていません。
朝、『一冊の本』の原稿送り。そのあと、『モーリー』の原稿。これは来週明けに、
先方の指定どおり、フロッピーに落とし、プリントアウトしたものと一緒に発送予定。
写真は、プリントで求められている。
いまどき、やや珍しい制作システムを採る雑誌ではないだろうか。
本日、『ユニット』の見本刷りが届きました。
474p。 『くろふね』よりも15p多い。
10月10日刊行予定。
『くろふね』のときもとくにお祝い(というか、自分への慰労会)をしていなかったので、
緊急に友人たちに声をかけ、町でワイン。
03/10/3
昨日一日晴れたかと思ったら、また雨です。夜はプチ嵐といったところ。
突風が繰り返し吹いてくるので、犬たちが落ち着きません。
またきょうは、朝方はけっこう冷えて、今シーズン最初になりますが、蓄熱ヒーターをオン。
数日前から、念のためにと蓄熱を始めていたのでした。
このサイトの掲示板を、blogサービスのほうに移そうかと考えています。
いまもじつは、掲示板だけはCGIオーケーのサーバーのほうに置いているのです。
移した場合は、blogらしく多少時評系の話題なども書き込みますが、
ノン・エントリーのスレッドを一本立てて(という表現でいいのかな)、
これまでどおり、自由な話題で書き込んでもらうということにしようかと思っているのですが、
どんなものでしょうね。書きにくくなるってことはあるだろうか。
ご意見、アドバイスをお聞かせください。
『謎解き・少年少女世界の名作』(長山靖生、新潮新書)を読む。
有名な世界の児童文学から、そこにこめられた歴史意識なり大衆的無意識を
あぶり出そうという論考。『フランダースの犬』から、あとがきの『ハリー・ポッター』まで、
ひとつひとつそれぞれ、その分析ににんまりしてしまう本です。
以前ここに書いた『映画の構造分析』(内田樹)ほどには、飛んでいません。
『宝島』が経済小説だ、という主張は、たしか鹿島茂氏もしていたような気がしましたが、
あれはべつの作品についてだったろうか。
著者は、『吸血鬼ドラキュラ、隠されたカウント=伯爵の正体』は、「伝染病」ではなく
「帝国主義」だ、という見方です。これはちょっとユニークな考察では?
03/10/2
『ベルリン飛行指令』翻訳作業もいよいよ終了とのことです。
ニューヨーク、V社、担当さんからの連絡。
英語版のタイトルを
「ZERO OVER BERLIN」にしたいとのこと。
原題どおりではありませんが、とてもいいタイトルです。了解しました。
シンプルながら印象が強く、想像力をかき立ててくれると思いませんか?
中身を知っていれば「ベルリン上空のゼロ戦」「ベルリンに迫るゼロ戦」と読めるけれど、
もっと多義的にも受け取れます。
とくにアメリカ人読者は、いま、ZEROという言葉からは、
否応なく、まずGround Zero、911を連想するのではないだろうか。
また、英語版に記すわたしの名の表記は、
「Joh Sasaki」とすることにしました。
ふだんは「Jo」を使っていますが、これだと英語圏では、女性名Josephineの愛称となる。
『若草物語』のジョーのスペルがこれですね。
「Joe」だと、男性のアメリカン・ネームらしくなりますが、この作品が翻訳であることを
隠さないのであれば、アメリカン・ネームっぽい名である必要はありません。
むしろ非英語圏の男性作家の名とわかるように、「Joh」としたいとのことでした。
これも了解した次第。
11月には、見本刷りを関係方面に配布。刊行は来春とのことです。
『昭南島に蘭ありや』中国語版がその後行方不明になっているので、
これがわたしの翻訳版第一作ということになりそうです。
今週は、あと細かな原稿3本。
文藝春秋に『ユニット』の自作紹介5枚。
北海道野生動物基金の機関紙『モーリー』に、耕地防風林保存運動について10枚。
朝日新聞社に『静かな大地』推薦文を1本。
03/10/1