journal
近況 03年5月
『その時 歴史が動いた 19』KTC中央出版
この1月、わたしがゲスト出演した回
『外交立国の志、いまだ死なず 榎本武揚、箱館戦争終結の決断』が
活字化されて収められています。
本体1600円
『天下城』送稿。
『武揚伝』文庫版のための直し、想像以上に大仕事。
前にも書きましたが、武揚の長崎海軍伝習所への入学の年、熟慮の末、通説を退け、
勝海舟の回想に拠らない新解釈を示します。
となると、伝習所の章、全面的に書き直し。
昨日の近況、反発もあるだろうなと確信犯的に書いたのですが、早速今朝、
九州のかたからメールをいただいた。文具業界や小売り業界に詳しいかたで、
どうしてあのようなことが起こるのかという情報、とても参考になりました。ありがとう。
少しつけ加えて書きます。
わたしは、何が何でも1円でも安いものを買おうとは思っていない。
昨日も書いたように、それが10パーセント程度の差なら、身近なところから買う。
また、ファクス用紙とかコピー用紙、着火材のようなものは、規格商品であるし、
ブランドによるクォリティの差はほとんどない。ブランドを選んで買わない。
それが市場価格であればいい。
小資本の店が、仕入れの点では量販店にかなわないことはわかります。
でもこの類の商品について、あのようなビジネスをすることは、
わたしには「弱い消費者」からのぶったくりと感じられる。
市場価格の倍(あるいは4倍)もの値の商品にお金を払うのは、
緊急なので値段はいくらでもいいから買うという客、あるいは、
情報も車もないし、インターネットも使っていない、というお客です。
つまり、ほかに回って市場価格では買うことができない、弱い消費者。
「いやならよそで買え」と言われても、よそには行けない消費者がその額を支払うのです。
また、わたしが経営者なら、こう考えます。
ファクス用紙やコピー用紙は消耗品です。
べらぼうに高くない限り、一回これらを買ったお客は反復して来店してくれる。
でも、一度高いと認識されたら、「強い消費者」(たいがいそれは上客)は二度とこない。
となれば、たとえASKULから小売値で仕入れてでも、市場価格に近い値で売ろう、と。
仕入れ値が高いせいにして、倍の値で売っていてもいいけど、そうなるといずれ
「あの店は、よその倍で売ってる」という評判が広まって定着する。
その事態、小売業の経営者なら、さぞかし怖いだろうと思うのですが。
03/5/31
歴史街道『モンカダの熱い朝』送稿
川崎市民アカデミー、講義のための資料作り
『武揚伝』直しは、明日午後から開始、月曜朝までになんとか。
明日からわたしは本気で鬼です。電話不可、面会謝絶、不義理御免。
モバイルノート、到着。梱包は解いたけれども、ソフトのインストールや
設定をしている余裕がない。しばらく放っておくしかありません。
最近、数回続いた体験のこと。
常識的な「市場価格」のある商品が、店によってはべらぼうな価格で売られている。
きょう、ファクス用紙が切れたので、いつもの量販店で買おうとしたら品切れ。
緊急に必要なものですから、事務用品店にまわって、二本箱入りを買った。
この値段が1701円。レジの女性店員にそう告げられて驚いた。「そんなにするものですか?」
店員、「1本900円を1割引かせていただきました」
わたしには、これは1本400円ぐらいという頭がある。
よその店に回っている余裕もないので買って帰ってきましたが、
ASKULのカタログで調べてみると、やっぱり380円。6本入りなら1380円で買える。
早めにこっちに注文しておけばよかった。
そういえば、ひと月ぐらい前、ある営業不振のホームセンターで着火材を買ったら、
1個600円だった(値札を見ずにレジに持っていった)。
ブランドはちがうけれど、同種の商品はせいぜい150円で売られています。
このときは自分の記憶に自信がなくて、やはりその値で買ってきてしまいましたが。
また、ある書店に併設された文具売り場では、A4のコピー用紙500枚入りが1000円。
量販店ならやはり400円以内で売られている品。その書店は知り合いもいるところなので、
この値札、つけまちがいではないか、と店員さんに確認したのだけど、まちがいないという。
店のひとが市場価格を知らないのか(だから、市場価格で売れる商品を仕入れていない)、
あるいは、市場価格を知らない客が多いから利幅の大きい商品を売ってやれ、ということか。
でも、こんな商売をしてると、大量に買う、あるいは頻繁に買う上客ほど逃げる。
いや、こういったお店、地元の官庁、学校などには、
この価格で納めて、ビジネスとしては成立しているのかな。
新しいタイプの流通業を毛嫌いする社会評論家がいます。
小さな商店を守れ、地元の商店街を守れと、このひとたちは主張するのだけど、
「保護」が必要な商店は、おおむねどこもこのような商売をしているところのはずです。
わたしも、10パーセントぐらいの価格差なら地元商店を応援しようという
つもりもあるのですが、ふつう400円以下で売られているファクス用紙が900円ではなあ。
(恩着せがましく1割引いたと言われても)。
わたし、衰退する地方商店街問題、あるいは小規模小売業問題については、
けっこう冷たい。淘汰されるには、何かそれなりの理由があるんでしょう。
03/5/30
28日、札幌で北海道新聞連載コラムについて、担当編集さんと打ち合わせ。
初顔合わせです。食事をしながら、今後の進め方、題材などについて。
問題のゲラの件、締め切りよりも10日早く原稿を送るなら
組版ゲラを出すことは可能とのことです。でも、現実的ではありませんね。
ゲラは出ないものとして、これからもやってゆくしかない。
札幌はいま、ライラックが満開。街の至るところで、この花が咲き誇っている。
この時期の札幌はほんとうに美しく見えます。
戻って住んでもいいかと、ちょっと思うくらいに。
きょうは、北海道各地で真夏日。当地も22度まで上がった。
仕事部屋にしているロフトが、けっこう暑くなっている。去年は冷夏だったので、
さほど暑さは気にならなかったけれど、やはり春のうちに収納庫を改装して
おくべきだったろうか。
03/5/29
『くろふね』ゲラ直し。
『カストロのモンカダ兵営攻撃』(タイトルは別)10枚。この件、生きているのだろうな。
何が何やらもうよくわかっていないという状態。この一週間のあいだに業務連絡が
いくつもあったような。あれらはどう処理したろうか。ただ、あとまわしにしただけか。
『特打』で、ローマ字入力の練習開始。ゲームをしているみたいで、けっこう面白い。
モバイルノートを使うには、どうしても必要なスキルですし、
非常用、緊急用という意味もある。覚えておいても損はない。
20年前、OASYS100Jを買って、親指入力を練習しはじめたころのことを
思い出しました。一日一時間弱の練習なら二週間で覚える、というのが
OASYSの売りだったけれど、じっさいには一週間目ぐらいには原稿を打っていたような
気がします。一週間で指が位置を覚え、そのあとは打鍵速度が速くなっていった。
それにしても、20年使い続けてきたのか。
富士通の消滅とともに、この技術、この規格が消えないことをひたすら祈ります。
03/5/27
昨日の近況、じつは26日の早朝に更新したのでした。
前夜10時、『天下城』を送って、そのままベッドにばたり、灯もつけたまま朝4時まで爆睡。
目覚めたところで更新です。早起きって、すごく人生を得したような気分になる。
朝一番で整体師さんのところに行き、腰痛治療。背中の打ち身をかばっていたせいで、
腰に無理がきた、というのが最大の理由のようでした。
きょうは『英龍伝』送り。
とある場所の確認に半日がかり。どの史料にも研究書にもそれが記述されていない。
小説の場合、ストーリーの流れの中でそこだけ「とある場所で」とか、
「場所は不明だが」と書くわけにはゆきません。これについては記録がない、という
ことを確認した上で、「ここ」と設定して話を進めなければならない。
でも史料の見落としとか、入手できなかった史料には記されている、という可能性はあるわけで、
この「設定」というのはけっこうスリリングです。
さて、破綻の5月、あと『歴史街道』10枚、『武揚伝』文庫版大直しが残っている。
おっと、『くろふね』ゲラ直しも。
破綻の5月、と書いたけれど、物書きの場合、その破綻の程度は、
原稿の予定執筆枚数と実質執筆枚数との差で示されるのだろうか。
今月の執筆枚数150枚、100枚の赤字。翌月へ繰り越し。ゲラ2400枚、不良債権化、とか。
締め切りを落とした、という場合が、手形不渡り、だろうな。
03/5/26
『エトロフ遥かなり』ビデオ、発売になりました。全4巻。各巻3800円
NHKソフトウェアから。
Sell&Rentです。図書館のほか、TSUTAYAなどにも、ぜひリクエストしてください。
腰痛、あまりよろしくない。明日は整体師さんのところに行かねばならない。
先日、環境問題のシンポジウムで聞いた話をひとつ。
じつは昨年、この集まりで、ある自然保護団体から、この地方の某河川で
イトウの棲息が再確認された、という情報が発表されました。河川環境が回復してきた
証というわけです。関係者一同、みなこのニュースを歓迎した。
ちなみに、当地のさまざまな自然保護のグループは、自分たちが関わる野生動物の
営巣地や棲息地を、非・関係者には簡単には教えません。
うっかり情報をもらすと、捕獲や狩猟の対象にされてしまうから。
ある獣医さんは、シマフクロウの保護グループに三年間お願いし続けて
ようやく先年、とある営巣地まで案内してもらった、と言っていた。
そのくらい神経質になっている。
ところが、先日のシンポジウムでの発表。
当地のその河川で個体確認されていたそのイトウが、
「密漁」されてしまったという。1メートル16センチの体長だったそうです。
イトウが「密漁」、と聞いて、首を傾げるひとも多いことでしょう。
イトウは残念なことに、捕獲禁止と定められているわけではない。
これについて質問したひとがいて、保護グループの話。
このイトウは、サクラマスを違法タモ網(直径30センチ以上)で捕っていたひとの網に
引っかかったのだそう。その河川のとある落差溝でのことだったそうです。
つまり、このタモ網使用が漁業法違反なので、イトウを捕獲したのも「密漁」ということになる。
イトウの捕獲自体は、誰も制止できないし、これを告発するわけにもゆかない。
グループは、この密漁した人物、密漁の日時まで特定しているそう。
1メートル16センチ、という体長についても、きっと密漁したご本人が、
得意になって吹聴しているのでしょうね。
グループのひとは言います。「このイトウが、この川で確認された最後のイトウという
ことにならなければよいのですが」
シンポジウムでは、この話を聞いて、みな溜め息。
違法性うんぬんよりも、この密漁者の愚かさに、力が抜けてしまう。
03/5/25
馬に押された背中の痛みがかなり小さくなってきたと喜んでいたら、
なぜかその下、腰骨の上のあたりに新しい痛み。ぎっくり腰の軽い症状のような。
水曜日の勤労奉仕以外に腰痛の原因は思い当たらないけれど、
三日もしてから痛みが出ることはないだろうな。これはいったい何だ?
『先生、馬で裁判所に通うんですか?』(海川道郎、北海道新聞社)
馬好きが高じて大阪から北海道・日高に移住、馬を飼い始めた弁護士さんの
馬飼い暮らし体験記。わたしが『馬を飼う生きかた』を脱稿しないものだから、とうとう
こういう本が出てしまった。
本の末尾に、某乗馬クラブの悪徳商法の話が出てきます。
著者(夫妻)自身が会員として体験した詐欺ビジネスの話。
著者は、そのクラブの会員となってレッスンを受け始めたところで、インストラクターから
自分専用の鞍を買うよう、執拗に勧められる。価格は30万円
ちなみに、ヨーロピアン・タイプの鞍は、個人輸入すれば2万円程度で買える。
つまり、ちょっとした革鞄ほどの価格。30万円というのは法外。
インストラクターは著者夫妻に、つぎつぎと種類のちがう鞍を買わせ、
さらに馬(自馬)を買えと勧めてくる。著者はこのあたりでかなり疑問に感じつつも、
一応はこの勧めにも従う。しかし、やがてクラブは、著者がその馬を酷使しすぎている、という
理由で、もう一頭買うように勧めてきたというのです。
ここで、さすがに著者もこの詐欺ビジネスに気づき、クラブに抗議する。
クラブの責任者は、1頭目の馬には何の不具合もないと認めて謝罪したという。
著者は自分の馬を引き取って、このクラブを退会する。
じつは、 このクラブのことは、乗馬好きのあいだでは有名です。
乗馬雑誌などに派手に広告を打っている業界最大手の某乗馬クラブ。
全国に施設を持ち、いくつかの馬具ショップも経営。
外面だけ洗練させているけれど、ここがやっていることは博労ビジネスです。
金のありそうな素人会員を騙して、とことん金を搾り取る。
なのに日本のメジャーな乗馬雑誌は、このクラブの悪徳ビジネスを記事として
取り上げたことはないのですよね。大事な広告主だから、というせいでしょうか。
これだけの規模で事業を展開しているのですから、経営者も馬業界の大物なのでしょう。
自分も乗馬をしようかと考えているみなさん、ネット上ではこのクラブの
悪徳ビジネスのことが詳細に情報交換されているけれど、念のために書きます。
そのクラブの名は、ク××ン。
このクラブに入会すると、大半のひとが、乗馬も馬をめぐる世界も嫌いになるそうです。
著者は書いています。
「(利益追及の)度が過ぎると、乗馬の普及に大きな悪影響をもたらすことになる。
乗馬をもっともっと普及させるために、不本意なことではあるが、こうした私の体験も
紹介せざるを得なかった」
著者は、日本の乗馬普及を妨げているのはク××ンだ、と言っているわけです。
03/5/24
けっきょく衝動買いしてしまいました。モバイル・ノート。きょう、通販で注文。
2週間の冷却期間を置くこともなく。
この仕事場で仕事に集中するのが難しい場合の対策です。
物理的に隔離環境を作るよりも、自分が世界のどこででも仕事ができるようにしたほうがいい、
という判断もありまして。と、わざわざ書くこと自体、どこか言い訳めいていますね。
キーボード問題はまだ残っているのですが、一応「特打」というソフトもAmazonで購入。
もしかすると、わたし、両刀使いになるかも。
りそなの実質国有化のあと、銀行をめぐる動きが急です。
たしかに、この金利で利益を出せなかったら、金融業は終わってるでしょう。
再・再編の動きは当然だし、どうせなら、外国資本銀行の進出をもっと歓迎すべきです。
外国人投資家や外国銀行を「ハゲタカ」と呼ぶのは、幕末、攘夷派が外国や外国人を
「夷狄」と読んで侮蔑していたのと同じ。ただの思考停止。何も生まない。
03/5/23
『オール読物』6月号で、北村薫氏が、とあるチャンドラーの名文句について、その原典を
探すというテーマでエッセイを書いています。その名文句というのは。
「さよならを言うのは、少しのあいだ死ぬことだ」
(『長いお別れ』
有名な文句です。ただ、北村氏はとくに気にとめていないようなのですが、
この文章には前半があって、それはこういうもの。
「フランス人はうまいことを言う」
(本が手元にないので、うろ覚え。「フランスにはうまい言い回しがある」だったろうか?)
北村氏は以前、この文章(後半)の原典が、
フランスの詩人アロオクールの作品の一節ではないか、という
仮説を出していたのですが、ただしその詩では「別離は…」という表現。
「さよならを言うのは」という表現ではなかったらしい。
その後読者からいろいろ情報が寄せられたとかで、今回のエッセイです。
今回のエッセイでは、コール・ポーターの曲の一節ではないか、という情報を紹介しています。
コール・ポーターに「Everytime we say goodbye」(44年)という曲があって、
「さよならを言うときは、いつだって僕は死ぬ思いさ」という一節があるらしい。
で、新しい北村説は、チャンドラーはアロオクールの詩を読んでおり、
この文章を書くとき、コール・ポーターの曲の歌詞の響きに影響されたのだろう、
というものです。
こういう推理を読むのは、とても楽しい。
ただ、わたし、チャンドラーのこの文句を読んだときに思い出したべつの作品がある。
(わたしは特別なチャンドラー・ファンではなく、『長いお別れ』を読んだのは、
たぶん70年代後半。つまり二十代後半のはずです)。
それは、ジェームズ・ヒルトンの『鎧なき騎士』という作品。33年の発表。アメリカ版は34年刊行。
わたしが持っている翻訳は、創元推理文庫70年初版、72年3刷りのもの。
「フランス人は『別れを告げるのは、しばらくのあいだ死ぬことだ』と言いますが、
この国では『完全に死ぬ』ことなのです」
(創元推理文庫『鎧なき騎士』P317)
チャンドラーは、フィリップ・マーロー・シリーズを書くとき、現代の騎士物語だ、と意識して
いたそうで、となると、ずばりタイトルも騎士もの『鎧なき騎士』を読んでいた可能性は高い。
わたしは、こっちからの引用ではないか、という説も提示したい。
「フランス人はうまいことを言う」という部分を含めて考えると、
この説、けっこう説得力があると思いません?
ただ、あまりにも単純すぎて、北村説のような文学的香気には欠けるのですが。
隣町で環境問題のシンポジウム。話とはべつに、わたしのすぐ脇のテーブルの上の
プロジェクターとVAIOが気になってしかたがなかった。
03/5/22
まるで秋の日のような快晴。空気が済んで、遠くの山並みまでくっきり。
この季節には珍しい晴れかたです。斜里岳に残る雪の模様が、気持ちのよいアクセント。
木々も新芽どき。樹種によっては、ひと足早く新緑。牧草地は一面柔らかそうな緑。
そんな中で、部落の会館周辺と共進会場(家畜品評会場)の掃除、草刈りなど。
集まったのは、酪農家の男衆40人ぐらい(この地区には、非農家も10数軒ある)。
わたしがそこに溶け込むには、トラクター・メーカーのロゴ入りツナギが必要だったな。
腰と背中をかばいつつの力仕事だったので、あまり働けませんでした。
古いほうのPC、このところハードディスクがチリチリという細かな異音を立てるのだけど、
これはクラッシュの前兆だろうか。ほぼ5年近くフル稼働させてきたので、
そろそろ寿命になってもおかしくはないような気もしますが。
『帰らざる荒野』、週刊ポストに短評。
ほかに紹介記事など目にされたかた、お知らせください。
03/5/21
きょうから『英龍伝』。
気分を切り換えるため、天気もよかったので、遠出して昼食をとることに。
45分走って、弟子屈町の次郎牧場、ジローズ・カフェへ。
着いてみると、さほどお腹もすいておらず、ここの自慢料理タンシチューはあきらめて、
パンとクラム・チャウダースープ、それにコーヒーの軽食。
帰りも寄り道せずに45分、気持ちのいいドライブでした。
昨日の北海道新聞夕刊が、午前中、郵便で届きました。読んで仰天です。ミスあり。
じつは、掲載直前に、校閲から指摘があった、と、ある言葉の修正を求められた。
あわててその言葉の定義などを確認し、文脈がおかしくなることはないが、間違いだと
思われる心配もない、というかたちに修正。
ところがこのやりとり、全部電話だったのですよ。全体を把握しないまま(新聞記事なので、
ゲラは出ていない)、問題とされた語句だけ修正したら、後段にも一カ所、これに合わせて
直すべきところが残っていた。そのセンテンスだけ取れば問題はないのですが。
はい、以上は弁解です。
新聞社の仕事のシステムには、いまだに慣れません。
『英龍伝』けっきょくきょう書いたのは5枚程度。これは使いものにはならないな。
03/5/20
食生活が貧しくなってきています。ついレトルト・カレーですませてしまう。
仕事が一段落したら、きちんと手のかかったものを食べにゆくぞ、と哀しい決意。
『くろふね』第10回送稿。予定より3日遅れ。
やはり今回では終わらなかった。あと30日分必要か。
北海道新聞連載コラム『干し草通信』開始。
『ベルリン飛行指令』翻訳家さんから質問、第二回目。
あちらは着実に進行しているようです。
考えたら今週は、堅気の市民としてやるべきこともふたつ。
地元の環境整備作業(清掃奉仕)。スコップを持って集合というのがひとつ。
この地方の某環境問題シンポジウム。委員として、隣町まで。
03/5/19
ストレスが高じると、買い物をしたくなる、という話をよく聞きます。わたしの場合は
さほどそのような衝動は出ないのですが、それでも年に一、二度、無性に消費欲求が
強まるときがある。あとさきを考えずに買い物をしたくなる。
いま、頭に激しくちらついているのは、モバイル・ノート。
あれば、自主的缶詰もできる、講演でもパワーポイントが使えると、「必要な理由」に
ついては、いろいろ考え出せる。
これまではずっと、親指シフトのモバイル・ノートが出たら買おうと考えていたのですが、
もう富士通には期待しても無駄だ、という思いがあります。
2週間我慢してこの衝動が消えなければ、それはかなりほんとうに必要だということだな。
『天下城』原稿送り。
長篠の合戦について、新刊中にまたこんな記述を発見。
『歴史探索入門 史跡・文書の新発見』(小和田哲男・角川選書)
小和田氏は書いています。
「ところが、実際に設楽原を訪れてみると、そこに五万の兵が入る空間などないことに気づく」
「現地を歩いてみると、これまで通説のように言われてきた、鉄砲1000挺ずつの
一斉発砲というのが絵空事のように思えてくる」
「唱え出したひとは、実際に現地を歩いていなかったのではなかろうか」
現地に立てば、わたし同様、やはり誰もがこう感じるようです。
なのに、通説はいまだに根強く、概説書やムック、小説の中で繰り返されているのだよな。
03/5/18
このところ、書くだけ空しいので日本経済の先行き不安については何も書いては
おりませんでした。でも、ふと気がつくと、経済誌やエコノミストたちも、
もう「日本経済の危機」なんて言い方をしていない。
最近読んだあるコラムでは、某氏は「日本資本主義の死」という言い方をしていた。
もう、手遅れなのですね。
なのに、小泉総理と自民党はなぜ政権についていられるのだろう?
お気楽小泉総理の支持率53パーセント。わからない。
竹中平蔵大臣「いまは金融危機とは認識していない」
陥落間近のバクダッドで、「アメリカ兵は20キロも遠くだ」と言うしかなかった
イラク情報大臣のことを思い出します。竹中大臣は、口が裂けてもほんとのことを
言うわけにはゆかないのでしょうね。
北海道の失業率は、8.4パーセントです。居酒屋のカウンターに12人客がいたら、
ひとりは職がない。これが10人にひとりになったくらいのときに、初めてその居酒屋の
ほかの客も、ただごとではないぞ、と認識するのだろうか。
貧しいひとを狙ったくだらない詐欺事件の続発や闇金融の跋扈を考えると、
もう世の中には金を持っているひとがいなくなったのではないかとも思えるのですが。
ああ、5月ももうこんな日。
03/5/17
危なかったのは、りそな銀行だったのですね。
数日前から、ネット上では大手銀行のひとつが危ない、という情報が飛び交っていた。
気がついていたひとも多いことでしょう。みずほ、と名を挙げていた情報もあった。
じっさい、みずほの株価は額面に近く、これかと思っていたところ、
実際には、りそなだった。いや、みずほも続くのかな。
かたや生保の予定利率引き下げ問題、国が詐欺ビジネスを応援するのだから、
終わってます。この国の金融・保険業界は、もうとうに死んでいるのではないか。
カナダの銀行の例で言いますが、日本の銀行とは比べ物にならないくらいのサービスの
よさで、きちんと利益を出している。日本の銀行はあの金利、あのぶったくりで、
それでいて経営危機というのですから、理解できない。
カナダ某銀行の場合(たぶん、北米のほかの銀行もさして変わらないはず)。
ATMは24時間稼働。引き出し手数料はゼロ。
銀行窓口は、支店によって、営業曜日、営業時間がちがう。
極端な話、日曜でも開いている店はあるし、夜に利用できる店もある。
振り込みにはパーソナル・チェックを使う。振り込み手数料はゼロ。
金利のよさ(国際水準)については、日本の銀行と比較するのも空しい。
お金を借りるのも容易。連帯保証人は不要。
たぶんこのほうが、世界的には常識の制度のはず。金融に関しては、わたしは
断固たるグローバル・スタンダード主義者です。
『鉄砲隊と騎馬軍団』(鈴木真哉・洋泉社)
鈴木真哉氏はこのところ、日本の戦国時代の戦いの様相について、通説を大胆にくつがえす
論考を立て続けに発表しています。この本はサブタイトルが「真説・長篠合戦」で、
長篠合戦についての通説を木っ端みじんにしてくれる快著。
結論を要約すれば、長篠の合戦は、よく言われるような
「世界史を変えた」「革命的な」合戦などではなかった、ということです。
ちなみに、長篠の合戦の通説とは。
この合戦に於いて、織田信長は、鉄砲3000挺を揃えて武田軍に対峙した。
これほど大量に鉄砲を揃えた戦闘は、当時のヨーロッパでも例がなかった。
対して武田軍は、騎馬部隊による突撃という中世的戦法を取った。
織田軍は、鉄砲の一斉射撃、三段撃ちという戦法で迎撃、武田軍を潰滅させた。
これは世界史の転換点とも言うべき画期的な戦いであった。
鈴木氏は、「長篠合戦の実態は『攻城戦』だった」と主張します。100パーセント同意。
「長篠合戦の『三段撃ち』という虚構」という考察にも、全面的に同意できます。
わたしの 「天下城ノート」も参照してください。
氏は書きます。(通説が成立しえないことは)「長篠の古戦場を実見した人なら、直ちに
理解できるはずである」
ほんとうにその通りです。現地に立った瞬間に、通説のおかしさがわかる。
通説のような合戦のありようは、あの地形、あの広さではありえない。
通説に基づいて、長篠の合戦を、その革命性という視点で描いてきた作家や研究者たちは、
実際には長篠(設楽原)を見ていないのではないか、とさえ感じます。
ただし、鈴木真哉氏は、馬についてはちょっと研究不足という気がします。
武田の騎馬軍団などなかった、という主張には賛同できるけれど、馬には詳しくない。
もっとも、これまで氏は、日本の馬の標準体高を120センチとしてきたけれども、
さすがに本書では、平均130センチ、と改めている。
馬の問題については、あらためて書きます。
03/5/16
また風邪です。
昨日、サイトを更新したあと、身体が冷えてきて、
これはまずいと風呂に入って温まったのですが、遅かった。
いまは風邪の初期症状。咳をするたびに、背中の打ち身が痛む。
最近水泳やっているかい、という電話があったんですが、当地に仕事場を移して以来、
4年半、プールに行っていない。移ってきた当時、公立のプールに行って、
例の通りのやたらにうるさい管理に、それ以上いる気がなくなり、それっきり。
民間のプールなら、利用客を増やすためにサービスの向上に必死になるけど、
役人がやってるプールは、事故を起こさぬためなら利用者はゼロでもよいという態度です。
利用者はお客ではなく、刑務所の受刑者扱い、とわたしには感じられる。
あんなところに通うくらいなら多少の運動不足は我慢する、というつもりだったけれど、
背に腹はかえられないかな。
この血行障害、鍼灸のほかにはどういう対策が考えられるだろう。
漢方薬か。
03/5/14
カレンダーを真正面から眺めるとパニックを起こしそうで、なかなか見る勇気が出ません。
でもなんとか目を向けてみると、ああ、やはり5月は破綻だ。
『武揚伝』文庫は10月刊行のつもりでいたら、9月から逐次刊行でした。
逆に、8月のつもりでいた『ユニット』の刊行は10月にずれた。
作業の順番を入れ換えてやるしかありませんね。
どちらもゲラの直しではなく、原稿の段階からかなり大直しをするつもり。
これがゲラに手を入れるのであれば、自主缶詰でなんとか集中する時間を取って、
丸一日とか二日とかという短時間で直すことができます。
でも、原稿からの直しとなると、デスクトップのPCをホテルに持ち込むことは
不可能なので、自主缶詰という手が使えない。
いや、やはりモバイルのノートPCが必要かな。コンパクト親指シフト・キーボードをつないで。
その場合、この地方に散在するペンションの中から選んで籠もる手があるか。
条件は、部屋にはベッド、デスク、板の床があること。
観光のハイシーズンではないので、ペンションによっては貸し切り状態で使えるかもしれない。
ヘイゼルグラウス・マナーは高すぎて使えませんが。
カムチャッカ直行ツアーの件、偏屈親爺であることをこれ以上アピールしていても
しかたがないので、これ一回だけ書いて終わりにします。
きょうのは笑い話です。
JTB釧路の担当者さんから、こんどの件でのお詫びのメールがきた。
たぶん当地の役場の担当さんから連絡がいったのでしょう。
このお詫びメール、なんとCC。ほかにふたりの人物に送信されている。
メールアドレスから察するに、そのふたりはJTB釧路の上司か同僚。
つまり、「トラブルがあったので、こういうお詫びメールを送っておきました」という
報告もかねたメールらしい。
お詫びメールをカーボンコピー! せめてBCCにしておけば、誠意は疑われなかったろうに。
ひとごとながら、JTBは苦情処理マニュアルを改訂したほうがいいんじゃないか。
背中の打ち身は、かなり痛みの範囲が狭くなってきました。でも、痛みの強さは
変わらない。うっかり前屈みにならぬよう気をつけて歩いてます。
03/5/13
馬に押しつぶされて打ち身となった件、痛みは今朝までかなりきつかったのですが、
ようやく昼過ぎからなんとか動ける状態に。
自動車の運転席に座ることもできたので、昼から買い物。
カムチャッカ直行ツアーにわたしが参加予定と発表された件で、
企画者であるJTB釧路(はっきり書いてしまうが)からは、いまだに連絡なし。
わたし、この件については、何かサジェスチョンをということで、
JTB釧路の担当者さんとも話をしてはいますが、
それはわたしの参加が前提の話ではなかった。前にも書きましたが、
カムチャッカ自体には興味はありますし、都合がつくなら参加してもいいという意志は
持っています。でも、参加を決めてはいない。
なにせまだきちんとした企画案も知らないのですから。
JTB釧路の代わりに町役場が、ツアー企画書を送ってくれました。
まだ案の段階、と注が入っていましたが、新聞にも発表があったのだし、
だったらわたしがこのサイトで触れても問題は出ないでしょう。
送られてきた企画書を読むと、
料金は20万を切ってはいません。
朝食のみの「フリー」料金でも20万5千円(昼、夜、自由に食事のできるレストランが
ある土地なのだろうか)。
おまかせコースだと釧路発が25万4000円。中標津発が24万円前後。
いずれにせよ、ここまで企画はまとまっていたじゃないですか。
JTBはどうしてこれを送ってくれなかったのだ?
ということで、関係各位、いまのところ、わたしはこのツアーに参加を予定してはいません。
まだ決めていません。
『蜂起には至らず』(小嵐九八郎、講談社)を読む。
サブタイトルが「新左翼死人列伝」。60年安保のときの樺美智子さんから、
高橋和己、さらに2000年に沖縄で死んだ島成郎まで、27人の死者が取り上げられる。
しかし、過半数が、いま挙げた3人とはちがって「無名の」、内部抗争で殺された男女。
重いテーマのノンフィクションですが、小嵐九八郎氏は関係者を訪ね歩き、
温かなまなざしで、死者ひとりひとりのキャラクターを描き出す。
テーマがテーマですから、読後の印象はけっしてよいものではないのですが、
小嵐氏の誠実な筆致が救いです。
03/5/12
『くろふね』の続きを書き出そうとしたところ、担当さんに、これまでに書いた分を
少なくカウントしていたと指摘されました。
あと2回と思っていたら、こんど送る分が最終回です。またこういうポカをやってしまった。
神奈川新聞と同時掲載のカドカワ・ミステリのほうが休刊となったので、この回数には
いまはあまり意味がないのですが、新聞のことを考えると、あと2回(60日分)書くわけには
ゆきません。中島三郎助の生涯、最後は少し駆け足で記述することになるかな。
カムチャッカ・ツアーの記事、知り合いがファックスしてくれましたが、やはりわたしは、
参加予定、ということになっている。でも、最終の企画書、旅行代理店から
届くはずのものが届いておらず、わたしはいまだに詳細を知りません。
そもそも、いったい料金は正確にはいくらなんだ?(その新聞記事には、20万円を切った、と
あったけれども)。
きょう、馬を扱っていて、ちょっとした事故。
壁と馬の身体とのあいだにはさまれてしまった。相手は体重が300キロもある動物ですから、
はねのけることは不可能。ギュッとつぶされて、痛みのあまり、その場に転がりました。
いま、背中に打ち身の症状。湿布薬を貼っています。
バランス・チェアに腰掛けることはできますが、前屈みになったりひねったりすると激痛。
やっと頭痛のほうが軽くなったと思ったらこれです。わたし、厄年はとうに過ぎているのですが。
03/5/11
週刊新潮『天下城』は、きょうから安土築城の章の執筆。最終章です。
北海道新聞の釧路版に、前にも書いた中標津発カムチャッカ直行ツアーの件で
記事が載ったらしい。わたしの名前が出ていたとか。メールが入っていました。
どういう記事なのか気になります。わたしがガイドをするとか、そういう記事の中身で
なければよいけれど。
もしかして当地版にもその記事が載っているのかもしれない。
でも、ここは、新聞は郵便で配達される土地なので、夕刊は見ていない。へたをすると、
月曜の朝10時までその記事を読めない。
北海道新聞のサイトで、根釧の記事も読めたっけ。
カムチャッカ・ツアーの件、ひとが集まるかどうか町役場のひとが心配していたので、
もし希望者が最少催行人員に達しない場合はわたしに声をかけてください、と言ったことはある。
でも、必ず参加します、とは言っていないのですよね。
記事になったということは、わたしの参加を前提に話が進んでいるのかな。
先々週中に旅行代理店から届くはずだった企画書も届いていないので、
まさかわたしの知らないところで話が進んでいるということはないと思うのですが。
(企画がまとまるまで、このサイトで触れることも遠慮してくれと言われているのだし)
『ユニット』の原稿直しについて、どこをどう直してゆくべきか、ようやく検討を終える。
あとは、必要な時間を確保するだけ。
03/5/10
昼間、近くの農場レストランで、地元のJCのひとと対談。中身はそのJCの機関紙に掲載。
『英龍伝』ゲラ直し。『天下城』ゲラ直し。
来月の某市市民セミナーのための下準備。そのために観直しておきたいビデオを
TSUTAYAで探したのだけどなくて、Amazon.comその他を調べてみても入手不可です。
クラシックなのですが。
けっきょく企画者側に連絡し、探してもらうことに。
いろいろ細切れにやることが多く、きょうも原稿は書けず。
5月中、完全に集中できる日が7日欲しい。
いや、それがなければ、今月やるべきことが終わらない。
志水辰夫さんは、ご本人のサイトによれば、先月でしたか、
札幌郊外の旧札幌テルメのホテルに2泊、自主缶詰してきたとか。
1泊5千円という料金もいいよな。
そういうホテル(きっと、大きいのにガランとひとがいなかったのだと思う)が、
このあたりにもあればよいのですが。
弟子屈あたりに行けばあるだろうか。
03/5/9
寒い日でした。オホーツク岸の紋別では雪だったらしい。
当地は最高気温が2〜3度だったろうか。風も強かった。
鍼灸治療二回目。
万引きで捕まった三浦氏(なんと呼ぶのがよいのだろう。もう被告ではないだろうし)の弁解。
「ひとにあげるために、(自分のことが書かれた)その本が必要だった。でも
買うのが照れくさかった」
わたしはさいわい彼のように顔が売れているわけではないけれど、この気持ちはわかるな。
03/5/8
テレビをザッピング中、フジテレビ系列のチャネルで『恋愛偏差値』というドラマに遭遇。
再放送です。小さなガラス工場が舞台の一部となっていたので、つい観てしまった。
失業した元OLの常磐貴子が、虚業系のホワイトカラー稲垣吾郎と、
小岩の零細ガラス工場の二世経営者(俳優の名前を知らない。関西のコメディアン?)
とのあいだで揺れ動く、という話のようです。
これって、いつごろの制作のドラマだったのだろう。『屈折率』があとでは具合が悪い。
でも、この二項対立、作劇上、あまりうまくない、と感じましたね。
金、先端、洗練(ついでにハンサム)の虚業系の男と、
可処分所得が少なく、時代遅れ、非洗練の男との対立では、勝負は明らか。
これだけ「いわゆる偏差値」に差があるということは、逆にたぶん最後は
「まごころ」と「優しさ」の実業系の男が勝つという話なのではないだろうか。
いや、すでに終わっているドラマですから、わたしの想像とはまったくちがう結末なのかも
しれないな。稲垣吾郎が、実業のほうに転身するのだろうか。
小岩のガラス工場のひとびとの描写が、ちょっと類型的という気がします
(いや、まあ、自分のことは棚に上げて言うのですが)。
柄は悪く、品がなくて、でも純朴で温かく、ひとがいい。
田舎(農村部)のひとたちを、みな素朴で、野暮だけどおひとよし、と描くようなもので、
東京の東のエリアと、零細製造業に対する偏見です。
このような描写なら、常磐貴子にはほんとうは選択で迷う理由もない。
虚業の男のほうの勝利。
わざわざ代官山に住んでいる女性なのだし、価値観は最初からそちらにある。
セクハラから助けられたぐらいのことで、それは変わらないはずです。
対立の構造にするなら、ガラス工場(製造業)の側にはまったくちがう価値基準があるか、
あるいはあまり知られていないけど、同じ価値基準でも優位に立つ点があるか、
どちらかにしなければならない。
『モンタナの風に抱かれて』で、クリスティン・スコット・トーマスが悩むのは
ニューヨークの男(夫)とモンタナの男のどちらを取るか、ということでした。
意外なことに、モンタナの男(ロバート・レッドフォード)は、彼女が想像していたような
動物たちと心を通い合わせることはできるが単純素朴、という田舎者、ではなかった。
ニューヨークの男の持っている属性、つまり洗練、成功、地球スケールの人生
といったものにさして価値を認めぬ確固たる人生観と、陰影と複雑さを持っていた…。
こういう対立であれば、悩みにも深みが出るというものです。
究極のところ「サクセス」か「優しさ」か、という程度の対立ではなあ。
でも、ガラス工場の作業の場面には見入ってしまったな。わずかな時間でしたが、
こういうドラマの舞台になるだけでも、同じ業界を取り上げた者としてなんとなくうれしい。
新しい原稿にかかれず、終日、本を読む。
毎日新聞社アジアン・ノワールの下準備のための意味もあって、このところずっと
北朝鮮関連のノンフィクションを片っ端から読んでおります。
03/5/7
昨日の近況を書いたとき、じつはすでに、問題のとある登場人物を生き返らせる手だてに
ついて、かなり考えておりました。その人物の死のせいで、
作品に対する読者の印象が否定的になるなら、死なせないほうがよい。
その場合、難問は、連載ですから、さかのぼって書き直すことができない点です。
書き直さずに、この人物を生き返らせる方法はあるだろうか。
前回の原稿では、絶命した、というところまでは書いていない。それを暗示して、「続く」。
だから、今回で、死ななかった、とすることは可能です。だとしても、
あの状況からその人物が生き返るためには、ご都合主義と言われぬだけの根拠が必要。
西部劇で言えば、撃ち合いの前に、銀のシガレットケースなどを見せておく、という手ですね。
先に見せてあれば、死んだと思ったその人物が起き上がっても、ブーイングはこない。
ふと思い出しました。わたし、前にお誂え向きのエピソードを書いているじゃないか。
あれに言及するなら、その人物が生き返ってもおかしくない。むしろあのエピソードも生きてくる。
まるでわたしは、この展開まで読んで、あのエピソードを用意しておいたみたいだぞ。
もちろんそんなことはありません。でも、これまでも、意識せずに書いたエピソードが、
後に、うまい具合に伏線として生きた、という経験はたびたびしています。よし、できる。
さて、もうひとつの問題は、締め切りを一日過ぎているということ。
でも、直しを最小限にするなら、殺さずにすむのではないか。
昨夜、近況を書いたあと、ためしに段落ごとそっくり差し替えが可能かどうか、
書き直してみました。いけそうです。すぐに担当さんに電話。すると、可能とのこと。
というわけで、『天下城』、長篠で死ぬはずであったとある登場人物は、生き残りました。
絶体絶命からの生還。この人物、強運です。
闘病記の続き。
きょう、鍼灸師さんのところへ。
以前にも腰から下に血行障害を起こしたとき、鍼灸で治しました。
そのときは治りかたがかなり劇的だった記憶があり、
今回もあのときのような効果を期待しています。
きょうの鍼灸師さんによれば、症状は自律神経失調のようだ、とのこと。
そうかもしれない。いずれにせよ、身体に血がめぐらず、あちこちに不具合が出ている。
ツボに鍼を打ち、お灸をする治療。週に2回程度、通院します。
03/5/6
この近況は、このところ、ほとんど「闘病記」の様相です。
3日、昼間に恒例の部落の集まりがありました。農繁期が始まる前の懇親会です。
天気がよかったので、部落の福祉会館の脇の空き地でバーベキュー。
ノンアルコール・ビールを飲みながら参加しましたが、
この季節には珍しいくらいに気温が上がり、日差しが気持ちよくて、
バーベキューを終えたあとも、みな帰らない。そのまま車座で談笑。
集まりは、3時間ほど続いたことでしょう。
ところが、仕事場にもどってきたところで、悪寒を感じる。関節が痛み出す。
身体がどんどん冷えてゆくのがわかります。その日の夜には、はっきり風邪の症状。
一晩眠ればよくなるだろうと期待したのだけど、
昨日目覚めたときは、いっそうひどくなっている。
でも昨日のうちに原稿を一本どうしても送らねばならなかったので、
10分書いては15分休み、という具合でどうにか6枚書いて、送稿。夕刻に完全にダウン。
なんとか熱が下がったのが、きょうの午後です。
じつは先日、頭痛の件であるひとから、注意するようにとメールをいただいていた。
すでに何らかのストレスを持っているひとの場合、1、気温の変化、2、紫外線を浴びること、
も、あらたなストレスとなる。血小板が凝集して(血行が悪くなり)頭痛が悪化する、
ということでした。つまりこんどの風邪は、3時間、日光の下にいたのが原因ですね。
そのために血行が悪くなり、身体が冷えて、風邪となった。
それにしても、いまのわたしは、紫外線を浴びることもだめとは。
自分はけっして虚弱体質ではない、という信念もぐらつきます。
『天下城』今回送った分の原稿の中で、わたしはとある登場人物を死なせてしまいました。
すると、担当編集さんから、ショックです、との感想がきた。息を吹き返すものだと思っていたと。
自分の立てたプロットに自信がなくなってきました。あの人物を殺してはならなかったろうか。
でも、いまさら連載のほうの中身を変えるわけにはゆかないしなあ。
ときどき、登場人物の生死について「冷たい」という評価をもらいます。
おおむね女性読者からですが、これを言われると、けっこう落ち込む。
この登場人物についても、きちんと事前に担当さんと相談しておくべきだったな。
03/5/5
一昨日は、峠の北では雪。当地も雪になるかと思ったけれど、さすがそこまでは
ゆかなかった。きょうは気温も上がり、空気も乾いて、やっと春という雰囲気です。
福寿草が終わり、いま水仙が7〜8センチ芽を出している。
サクラが咲くまで、あと3週間ぐらいだろうか。
困った富士通の話題。
わたしはこれまで、ずいぶん富士通の悪口を書いてきたけれど、
あれは言ってみれば「印象批評」。感情のままに書いてきたことですが、
『日経ビジネス』誌の記事となるとちがいます。経済ジャーナリズムが報道することですから、
かなりの程度に客観性があると信じうる。
今号の同誌は、秋草社長の会長就任と新社長人事、それに2003年3月期決算を
特集で報じていますが、この筆致がとても厳しい。
日経グループの雑誌がここまで書いていいのかと心配になったくらいです。
曰く。
「秋草新会長誕生の怪」
「(秋草新会長の)独裁体制が固まった」
「富士通はオオカミ少年」
「官公需に頼りながらも苦境から脱しきれない」
「常識と乖離した人事まで平然と断行する富士通」
「市場からも見放されつつある」
「四面楚歌」
総会屋雑誌の記事ならともかく、『日経ビジネス』がここまで書くのだから、
富士通の危機は深刻ですね。
秋草直之というひとは、大手メーカーのトップとしては、おそらく最低の評価を受けるひとり。
人格的欠陥も、経営能力があれば多少は甘くみてもらえるのでしょうが、
このひとの場合はそれもない。
いまや富士通と聞けば、たいがいのひとが「地獄のリストラ」を連想します。
じっさい秋草氏、経営者としては、人件費削減以外に、何ひとつやっていない。
富士通は、技術力を評価されつつも、この無能な経営者のために、
早晩市場から消えてゆくのでしょう。
親指シフトを愛用する物書きたちのあいだでは、親指シフト・キーボードの事業権を
富士通から譲り受けて、自分たちで生産しようかとさえ語られています。
その構想もかなり現実味をおびてきた、ということなのかもしれません。
03/5/2