JOURNAL 03年3月

近況 03年3月分


少し気持ちに余裕

昨夜遅く『天下城』を送って、ばったり。
で、きょうはふらふらしながらも月末の雑用をこなししておりました。
夕方からはなんとか体調も回復。少し気持ちに余裕が出たので、仕事場全体を掃除し、
書類書き、礼状書きなど。

『天下城』は、あと8回から10回。
長篠の合戦後半、安土城築城、本能寺の変、そしてエピローグへと続きます。
10回で終わるとすると、6月なかばには、少し余裕が出るのだな、
と考えたところで、『武揚伝』文庫用ゲラ直しのことを思い出した。
これは大仕事です。1、2巻目は5月6月中の仕事でした。
だいいち、書き下ろしの約束が待っている。余裕なんてできっこありませんでしたね。


『帰らざる荒野』のカバーの色構成が上がってきました。
前にも書きましたか。これは、とある一族の、二代にわたる牧場建設と防衛の物語。
わたしには珍しく、「家族」がテーマ。
連作の予定ではなかったものを書き継いで、気がつくとサーガ形式になっていた作品です。
北海道版『西部開拓史』(How the West was won)、と言うには、少し背景が小さいか。
でも、いくらか大河小説的読後感は感じられるはずです。
イメージ・キャラクターは、初代がバン・ヘフリン、二代目がブラッド・ピット。

03/3/31




風邪と締め切りの相関関係

ずっと抜けないこの風邪と、締め切りとのあいだには、
関係の法則性があるとわかりました。
締め切りへ向かって風邪の症状が少しずつ重くなり、原稿を送ったところで体力の限界。
ばたりと倒れこんで、翌朝少し回復。また次の締め切りクリアに向かって
風邪の諸症状が重くなってゆく。この繰り返し。

昨日、日経マスターズを送ってダウン。照明はつけっぱなし、PCの電源も落とさぬまま、
眠ってしまいました。で、きょうは、少しよくなったのですが、つぎにやってくるものは
はっきりしています。基礎体力が落ちているのだろうか。


きょうは当地は吹雪。せっかくの春が、逆もどりです。
月末の週末なので、町へ出ていろいろ用事を予定していたのだけど、
吹き溜まりのせいでアプローチから車を出すことができません。
郵便物と生協の荷物は、配達員が雪の中を100メートル、ずぼずぼと長靴を
雪に埋もれさせて届けてくれた。
恐縮です。こんな自然災害の中、こんな辺鄙なところまで。

飛行機の飛んでいる音は聞こえてきたので、吹雪は極・局地的なものでしょう。
空港は閉鎖になっておらず、たぶん町なかは「ふつうの雪の日」という天候のはず。
この恒常的暴風雪圏に仕事場を持ったおかげで、無用の来訪者もいま程度の数で
すんでいるのだ、と考えることにしよう。



下の本の話題、すでに書きましたか。
一昨年、青少年犯罪をテーマのひとつに選んだのは、青少年犯罪の質がこのところ、
変ってきたのではないかと、感じるようになっていたからでした。
書き出すとき、いや、書いているあいだも、いろいろ研究やルポを読みましたが、
『若者が「社会的弱者」に転落する』(宮本みち子・洋泉社、2002年11月の刊行)
を読んで、ようやく納得できる指摘に出会ったという想いがしたものです。

昨日から報じられている21歳の若い父親の乳児虐待事件。
子供の母親と2年間、廃車の中で暮らしていたというから、
上記の論考が、たぶん、またひとつ裏づけられましたね。

これを含め、青少年犯罪で当事者が「無職」と報じられるケースが
非常に多くなっているように思います。
それは、怠惰ゆえの無職なのではなく、またマスメディアが嘲笑うように取り上げる
フリーター志向のせいでもなくて、じっさい、この社会では、
若い世代が就きうる職業が目に見えて減ってきているせいなのでしょう。

今朝テレビをザッピング中に、あるワイドショーでこの事件を取り上げていました。
チョビひげを生やした男のコメンテーター(山本晋也に似ているが、誰?)が、
吐き捨てるように言っております。
「ぐうたらなんですよ。こういうのに、社会のせいだ、なんて言わせちゃだめですよ」

そういうコメントですんだ時代は、もう終わっているのだろうという気がします。


03/3/28




冤罪の恐怖


恵庭OL殺人事件、一審判決が出ました。
検察側の出した状況証拠を全面的に採用して、懲役16年。
この事件については、調書を読んだわけでもなく、マスメディアを通じての情報しか
持っていないので、判断は控えますが、この程度の状況証拠で
有罪と断じられるというのは怖い。

わたしの交遊関係の中の誰かが殺害されたとします。
まず、動機がないことを、わたしはきっちりと説明できるだろうか。
喧嘩、険悪な仲、なんてことは、周囲はいくらでも想像できる。
わたしが「切れやすいひとだ」と証言するひとも少なくないはずです。
このサイトの記述を証拠に、周囲を激しく恨んでいた、とも判断されそうだ。

また、わたしはたぶん、自分のアリバイをほとんど証明できない。
「その日は終日、ひとりで仕事場にこもっていた。外出はしていない」と言うしかありません。
近所のひとが、駐車場にわたしの車があったことを証言したとして、それはわたしが
仕事場にいたことの証明にはならない。車があったというだけ。

まずいことにこの地方には、わたしのナンバーとよく似たナンバーの同型車がある。
これまでも、××にいたでしょう、と言われたことが何度かありました。
事件がらみで調べられたとき、あの車の目撃証言もきっと出てくる。
わたしの現場不在証明はきっと成立しない。

接触を示す証拠類。
わたしの忘年会にも出たような被害者であれば、この仕事場のどこかに指紋ぐらい残している。
ハンカチとか帽子とかを忘れたままにしているひともいる。髪の毛も発見されるでしょう。

もし被害者が女性で、それが性犯罪がらみだったとしたら、家宅捜索でみつかるであろう
ビデオテープを根拠に、被告は違法行為を犯すほどに異常な性志向の持ち主だったと
決めつけられる。

取り調べも、わたしには、厳しいというよりは、馬鹿馬鹿しく面倒なものに感じられるはず。
そのとき、人情派刑事を受け持つ捜査官がささやく。
「このまま無罪か無期懲役かを争うのは、リスクが大きすぎるよ。殺意はなかった、
もののはずみで相手が死んでしまったと自供すれば、うまくすれば執行猶予だ。
その線で、妥協しないか? 調書には、うまいこと書いてやるからさ」

締め切りがふたつ三つ重なって辛いときであれば、わたしはこのささやきに乗ってしまう
ような気がする。親が死んでも締め切りは延びないけれど、収監という事情なら…。
そしてそのまま、一審で執行猶予がつくまで拘置所で休めるのであれば、
いや、なにより、この面倒くさい取り調べから解放されるのであれば。

「はい。わたしがやりました。どういうふうに答えればいいんです?」

もちろん、恵庭のO被告は、こんなふうに自供はしなかったわけですが。


『クレヨンしんちゃん』に関して、こんな情報をもらいました。

池袋新文芸座オールナイト上映スケジュール
4/12 文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞記念
   第2回『映画クレヨンしんちゃん』ケッ作フェスティバル

もうすでに権威も認めざるを得ないほど評価の高いシリーズだったのですね。
しかもこんなイベントまであるほどの人気。
わたしは世間知らずだったのか、それともかなり遅れているのか。

03/3/26




雪解けがはじまった

当地にもようやく春がきました。日曜あたりから、目に見えるほどの勢いで雪が解け始めた。
1日に20センチから30センチ解けているのではないだろうか。
南に約100キロ、釧路はもう積雪ゼロだそうです。


対イラク戦争、開戦直前に小川勝久は、明るくきっぱりと「戦争は1週間で終わります」と
断言していた。明日で1週間。

03/3/25




少し体調は回復しました

なんとか、風邪の諸症状は緩和されています。

千島連盟(北方領土居住者連盟)から、今年の墓参・ビザなし訪問についての案内。
去年は、例のムネオハウスを見たくて国後島訪問を申し込んだのですが、同じことを
考えたひとは多かったと見えて、参加枠に入れなかった。
今年こそ、と考えたら、思い出した。今年は、カムチャッカ旅行の可能性がありました。

今年、中標津空港から、チャーター便がカムチャッカ半島へ飛ぶ予定があります。
中標津空港の利用客減少(国内航空運賃が高すぎるのだってば)対策として、町は
このカムチャッカ・パック・ツアーを計画した。もちろん旅行代理店とタイアップだと思いますが
詳細はまだ知りません。3泊4日くらい? ツアー料金はどのくらいになるのだろう。
法外なものにはならないと思いますが。

町では、この旅行にひとが集まるかどうか心配しているので、
時期さえ合えば(7月後半なら)、参加しようかなとも少し思っております。
カムチャッカは、ようやく開放された地球上の最後の秘境。
あの荒々しい景観には惹かれるものがありますから。

今年、千島にも行って、そのうえでカムチャッカにも行くのはきつい。
ムネオハウス見学は断念しよう。


昨日の話題の続き。
『戦闘美少女の精神分析』では、ジャンヌ・ダルク、ナウシカ、『もののけ姫』のサンは、
「巫女」系、という分類です。なるほど、そう言われると、ジャンヌ・ダルクの甲冑の意味も
よくわかります。

しかし、わたしがぼんやり構想する戦国ものでは、その女騎馬武者は巫女ではない。
ファイティング・ウーマンであり、チーム・メンバー。だから、紅一点系、ということにもなりますか。

03/3/24




風邪が抜けない、苦しい

風邪が抜けません。朝起きるときは、よくなったかと思うのだけど、
少し時間がたってくると、また悪寒がしてきて、そのほかの諸症状もついてくる。
頭痛がしてくると、もう仕事にならないので、これがつらい。


『クレヨンしんちゃん』は映画ファンのあいだではとても評価の高いアニメです、というメールを
もらいました。映画雑誌が特集を組むくらいだとか。知らなかったけれど、
でも、ああ、やっぱりかとも思います。それだけの作品だよな。


関連した話題。
先日『戦闘美少女の精神分析』(斉藤環・大田出版)という評論を読んだのですが、
ここで例として挙げられるアニメ作品、わたしは9割がた(あるいはそれ以上)、
タイトルも知らなかった。
加えて、著者は精神科医だし、わたしには歯の立たない難しさでした。

ひとつだけ、わたしが将来書こうかと構想している女騎馬武者は、
この本によれば、「戦闘美少女」というよりは、
「アマゾネス系」ということになるらしいと知りました。
おたくの支持はきっと受けませんね。

たしか水野裕子(?)という、運動能力のすぐれた、格闘技もやるタレントさんがいますね。
彼女の容姿、能力などが、ぼんやり頭にあるのですが、彼女はアマゾネスですか?

03/3/23




『クレヨンしんちゃん』の話題を続けて


『クレヨンしんちゃん、アッパレ戦国大合戦』の話題をもう少し。
子供向けアニメーションという制約の中での表現ですから、じつはこの作品には
暴力描写がない。合戦をリアルに描いているけれども、血も殺戮もないのです。
暴力や死は、必ず画面の外にある。
この作品に、表現のクオリティの高さと洗練を感じるのはそのせいかもしれない。


『クレヨンしんちゃん』映画版ビデオは、じつはほかに二本観ています。
子供を持った友人から、あれってけっこう大人も楽しめるんだよと聞いていて、
観たのでした。もともと大人向け雑誌に連載された作品ですから、
作り手の意識としては、製作資金を捻出するために子供向けアニメを装うけれども、
最初から大人を対象に作るぞ、ということなのかもしれません。


そういえば、一週間ほど前に北海道新聞で『七人の侍』をハリウッドでリメイク、という記事を
読みました。その後、記事検索等やってませんが、詳しい中身を知りたいところです。
『ソラリス』同様、リメイク自体が冒涜、という非難が出るでしょうから、
時代も舞台も完全に移してのリメイクでしょうね。中央アジアが舞台にならないかと期待しますが。

『13ウォリアーズ』というマイケル・クライトン『北人伝説』を映画化した作品がありますが、
あれも実質的には『七人の侍』のリメイクと見えた。タイトルからして意識してますよね。

ニュージーランド観光局から『テパパ通信』というPR紙が定期的に送られてきています。
この最新号によれば、トム・クルーズ主演で『ラスト・サムライ』という作品が、
いまニュージーランドの富士山によく似た山の麓で撮影されているそうです。
幕末の日本が舞台とのことだけど、これはいったいどんな映画なんだ?


べつの話題。
NHKの戦争報道、ヨルダン・アンマンから、二村(?)というレポーターが、
連日、バクダッド情報を伝えています。
このレポート中に、何度かバクダッド市民の表情について言及がある。
「青ざめた表情で空爆を見つめています」「不安げな顔で夜を過ごしています」(引用不正確)

ヨルダンにいるこのひとが、どうしてバクダッド市民の表情まで伝えられるのだ?
こういうときのための原稿のひながたがあるのだろうか。
見てもいないのに、バクダッド市民の顔色まで描写するのは、ジャーナリズムではない。


昨日は久しぶりに町に出てお酒。そのあと今朝まで10時間眠って、風邪も一応抜けたかと
思ったのですが、夕方からまたぶり返してます。

03/3/22




安藤優子は、はしゃぎすぎだ


この数日のテレビを観ていて、上記見出しのような感想を持つのですが。


世界が戦争のことを考えているとき、わたしの関心は、400年以上も昔の合戦こと。


先日来、戦国時代の合戦をきちんとリアリズムで映像化したものが観たい、
と考え続けています。
黒沢明『影武者』『乱』も、稲垣浩の『風林火山』も、角川春樹『天と地と』も、
戦国の合戦の実相とはかけ離れた非リアリズムの映画だった。
NHK大河ドラマも、合戦シーンについてはやはり無理があります。

最近、合戦の映像化で感動したのが、『クレヨンしんちゃん、アッパレ戦国大合戦』。
これ、映画公開時に同業鈴木輝一郎氏がサイトで絶賛していたので観たのですが、
たしかに、天正年間の関東の合戦の模様を描いて、掛け値なしに、ほかのあらゆる実写映画の
出来をも上回る見事さです。野戦と城攻めと、ふたつの戦いが映像化されているのだけど、
リアルであり、時代考証はしっかりしており、銃器マニアも喜ぶ細かさでありながら、
おたく的表現に留まっていない。

監督・脚本は原恵一。
わたし、アニメーションのほうの世界はよくわからないのですが、このほかのスタッフも、
素晴らしい力量のあるひとたちだと思う。先日も書いたけれども、日本の映画産業では、
このような才能がサブカルチャーの分野でしか力を発揮できない、というのが残念です。

03/3/21



風邪退治の日と決めていたのだけど

(あまりにも哀しい愚痴なので削除。要旨だけ残します)。

昨日はなんとか風邪を直そうとして、途中で来客があって駄目。
応対のために起きて、けっきょく風邪を直すことはできなかった。
経験的に、36時間眠れば風邪はたいがい抜けるのですが。

夜、このサイトを読んだ知人から電話。具合はどうか、薬や食糧はあるかと。
少し買い物をお願いしました。深謝。
お見舞いを受け取って、早速、鍋焼きうどんを作り、無理やりに汗を流す作戦。
明日の朝までにはなんとか直したい。


『帰らざる荒野』第二稿で出てきた疑問点直し。


『武揚伝』文庫用ゲラが届く。やはりすごいボリウム。

03/3/20




ダウン

ダウンです。明日は、完全に寝込むことになるか。

03/3/19



悪寒

ひどい悪寒。
風邪がぶり返したわけではない。
世界で猛威をふるう、悪性インフルエンザのせいだろう。

03/3/18




長篠戦の真実


『天下城』、長篠戦の前段を書いております。きょうの分を送って、
ようやくこれで倒れこんでも眠ってしまっても大丈夫という状態。
鼻水と頭痛も限界まできたので、買っておいた風邪薬を飲みました。


長篠戦については、近年、通説の誤りがかなり指摘されてきて、
新しい常識が形成されつつあります。

代表的なところでは。
1、信長・家康連合軍の鉄砲「3千挺」という数字は誤り。せいぜい1千。
2、鉄砲の3段撃ちも、一斉射撃もなかった。
3、武田には、いわゆる騎馬隊(兵種としての騎兵隊)は存在しない。
4、兵力も、連合軍3万8千、武田1万5千はおおげさ。
せいぜい連合軍1万5千〜2万5千、対、武田7千から1万。

わたし自身も、記録を読み、現地を見て、通説とはちがった戦いがあったと思う。
詳しくは天下城ノート長篠の合戦についての考察、へ。


黒沢明『影武者』のあの長篠戦の様相も映像としては魅力的ですが、
「ほんとに近い長篠戦」も映像で見てみたい。

たぶん武田勢は攻撃のとき、騎馬で突撃などせず、弾よけの竹束を前面に立てて、ドッドッと
斜面を下り、谷を進んできたことでしょう。
連合軍側に身を置いて、真正面の丘から武田の軍勢が寄せてくる情景を想像すると、
映画『スパルタカス』のローマ軍の進軍のように見えたのではないだろうか。

関ヶ原の戦いは、記録から想像しても、総体としてはかなりだれた、ダルな合戦ですが、、
長篠戦は、たとえ通説とはちがっても、合戦の様相としてはたいへん興味深いものがあります。


さて、明日は、風邪が直っていてもひと休み。

03/3/16




ブロックの新作として読む本

『くろふね』第7回送稿。行数を調整していったら、少し原稿が多くて、
中島三郎助は、今回はまだ長崎海軍伝習所までは行き着けなかった。
連載終了まであと3回。終わりかたが少々心配になってきます。
このペースだと、駆け足で箱館まで行ってしまうことになりそうだな。


『ローレンス・ブロックのベストセラー作家入門』という本を読んでおります。
原題は、Telling Lies for Fun & Profit 「面白くてお金になる効果的な嘘のつきかた」と
訳していいのだろうか。もちろんTellingはダブルミーニングでしょうが。
部分的には、作家志望者への就職相談という中身ですが、
ハウツー本としてより、同業者のライフスタイルについての興味で読めます。

ただ、以前、スティーブン・キングの言葉「自分は誕生日とクリスマス以外毎日書く」を
信じていたら、後にキングはそれは嘘だと告白して、失望半分、安堵半分ということが
ありました。だから作家が(一般化してはいけないか)自分の誠実な職業意識と
修道僧のような日課について語っても、七掛けくらいに聞いておこうという気になっております。

それにしても、作家という職業に関しては、この手の本がやたらに多いのはどうしてだろう。
浜松町の世界貿易センタービル2階のわりあい大きな本屋(ダン、という名だったろうか)では、
棚ひとつが「文章読本」と「作家になる方法」の類の本で占められている
(この本もそこで買いました)。いま、それほどの数、出ているのです。
あの書店、客層の9割はホワイトカラーというところなのですが。

自分の業種についての本ですから、同業者のわたしが読むのは当然。
また、キングもブロックも大好きな作家ですから、わたしは彼らの新作(新刊)としても読む。
だけども、こういう本を一般の読者が読んで面白いのだろうか。
いや、芸談、というジャンルとして、業界外のひとでもやはり楽しめるか。

あるいは、作家志望者というのは、十分なマーケットを構成するぐらいに
多いということだろうか
(ブロックの小説作品より、この「作家入門」のほうが部数が出ている、
ということがないといいけど)。

俳優とかプロ野球選手とか漫画家についても、同じくらいの本が出ているのか、
知りたいところです。

03/3/15




誘導標がギラッギラッ


半月。でも一面雪ですので、夏の満月並みに明るい。
ほんとうなら、こんな夜は散歩も心地よいはずなのですが、
問題の「自発光式大型視線誘導標」が誤作動して、ギラッギラッと点滅している。
光が目に入らないよう、帽子を目深にかぶり、下を向いて、公道までのアプローチだけを歩く。

あの赤い強烈な光の点滅は絶対にひとの神経をさいなみます。
環境庁の基準でも、「点滅する光はてんかん質のひとの発作を誘発するから
公共照明は点滅させるな」ということになっているはずですが。

この誘導標、先日、吹雪の日中に出かけようとしたときは、点灯していなかった。
なくたって安全通行できるわけじゃありませんから、点灯していなかったことに文句はありませんが、
どうしても理解できないこと。

この誘導標なしには道路の側端もわからないような猛吹雪の日には、除雪もない。

ならば、この誘導標は誰のために、何のためにある?


『くろふね』、中島三郎助が長崎海軍伝習所に入るところまで。
明日、細かな直しを入れて送稿。


03/3/14



綱渡りで風邪を抑える


さいわい風邪のほう、まだ高熱が出るには至っておりません。でも、そうなる前にと、
きょうはツルハ・ドラッグに行き、風邪薬と栄養剤を購入。かなり綱渡り。
月曜まで、ひとの多い場所にはもう行かないほうがいいだろうな。


このサイトを読んで、ある知人が、鬱ではないかと心配してくれました。
深刻なものではないけれど、わたしはときどき「ブルーが入る」。
そのため、日常生活、社会生活で小さなトラブルを発生させることがままあります。
そうならぬよう、自分の経験から作った自己診断のためのチェック項目を8つほど
持っておりまして、メールを読んでから試してみた。

1、オーバーワークである。イエス。
2、運動不足である。イエス。
3、ストレスを抱えている。イエス。
4、運転マナーの悪いドライバーを怒鳴る。イエス。
5、やたらに論理的になる。ノー。
6、犬にあたる。ノー。

最上のレベルの2項目は、ちょっとここには書けない中身なので書きませんが、
項目で該当するのは初期段階の可能性の4項目だけ。いや、ストレスの部分は、微妙だな。
いつだってこの程度のストレスはあるのだし、いまがとくべつひどいわけじゃない。
鬱とはまだ言い切れないようです(と思う)。
6がイエスになると、ちょっとまずい。絶対に休みが必要。


べつの知人は、隣町に空き家があると教えてくれた。先日までひとが住んでいた家だそうで、
サイロがある。ボロなので家賃はきわめて安そうだとか。仕事場にどうか、と。
ううむ。30分かけて通うのは難しいなと思いつつ、惹かれるものがあります。
その場合、ノートPCが絶対に必要になりますが。


『くろふね』、きょうは20枚。熱のせいで、ハイなのだろうか?

03/3/13




いかん、風邪がほんものだ

風邪がずっと抜けていなかったのですが、とうとう抵抗力の限界を
突破されたかもしれない。昼過ぎからずっとくしゃみと鼻水。
いかん。いまこのタイミングで、絶対に寝込むわけにはゆかないのですが。


仕事の合間に考え続けているのは、仕事場の改装計画のことばかり。
収納庫を改装する場合、新しく造る壁は煉瓦にしようか、などと夢想しています。
わたしのいまの願いは、本に囲まれることではなくて、完全に石の中に閉じこもって
しまうことのようだ。やはりこれは、仕事場問題というよりは、精神のバランスの問題のようだな。
つぎに上京したときには、カウンセリングか。


03/3/12




史料をひっくりかえしつつ『くろふね』

引き続き『くろふね』
日米交渉の細かな経緯の部分なので、原稿を書いている時間よりも、
史料をあっちこっちひっくり返している時間のほうが長い。。
原稿のほうはなかなか進みません。


『天下城』、先日送稿分、20行多かったそう。数行はかまわないのですが、
さすが20行は多すぎる。切らねばなりません。
こういうミスをときどきやります。40行多かったときもあった。
原稿が足りない、と知らされるよりは気が楽ですが。


収納庫を改装する案で、工務店さんに電話相談。
床に板を張った場合、その高さは何センチになるだろうかと。
やはりどうしても5〜6センチにはなるとのことで、ちがう方法が提案されました。
いまのコンクリートの床に、さらに均しのコンクリートを流して完全に平滑な面を作り、
この上にカーペット様の床材を張るというもの。
この方法なら、頭をぶつけずにすむ改装が可能。
工費は板張りとする場合とさして変わらない。

この方法で決まりかな。

問題がひとつ。いまの本棚と本を完全によけて、工事のためにスペースを空けなくては
ならないということ。引っ越しのときのことを思い出すと、半端な作業ではありません。
シルバー人材センターに頼むか、春休みの高校生をアルバイトで雇うか。
ひとりでやれば、確実にまた腰を痛める。しかも何日もかかる。


いい条件を提示してくれたログハウス・メーカーには、きちんとお断りの電話をしなければ
ならない。丸ログの離れは、捨て難いものがありますが、昨日までの地吹雪を考えると
ほんとに夏場しか使えませんし。


片一方で、馬仲間たちが、自分たちで馬具小屋兼クラブハウスを建てるのはどうかと
言ってくれています。聞けば、仲間うちには大工仕事の得意なメンバーもいる。
材料費はわたしが出すことにして、これはこれでお願いしようか。

独立したクラブハウスができると、馬仲間たちもやってきやすい。
一昨年の「乗馬クラブ化問題」は、わたしの知らないところでどんどんやってくる人間が
増えていった、という部分にあります。
クラブハウスを作って、仲間たちがもっと頻繁に馬に乗りにくるようになっても、
それが「わたしの招待客」であるかぎりは、一昨年のようなことにはならないでしょう。
わたしが忙しいときも、仲間たちはクラブハウスのほうで勝手にコーヒーを飲んでゆけるし。

03/3/11





地吹雪三日目、さすがうんざり

地吹雪も三日目。当然、乗馬の予定は中止。
部落の葬儀があって、下足番を担当することになっていたのですが、
こちらのほうも吹雪のせいで予定が大幅乱れ。わたしはアプローチの出口で
吹き溜まりに車が埋まって、公道に出ることができない。
地吹雪の中、近くの酪農家さんに救援を頼み、トラクターで引っ張り出してもらった。

葬儀が終わっても、地吹雪は続いており、仕事場まで帰るための道は通行止め。
二時間ほど時間をずらし、遠回りして、できるだけ吹き溜まりの少なそうな道から
帰宅を強行しました。いやはや、アムンゼンかスコットになった気分の一日。
もう地吹雪はうんざりです。

この地吹雪、きょうはほんの局地的なものだったのです。
3キロ東、1キロ南では、ほとんど風も吹いていないのですから。
ここはまるで、ファンタジーに出てくる、年中、大嵐が吹き荒れる土地のようだ。


通行止めになった道も、3キロ先では完全に除雪されている。しかも歩道部分まで。
首をかけたっていいけれど、この三日間、あの歩道を必要とした住人なんてひとりもいない。
道路規格が上がると、必要性など関係なしに歩道が作られ、除雪も車道と同様に
行われるようになる。それよりその人手と機械、まずなにより車道の除雪に
振り向けたほうがいいだろうに。部分的に歩道まで完璧に除雪するより、
とにかく路線全部、車だけは通れるよう除雪してくれたら、その道は使えるのだ。

この除雪手順、腹が減っているひとを前に、フルコースの懐石料理を用意するような
ものではないか。まずどんぶり飯でもいいから、空腹を満たしてもらうことが先だと思うが。


仕事場の前の道路、けっきょくきょうは、通行止めは解除されず。
この地方全体が吹雪で、幹線道路の除雪を優先したというならわかるけど、
きょうは除雪車はいったいどこに行っていたのだろう。


引き続き『くろふね』第7回。
今回で、長崎海軍伝習所の章まではゆくつもりなのだけど、そこまで行き着けるかな。

03/3/10




きょうも地吹雪、吹き荒れる

地吹雪は、昨日以上の強さで、一日じゅう吹き荒れておりました。
犬も脅える猛吹雪です。
ですからこの2日間、仕事場からろくに出ていない。時間で言ってトータル5分。
離れた距離は最大10メートル。
こういう天気の日のことを考えると、やはり離れに仕事場を持つというのは、
非現実的でしたか。


頭を『くろふね』に切り換えるため、DVDソフト『阿片戦争』を観ました。
主人公は林則徐。三国志の英雄を連想させる描きかたです。
それにしても、じつに正統的な演出の歴史ドラマ。
こういう映画を観ると、つくづく日本の映画産業は人材が偏ってしまったのだなと思います。
純文学とサブカルチャー系統の作家・映画監督はいるけれども、「正統」路線のひとがいない。
歴史的題材を、真正面からごまかさずに描く、という技術の伝承がなくなっている。

リュック・ベッソンは『ジャンヌ・ダルク』を撮ることができた。
メル・ギブソンだって『ブレイブ・ハート』を作った。
でも、たとえば深作欣二の時代劇は、どれも惨憺たるものでした。
この差は何なのだろう。決して制作費の差ではないはずですが。

監督のセンスと技術、ということばかりではなく、
やはり映画産業の厚みの問題なのだろうな。


『阿片戦争』の中で、広州の外国人居住区が封鎖されたとき、林則徐と交渉するため、
神父が白旗を掲げて居住区から出てきます。1839年の話です。
台詞の上でも「白旗を持って出てきた」と、はっきり注意喚起されますから、
これは美術監督の思いつきではなく、歴史的事実だったのでしょう。
この描写から、このころすでにアジアでは、白旗は「戦意なし」の合図であること、
狭義では「軍使の不可侵権」のサイン、だという認識があったことがわかります。

松本健一の言うように「白旗は降伏のメッセージ」「ペリーがその意味を日本人に初めて教えた」と
するなら(とくに1番目の命題)、阿片戦争は1839年にイギリスの降伏で終わっていたことになる。
松本健一説のような無茶苦茶な主張(というよりはむしろ、きわめて単純な事実誤認)が、
いまだに「学説」として通用していることが不思議でならない。

03/3/9




一日じゅう地吹雪

朝から地吹雪。寒い日。一日じゅうくしゃみばかり。風邪がすこし進行したか。

きょうはほとんど外に出ていません。町で片づけるべき用事もあったのですが、無理はしない。
全部、不可抗力ということで来週まわし。
夜になって外に出てみると、駐車場もアプローチも完全に雪に埋まっています。
これはひょっとすると、明日の午後まではどこにも出ようがないか。
食糧はたっぷりあるので、不安や焦りは感じませんが。


『天下城』第41回送稿。
この回から「長篠の戦い」の章。あまり映像では描かれていない「ほんとに近い長篠戦」の
様子を描写、記述します。
映像でイメージしているものがあるとしたら、黒沢明『影武者』ではなく、
トニー・リチャードソン『華麗なる突撃』でしょうか。時代はずいぶんちがうのですが。


地下収納庫の改装計画、工務店に電話して口見積もりを聞く。
出費しようと思っていた額の範囲内。すでに建物本体があるのですから当然ですが、
わたしがイメージできるものよりもきちんとした改装工事になるかもしれない。

ただ、収納庫ですから、天井が低い。一番低い梁まで、床面からの高さが174センチ。
根太にする材の規格は、たぶん4センチあったはずですから、
ここに根太を渡して床板を張ると、頭をぶつけてしまうことになりそうです。

小さな事故は覚悟のうえで、床を張ることにするしかないかな。
それとも、なんとか3センチぐらいで床を収めてもらうか。
あるいは柱を増やして梁を一本取ってもらうか。
この構想を破棄する必要まではないと思うのですが。

03/3/8




クレソンにはまだ早い


きょうも日中は気温が上がっています。5度くらいか。
日差しもかなり強くなってきている。
ならば、クレソンもそろそろかと、放牧地のはずれの沢にまでおりて、少し摘んでみました。
でも、ゆすいで一本一本見てみると、まだ新しい葉は開ききっていない。
食べるには少し早いようです。あと二週間ぐらいは無理かな。
いまからクレソン鍋(クレソンを春菊代わりに使うシャブシャブ)が楽しみなのですが。


おつきあいのあった某誌編集者さんから電話。雑誌が休刊となるという連絡でした。
このあとは編集部を移るのではなく、母体のほうで編集とは関係のない仕事をするそう。
出版不況は、深刻ですね。今後もまだまだ休刊は続くのだろうな。
定期講読している雑誌も、広告が入らないのか、軒並み薄くなっていますし。


仕事場計画、根本から練り直すことになるかもしれません。
きょう、ログハウス設置の場合の電気設備について、友人の設備業者さんと
打ち合わせをしたのですが、彼はむしろ地下収納庫を改装することを勧めてくれた。

設備室になっている部分と書庫の部分を、壁を作って完全に分離する。
空調の音がけっこううるさいのですが、これはモーターをカバーで覆って遮音することで解決。
コンクリートのたたきの上には板で床を張る。

たしかにそれだけで、かなり閉鎖感の強い空間ができそうです。
スティーブン・キング原作の『ダーク・ハーフ』の映画化作品に出てきた作家の書斎が、
わたしの理想の仕事場のひとつですが、あれに近いものを作れるかもしれない。

あの映画では、その書斎は、スライド式のドアを閉じると、ドア自体が消えてしまう。
ドアが本棚と一体になっていて、レールの上を滑るのです。ドアを閉じると、出入り口の
ある場所は、本棚によってふさがれてしまう。
初めてのひとには、どこが出入り口だったか、わからなくなる。
仕事場の主人自身も、そんな隠されたドアを頻繁には開けようという気はなくなるでしょう。
あの仕事場は、窓もなくて、住宅の一部でありながら、完全に外界から隔離された空間でした。
もっとも、メイン州の山奥、という環境もいいのですが。

収納庫を仕事場にするのは、昨年も少し考えたことだけど、そのときは、
きちんと改装する、というところまでは構想しなかった。

そこから発展させれば、母屋自体を、隔離された小屋のようにしてしまうという手があります。
前庭にフェンスをめぐらし、ゲートを作る。宅配便などは、ゲートの外に勝手に置いていってもらう。
ゲートができると、来訪者にはかなり心理的バリアとなるはずで、これはいいかもしれない。
収納庫改装とフェンス設置で、とりあえずいまを乗り切るか。


すると裏庭には、馬具小屋とバーベキュー・ハウスが欲しくなるな。
おっと、そもそも、この計画はどういうことから始まったんだっけ。

03/3/7




離れの仕事場計画、少し動き出す

生島治郎氏が亡くなったのですよね。大先輩にして、推理作家協会の元理事長。
直接薫陶を受けたわけではないけれど、葬儀には弔電を打たなければと
推理作家協会に電話してみたら、すでに「お別れ会」が昨日だったとか。
昨日、東京にいたなら、出席していたのでしたが。


知り合いの紹介で、地元のログハウス・メーカーを訪ねてきました。
展示品の角ログの小屋が安くならないかと期待して。
でも、目をつけていた展示品、じっくり見せてもらうと、広さはともかく、壁の薄さが気になる。
こもるための仕事場には、ソリッドな壁が不可欠と思うので、使えない、と判断。

ついでに、展示してあるほかのログハウスを見せてもらうと、丸ログの小屋がよかった。
どっしりしていて、角ログに較べ、かなり重量感があります。
それでいて、ダグラスファーのログとちがい、直径が12センチ前後のカラマツ材なので、
木材の存在感が強すぎるという印象も薄い。内部の壁の凹凸もさほどうるさくありません。

予算(目算)を大きく越えているのですが、これで仕事の能率が実際に上がるなら、
けっして高い買い物にはならないな。いまの月産160枚から175枚を、
かつてのように月産220枚以上のペース(ひたすら書き下ろしを書いていたころのペース)に
戻せるなら、1年でもとは取れそうです。投資の価値あり。

あとは、関係者を説得するだけか。これがいちばんの難事業だな。


03/3/6




今年の刊行予定、おおむね決まる

打ち合わせで仕事場を留守にしておりました。
きょうもどってきましたが、昨日は当地方、とんでもない猛吹雪だったらしい。
きょうは、日中はかなり気温が上がりましたが。


今年の新作、文庫の刊行時期は、おおよそこういう具合です。

4月、『帰らざる荒野』集英社、4月(これは決定済みでしたが)。

8月、『ユニット』文芸春秋、連載原稿に少し手を入れます。

秋、『くろふね』角川書店、 これはさほど手を入れることなしに刊行となるでしょう。
今年がペリー来航150周年なので、連載終了後できるだけ早いタイミングで。

10月から、『武揚伝』文庫版全4巻、順次刊行、中央公論社。
慣例よりも少し早めの文庫化ですが。誤植を訂正し、部分的に書き直し。

秋もしくは明年1月、『天下城』新潮社、『くろふね』刊行時期との兼ね合いで正式決定。


斉藤美奈子を読み続けております。
『紅一点論』(ちくま文庫))のあと、ほんとうは同じキーワードで買った
『戦闘美少女の精神分析』(斉藤環、大田出版)に移るつもりだったのですが
『文章読本さん江』(斉藤美奈子、筑摩書房)に続けてしまった。
この本、タイトルで中身をちょっと誤解しておりましたが、文章のヒエラルキーをこてんぱんに
やっつける(笑いのめす)痛快な文芸批評(と言っていいのだろうな)。
むちゃ、おもしろいす、と、すでにこの本の影響。


『天下城』を書き続けていて、もう一本戦国ものを書くとしたら、ということを考えます。
甲冑を身につけた女武者を取り上げるというのはどうだろう。

角川映画『天と地と』の武田軍の女騎馬武者、財前直見とか、
数年前のNHK大河ドラマ(このシリーズ、まともに観ていないのだけど、鎌倉期?)の、
後藤久美子のイメージ。後藤久美子はもしかして、女性の役ではなく、
少年の武者役だったのかな。
『幕末純情伝』の牧瀬里穂の沖田総司にも触発されているか。
巴御前が原型になりますから、リアリズムでもやれるはずですが。

03/3/5




新作プロット、昨日までの約束だったが


角川春樹事務所、書き下ろしの新構想のプロット、昨日までに詰めるつもりだったけれど
その時間が取れなかった。まずいなあ。とてもまずいなあ。


4月刊行の集英社新刊タイトルは『帰らざる荒野』と決定。
広告コピーふうに内容を伝えると。

「明治元年、男は北をめざした。理想の牧場を拓くために。
大正三年、男は故郷に帰ってきた。一族の牧場を守るために」


とてもささやかなこと。
先日、電子辞書というのを買ったのですよ。いったん使い出したら離せなくなる、と
いろんなひとが言うものだから。
わたし、この手の電子機器、情報機器を使うのが苦手で、CDウォークマンさえ
初めて買ったのは去年。MDというのは持っていないし、
とうぜんモバイルギアやらPDええとなんだっけ、とかも持っていない。

ただ、百科事典はもう絶対に電子的であったほうが使いやすい、ということはわかっているので、
その類推で、電子辞書というのも悪くないだろうとは思っていた。
それでとうとう買ってしまいました。カシオのEX−WORDという製品。
広辞苑は入っているけど、逆引き広辞苑は入っていない、という普及モデルです。

使い出したら、なるほどこれは離せなくなる。
もう本のかたちの辞書にはもどれないかもしれない。


吉川弘文館の国史大辞典、あれが電子化されてくれたら最高だな。
図版が多いので、ま、実現するのは10年は先かもしれないけれど。


03/3/1


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