過去ログ 2002年9月分


『疾駆する夢』10月3日発売

『疾駆する夢』第3校を戻すまでがたいへんでしたが、その後の作業は順調で、
奥付は10月10日刊行ですが、10月3日に配本。
この日にはほぼ全国の書店の店頭に並びます。
で、翌週発売の週刊ポストには、著者インタビューが掲載です。

こんなことを目標にしていたわけではないけれど、配本が早まったので、
ほんとにひと月半で3冊というペースになりました。
この刊行間隔でゲラ直しを繰り返すというのは、やはりきついものがありましたね。
自分の生産計画の中には、ゲラ直しに要する時間というのは、まったく組み込んで
いなかったものですから。
ふう。少し、気持ちを切り換えます。

02/9/28



『表現の自由』を口にできる場合

柳美里『石に泳ぐ魚』裁判問題。
同業団体がこの件について何らかの態度表明をするかもしれないので(もうしたか?)、
わたしの意見を書いておきます。

「表現の自由」とは、相手が巨大な勢力、もしくは国家権力である場合にのみ、
表現者が盾として用いるべき概念です。この裁判の場合のように、モデルにされたとされる
身体にハンディキャップを持った弱い私人との争いについて、持ち出してよい概念ではない。

また、文芸的表現活動は、いまやいやおうなく「本」という商品の制作と流通という
かたちを取りますが、自分の存在や私的な生きかたについて、勝手に商品にしてくれるな、
と願う気持ちは、当たり前に尊重されるべきことです。

わたしにはこの裁判は、「表現の自由」が争点であるとは思えません。
問題にされたのは、単に書き手の社会性でしょう。
最高裁判決は、妥当です。

02/9/25



『片山豊 黎明』という本が出たらしい


日産の片山豊のことは何度か書いてきましたが、新井敏記氏の『片山豊 黎明』という
本が出たらしい。角川書店。広告は見ていないのですが、書評のほうが先に目に入った。
広告はいつ出たのだろう? 気がつかなかった。

書評によれば、一年間の密着取材で、私、という一人称の記述、
Zのことよりも、日産の社内事情について詳しい回想記のようです。
これはおもしろそうだ、とは思いますが、再び日産に迎え入れられた片山豊は、
あまり率直には、本社との対立のことを語っていないのではないか、とも思う。
ま、どうであれ、即注文です。


背筋の痛みが続いていますが、とにかく背を伸ばさなければならないと、
3週間ぶりくらいに腕を振ってウォーキング。これだけでもけっこうききますね。


金融破綻、専門家たちは、確実に起こる、不可避であると、妙に冷静です。
不安に駆られているのは、もはやわたしくらいか。
みなさん、すでに資産の海外移転とか円預金の放棄とか、
対策をすませているということだろうか。

02/9/24



黒船がそこまできている

『ユニット』ゲラ直し送り、『くろふね』ゲラ直し送り。
編集部は、連休でも稼働しています。
つくづく、雑誌を作るひと、本を作るひとには頭が下がる。
同業者F兄は、担当編集者を全員、胃潰瘍にしたことで業界では有名です。
わたしの担当さんから、クモ膜下出血が出ないことを、切に祈ってます。


きょう、ゲラ直しを送ったあとは、郵便物の整理、手紙書き、その他。


日本人拉致問題でマス・メディアは盛り上がっているけど、わたしにはもうひとつ
心配で心配で、このところ見たり読んだり検索したりしている問題があります。
日銀が、銀行の保有株を買い上げる、というニュース。およびその関連の情報。
小泉訪朝のニュースのおかげで、扱いが吹き飛んだけれど、
これって日本の銀行の大部分が、国有化一歩手前まで行ったということです。
つまり、銀行の大部分は破綻寸前。経済クラッシュの一歩手前。

また小泉総理は19日に内外情勢調査会という集まりで、
「デフレ対策には有効な策はない」と、発言したという。
政府には、もう打つ手はない、と認めたのです。
となると、日本の金融、財政、経済政策は、国際管理となるしかない。
先日、いま黒船にあたるものはIMFかと書いたけれども、これは冗談ではなくなったようです。

もっとも、わたしはIMFを歓迎します。
IMFの荒療治で、韓国は財閥解体、行政改革を一気に進め、わずか2年ばかりで、
立ち直ったのですから、IMFを毛嫌いすることはない。
経済大国、という神話とプライドを捨てればよい。


アルゼンチンの経済破綻のとき、野口悠紀雄氏のサイトで見つけたジョーク。
「アルゼンチンと日本のちがいは何か」 答、「2年」
じっさいには、ちがいは、2年もなかったということですね。


ピーター・タスカの「2015年には、日本は中国の植民地」という悲観的なシナリオが、
いまのままでは、いよいよ現実味を帯びてくるように感じます。
この感覚って、東京から離れて、北海道東部の「ムネオ不況」の真っ只中にいるせいかな。


02/9/23



腰痛というよりは、背筋の痛みですが

昨日はぎっくり腰と書きましたが、痛いのは正確には背筋ですね。
ん?同じことだろうか。
水泳のできない環境にあるのがつらい。
背筋のためなら、あの北朝鮮強制収容所の集団浴場みたいな公営プールも
我慢しなければならないか。


突破者・宮崎学氏のサイトをのぞいたところ、よど号グループのサイトがリンクされていました。
21日付けの声明が載っています。
http://www.dango.ne.jp/ogenki/
自分たちはまったく関与していない。特殊機関がやったことだとしたら、
自分たちはそのことを知るよしもない、という中身です。


こんどの件、拉致被害者の中の誰の運命にいちばん心が痛むか、
ひとそれぞれでしょうが、やはり最年少ということで、
横田めぐみさんのケースに日本人はもっとも痛々しさを感じているようです。

わたしの場合は、石岡亨さん、松木薫さんのケースが、ひとごとではない、と思える。
このふたりに起こったことを考えるのがいちばん怖い。
これはわたしであった可能性もなくはない、と。

もちろんわたしは、76年ごろにマドリッドで少し年上の森順子に会って、
「あなたにぜひ北朝鮮を見てもらいたい、誤解を解きたい」と、真正面から
オルグされたところで、行く気にはならなかったと思う。
ただ、ベッドの中で「一緒にちょっと冒険してみようよ」とでも誘われていたら、
いったいどうなっていたろう。
それをきっぱり拒絶できたかどうか自信がない。
石岡さんと松木さんが、わたしと似た性格だと言っているわけではありませんが。


前に、ネルソン・デミル『チャーム・スクール』の北朝鮮版を誰か書いてくれないものか、
と、ここに記したことがあります。わたしは書く時間がないのだけど、
じつは温めているプロットがある。誰か引き受けて書かないかな。
毎日新聞『アジアン・ノワール』シリーズ、こっちの題材で書いてもよいかとは思うけど、
残念ながらこれはノワールではなくサスペンスだし。

02/9/22



あ、勘弁してくれ、またぎっくり腰


PCに向かい詰めで、運動らしい運動をしていない。で、いましがた、犬に餌をやろうと
かがみこんだら、腰に激痛。ぎっくり腰です。いかん。来週末までは、
わたしは倒れたり寝込んだりするわけにはゆかない。
バランス・チェアを使っているのですが、根を詰める日が続くと、必ず腰痛が出ます。
まるでハードボイルドではない話題ですが。


この週末、東京の酒場は面白かったらしい。わたしの世代のかなりの数の男女が、
小泉訪朝を話題にしたいと、なじみの店に出向いたのではないだろうか。


いわゆる「不審船」問題については、わたしは対応抑制を主張するほうです。
でもあの王朝の滅亡を望む気持ちは、周辺の友人たちよりも強いようだ。
ほんとに、昨日あたりは、新宿の酒場にいたかったな。

02/9/21



きょうはカリカリでした


『ユニット』(別冊文藝春秋)、75枚送稿。
こういうタイミングの日でしたから、きょうはわたし、カリカリでしたね。
午前中、銀行に行く用事があったので、運転をめぐるトラブルなんぞ起こさぬよう、
トランキライザーを一錠飲んでいたのですが、それがちょうど切れたころ、
わたしも切れました。


小説新潮の10月号に、いしいひさいちの『前戯なき戦い』という見開き4ページの
漫画が載っています。『宮部みゆき利権』をめぐって、出版社が『仁義なき戦い』ばりの
抗争を繰り広げるという業界ネタ漫画。出版業界のことを知らなくても、笑えるのでは
ないだろうか。実名で登場した編集者たちは、あまり愉快ではないかもしれないけど。



昨日の北朝鮮問題、わたしは興奮気味にえらそうなことを書いてしまいました。
北朝鮮の国際社会への組み入れは、たぶん国際政治のプラグマティズムからは
歓迎されるべきことなのでしょう。わたしが何を言おうと(あるいは言うまいと)。

ただ、シオニズム・イスラエルと同様、北朝鮮が話題になるときに感じる
この不快感、嫌悪感だけは、どうしようもありません。


02/9/20



『ユニット』今回では終わらず

別冊文春『ユニット』今回が最終回のつもりだったけれど、終わらず。
少し枚数を減らしてもらって、明日送稿。


きょうになって出てきた外務省の情報操作。醜悪。
これに較べたら、拉致した日本人の死亡日時まで明らかにした
北朝鮮政府がむしろ誠実に見えてくるからふしぎです。


わたしは北朝鮮ウォッチャーではないけれども、
李英和『北朝鮮 秘密集会の夜』文庫版(文芸春秋)の解説を書いたことがあります。
96年の4月のことで、あのときは、いま振り返ると、北朝鮮の経済が
もっとも疲弊していた時期だったようだ。わたしは、疲弊からくる体制崩壊を期待し、
その文章にもそのとおり書いたのだけど、北朝鮮は体制を維持したまま生き延びた。
しかし、いまでもわたしは、あの国は、あの体制のまま国際社会に入ってはならないと思う。
ポルポト政権を承認しうるか、と問うのと同じことです。
北朝鮮は変った、とは、信じることができない。


昨日は、高沢皓司『宿命 「よど号」亡命者たちの秘密工作』をまた拾い読み。
読後は、いつもどおり、滅入ってしまう。
ひとはこれほど徹底して政治的になりうるのかという想い。
よど号メンバーについてはもちろん、その妻たちの生きかたにもそれを感じる。

本書によれば、松木薫さんをスペインから北朝鮮に連れ出したのは
森順子。田宮高麿の妻だった女だ。「色仕掛け」だったという。
( この本の中身の信頼性については、有本恵子さんの死を北朝鮮が確認した以上、
もう疑う必要はなくなった)。
たぶん石岡亨さんを担当して誘惑したのは、黒田佐喜子だろう。よど号若林盛亮の妻。
バルセロナで、石岡亨さん、森順子と一緒に写った写真が残っている。


彼らは、ふたりを北朝鮮に引っ張りこみ、存在が厄介になってきたところで、
有本さんを含めて処分。スイカの皮でも捨てるように、あっさりと処刑したのだ。

彼らは、今後、有本さんたちの死について、どんな嘘を口にしてくるだろう。
マスメディアも、先日帰国したよど号メンバーの妻たちに取材すべきだ。
まだ彼女たちは、「でっちあげ」「公安の書いたストーリー」と突っぱねるだろうか。
それとも、偉大なる総書記が認めたのなら事実です、と言うか。


今後、よど号グループについては、ある日突然「災害で死んだ」と知らされる
可能性もないではないが。


02/9/19



『くろふね』第2回分送稿


神奈川新聞、カドカワ・ミステリ連載の『くろふね』第2回分を送稿。
今回分のキーワードは、江川太郎左衛門、高島秋帆。

神奈川新聞では、昨日から連載が始まっています。
講読しているひとの中には、題字を見て、あれれ、と思ったかたもいたことでしょう。
この『くろふね』という平仮名のタイトル、ここでも書きましたが、
題字は、素朴で力強い筆文字でなければ、意味がない。
ところが、妙になよなよとした細い筆文字。ゆきちがいでした
(視覚的イメージを言葉で伝えるのは、ほんとに難しい)。
数回後から変わります。莫山先生の文字で、とでも言えばよかったのだろうな。


このところ、メディアで「現代イコール天保時代」説というのを何回か聞いたり見たりしたのですが
偶然だろうか。この世は幕末だ、という歴史観はこの30年ばかりずっと聞かされていました。
この30年間、自分は坂本竜馬だと自称する男のなんと多かったことよ。
橋本龍太郎がそう、森総理の前の総理、オブチ(名前すら思い出せない。ケイゾウ、でしたか)
ってひとも、平成の坂本竜馬を自称していた。経済界にもきっと多かったことでしょう。


いま、とつぜん、現代イコール天保説が出てきた理由はなんだろう。
経済改革の失敗、という部分の類似でしょうか。
ということは、これから黒船がやってくるわけですが、その黒船とはいったい何になりますか。
IMFかな。


原稿を送っても、頭はまだ熱い。クールダウンさせるのにお酒が欲しいなと思ったけれど
ビール一本あるわけでもない。コンビニは15キロ彼方。あ、料理酒が残っていたか。

02/9/16



『日本アルプス』問題もう一度


『天下城』17回原稿送稿。


「日本アルプス」という地名の問題、そういえば上高地に行ったとき、看板に
なんとかという外国人がこの名に関係しているとか書いてあったのを見たと、Web検索。

関係サイトによれば、W・ガウランドなる人物が、明治14年にあの山岳地帯を
「日本アルプスと名付けた」らしい。
ついで明治29年に、W・ウエストンなるイギリス人宣教師が、
「日本アルプスの登山と探検」という書名の著書を発表した。
それで「日本アルプス」という名が広まったようです。

しかし、外国に行って勝手に地名をつけるな、というのは、いまや文化人類学の常識。
一世紀前と言えば、ヨーロッパ人は、世界中どこにでも好き勝手に自分たち好みの
地名をつけていましたが、
いまではその手の地名は、現地の地名に読み替えられているのがふつうです。
自尊心のある現地のひとびとは、ヨーロッパ人のつけた名前なんぞ受け入れなかった。

でも、当時の日本人は(あるいは現地のひとびと)は、
そうかここは日本アルプスですかと、有頂天になってこの名をいただいたのですね。
やっぱり恥ずかしい。
このふたりの外国人、この国の地名なんぞ無視してもかまわんと考えていた
ヨーロッパ優越思想の持ち主だったということだと思いますが。


もちろん、飛騨山脈、木曽山脈、赤石山脈という地名も、日本に地理学が成立し、
それ以前の日本人には認識できていなかった、
大きな範囲の土地の名をつける必要が出てきてから
つけられたものだと思います。でも、歴史的、文化的な継続性は理解できる。


「日本海」の呼称にこだわるなら、逆に「日本アルプス」はやめるべきだと思いますが。


ついでに思い出したこと。わたしの同業の山登り好き。彼はいまだにどうしても
「白馬岳」を「はくばだけ」と読めないのだそうです。「はくば」と読むようになったのは、
わりあい最近(彼が大学を卒業して以降)のことらしい。
「あれは、しろうまだけ、と呼ぶのですよ」と彼は言います。
本来の表記は「代馬岳」だったそうです。
しろうまを「白馬」と書き、「はくば」と音読みにするのは、格好いい?

02/9/13




はい、きつい日々が続いてます

とくに記すべき情報もない日々です。激しい焦慮を感じつつ、PCに向かい合ってます
それ以外のときも、面白みのない「溜め」の時間。もうろくに食事さえ作っていない。



どこかのいくつかの市町村が合併して、「南アルプス市」を作るというニュース。
カタカナの自治体名は初めて、とテレビのキャスターが原稿を読んでいたけれども、
カタカナ名であることよりも、こんな恥ずかしい名前を堂々と自治体の正式名称にして
しまうことのほうがニュースではないだろうか。


たぶんあまり一般的な感覚ではないのだとは思うけれども、わたしは日本の地名としての
「アルプス」というのを聞くと、気味が悪くていつも身体をよじりたくなる。
飛騨山脈、木曽山脈、赤石山脈ではいけないのか。
スイス・アルプス、イタリア・アルプスというときとは意味がまるでちがう。
日本アルプスなんて、存在しないでしょう? この地名、つい最近まではきちんとした
地図には載っていない名だった。ただ俗称にすぎなかった。地図の索引を探しても
どこなのか特定できなかったのですよ。なのに、マスメディアは平然と使い続けていた。


おそらくは登山愛好家たちの冗談、あるいは本物アルプス憧憬から広まった名だろうけど
(いや、きっと大正期前後の、少女趣味の詩人たちの影響もあるのだろうな)、
登山家たちは、「先週北アルプス縦走してね」なんて言うときに、
何の恥ずかしさも感じないのだろうか。
ヨーロッパ・コンプレックスとか、植民地根性、といった言葉は思い浮かばないのだろうか。
いや、そもそも地元のひとたちは、何の違和感も感じずに、あの山並みを「アルプス」と
呼んでいるのだろうか。


原宿シャンゼリゼ、と以前、表参道の商店街が言いだしたことがあった。
さすがあのときは、誰もが滑稽だと思ったでしょう。「アルプス」も同じではないか?


「ご主人」の場合とはちがって、
あの山々には、誰もが同意できるニュートラルな呼称があるのだから。

02/9/12




『疾駆する夢』10月3日配本です

第3校の直しがさほどの量なかったせいか、『疾駆する夢』10月3日には配本となりそうです


PHP研究所『歴史街道』11月号(10月6日発売)は榎本武揚特集。
メインのコラムを書きました。武揚、ベストテン入りが近づいてきたか。


『七人の侍』再び。
『荒野の七人』にはなくて、『七人の侍』にはある作品の性格、
それは、神話性、あるいは伝説性です。

『七人の侍』の場合、物語全体は、木村功(勝四郎)によって目撃され、記憶され、
語られた伝説、と解釈できるかたちをとっています。
世間知らずの元服前の少年が、武者修行の途上で出会った素晴らしい侍たちのことを
語った、という基本構造です(黒沢明を含め、脚本家たちはそのことを十分には
意識化していなかったと思いますが)。全体が主観を透過した物語である以上、
語り口の破綻はさほどの疵ではないのですね。パースペクティブの歪みも、
目撃者はそう記憶したのだ、と観客は納得しうる。


語り口では部分的に洗練されていても、『荒野の七人』がこの「伝説的性格」を
持ちえなかったのは(監督の意図でもなかったということですが)、
目撃者(記録者、話者)を設定せず、その視点をあえて作らなかったからでしょう。

『シェーン』は、西部劇の基本的パターンのひとつを使った、ありふれたストーリーの
西部劇ですが、少年ジョーイによって語られたシェーンという男の思い出、という構造の
映画にすることで、同じ股旅ガンマンものから抜け出した傑作西部劇となりました。
もちろん、必ずしも活劇がすべて伝説的である必要はないし、この性格を持たない傑作も
数多く存在します。ただ『七人の侍』や『シェーン』については、
この構造を持っていたがゆえに、忘れられない英雄伝説映画となったのだとは言えるでしょう。


でも、『七人の侍』の勝四郎が、木村功ではなくて、ほんとうに十四、五歳の
美少年が演じていたら、全編を通して(ジョーイ少年のように)目撃者に徹していてくれたら、
『七人の侍』はもっと美しい映画になっていた、とは思うのですが。


ま、それはさておき。
『七人の侍』のファンのあいだでは、いまリメイクするとどんなキャスティングとなるか、と
問うのが、定番の遊びのようです。
志村喬の役は、モーガン・フリーマン、というのが、わたしの回答のひとつだけど、
これだと『七人の侍』のリメイクではなく、『荒野の七人』のリメイクになってしまうか。

02/9/10



脱力。さあドライブを切り換えて


8日、空港の航空貨物事務所へ行って、『疾駆する夢』第3校直しを発送。
脱力状態であとはもう仕事にならず、仕事部屋の資料整理と清掃。

夕方、友人が建設中のログハウスの上棟式を観にゆき、幸せそうなこの友人夫婦に、
余計な話をさんざんに吹き込む。輸入ログは日本の風土に合わないからカビが生えるぞ、
ローンがきついぞ、そんな重荷を背負ったら人生たいへんだぞと。
わたしは悪趣味です。


きょうはまず散髪。それから『くろふね』第二回送稿分にかかる。


週刊新潮『天下城』、先週送った原稿、20行足りなかったとか。
おっとっと。わたしはいま、数も数えられないくらいに頭が混乱してるか。
俗な言葉(というか、若いひとの言葉なのか)で言うと、パニくる、というやつだろうか。


土曜日、BSの黒沢明特集、『七人の侍』を、仕事をしながらところどころ観てました。
この作品、わたしはビデオは持っていないのですが(こうなったらDVDを、と待ってる。
外国版ではあるようですが)、映画館では3回観ています


残念ながら封切り時ではなく、最初はたしか65年前後に観たと思う。
この映画、そのころまでは画面の天地を隠して、いかにもワイドスクリーンふうに公開されて
いたのだけど、わたしが観た2回目、75年(ころ)のリバイバル公開は、
本来のスタンダード・サイズでの上映。そのことが売り物だった。

ついで3回目は90年ころだったろうか、
このときは、いわばディレクターズ・カット版(完全版)の上映でした。
たしかそれまで3時間弱の作品が、3時間半ほどの長さで上映された。
現在出ているビデオの207分という長さのバージョンが、これですね。
ひと集めのエピソードと、野武士たちとの前哨戦の部分が厚くなっていました。
何度観ても(長時間版ではとくに)、わくわくするのは、第一部、「ひと集め」のパートです。


で、つい『荒野の七人』と何度も比較してしまうのですが、『七人の侍』のほうは、
志村喬の存在感が圧倒的。木村功ならずとも、先生、と平伏してしまいたくなるぐらいに
魅力的な人物造形です。
これに対して『荒野の七人』のユル・ブリンナーは、あまり人格的な大きさを
感じさせないのですね。戦闘指揮官としては優れているだろうな、という印象。

ところが、ほかのメンバーの描きかたについては、『荒野の七人』のほうが
原典を超えている、と思えるところがある。『七人の侍』では、村に着いた時点で、
とくに加東大介、稲葉義男のふたりの印象が薄くなる。
千秋実も、あまり目立たなくなります。

『荒野の七人』では、ひと集めの段階だけでなく、村に着いてからも、
七人それぞれの描き分けがなされている。

千秋実の役は、『七人の侍』ではチャールズ・ブロンソンでした。メキシコ人との混血で、
無類の子供好きという設定。ほかのメンバーに埋もれていません。

『七人の侍』にはないニヒルな博打打ちの役を、ロバート・ボーン。
『荒野の七人』でいちばん描写の少ないのが彼なのですが、でもかなり印象的。

やはり『七人の侍』にはない、自分は金のために戦っている、と信じこんでいるガンマンを
ブラッド・デクスター。自分の取り分は7万ドルだったとユル・ブリンナーに知らされて(嘘)
幸せそうな表情で息を引き取る。このキャラクターも好きです。

『七人の侍』では、参加を拒む山形勲にブラッド・デクスターの役をやらせたらよかったと思う。
ここで野武士退治に功を挙げれば、その土地の領主に召し抱えられると信じているとか。
七人の中に、野心満々の傲岸な侍がひとりいてもよかった。

総じて言うと、よい男たちが集まった『七人の侍』に対して、
よいも悪いもひっくるめて強いのが集まった『荒野の七人』
ということになるでしょうか。

他人の作品については、こういう比較・分析は、好きでよくやるのですが。

02/9/9



『疾駆する夢』第3校上がり

昨日、『疾駆する夢』第3校が届きました。
表紙の色校正も一緒です。こちらは数日中に新刊案内のほうにアップしておきます。
クレイ・アニメーションのスタジオ(名前、覚えられませんでした)が、
人形と自動車を木彫りふうに作ってくれた。これを撮影したものです。

『疾駆する夢』の刊行は、10月10日。見本刷りは4日に上がる予定ですので、
神保町界隈では、4日の夕方には店頭に並ぶでしょう。
ただしそれには前提条件があって、9月9日にゲラが編集部に戻っていなければならない。

8月20日『黒頭巾旋風録』、
9月10日『冒険者カストロ』、
10月10日『疾駆する夢』

並べて気づくと、50日間(アバウトに言えば、ひと月半)で、3冊の新刊刊行。
これは94年10月に3冊同時刊行で関係者に迷惑をかけたとき以来のペース。
なのに、わたしはまだ、刊行ずみの2冊についてもきちんとした刊行祝いをやっていない。
友人や編集者さんたちとおいしいものを食べ、二日酔いになるぐらい飲みたいのだけど。


目がショボショボ、頭重も出て、アイスノンのような鉢巻きをして仕事をしています。
あのデスク破損事件と、新PCのトラブルで、実質4日、ひょっとしたら5日つぶしたのが
痛かった。天気がよくなったので、雑用もある。
来週はボランティア仕事もあって、街にも出てゆかねばならないのだけど。

いまのわたし、どれほど気持ちに余裕がないかと言えば、
先週スティーブン・キング『アトランティスのこころ』を読み始め、上巻は一日で
読んだのに、下巻に入ったところで止まってしまったという状態。
キングに勝つ忙しさもなかなかないと思う。


02/9/5



残暑25度。ロフトは暑い


久しぶりの快晴。気温が上がって、25度くらいか。北見では32度だったそうです。
暑い。とくに仕事場は三角屋根のロフト部分にありますから、外気温以上に暑い。
来年の夏までには、地下収納庫を改装して、こんどこそほんとうに
無線LANを導入すべきかもしれない。


Japanist2002問題、サポートセンターから電話があって、Netscape6.2ではたしかに
同じ動作を確認できたとのこと。Japanist2002の側の設定ではないので、そのつど
Enterキーを押して確定してほしい、と言われたのですが、そんな面倒はやってられません。
けっきょく向こうが、Netscape7ではこの問題がないことを確認してくれた。
しかし、Netscape7のベースはMozillaだというし、これは一回フリーズしている。
さて、Netscape7に変えるべきか。このままでは、新PCからはメールを打つのが億劫です。
かといって、新たなトラブルを抱えたくもないし。


『疾駆する夢』第三校が明日届きます。150枚以上削ったので、ひょっとすると
前後の辻褄が合わなくなっているところを見落としているかもしれない。
で、だめ押しの第三校を出してもらった次第。これは時間がなくて、
来週月曜日には編集部必着。


02/9/3



『冒険者カストロ』見本刷りが届く


『冒険者カストロ』見本刷りが上がって届きました。
奥付では、刊行は9月10日となっていますので、店頭に並ぶのは来週ですね。
当然ながら、やはり小説とは違う体裁と造り。写真も入っています。
こういう体裁の本は初めてなので、ちょっとうれしい。同時に、これを刊行するってことに
ついては、少し緊張感もあるな。
わたしにはノンフィクションを書く資質があったのかどうか。

正直なところを言うと、文章がぎこちない。小説を書いているときの文体とは違わざるを
得なかったのですが、それが身についていませんね。プロパーのノンフィクション・ライターが
書いたものではないことが一目瞭然。パラパラと目を通して、
この文章はあるまい、とか、言葉の誤用ではなかったか、と感じる部分が
いくつも目につく。ゲラではそこまでは強く感じなかった部分でも、本になると、気になります。


刊行祝いをやりたいが、きょうはまだ原稿書き。『ユニット』あまり進んでいないぞ。


Japanist2002の、入力予測のウインドウは、やはり非表示設定ができました。
サポートセンターに電話して、やっとその場所がわかった。PCに慣れたひとなら、
なぜここがわからないかと、疑問に思うでしょう。


メールソフトを使うとき、変換が確定されない問題、やはりサポートセンターの担当さんと
何度も電話で話し、設定を変えたり、修正プログラムをダウンロードしたり、
いろいろやってみたのですが解決しない(これで半日つぶしてしまった)。

そのやりとりの中で、消える場合の規則性がなんとなくわかってきた。
変換した直後に入力する語が、濁音で始まる場合、前の語の変換が確定されない。消えてしまう。
親指シフトの場合、濁音の入力は、清音に反対側親指キーの同時打鍵。
この反対側親指キーに、あるいは同時打鍵に、変換非確定の意味のコードが
乗ってしまったのではないだろうか。なぜメーラーを使うときだけそうなるかはわかりませんが。

この点については、サポートサンターでも解決せず、後日連絡をもらうことに。
それにしても、この症状が出て問い合わせたのは、わたしだけか?


富士通マーケティング問題の続き。
富士通がマス・マーケットでもそこそこのシェアを回復する方法はあります。
親指シフト・キーボードを、ワープロ事業部から受け継いだ継子扱いせずに、
FMV標準装備のキーボードとして売ること。専用機OASYSはたしか
総計では百万台単位(200万? あるいはもっと)で売れたはずですが、
FMVはこのユーザーたちの後継機となっていない。
親指シフトモデルが選択できる、ということすら、ろくに情報として流していないためです。

かつての専用機OASYSユーザーが、OSがバージョンアップするごとに
FMVを買い換えていたとしても、それだけでかなりの数です。
これに初心者、親指ビギナーの市場が加わります。

いまの富士通に必要なのは、木村拓也(字は合ってるか?)を引っ張ってくる広告代理店より、
資産を的確に指摘してくれる経営コンサルタントかもしれない。


02/9/2



再:新PCの悩みは続く


Japanist2002問題再び。
この入力システムを使ってメールを打とうとすると、片っ端から文字が消えてゆきます。
変換が確定されず、次の語を打ちだしたとたんに消える。
文章を打つにはリズムがありますから、いったん打ち始めると、入力したはずの文字が
消えてしまうのを眺めながら、なお次の語を入力するはめになる。

これまでの使い方のように、変換して次の語を打ち出せば、その語は自動的に
変換が確定されるというわけではないのですね。かといって、いつも必ずそうなるかと
いうとそうでもなく、わたしにはこの法則性がわからない。けっきょく、メールを打つときは、
一節ずつ確定して(Enterキーを押して)やらねばならない。
メールの文章を入力するのが、やたらつっかかるようになった。


ところで、親指シフトとOASYSは、マス・マーケットではデファクト・スタンダードとなることに
失敗しました。ただし、日本語入力のプロたちの市場は取った。
こうなったら、あとはプロ・ユースに特化して、利幅を大きく取ったビジネスをするのが賢いのでは。
仕事上、親指シフトとOASYSを必要としているユーザーは、
多少割高でも買い続けるのですから。

なのに、ほかのメーカーと同じ土俵で、初心者の奪い合いをやっていては、
けっきょく最後の市場まで失ってしまう。
誰か、富士通に助言してやってくれないものか。


きょうは、農協主催の「伯爵まつり」、ジャガイモ掘りを中心にした地元の収穫祭。
ジャガイモを買うために行ってきましたが、会場には2000人前後かと思えるほどの人出。
わたし、これほどの数のひとの姿を見るのは、久しぶりでした。

02/9/1


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