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近況03/09
雨は二日目。夜にはやんだけれども、むしろ風は雨の最中よりも強くなっています。
明日、夜が明けたときには、当地では紅葉が始まっていることでしょう。
雨の音を窓の外に聞きながら、ひたすら『静かな大地』(池澤夏樹、朝日新聞社)を読む。
午後2時から読み出し、読了が11時30分。
まずなにより「凄い!」と、貧弱な語彙で言ってしまうしかない大傑作です。
「凄い」の理由は、一番にテーマの大きさ。日本人によるアイヌ迫害、アイヌからの収奪が主題。
これを真正面から取り上げて、メッセージは激越そのものです。
新聞連載でよくこの企画が通ったものだなと、妙な部分に関心してしまいます。
この作品について、池澤氏は、朝日新聞社のPR誌『一冊の本』で、
自分は音楽会でピストルを撃った(文学作品に政治を持ち込んだ)と書いている。
これは謙虚な言い方です。撃たれたのは、ピストルではなくて、大砲。いや、機関銃か。
もちろん、物語としての面白さ、ストーリー・テリングの巧さも「凄い」。
淡路島から北海道・日高に入植して馬牧場を拓いた男を主人公にして、
この男の人生を、多様な人物の回想で重層的、立体的に描き出す。
読んでいる途中で、少しラテン・アメリカの小説を読んでいるような気分も感じました。
池澤氏の祖先をモデルにしたということであり、その生涯の終わり方も小説に書かれている
とおりだという。
だとしても、池澤氏の頭には、有島武郎の生涯もイメージされていたのではないだろうか。
わたしも、一族の家庭内伝説をもとに『エトロフ発緊急電』という小説を書いたことが
あるけれど、氏のような態度で伝説に向かい合うこともできたのだな。
泣ける部分が何カ所もあって、そのたびに本を置き、トイレに行ってひと息。
ラスト150ページくらいまでくると、悲劇の予感に息苦しくなり、読み進めるのがつらくなる。
じつは『帰らざる荒野』連作を書いていたとき、いずれ同じ素材を(ウエスタンとしてではなく)
ストレート・ノベルとして書き直そうか、とも考えていた。でも、この構想は破棄です。
『静かな大地』のあとにはもう書けない。
『静かな大地』については、連載中から、ある読者がフォローしていたサイトがあります。
わたし、連載は読まないまま、こちらのサイトのほうはときどきのぞいておりました。
感動の余韻。
これから、ワインを開けようかな。
03/9/30
午前中、『武揚伝』文庫版第4巻再校ゲラ直しと、『くろふね』自筆POPを
航空貨物で発送。
午後、地震のあと片づけ。うんざり。
片づけると言っても、書棚の絶対数が足りないので、また床に山を作るしかないのですが。
新刊です。神奈川新聞に連載された、中島三郎助の生涯。『くろふね』
角川書店、本体1800円
459pの、例のとおり、けっこうな大作となってしまいました。
通勤途中に電車の中で読むのは難しいかもしれません。
もうひとつ。こちらは雑誌。『男の隠れ家』
ひさしぶりにコピーライターとして、タイアップのショートストーリーを書いています。
タイトルは書きません。118pから124pまで。
03/9/29
26日(金)は、地震の後片付けもしないなまま札幌へ。
27日(土)は、午後2時から道立近代美術館の講堂で講演。
「物語の出来る秘密」というのがメインのタイトルだけれど、「私の作家修業・読書と
手紙の効用」というサブタイトルがついている。
話し出してから気がついたのだけれど、読書体験を語ることは、つまり人生を語ること
そのものでしたね。シナリオを作っているときは語るつもりもなかったのですが、
でも人生の細部まできちんと話さなければ、読書体験を語ったことにはならない。
そのときの感動の理由を伝えられない。
いわゆるフリーターの時期のこと、ニューヨークに行ったわけなどについて、
これまで友人たちにも詳しくは語らなかったことまで、口にしてしまいました。
6月末の道立文学館のときよりは整理された話になっていたと思うのですが、
とくべつこれを評価する声があったわけでもありません。
話下手なのはキャラクターです、といってすましてもいられないでしょうね。
ギャラをいただく以上は、話術の訓練をきちんとするべきなのかもしれない。
250人入る講堂がほぼ満席。
紀伊国屋さんが出店してくれて、出たばかりの『くろふね』も展示・販売。
ほかの本も含め、全部で58冊売れたとか。
サイン会も終わったところで、円山方面へ移動して、主催の読売新聞関係者と打ち上げ。
ちょっとハイテンション。夜は友人たちに合流して飲む。
きょう(28日)は、札幌駅へ向かい、無印良品、ビックカメラ、旭屋書店で買い物。
千歳空港から午後の便で当地へ。
千歳空港からは、苫小牧の精油所火災の煙が、はっきり目視できました。
くたくたで帰ってきましたので、メールへのお返事、遅れます。ご了承ください。
03/09/28
早朝4時50分、地震がありました。
揺れはかなり長く(1分以上?)続き、震度も棚や机の上から多くの物が落ちるだけのレベル。
固定していない家具はみな動き、重い鋳鉄の薪ストーブもずれ動きました。
積み上げておいた本の山はすべて崩れ、本は床に散らばっています。
ニュースではこのあたり、震度4ということなのだけれど、ほんとに4かな。
これって、震度5弱、の定義にあてはまる状況ではないだろうか。
わたしは無事です。
余震が繰り返されています。
気象庁は、最初マグニチュード7.0と発表していたけど、8だったと訂正。
かなり大きな規模だったわけです。この地の震度についても、訂正があるかもしれません。
初期微動はほとんど感じられず、いきなり震度3ぐらいから横揺れが始まった印象。
左右への揺れというだけではなくて、地面がねじられて震えている、という感じです。
1分以上?と書いたけれども、釧路のNHKの記者は30秒くらいと報道していた。
たぶん放送関係者のこの時間感覚のほうが正しいでしょう。
室内の清掃にしばらくかかりそうです。
03/9/26
ずっと続いていた好天も、とうとうおしまい。きょうは終日雨。
朝、『英龍伝』原稿を送ったあと、雑事をすませてから、27日の講演のための
画像資料作り。パワーポイントで、いろいろ画像を取り込み、当日はこの画像を
見ながら話そうという計画。画像があれば、話が下手でも聴衆のみなさんには、
あまり退屈せずに聞いてもらえるでしょう。
ところが、この資料作りが悪戦苦闘でしたね。
前の榎本武揚、中島三郎助のときは、友人に資料作りを一切お願いしたのだけど、
今回は全部自分で、パワーポイントの解説書を見ながら、試行錯誤。
20枚ばかりの画像を取り込み、資料を作るのに、10時間もかかってしまった。
新しいスキャナーでネガを取り込むのは、想像以上に時間のかかることだったし、
また、パワーポイントにはどうしても使えない機能がある(バージョンがちがうのだろうか)。
せっかく作ったファイルは行方不明になってしまうし、
一時は、もうスライドショーはできないかと諦めたくらいでした。
でも、なんとか、完成。
しかし、いまもわたしが広告代理店に勤めていたなら、毎日こういう作業を
やってなければならないのだよな。プレゼンは楽になったと言うべきなのか、
それともかえってしんどいものになったのか。
できたファイルを、LANからはずしたThinkpadで試験上映。オーケー。
以前はパワーポイントも強制終了させるしかなかったのだけど、
きょうはふつうに扱える。何があったのだろう。
おっと、明日は、『武揚伝』文庫版第4巻の再校ゲラチェック。
03/9/25
今回は、嘉永二年のマリナー号退去交渉での活躍まで。明日送稿。
きょうも快晴。少し風はあるけれど、溜め息をつきたくなるような美しさ。
午前中は友人が馬に乗りにやってくる。わたしはパス。
その代わり、お昼にはリゾットを作って庭のテーブルで食べる。
気温はちょうどよくって、虫もいない。食事は貧しいけれども、ちょっといい気分。
朝日新聞の出版局から電話。
池澤夏樹氏の『静かな大地』が単行本となるのだが、これを読んで推薦文を
くれないかというもの。六百数十ページあるとのことだけれど、池澤氏から
直接のご指名だとか。となれば快諾です。
『静かな大地』連載中も、ある読者から『武揚伝』と共通する世界観を感じる、という
意味のことを教えられておりました。
朝日の担当さんからは、読むのに確実に二日間かかります、と注意は受けましたが、
楽しみです。
『くろふね』いよいよ今週末、書店に並びます。
担当編集さんから、POPを30枚ほど、手書きで書いてくれませんか、という依頼。
最近は、かなり多くの作家が、自筆POPを作っているとのことですが、
わたしはいままで作ったことはなかった。
札幌行きがあるので、作業できるのは来週明けになってしまうな。
角川書店のPR誌に『くろふね』の紹介文を書いてくれたのは、
文芸評論家の末國善巳氏。我が意を得たり、という紹介です。
この数日、目を酷使しすぎましたか。ちょっと嘔気。
03/9/24
いい天気が続いています。きょうは午前中、馬仲間が馬に乗りにやってきた。
秋の日差しのもとで誰かが馬に乗っている姿は、それだけでなかなかの「絵」なのですが、
わたしは乗馬はパス。気持ちだけ焦っています。
けっきょく、朝起きてから仕事にかかるまでに10時間。
ウォームアップに時間がかかりすぎていますね。せっかく休みを取って、
頭の中のデフラグをやったというのに、これではまずい。
執筆にはかかれなくても、PCの前から離れるわけではなくて、
きょうは、あちこちのウェブログをサーフィン。「近況」をウェブログに移すとしたら、
どこのサービスを使うのがよいのか、どこの雰囲気が合っているか、その下調べです。
いくつか、大事なメールがきているのですが、今夜はお返事を書くだけの体力と、
気持ちの余裕がありません。返信、一日、待ってください。
03/9/23
『英龍伝』13枚書く。
今回を含めてあと3回で終わるかどうか、心配になってきました。
『天下城』同様、最後の一回はかなりの駆け足になってしまうだろうか。
星空がきれいです。月明かりはないのだけれど、星の明かりだけでも十分に明るい。
今年の秋一番の星空。
中川昭一が経済産業大臣。
彼は強硬な農業保護論者で、農業と農村にはじゃぶじゃぶ補助金を出せという立場で
政治家を続けてきた男だ。農林水産大臣ならやれたけれども、彼が経済産業大臣になって、
いったい経済政策はどういうことになるのだろう?
日本は自由貿易主義を捨てるのだろうか? また、ゾンビ企業もすべて国有化か?
03/9/22
きょうも、気持ちのよい朝。気温は7時で8度くらいだろうか。
午前中仕事場の清掃。そのままにしていたeメールへの返事等、雑用。
『英龍伝』あと3回。
資料を読みつつ、江川英龍の残りの人生をどう3回に振り分けるか、それを考える。
このあと英龍に関する大きな事件としては、マリナー号下田来航。ペリー来航。
品川台場築造。ペリー再来航。通商交渉。下田開港。反射炉築造。そして、病没。
大きなうねりの時期。時代を予見していた男、早すぎた男の死。
原稿は書けないままに、きょうは終わってしまった。
そういえば、韮山高校のOBから、文化祭で江川英龍についての展示・発表をするので、
なぜわたしが(地元韮山の出身でもないのに)江川英龍を書くことになったか、
その事情を教えてくれないか、とのメールが入っておりました。
江川英龍は、地元韮山の名代官というだけではなく、全国区で正当に評価されるだけの
人物です。北海道出身のわたしが書いても、たぶんおかしいってことはない。
韮山のひとから見ると、ちょっとふしぎなのでしょうけれども。
きょう、北海道新聞の担当さんから、メールで教えられました。
同じ「生きる」の紙面で、わたしと同じコラムを持っている絵本作家の小泉るみ子さんは、
わたしと同じ高校で、同じ美術部だったそう(わたしは、美術部に入っていたのです)。
1950年生まれとのことなので、わたしとまったく同期か、あるいは一年下になります。
わたしの高校は、クラシック音楽方面でけっこう活躍しているひとが出ているのだけど、
美術部出身者も負けてはいませんね。
漫画家のはた万次郎さんがたぶん美術部出身だろうし、
わたしの『屈折率』単行本にカバーの原画を提供してくれた松村繁さんもそう。
いや、だからといって、わたしは同期会や同窓会などには、まったく興味はないのだけど。
03/9/21
昨日のビールとワインのせいで、朝寝坊。
早朝、調教師さんがきていたことはわかったのだけど、起き上がれず、
そのままもう一度眠って、8時半起き。
昨日、早寝しなかったので、やっとこれでふだんのサイクルに戻ったということになるか。
快晴。素晴らしい朝。素晴らしい空。
『仕事ができる人のノート術』(樋口健夫、東洋経済新報社)を読む。
空港の待合ロビー読むのには、やはり小説ではなく、こういうハウツーものか
ビジネス書ですね。羽田空港の書店で、とくに情報もないまま、
タイトルが目についたので手を伸ばした本。
著者は三井物産の社員。これまでに、発想法関連の本を中心に、
20冊以上の著書を出しているひとらしい。わたしは初めて読んだ。
ホワイトカラーは誰もがノートPCを使う時代に、ノート術についての本というのは、
意外な隙間狙い。
でも、わたしもけっきょく、取材も発想も、ツールとして使うのはノートです。
ノート術はもっと早くから整理され、体系化されているべき分野だったかもしれない。。
さほど独創的なノートの使い方が書かれているわけではないのですが、
面白いのはやはり「商社のシステムの中でノートはどう使われるか」という部分。
また、いいノートが売られなくなった、という感慨にも共感します。
『書斎がいらないマジック整理術』(ボナ植木、講談社α新書)を読む。
こちらの著者はマジシャン。知らない名前でした。
発想法やメモの取り方についてのハウツーものですが、学者や物書きが書いたものと
ちがって、わりあい平均的な日本人中年男性にも参考になるでしょう。
タイトルに言う「書斎がいらない」方法というのは、デスクを持たず、文房具や資料は
コンパクトなバッグか箱にまとめてしまえ、という提案。
著者は700×620×230ミリの箱を特注で作って、家のあちこちに移動させて使っている。
建築家の宮脇檀が、男の書斎は質のいい椅子一脚でいい、と言ったのと似た主張です。
文章も軽妙で、楽しく読めた一冊。
夜、知り合いからバーベキューに招待されたので、
パエリア作りのための道具、材料ひと揃いを持って参加してきました。
バーベキュー・パーティというのは、火を囲んでその場で料理して食べる、
というシンプルなイベントですが、今夜のはいつもの仲間とするバーベキューとは
まるで雰囲気がちがう。人がちがうのだから、雰囲気もちがっていて当然ではありますが。
でも、おおげさに言えば、文化の差、まで感じてその場になじめない。
持参のノンアルコールビールだけを飲み、パエリア鍋が空になったところで、
さっさと片づけて退散。
03/9/20
今月25日発売予定の『武揚伝』文庫版第1巻の見本刷りが届く。
お酒を飲む理由になるな、と、町に出てビールとワイン。
今月末にはもう一冊、『くろふね』単行本が出て、
10月上旬には『ユニット』。
苦しかった時期の仕事が、立て続けにかたちなって出てきます。
ウィルスにやられたのだろうか。
「A very powful tool」 (3語目はpowerfulではない)というSubjectの妙なメールを受信。
発信元がわたし自身のメールアドレスなのです。
本文はこういうもの。
「This is a special powful tool.
I wish you would like it.」
とくにファイルなどは添付されていないのですが。
このメールについて、どなたか、情報か知識をお持ちのかた、教えていただけませんか。
あるいは、わたしから、妙な中身のメールが届いていませんか。
03/9/19
連日の早起きのせいなのか、それとも牧場仕事を続けたせいか、
毎晩、早い時刻に疲労困憊で倒れこみます。就寝前の犬の散歩さえできないくらい。
7月8月のオーバーワークが、いまになって身体に出てきたのだろうか。
おかげで、やるべき細かなことが、どんどんあとまわしになっています。
そろそろ本来の日常に戻さねば。
『ウェブログ入門』(田口和裕ほかの共著、翔泳社)を読む。
いまとても気になっているblogについての解説書。
中身の大部分は、XMLという技術やその周辺技術の解説なのでパスですが、
「1、基礎編、ウェブログってなに?」とか「付録、ブログの歴史」という章は
興味深いものでした。
どうやら概念自体は新しいにせよ、日本では一部の個人ニュースサイトや日記サイトが、
アメリカで言うblogと似た指向で、独自に発展を遂げてきたらしい。
たしかに、「さるさる日記」の勝谷誠彦氏のサイトなどは、まちがいなく「日本を代表するblog」
と呼び得るものでしょう。
また「はてなダイアリー」は、画面の雰囲気こそちがえ、
提供されている機能は、本書で紹介されているツールのものとかなり似ています。
あえて定番のblogツールを使うこともなく、同じ機能を持ったサイトを作れるようです。
(これって、すでに常識の話題なのだろうか)
本書の前書きで、著者のひとりが、thinkpadを携えて1カ月間、アメリカを旅行した
話を書いています。毎日スターバックスに入って無線LANを使い、日記を更新していたとか。
13年前、ポータブルのワープロを持って、アメリカをふた月ドライブ旅行したときのことを
思い出しました。あのときは、雑誌の編集部に原稿を送るといったらひと苦労でしたが、
そうか、いまはスターバックスに入ればよいのか。
もう一度、あんな旅行(生活)ができないものかな。
03/9/18
次郎の早朝調教三日目。早起きのせいで、夜がむちゃくちゃにつらい。
てのひらの痛みは、大分軽くなりました。このままにしておいても、
あと一日二日で治るでしょう。
北海道新聞コラム、今回は「五稜郭にカレーライス始まる?」というタイトルで、
榎本武揚らが日本で最初にカレーライスを作った、という説を開陳したのだけど、
担当さんが細かな記録も調べてくれた。
いま「日本のカレーライスの起源」をめぐって、横須賀海軍カレーと
札幌農学校カレーが一番争いをしているのですが、
横須賀海軍カレーは、記録上はようやく明治41年に登場する(じっさいは
それ以前から作られていたとしても)。
これに対して、札幌農学校カレーは、記録に出てくるのは明治9年。
一番争いも空しいと言えるだけの差です。
わたしの説、「日本のカレーライスは榎本武揚に始まる」は、明治元年、という状況証拠。
なんとか記録が出てこないものかな。
新しいスキャナーが届く。
ネガ・フィルムの取り込みもできるタイプですので、これからじっくり時間をかけて、
これまで撮ってきた写真を整理します。
03/9/17
戦国時代の騎馬戦についての考察、そのままにしておいても落ち着かないので、
一気にさっと書いて、『天下城ノート』に付け加えました。
『戦国の合戦と騎馬部隊』
それにしても、去勢という技術(文化)もなかったところで、戦国時代の武士たちは、
よく馬を使っていたのだなと感嘆します。殴って従属させる、という調教法だったのでしょうが。
先日、牧柵の修理で掛矢を使ったとき、手首を痛めてしまった。
最初は筋肉痛だと思っていたのだけど、なかなか治りません。
いまは、サイドブレーキを引くのもひと苦労という痛さ。骨にきているのだろうか。
明日もまだ痛みが引かぬようなら、接骨医に行って診てもらおう。
きょうも快晴。溜め息が出るくらいに、毎日、周囲の景色が美しい。
03/9/16
子馬の次郎の調教に、調教をお願いしたひとが仕事場まで通ってくることになった。
このひとの仕事に差し支えないよう、時間は朝6時すぎから1時間ほど。
眠っていてくださいとは言われたけれど、そうもゆかない。
朝5時半に起きて、コーヒーの用意などして、相手を待ちました。
わたしには、この時刻の起床というのは、ちょっとつらい。
『戦国15大合戦の真相』(鈴木真哉・平凡社新書)を読む。
著者の論考はすべて、日本史の通説を小気味よく打ち砕くものばかり。
わたしは『刀と首取り』で初めて著者を知ったのだけど、
それ以降読んだ著作はどれも、刺激的な考察・分析ばかりでした。
本書は、著者の他の作品と同じコンセプトながら、さほど理詰めではない概説書。
読みやすいけれど、新書で15もの合戦を取り上げているのですから、
ひとつひとつの分析はやや薄味という印象です。
前にも何度か書きましたが、著者は馬と騎馬武者の役割にはきわめて否定的。
「小さい馬が重たい鎧武者を乗せて、三々五々トコトコ攻めかかっていったところで、
いったいどういう効果が期待できたろうか」
でも、氏も認めているように、鎌倉期までは日本でも騎馬戦はあったのだし、
戦国期になって、まったくその戦法が消えたとは信じられない。
戦国時代には馬による戦いはなかった、という主張自体がいまや
通説化しているけれど、わたしはそうは思いません。
氏の思い込みも、現代の日本人が基本的に馬を知らない、という理由によるものでしょう。
べつの本の中だけれども、氏は馬の標準サイズとしてサラブレッドを持ち出し、
戦国時代の馬(体高130センチ弱、と鈴木氏は想定している)と重ねて比較して、
和種馬は使いものにならないと結論づけていた。
しかし、競走のために脚を長く改良してきたサラブッレッドを、
馬のサイズの標準とするのは無茶です。欧米でも、それは乗用馬の標準サイズではない。
馬と騎馬戦については、できるだけ早めにわたしの考えをまとめてアップします。
台風が去って、昨日から素晴らしい快晴。この地の9月は美しい。
03/9/15
『ベルリン飛行指令』、昨日は、資料を読み違えた、と思い込み、焦りました。
きょうは、自分の記述が正しかったことを証明するために、
ほかの資料の該当箇所探しを必死で。いくらなんでも、こんな単純なミスを
犯すはずはない、どこかにちがう資料があったはずだと、収納庫で悪戦苦闘。
やっと発見しました。そのとき使った資料ではないけれど、わたしが採った説を
証明してくれる記述。これで、書き直さずにすむ。なんとかパニックから脱出です。
blog(ウェブログ、という呼び方もあるようです)への関心を先日書きました。
先週金曜の北海道新聞も、チャンネル北国tvという、札幌に事務所のある
開設サービスの会社を紹介しています。
この会社のサービス、アクセスや開設希望が殺到して、
とうとういま、新規開設の受付を中止したというから、
blogの潜在需要はそうとうに成長しているということなのでしょう。
わたしも、この運営会社に、Netscapeでは画面が正しく表示されない問題で
問い合わせたところ、すぐにていねいな回答。
Netscape6以降のバージョンならスタイルシートに対応しているとのことで、
サブノートの7.0で見てみると、なるほど正常表示(メインのPCでは、軽さを考えて、
Netscape4シリーズを使い続けているのですが、変えどきかもしれない)。
さっそくあちこちのblogを見てまわって、ようやくこれがどんなものであるかを
確かめることができました。やはり、日記サイトよりは使えそうです。
データやある程度まとまった文章の保存・発表にはホームページ、
頻繁に更新する「近況」や、掲示板の役割はblog、と使い分けるのがよいかもしれません。
よいタイミングなのか、最悪なのか、使い続けてきたスキャナーが動かなくなりました。
緊急に使うので、下調べしておいたネガフィルムの取り込みも可能なタイプを注文。
わたしがもしblogも始めるようなことになれば、またあらためてデジカメも導入ってことに
なるのだろうな。
03/9/14
午後からかなり強く風と雨。
深夜零時の時点でも、当地はまだ強風域には入っていないはずだけれど。
『ベルリン飛行指令』、翻訳者さんから疑問が出ていて、じっくり調べ直す必要の
ある部分が何カ所かまだ残っていました。きょうは腰を据えて、この解決作業。
ところが、記述の参照にした資料がどうしても出てこない、思い出せないという
点があって、頭を抱えてしまう(なんたって15年前に書いた作品ですので)。
また、資料を読み直して、わたしの読み違いだった、とわかる部分も出てきました。
いまになって、これに気づくとは。
記述を書き換えなければならない。むむむ、です。
日本語版と英語版とで、微妙に中身の違う本ができてしまうことになる。
小説すばるから「明日から無人島に流されるとしたら、どんな私物を持ってゆくか」
というアンケートがきておりました。
昨日が締め切りだったのだけれど、すっかり忘れていて、先ほど編集担当さんから
問い合わせ。あわてて回答をeメールで。
定番の質問ですが、「無人島」という部分よりも「流される」(流刑される)という
部分にこだわってしまっての回答となったな。
小説すばるは以前、「人生最後の日に何を食べるか」というアンケートを
物書きたちにしたことがあります。
このときの回答の最高傑作は、船戸与一のものだった。
「プリンってものを食べてみたい」
ちなみにわたしの回答は、ごく常識的に「コレステロール系のものいろいろ」
03/9/13
きょうも朝8時から10時まで牧柵の補修作業。
金槌と掛矢をふるい、板を運んで、くたくたです。
そのあとも、馬仲間たちと一緒に、馬の削蹄作業。
ふと気がつくと、肌の露出部分には発疹、顔はチリチリと痛い。
9月というのに、きょうの紫外線は強烈だったようです。
昨日の頭のくらくらも、もしかすると、紫外線を浴びたことによる血行障害が出たせい
なのだろうか。
午後には、栄養剤を飲んでもダウン。単純な肉体疲労だと思うので、心配はないでしょうが。
映画の話題ふたつ。
『ダイ・アナザー・デイ』007シリーズの最新作。
007シリーズはたぶん8割以上観ていると思うのですが、
この作品はシリーズからの逸脱かと思えるくらいに、シリアスです。
最初から、かなり戸惑いました。
そもそも007が、アバンタイトルで、危機から脱出できなかったことなど、
これまであったろうか。
ティモシー・ダルトンの2本は、007という存在を、捜査員や交渉人ではなく、
完全に破壊工作員という位置づけにしており、あれはあれで「真面目なアクション映画」
という印象でしたが。
『プルーフ・オブ・ライフ』
この映画にまつわるゴシップのほうが先に頭に入っていたせいで、
素直に楽しめなかった。いや、面白い作品だとは思うのですが。
このストイックな交渉人の役は、やはりラッセル・クロウには無理でしょう。
おいおい本気かよ、という思いがどうしてもついてまわる。
角川春樹事務所の書き下ろし、すでに書いた冒頭部分は廃棄することに。
プロットの詰め直し作業開始。
03/9/12
今月27日(土)、札幌の道立近代美術館講堂で、講演します。
テーマは「物語の出来る秘密 私の作家修業・読書と手紙の効用」
詳しくはこちらへ。
今朝、4時半に地震。かなり長く揺れておりました。
それで目を覚ましてしまい、そのまま起きてしまった。
牧柵の補修、そのあと補修した箇所にクレオソート塗布作業、たっぷり2時間。
こういう作業をやっていると、わたしの生活に必要なのは、大工仕事の技術ではなく、
動くのを苦にしない身体ではないか、と思えてきます。
道具についても、電動ドリルよりもユンボが必要、って生活だな。
北海道新聞コラム送稿。
暑い。蒸します。夜まで、頭がくらくらするくらいの温度と湿度。
2年前の9月10日、わたしはワイオミングからコロラド州デンバーに入って、
LA行きの飛行機に乗るところでした。でもこれが欠航。
エアラインの係員は、デンバーで一泊してゆかないかと勧めてくれたのだけど、
わたしは帰国後すぐに某作家と対談する予定が入っていた。
それで、どうしても帰らねばならないと、サンフランシスコ経由の便に振り替えてもらい、
11日、台風が通過したばかりの成田に降りたのでした。
2年前にも書いたと思いますが、『オデッサ・ファイル』の冒頭で、フォーサイスは
こういう意味のことを書いている。
「ケネディ大統領が暗殺されたとき、自分がどこで何をしていたか記憶している
ひとは多い」
9月11日も、たしかにこのような日付になりつつあるようです。
わたしも、上に記したように、どこで何をしてこの日を迎えたのか、
その前後の事情まで含めて鮮明に思い出せる。
03/9/11
朝、また馬たちが放牧地から脱走。犬が吠えるので窓から見ると、
公道を越え、隣りの酪農家さんの牧草地を駆け回っています。
馬たちは、放牧地の外に生えている青草を食べようと、
牧柵の板を頭で押し破り、とうとう脱走口を作ってしまったようです。
馬たちの脱走に気づいた酪農家さんの応援を得て、なんとかもとの放牧地へ。
小一時間ばかりの捕り物でした。
牧柵が傷んできているのは承知していて、じつは補修用の板を注文したところでした。
これまで使ってきた24ミリ厚の規格材ではなく、
30ミリ厚のものを製材所に特別に挽いてもらって。
これが届かぬうちに留守をすることになり、帰ってきてみると、板は届いていた。
でも、なにせ昨日のことですから、補修している時間もなかった。
クレオソートを塗ってから使うかとも考えていたのですが、タイミングが一日遅れましたね。
わたしは、人生なにごとによらず、こういう失敗をやり続けてきたような気がする。
北海道新聞コラム。
日経マスターズ『英龍伝』ゲラ直し送り。
静養中に読んだ小説ひとつ。
ケン・フォレット『自由の地を求めて』新潮文庫上下。3年前に翻訳が出た本です。
アメリカ独立戦争が始まる直前のイギリスと植民地のバージニアとが舞台。
波瀾万丈の社会主義冒険小説ですが、フォレット版『風と共に去りぬ』という趣きもあります。
結婚相手選びに失敗した気の強いスコットランドの貴族の女と、
身分は低いけれども生活力と人望のある魅力的な男、が主人公。
もしこの主人公たちがアイルランド人なら
『風と共に去りぬ』の前日譚となっていたかもしれない。
フォレットには少なからず影響を受けているのですが、この作品は買ったまま
放り出していた。上下2巻、時間が取れる、という確信がないと、なかなか手が出せません。
『知的DIYの技術』(中野不二男・新潮選書)
著者の前作『デスクトップの技術』は、ローテクのわたしにはあまり参考には
ならない本でしたが、これは自分でやる大工仕事に関する好読物。
著者は、電動ドリルを手に入れたところからDIYに開眼、
最後には別荘まで大部分自分で建てるまでになってしまう。
じつはわたしも、こういう土地に暮らしている以上、大工仕事というのは
絶対に身につけるべきスキルだということは承知しているのです。
でもいまさら、どうやったら覚えられるものなのか。
アメリカ在住の友人(女性)は、大工として働けるだけの資格を持っている。
コミュニティ・カレッジに通って身につけた、と言っておりました。
「この国で生きてゆくには、大工仕事の技術と自動車の知識が絶対必要だもの」
釧路あたりのカルチャー・センターでそういうコースがあれば、
わたしも、通うことを本気で考えるべきかもしれない。
以前、BISESという雑誌には、DIYの通信教育の広告が毎号載っていたけれど、
あのプログラムはまだ存在するのだろうか。
03/9/10
近況再開です。
9月1日には上京、午後5時に、『ユニット』再校ゲラ直しを担当編集さんに渡す。
同6時には、『くろふね』再校ゲラ直しを担当編集さんに渡す。
これで、ようやく、倒れてもよいだけの余裕ができたのでした。
先月、月なかばにへたりきったのは、計算ちがい。
翌日2日に、一目散に逃走。携帯電話も、eメールもつながらない場所へと向かいました。
目的地に着いてから、身体と精神状態のリハビリ。
本日、仕事場にもどってきた次第です。
きょうは、たまったメールのうちから、緊急性の高いものについて返信。
さらにファクス、直接の電話等で、用件の処理。
町に出て、営業所留めにしておいた宅配便の荷物を受け取ったり、買い物その他。
スーパーの駐車場では、マナーの悪い運転者に腹を立てたり、
信号無視で突っ込んでくる車のドライバーに思わず悪態をついたり。
こんなにカリカリしているということは、リハビリの効果はなかったということだろうか。
それとも、すでに頭は仕事モードに切り換わったということか。
10月、講演の仕事一件成立。
聴衆は、最も尊敬に値する公務員、消防士さんたち。
拙作『武揚伝』を中心に、戦う男の話をして欲しい、というのが、主催者さん側の希望です。
喜んで。
03/9/9
少しの期間、この近況の更新を休みます。
また体調が悪くなったというような理由ではないので、ご心配なく。
03/9/1