Journal0207
近況過去ログ 02年7月分
子馬の次郎を、里子に出そうと思っています。
次郎専用の馬小屋の増築とパドック造りは、
ほかのことをいろいろ厄介なものにしてしまうので、避けたい。そのための出費も惜しい。
知り合いの馬好きが、条件さえ整えば預かってもいいと言ってくれたのですが、
結論が出るのが少し先になる。それが決まるまで、日陰もない角馬場で飼っている
わけにもゆかないので、昨日、近所の馬の生産農家さんを訪ねてきました。
しばらく預かってくれないかとお願いしたところ、少しのあいだだけならいいよ、
と返事をもらったので、世話をしてもらうことに。施設がきちんとしているところなので、
昼間馬房に入っていれば、多少はアブの襲撃も防げます。子馬も喜んでくれるでしょう。
ほんとは、バーンもない状態でわたしが馬を飼い始めたこと自体、無謀だったのですが。
知り合いからメール。
藤本敏夫氏がなくなったそうです。60年代後半の全学連委員長のひとり。
加藤登紀子(表記OK?)のご主人。房総で、自然農法の農業を実践していた。
死因については、そのメールは触れていませんでしたが、
食生活のまちがいでなければいい。まだそんなに歳ではないはずですから、
極端な自然食志向で、結局健康を損ねたのではないか
という心配がちょっとあります。ベジタリアンではなかったと思いますが。
神奈川新聞連載タイトルの件
『くろふね』
もしくは
『く・ろ・ふ・ね』
というのはどうだろう。
題字は、素朴な印象の筆文字で。江戸の庶民が蒸気船を見たときの驚きを文字にしたような。
02/7/31
と書くと、ずいぶんキザだろうか。昨日は知り合いの酪農家さんの家に
招かれて、食事とお酒の会。この酪農家さんの奥さんが花好きで、丹精込めて庭を造って
います。バラが満開になったらその庭でお酒を飲みましょうということだったのですが、
ようやく昨日、酪農家さんの一番牧草刈りの作業も一段落して、そのパーティとなった次第。
その庭は、40か50坪ほどの広さでしょうか。見事なイングリッシュ・ガーデンで、
お客の女性たちが一様に「秘密の花園ね」ともらすほどに美しい。
『BISES』に紹介されてもふしぎはないレベルの庭でした。
その庭の中にテーブルとテントをセットしての食事とお酒も、新鮮な体験だった。
焼き肉なし。飲み物もきちんと専用グラスで。すでに当地では、
焼き肉に紙コップでビール、という企画だと手抜きと言われるのかもしれない。
つくづく思いますが、当地のみなさん、都会では望むべくもない豊かな暮らしを楽しんでいます。
自動車ディーラーから、冷却水漏れの件で電話。
ウォーターポンプが破損していたので、取り寄せます、直るまで数日かかる、とのこと。
でも、去年もウォーターポンプがいかれて、交換してもらっています。
それを言うと、去年は中古の部品に付け替えた、それが破損したのでとの答です。
中古を使ったなんて説明は受けてなかったぞ。請求書にもそれは明記されていたのだろうか。
修理費が安く上がるなら、べつに新品・純正でなくてもかまいませんが、
その結果、一年たったらまた交換では、けっきょく高くついたのでは?
ちょっと合点がゆきません。
明後日、8月1日からは、『黒船記』(仮題)にかかりたいけれど、
正式タイトルがいまだ決まりません。もうアイデアも出尽くした。
あとは吉村昭氏の作品があることを承知で、『黒船』で行くかどうか、という判断か。
『ゴッホの証明』『ゴッホの遺言』の小林英樹さんから、
新著『耳を切り取った男』が送られてきました。ゴッホの有名な「耳切り落とし事件」について、
流布されている伝説の嘘を暴こうとするもの。最初を読んだだけですが、この作品では
どうやらこの事件についてのゴーギャンの証言が徹底的に分析されるようです。
残りは明日の楽しみ。
02/7/30
昨日、航空貨物の事務所に行くとき、四輪駆動車の冷却水の温度が上がりすぎて
赤ランプ点滅。オーバーヒート寸前でした。日曜日だったので、あわてて
ガス・ステーションに寄って見てもらったら、冷却水漏れ。パイプの継ぎ目あたりに
穴が開いたらしい。とりあえず冷却水を補充してもらって帰ってきました。
きょうは、この車の「先月分の」修理費4万なにがしと、
先日の事故の修理代免責分5万円を払い込み。その足でディーラーに行って、
冷却水漏れの修理を依頼。ついでに、左右のウインドウ昇降モーターの配線ミスと、
バックドアがロックできない状態になっていることも告げた。
つまり、先日の修理は完全ではなく、先月の点検も不十分だったということですが。
わたし、この車のために、二年間でおそらく100万円近い修理費を支払っている
(わたしがぶつけてへこませた、という件もふたつ含めて)。
ひと月に一度はほぼ確実に、修理に出しています。
それで、昨日の「こんな家を造ったひともいる」というショックと合わせて、
ひとつのことに気づいた。以前からも薄々とは思っていたことですが。
「わたしは、買い物が下手だ」
本来消費性向が強くはないほうなので、大きな買い物のときに、それが仇になる。
ふだん小さく失敗していないせいか、肝心のときに失敗してしまうのですね。
これまでは、運、不運、ということで自分を納得させようとしてきたけど、
そうではない。たぶんこれは、消費訓練の不足からくる、買い物下手。
でも、いまさらこれを克服できるはずもないな。
ところで、今年のビザなし訪問(自由訪問)、国後・色丹島への訪問を
申し込んでいましたが、残念ながら申し込み多数のため、参加できず。
ムネオハウスに泊まってみたいという旧島民が多かったのでしょうね。
8月22日から5日間の日程を申し込んでおり、これを夏休みとする
つもりだったのですが、夏休みはべつに取るか。
02/7/29
『疾駆する夢』と『冒険者カストロ』の再校ゲラ直し終了。
空港の航空貨物事務所へ持ち込んで、配達の手配。月曜午後に編集部着。
ふっ。これで、今年出る三冊の本に関わる作業はすべて終了しました。
8月『黒頭巾旋風録』新潮社
9月『冒険者カストロ』集英社
10月『疾駆する夢』小学館
毎月、自分にご褒美をやる理由ができた。
天気は快晴。空気は乾いており、まるで秋のような天気。気温はたぶん、
日中で28度前後。ひと仕事終えたのを祝うには最高の条件。ちょうどタイミングよく
仲間たちがダッチオーブン料理パーティを開いていたので、
ワインを二本買ってこれに合流しました。
わたしの周囲では、今年ダッチオーブンが大ブームです。
きょうも、四個のダッチオーブンを使って、ローストビーフ、ビーフシチュー、パエリアに
ニワトリの蒸し焼き。かなり豪華なパーティ料理だった。
このパーティが開かれた知り合いの家は、ちょっと羨むばかりのたたずまいでした。
(わたしは初めて訪ねた)
白壁の母屋のほかに、ブロック造りの牛舎や納屋が残り、
一町歩の広さの庭は全面芝生。
芝生の庭の中央には、トトロが住み着いていそうなナラの巨木が二本。
敷地の二方向が防風林で、公道との境は、白く塗られた牧柵。
引き込み道路は、芝生面と同じレベルで、ゆるやかな曲線を描いている。
その中にいると、テリトリー感覚を強く意識できる、たいへん落ち着くうちです。
ひとことで言えば、アメリカ中西部の小さな農家の雰囲気でしょうか。
わたしだって、このような仕事場を作りたくって、当地に土地を探してもらったはずなのだが。
でも、いまの土地では、場所の選定と基本的なインフラ工事に誤りがあって、
修正は不可能。
愚痴っぽいことを繰り返せば、理想とすべき住環境のありようについて、
当地の業者さんたちと、美意識が完全にちがっていたということでしょう。
そもそも土地を探してもらうについて、わたしが出した条件をまったく誤解されていた。
言葉が通じていなかったといまは想う。
1年間、候補が出るたびに、わたしは当地を訪れて、ノーと首を振ってきた。
最後は、いよいようんざりされた様子で、もうここしかない、と言われれば、
決めるしかなかったものなあ。
あれ以上、仕事場建設を先延ばしにできなかったわたしのもろもろの事情も
つくづく恨めしい。
土木工事についても、想像外のことが行われていたのだけど、
立ち合えなかったので中止させることもできなかった。
その結果、敷地の大部分はデッドスペースとなり、今後、増築も不可能という敷地プラン。
すでに書庫は手狭ですが、これだけの広さの敷地でありながら、
もう小さな物置ぐらいしか建てる余地はない。これ以上本が増えたら、
わたしはここを放棄するしかありません。これまでこの土地と建物に投資したお金と
時間(すでに木を200本以上も植えた)はすべて無駄になる。
きょう、知り合いの家を見て気づいたのは、
やはりわたしは、ないものねだりをしていたわけじゃなかった、という事実。
こんな住環境も実現可能だった、と知って、かなりショックです。
落ち込んで、悪酔いしたかな。
わたし、正直なことを言うと、この問題を考えて鬱になることがしばしばある。
02/7/28
昨日(26日)は晴天。
青空を見るのは何日ぶりだろう。先日札幌に行ったときは当地も晴天だったらしいけど、
わたしはその日の青空は見ていない。つまりわたしにとってはほとんどひと月ぶり
ぐらいで、当地の青空を見たことになる。天気がよくなって、急に表の公道を走る車の数が
増えたような気がしますが、これは夏休みに入ったせいだろうか。
『疾駆する夢』再校直し、あと少し。
今朝の新聞記事、
経団連の奥田会長(トヨタ)が、
日本の企業が(という一般論のかたちで)、国益に背いてでも
本社を海外に移転する可能性について言及し、小泉総理と意見交換を始めている、
とありました
やはりここまできましたか。わたしは、本社の海外移転は、トヨタよりも
ホンダとソニーのほうが先だと思っていましたが、
奥田氏が、経団連として根回しを始めたことを公式に認めたとなると、
ホンダ、ソニーばかりではなく、トヨタの社内での検討も想像以上に
進んでいるのかもしれない。もちろん、政府は猛反対するでしょうから、
トヨタに関しては腰砕けになる可能性は大です。
でもその代わり、法人税や社会保険、賃金、入管政策(単純労働者の受け入れとか)
等について、トヨタは政府からの優遇措置や特例をしっかり引き出すことでしょう。
『疾駆する夢』も、じつは架空の日本の自動車メーカーが、本社の海外移転を決める
その役員会の場面から始まった小説です。ホンダ、ソニーが本社移転を発表する前に、
なんとか単行本を出したいものです。刊行予定は10月。
もうひとつ、気になった小さな新聞記事。
トムラウシ山で、先日女性の登山者ふたりが遭難死しましたが、救助隊が
出発する前に数人(人数は記されていない)、べつの登山者が同じコースを登っていたそうです。
遭難死していたふたりは、細い山道の途中に倒れていたそうですから、
救助隊の前に登っていった登山者たちはとうぜん遭難者を発見していたはず。
でも、この登山者たちからはついに、遭難者がいる、とは通報はなかったのだとか。
台風もまだ完全には通過していないタイミングでトムラウシに登ろうとするのですから、
きっと健脚のベテラン登山家たちだったのだろうな。
ちらりと頭をかすめたのは、近所の町の某山岳会のこと。いや、とくに何がどうだという
わけでもないのですが。
7/27(昼に記す)
『疾駆する夢』再校ゲラ直し終わり。
明日一日で、『冒険者カストロ』再校直し。
02/7/27 夜
昨夜は(昨日も)雨。寒かった。
きょうになってからのメールや電話のやりとりで、
昨日はストーブをつけた、という家庭がけっこうあったと知りました。
冷夏、冷夏と書いてきたけど、これはもしかすると災害級の冷夏かもしれない。
農作物は大打撃なのではないだろうか。
そういえば、今年はまだ、あまりおいしくビールを飲んでいないな。
掲示板のほうにも書きましたが、週刊新潮連載、来週号で主人公が会う人物は、
フランシスコ・ザビエルです。
けっこう正解者が多くなりそうなので、正解当てクイズは昨日で締めとしました。
昨日までに正解を書き込んでくれたかたに、わたしのサイン入り文庫本を
お送りしますので、送り先をeメールでお知らせください。
わたしへのメールは、トップページ下から送信可能です。
神奈川新聞連載の作品のタイトル、当初の仮題は『黒船』としてきましたが、
いまは『黒船記』としています。これは『黒船』というタイトルの作品が吉村昭氏にあると
気がついたため。吉村氏の作品は、中島三郎助と一緒にサスケハナ号に乗り込んだ通辞、
堀達之助が主人公です。
中島三郎助を書く場合も、『黒船』というタイトルがぴったりなのですが(三郎助は、
開陽丸機関長として箱館へ行く。開陽丸は、横浜に回航されたあと、黒いタールを
船体に塗ったので、「黒船」でした)、同タイトルの作品があると、ちょっとためらう。
タイトルには著作権はないのと、『黒船』の場合は文学的修辞が施された言葉ではなく、
普通名詞そのままですから、これを使っても一応問題はないのですが。
インパクトでも、やはり『黒船』でしょう。
『三郎助』というタイトルも悪くないと思うが、知らないひとには、なんのことやらわからない。
『武揚伝』のように、『黒船』にもう一語つけ加えるのはどうかと、
『黒船録』『黒船譚』なども考えてみたのですが、いまひとつ。
あと一週間ぐらいのうちに正式タイトルを決めなければならないのですが。
タイトルというのは、じつはその作品の主題と同じです。
早く、これだ、というものに決めなければ。
02/7/25
22日は、北海道新聞の電話取材。『わたしのゴッホ体験』。
いま道立美術館で『ゴッホ展』が開かれていて、それに連動したシリーズ企画。
わたしは高校生のころ、美術部に入っていて、油絵を描いていた。
その前提を語らないままゴッホについて熱をこめてしゃべりだしたので、
記者さん、驚いていた。どうしてそんなに若いころからゴッホがお好きだったんです?と。
油絵を描いていたので絵を観るのも好きなのだ、と説明して納得してもらえましたが。
23日は上京。半袖では涼しすぎる当地から、30度以上の東京へ。
角川書店と神奈川新聞、『黒船記』(仮題)連載開始にあたっての
インタビューと打ち合わせでした。
暑い東京で参るかと思ったら、逆に東京はどこも冷房が強すぎて、
下半身が冷えきってしまい(いま自律神経失調ですから)腹をこわしてしまった。
夏のあいだ、東京では腹巻が必要かもしれない。
本日は、神保町で『黒頭巾旋風録』の再校ゲラ渡し。
地図にまちがいがあったので、それを編集者さんに伝えると、
編集者さんはかなり困惑気味。なんでも、先日、新田賞授賞式のあと、
二次会の前にわたしはこの地図を見てOKを出していたらしい。
そういえばそんなことがあったかもしれない、と思いつつも、記憶は定かではない。
一次会のあとであれば、わたしは傍目には酒気帯び程度に見えても、
たぶん相当に酩酊していた。なにせ三次会途中から完全にブラックアウトですし。
酒の途中でわたしに細かな仕事の話をもってきたのはまちがいだ、
と思うのは責任転嫁なんだろうな。
でも、つきあいの長い編集者なら、酒を飲んだときのわたしは使い物にならない、と
承知してくれているはずなのですが。
関係各位、ご注意ください。
きょう、三省堂で買い物をしているとき、レジの前で、精算の順番をめぐってトラブルがあった。
人品卑しからぬ70歳前後のご老人が、順番待ちの列の中から抜け出て、
精算の横入り。追い抜かれた若い男が、自分が先だと怒ったのですが、
こちらはあまりさっぱりとはしていない風体。言葉も荒い。
言い合いになったのだけど、レジの女性は若い男の言葉を無視して、
爺さんのほうの精算にかかろうとする。
わたし、うしろから思わず、こちらの方が先ですよ、と声をかけてやった。
レジの女性、小首をかしげつつも、しかたなく若い男のほうから精算にかかろうとする。
爺さんのほうは、そんならいい、とかなんとか、やたら横柄に横に移る。
若い男はこの言葉に反応して、いっそう激昂。あわや喧嘩になるかというところでした。
あれがそのまま喧嘩になっていたとしたら、
たぶんあとから駆けつけた警備員や警官は、確実に若い男のほうが言いがかりをつけたと
判断したろうな。
じつはわたしも、ご立派な紳士とか、お上品そうな婆さんが、しれっとした顔で
小さな悪さをするのを見ると、あえてトラブル覚悟で注意したくなる。
なぜなのだろう。
02/7/24
『ユニット』第5回ゲラ直しを送る。
連休だというのに、別冊文藝春秋の編集者さんは編集部に待機。
わたしだけのためではないのだと、気も楽なのだが。
『疾駆する夢』再校直し。
ばさりばさりと、エピソードを削っています。なんとか一冊で刊行するため。
いまの長さでは、どうしても上下二冊になってしまう。
このご時世、できればそれは避けたい。
『武揚伝』のように、大胆に400枚削っても2200枚であれば、しかたありませんが。
というわけで、削り始めたのですが、編集者さんが、ここはどうか、と付箋を貼ってくる
エピソードの大半は、わたしがひそかに思っていた部分と重なる。やはり冗漫もしくは、
テンポを殺ぐと感じられていたのですね。
他人の作品あるいはほかのジャンルについては、かなり厳しく見ることができる
のですが、自分の作品についてはなかなかそれができない。
せっかく書いたのに、という想いもある。
ふつうは、どうかな、と少しでも感じた部分を刈り込んで、
それで悪くなることは滅多にないのですが。
明日は、削るか残すか、留保してあるエピソードについて結論を出します。
ただ、そのためには、あと何度か通読しなければならない。
明日一日だと、何回読めるだろう。
ある編集者の言葉。
「原稿を読み返して、冷静に判断できるのは、三度目まで。
それ以上は、読んでももう何もわからなくなる」
たぶんこの感覚は、普遍性があるものです。
02/7/21
きょうは昼をすぎても新聞が配達にならなかった。仕事場には新聞は郵便で配達される
のですが、郵便配達がきた様子がないのです。昼すぎにカレンダーを見て、祝日だったと
気づきました。そうか。世の中、連休なのか。
郵政事業にヤマトが参入していたら、きっと日曜・祝日も集配はあるだろうな。
週刊新潮の連載、四日間で二回分を書く。
どうにか、予定していたペースになってきましたか。
原稿を送って少し気分がハイなので、予告めいたことをしてしまいましょう。
いま発売中の号で、主人公・戸波(中尾)市郎太は、若き織田信長と出会いました。
来週月曜発売号でも、引き続き織田信長が出て、
さらにそのあとの号で、市郎太はたぶん読者の想像外の人物と接触します。
市郎太の生涯、そしてプロット全体に強く関わる人物です。
ときは1551年2月(天文20年1月)、ところは堺。
さて、この人物とは、誰でしょう。
それが誰か想像がつくかた、掲示板に、答(の予想)を書いてもらえませんか。
来週日曜(28日)まで、回答有効。
ええと、いまこの瞬間まで、とくに正解者に賞品は予定していなかったけど、
サイン入りの文庫本一冊ではどうでしょう。
正解者多数の場合は、抽選で数名に、ということに。
このクイズ、正解者が多いと、わたしはきっと、そうとうに落ち込むだろうな。
えっ、と読者を驚かせたい部分なので。
ここまで書いて思うけど、やはりわたしは、かなりハイです。
02/7/20
来週は、ゲラ直し三本に、打ち合わせ一本。
物理的にもうどうにもならないので、某社にSOSの電話をしようかと思ったのですが、
思いついて空港の航空貨物事務所へ問い合わせてみた。
すると、そこに朝のうちに持ち込んだ荷物は、東京都心部であれば、
その日のうちに配達とのこと。ヤマトで送ると中1日かかるけれど、この方法だと、
締め切りが約42時間(事実上、二日)延びることになります。
助かった。これなら、来週もなんとかなるかもしれない。
きょうは、赤旗(本紙)文化部のインタビュー。『武揚伝』が新田賞受賞とのことで、
記者さんが来訪でした。朝から仕事場の掃除。
このところ、PCが安定しており、こうなると、買い換えようかという気持ちも
なんとなく萎えてくる。だけど、先日自分がどれほど焦ったかを思い出せば、
やはり買い換えの時期なんでしょうね。見積もりももらってあるので、
あれでお願いします、と電話するだけになっているのですが。
PC買い換えの場合、スキャナーがXPに対応していないので、これも買い替えることになる。
ちょっとこれは馬鹿馬鹿しい。
02/7/19
偶然発見です。志水辰夫さんが、自分のホームページを開設していました。
6月23日にアップされたばかり。『読書の素』にも『Omni Story』にもまだ掲載されていない。
『志水辰夫めもらんだむ』
「自作を語る」というコラムや、連載小説があります。
志水さんは、同業者の中では、早くからワープロ専用機ではなく、
PCのワープロ・ソフトで執筆していたひと(志水さんの年代の作家では、
いまだにキーボードで執筆するひとはほとんどいないはずです)。
ですからこのホームページの開設は、少々遅すぎたという気もする。
ただ、制作代行、運営管理について、クレジットが入っているので、志水さんは
制作・転送等の作業は自分ではやっていないようです。PCを使い慣れているからと
いって、ホームページの作成までを無理に自分でやらなくてもいいか。
わたしも、最初に立ち上げるときは、かなりの時間と集中力を費やしましたから。
サフォークのラム肉の件、「ここで手に入る」と、何人かの知人から情報をもらいました。
それできょうは、教えられた隣町の精肉店まで行って、ラム肉を東京へ発送してきた。
隣町は、町有牧場でサフォークを肥育しているので、当地よりも入手しやすいのですね。
当地の生産農家からもじきじきに、秋まで待ってくれれば、とメールがきました。
ならば秋には、サフォークのロースト・ラムでパーティをしようかな(焼き肉ではなく)。
きょうは暑かった、と思っていたのだけど、天気予報を見ると、当地の最高気温は
24度ぐらいだったらしい。ほんとうだろうか。アブの発生のしかたと、
身体の実感から考えると、28度くらいはあったように思うのですが。
02/7/18
送られてきた『中央公論』7月号に、わたしの紹介記事が載っています。
『人物交差点』という見開きページで、たぶん新田賞祝いのご祝儀記事。
わたしがむちゃくちゃに格好よい作家に書かれていて、たいへん面はゆい。
見てきたようなことを書かれてるけど、最近こんな取材受けていないぞ、と、
不思議に思いつつ読み進めると、この記事の筆者はバンクーバーにもきたことがある、
と書いてある。となると、誰が書いたか、かなり絞られる。末尾の署名は「柴」。
あ、わかった、柴野京作。某編集者のペンネームです。
それにしても「注文の順番を、何があろうと変えない」という記述にはグサリときます。
皮肉ではないと思いますが、『武揚伝』と角川春樹事務所の書き下ろしは、
春樹社長に頼みこんで、順番を逆にしてもらったものでした。
ましてや、いまや書き下ろしよりも連載優先という状態ですし。
先日、『黒船記』(仮題)の関連文献として、
『北の海鳴り』 (大島昌宏、新人物往来社)という小説を読みました。
副題が『小説・中島三郎助』というもので、このような先行作品がある以上、
これからできるだけ離れることが、わたしが書くうえでの課題です。
最後近くまでたいへん面白く読んだのですが、三郎助討ち死にのあたりで、
困惑してしまった。
大島氏は、箱館戦争八百長説なのです。
この八百長を、勝海舟と荒井郁之助(共和国海軍奉行)の共謀とし、
榎本武揚は知らずにこの陰謀に加担してしまった、というところが氏の新解釈。
中島三郎助は、いわば海軍の俊英たちにもてあそばれて、
しかしそれも承知で死んでゆくのだ、というラストになっています。
対象の中島三郎助に対してきわめて誠実に書かれている小説ですから、
この箱館戦争八百長説が開陳されるところで、わたしには、
とつぜん作品のトーンが変ってしまった、と思えてしまう。
いきなりジョークでまとめられてしまったような。
あるいは、わたしが感じる以上に、箱館戦争八百長説というのは、
リアリティがあるものなのだろうか。
頭がややパニック気味です。もうまったく食事を作るだけの気持ちの余裕もない。
きょうはお昼にコンビニエンス・ストアまで行って、お弁当を三食分買ってきた。
ノートタイプのPCを持っていたら、どこか近所の小ホテルに自主的に山ごもりしたい気分。
この近況の更新は、仕事途中の箸休めという感覚でできるのですが。
02/7/17
知人から、おいしい北海道の羊の肉を送って欲しい、と頼まれ、
サフォーク種を生産している近所の地区の農協まで行ってきました。
これまでバーベキューのときに何度か食べたけど、自分で買いにゆくのは初めて。
農協の店舗で、買いたいと言うと、担当者の返事はこうです。
「予約制です。つぎに入るのは、9月になるか10月になるかわかりません。
また予約されても、解体してみないとどれくらい肉が取れるかわからないので、
確実にお届けできるとは約束できません」
入手をあきらめて帰ってきました。
ううむ。おいしいあのサフォークのラム肉を送ってやりたかったのだが。
近所では羊生産農家がたった一軒だけになってしまったそうで、
出荷頻度も平均化できないのでしょうね。事情はわかるが、残念。
昨夜原稿を一本送ってふらふらなので、きょうはオフ。自律神経失調対策で、
温泉に行って、しばらくつかってきました。ちょっとビール。
いま外は、台風圏内に入ったせいで、雨です。
02/7/16
昨日のニュースでしたか、長嶋茂雄が北海道の「交通安全大使」(キャンペーンの
マスコット・キャラクター)になった、と報じられていました。
長嶋茂雄が、得々と語っています。
「プロ野球選手になったとき、交通事故を起こしてはならないと考えて、
車の運転はやめました。その後いっさい運転していません」
こんなひとが運転者に交通事故防止を呼びかけて、説得力を持ちますか。
わざわざこんな人物をキャンペーンの看板に選ぶことについては、こう解釈できます。
つまり北海道は(北海道警察は?)、交通事故を起こさぬよう、
良識ある市民は車の運転をするな、運転免許を返上せよ、と指導を始めた、と。
車の運転のような危ない行為は、自分で運転するしかない階級に
まかせておけばよい、ということでしょう。
たしかに、運転を他人まかせにできれば、そのひとは交通事故を起こさないが。
テレビは「ほのぼの」系の話題として取り上げていましたが、
この人選とコンセプトのおかしさに気がつかないのだろうか。
ちょっと腹を立てたニュース。
中標津町内の丘の上に、北海道立の農業試験場があります。
機構改革にともない、この試験場本棟の建物が解体されることになりました。
昭和2年竣工の鉄筋コンクリート2階建ての建築物ですが、
道は、解体したうえで、跡地を町に無償貸与する予定です。
この建物をなんとか保存できないか、町のひとが考え始めています。
古い建物なので、町が公共施設(博物館など)に転用するには、
あらためて各種基準をクリアしなければならず、これはむずかしい。
民間資本が買い取って、クラシック・ホテルなどに使えないかね、とアイデアが
出ています。わたしも見てきましたが、ホテルに改装するには、やや
風雅さに欠ける。なにせ農業試験場の建物ですから、質実剛健。
周辺環境は素敵ですが。
ただ、もし町からうんと安い賃料で貸してもらえるなら、オフィスや学校としては
使えるのではないかという気がします。ソフト開発の会社などどうだろう。
ロフトふうのお洒落な、ゆったりとした空間の中で、仕事ができます。
寄宿舎つきの学校にするのもいいでしょう。あるいは、各種教室用のスペースとして。
まるごとセミナーハウスとして使うという手もあるかと思います。
もっと小さい建物であれば、わたしが借り受けて仕事場にするのですが、
いかんせん、ホテルにできるくらいの規模ですので、広すぎる。
解体は、来年です。興味があるかたは、中標津町役場へ。
建物の写真は、根釧農業試験場のサイトへ
http://www.agri.pref.hokkaido.jp/konsen/konsen1.html
『ユニット』100枚送稿。あと1回で連載終了。
02/7/15
いま別冊文藝春秋に書いている『ユニット』は、家庭内暴力から逃れてくる
女性が主人公のひとり。これに関して調べていて、DV被害者のための婦人相談所の
ような施設は、どこも所在地が非公開となっていることを知りました。
サイトで検索してみても、全国どの施設もみごとに、電話番号しか明らかにしていない。
ところが、先日昭文社の札幌市街地図を見ていたら、道立の婦人相談センターは、
地図上に所在地がはっきり記されているのですね。まともに調べていっても、
ほかと同様、所在地非公開、とうたわれている施設です。
おっと、これってまずいのではないか。
この場合、センター側は、地図からの削除を昭文社側に求めることはできるのだろうか。
地図は、地上の主だった建築物や施設については、正確な情報を記さねば
ならないでしょうし、行政側が行政サービスについての情報を非公開とするのも、
本来は妙なものです。これを認めると、行政側は情報の公開・非公開を、
恣意的に決められることになります。さて、法律的には、どう考えるべきなのでしょうか。
馬二頭の削蹄の日。削蹄師さんは、年寄りのクォーターホースのほうの前脚を見て、
クッケン炎(腱鞘炎のような症状)の痕があると言います。
もともと一度そうなったことがある馬ですが、
商売で使っているわけではないし、二度とそんなことはあるまいと思っていた。
削蹄師さんは、前回削蹄したときには気づかなかった、と言うので、
最近またやってしまったのでしょう。
考えられるのは、先月の乗りかた。週に一度以上の頻度で、わりあい熱心に
レッスンを受けたので、このときにまた痛めてしまったのかもしれません。
馬の身体は、けっこうナイーブです。運動したら、そのあとは必ず焼酎で冷やして
やるようアドバイスを受けました。消炎剤など用意したほうがいいかもしれない。
馬がらみの近況が続きました。仕事はしてます。
02/7/14
(子馬の「子」の字、ほんとうは人偏の「子」の字を使いたいのですが、出てこない)
クォーターホース半血馬のジローがやってきました。新田賞受賞祝い。
産毛が残る牡の鹿毛馬で、二歳(馬の年齢は、ふつう数え歳)。生後14カ月。
乗用馬として調教できるようになるまで、あと2年は必要でしょう。
それまでは、うんと可愛がって、できるだけ触れてやって、人間との信頼関係を築かねば
ならない。この初期馴致次第で、つぎの調教がうまくゆくかどうかが決まるそうです。
人間の子育てと似ていますね。
ジローはまだ人間にあまり慣れていないので、放牧地には出さず、とりあえず角馬場に
入れました(広い放牧地に出したら最後、つかまえることができなくなる)。
早急に小屋とパドックを設ける必要があります。
やるべき牧場仕事がまた増える。でも、自分の食事を作る時間も惜しいというのに、
わたしにはそれだけの余裕があるだろうか。
ジローは、里子に出したほうがいいかもしれない。
『ユニット』85枚。
02/7/13
札幌へ行ったとき、ANAの機内誌で、札幌のカレー特集を読みました。
日本のカレーの起源は、横須賀海軍カレーよりも早く、明治初期の札幌農学校にある、
というもの。明治9年の札幌農学校の寮則には「原則として米飯禁止、ただしカレーの場合は
この限りではない」という一節があって、当時農学校の寮ではカレーが食されていたのだ、
という主旨のものです。北海道カレー会議が、日本のカレーは札幌農学校、クラーク博士から
始まった、と、積極的にキャンペーンしています。
わたしは、ちがう説を持っている。じつは昨年、別冊文藝春秋にもエッセイで書いたの
だけど(このコピーを、北海道カレー会議の知人にも送ったのだけど)、
日本のカレーは、箱館戦争当時の五稜郭に起源が求められるはず。
日本にカレーを広めた功労者は、もうおわかりか、榎本武揚、そのひとです。
根拠1、幕府オランダ留学生たちは、バタビアでインド・ホテルというホテルに泊まっている。
インドの名を冠している以上、ここのレストランのメニューにはカレーがあったことでしょう。
武揚たちオランダ留学生は、近代日本で最初にカレーを食べた日本人である可能性大。
根拠2、当時のオランダの港町には、多くのインド人が住んでおり、当然カレーも食べていた。
オランダ留学生たちは、米飯がなつかしくなったときは、インド料理店に行く以外には
なかったはず。ここでオランダ留学生たちは、すっかりカレー好きになったにちがいない。
根拠3、開陽丸が回航されるとき、開陽丸の操船には、オランダ海軍士官・下士官たち
ばかりではなく、多くのインド人水夫が雇われた。当然開陽丸の中では、カレーが
供されたことでしょう。
根拠4、江戸を脱走して箱館まできてみると、箱館ではガルトネルというプロシア人が
農場を開いて、タマネギ、ジャガイモを生産し、肉も供給していた。
カレー粉は、開陽丸の船倉にたっぷり残っていたことでしょうし、
イギリス商船から買うこともできた。
材料が揃っているのに、武揚たちが、五稜郭でカレーライスを作らなかったはずはない。
つまり、日本のカレーの起源は五稜郭にある、とほぼ断言してさしつかえないのでは
ないか。函館観光協会のみなさん、この説、引用・転載自由です。
五稜郭カレー、または「箱館」カレーを、日本で最初のカレーとして売り出してください。
『ユニット』(別冊文芸春秋)70枚まで書く。あと30枚。
02/7/12
当地での暮らし、風には慣れていますが、これだけの雨と一緒の強風となると、
さすが台風だという印象です。
外で飼っている犬も悲鳴を上げたので、馬具小屋に緊急避難させました。
そういえば、新しい馬がきたら、そのために馬小屋も増築しなければ
ならない。やはりこの土地に仕事場を建てるとき、もう少し時間をかけても、
離農農家を探すべきだったかという、もう何度も繰り返した虚しい後悔がまた出てきます。
離農農家であれば、牛舎とか納屋など、動物を飼いやすい豊かな空間が
自動的についてきますから。
ただ、あのときは馬まで飼う予定はなかったので、ちょっと切実さに欠けていましたか。
というか、すぐにも収納たっぷりの仕事場が必要、という切実さのほうが勝っていましたね。
円が116円まで行ってしまった。誤算です。
わたしは4月にみずほ銀行を見限ったとき、円も少し見限ってドルに替えた。
へそくり分程度ですから、さほど「実害はない」のですが、
自分の予測がわずか3カ月でここまで完璧にはずれたことが悲しい。
わたしはかなり経済音痴なのだろうか。自分の判断力よりも、
格付け会社の予測よりも、あの政府と塩爺を信じて、日本に張ったほうがよかった?
プラスマイナス・ゼロにするためには、明日、新しい鞍と馬具一式を、
アメリカに注文すべきかもしれない。
02/7/11
9日、札幌に出て、文化出版局の女性雑誌『ミマン』の取材。受けるほうです。
わたしの好きな札幌のスポットを、わたしが現場に行って紹介するというもの。
札幌についてのエッセイも書きます。
好きな場所をリストアップしたところ、やはり同じ特集に出る中井貴恵さんとも、
かなり重なっていたということで、わたしの紹介スポットの中には、
鴨々川周辺、なんていうまるでマイナーな場所も含まれることになりました。
面白い仕事ではありましたが、『ミマン』の四十代女性読者に、わたしの名は、
どれほど認知されているだろう。
わたしの場合、藤田宜永とは読者層はかなりちがうと思うが。ちょっと心配。
この取材で、久しぶりに厚別の『北海道開拓の村』に行ったところ、
『北辰群盗録』にも書いた、初代開拓使庁舎が復元されていました。
これは見ものです。堂々たる二階建てで、ドームがある。現在の
赤レンガ庁舎とシルエットはよく似ていますが、木造で、外壁の白いペンキが鮮やか。
ドームの上には、テキサスの州旗にならったという北辰旗もひるがえっていました。
あらためて蝦夷共和国の現実性や箱館戦争のことを想起させる建物でした。
長野県の知事不信任決議の件、某民主党道議会議員から、
「社民党と会派を作っている民主党県会議員は、採決のときは議場から退場したのだ」
と指摘されました。全員が不信任に賛成したのではない、という弁解でしたが、
なぜ長野県議会は、民主党議員が自民派と社民党派に分かれて
べつべつの会派を作っているのだろう。
政党として体をなしていない、ということのように思うのですが。
02/7/10
このところ、仕事の進行管理がもう無茶苦茶、自分でもよく把握できていないという
状態です。それで先日、「業務用備忘録」を更新・整理してみたのだけど、
その直後に某社編集さんから電話があって、大ポカをやっていたことに気づきました。
22日から始まる週、3本のゲラ直しをするつもりでいたら、この週にはべつの
大仕事もひとつ入っていた。締め切りの予定と、行動の予定が、まるで別のドライブに
記録されていたようなもので、まずい。とても、まずい。
いまのところ、今月はもう公的行事や義理の行事がないことだけは救いですが(いや、
何か忘れていないだろうか)。
秘書業務のアウトソーシング化、ほんとうにできないものかと考えます。
鈴木宗男のサハリン天然ガス利権について、サハリン在住の知り合いから情報を
いただきました。この問題については、やはりすでに複数のメディアが
調査にかかっているそうですが、第一プロジェクト(伊藤忠も参加)にも、
第二プロジェクト(三菱・三井も参加)にも、鈴木宗男の関連は薄いとのこと。
外国資本の力が圧倒的で、日本の商社もまるで影響力を持っていないのだそうです。
しかし(以下はわたしの判断)、あの鈴木宗男が、何の見返りも約束されないのに、
クナシリ、エトロフの放棄をロシアに提示して擦り寄るはずがない。
将来の第三プロジェクトか、北海道に送るためのパイプライン計画のほうはどうだろう。
三井物産にしても、歯舞・色丹の再開発程度のことでは、社長賞もの、だと
喜ぶことはない、と思うのですが。
「クロフネ」問題。
わたしが注文したDVDは、『黒船、来週!』(橘田さんの指摘で気付きました。
はい、「来襲」が正しい)というものでしたが、
届いたソフトのパッケージには、このタイトルはどこにも書かれていない。
届いたのは『クロフネ bon voyage』というものなのです。
もしかしてちがうソフトが届いたことはないだろうかと紀伊国屋に問い合わせたら、
紀伊国屋のデータベースには、仮タイトルのときのものがそのまま記録されていたとか。
返品に応じてくれるそうです。
長野県の知事不信任案、民主党県会議員も賛成したということは、
支持母体の県職員組合も、すでにどっぷりと利権構造に組み入れられているということ
なのでしょうね。長野オリンピックは、ほんとにおいしい利権だったのだろうな。
横浜市議会でも、議員ふたりの除名決議に民主党系議員は賛成した。
国政レベルでは政権交替を求めていても、地方議会レベルでは、
民主党はもう完全な保守勢力です。それも、かなり惨めにあさましい保守。
菅直人のサイトを見ても、この長野の件ではきわめて歯切れが悪い。
この不信任決議に関して、ニュースで見る限り、宮城県・浅野知事の発言が、もっともまともで、
市民感覚に近いものでした。こういう政治家は、顔が、鈴木宗男じゃなくて、
きちんと市民のものに見えるからおもしろい。
政治家はやはり顔で選ぶべきか。
02/7/8
山村雅康さんのことは、バイクに乗っているひとになら、説明の要はないでしょう。
バイク・ジャーナリストで、パリ・ダカール・ラリーにも参加してきたひと。
いまは沖縄に住んで、ダイビングのインストラクターをやっている。
その山村雅康さんが、友人に連れられて仕事場にやってきました。
山村さんは現在、田舎暮らしのルポを書くべく取材中とか。その途中で、当地に寄った
のでした。わたしの仕事場訪問も、もしかしたら取材の一環かな。
角馬場で体験乗馬してもらいましたが、さすがバイク乗りは、馬についての勘もいい。
それにしても、これに馬がもう一頭増えたら、夏はまた乗馬クラブ化するかもしれない。
お祝いにいただく馬のほうは、どこかに預けることを考えよう。どっちみち調教も
必要なのですし。
鈴木宗男北方四島援助疑惑で、三井物産の社員逮捕。
わずか50億の仕事に、三井物産は社長賞を出したとかで、新聞記事にちらりと
サハリン天然ガス開発について触れていたものがありました。
やっぱり出てきましたね。
わたしが想像する構図はこうです。エトロフ、クナシリの放棄(で日本政府をまとめる)
という条件を出して、鈴木宗男はロシア政府からサハリン天然ガス利権を受け取った。
三井物産は鈴木宗男にキックバックを約束してこの利権の独占を狙った・・・。
サハリン天然ガスの採掘計画について、詳しい記事かレポートを読みたいところです。
『黒船、来襲』というDVDが届きました。
紀伊国屋に注文していたもの。中身についてまったく情報がなく、タイトルから
ペリー来航に関するテレビ番組のソフト化だと思い込み、
『中島三郎助』の資料になるだろうと注文したものでした。
封筒を開けてみたら、なんとこれは『クロフネ』という競走馬のドキュメンタリーです。苦笑。
この失敗は、わたしの知識が偏りすぎているせいだろうか。
『クロフネ』という競走馬はそんなにポピュラーなのですか。
02/7/4
昨日は、仕事場のある町の有志ご一同が、新田次郎文学賞受賞祝いの
パーティを開いてくれました。かなりの程度に公式行事でしたが
(スーツを着てゆかなかったことを、会場に入った瞬間に後悔した)
こんなにも身勝手に、偏屈に、非常識に生きているのに、それでも応援してくれる
ひとがいる、と知ることで、ちょっと涙もろくなってしまいます。
パーティには、根室から、父の根室中学時代の同級生も駆けつけてくれて、
わたしのために自慢の喉で「荒城の月」を歌ってくれた。
中山さん、どうもありがとうございました。
パーティで、みなさんが受賞祝いだとして贈ってくれたもの。
なんと、馬。
2歳の牡のクォーターホース。
目録が読み上げられて仰天しました。
日本の物書きで、文学賞の受賞記念に馬を贈られた作家は、わたしだけだろうな。
ジロー、と名付けたら、新田次郎氏には失礼にあたるだろうか。
それとも、カマジロー、にしようか。
30日のインターネット接続不調は、DIONのほうのトラブルだったと知りました。
ま、それにしても、毎日10数時間オンにしたままで2年以上使っているPCです。
そろそろ買い換えておいたほうがいいでしょう。PCはわたしにとって、
演奏家にとっての楽器、殺し屋にとっての拳銃です。
いいものを、最高のコンディションで使わなければならない。
PCのトラブルで神経をすり減らしたり、対応に追われるのは、
ただただ無意味ですから。
02/7/3