インターネットの接続が不安定です。しばらくメールが不通になるかもしれません。6/30
ボランティア仕事のひとつ、標津川流域整備計画、のオブザーバーとして
標津川蛇行復元工事の試験・調査区間などの見学会。これに参加。
わたしは、標津川の蛇行と、かつての景観を復元しようという、
北海道開発局のこの計画には、基本的に賛成です。
治水対策として、これまでのように、どんな川も一直線にして、いわば川を
巨大な排水路に変えるような工事が、そもそも完全な間違いだったと思うからです。
それは景観を破壊し、川を、ひとの生活から切り離す。
森を痩せさせ、海の豊かさを奪う。すさんだ貧しい国土を作る。
この標津川の蛇行復元工事、いまはまだ調査段階ですが、実施が正式に決まったとして、
工事費は(見積もりはまだとのことですが)、10億から20億円ぐらいになるだろうという。
この計画の成功で、これ以上の日本の馬鹿げた河川改修工事が止まるなら、
けっして無駄遣いとは思いません。
そもそも、5年に1回、洪水で水につかるような土地は、人が住んだり、農地にしたり
すべきではない。そこはふだんは乾いていても、川の中だと見るべきです。
また、50年に1回洪水がくるような土地であれば、
むしろ保険、補償の制度を充実させたほうがいい。
50年に1度の災害のために、その地域の風景を、
売れ残りの工業団地のような(苫小牧東部のような)、殺伐とした
ものに変えてはならないでしょう。
50年に1度、100戸の農家の所得を全面的に補償したって、
ダム工事や川のショートカット事業よりははるかに安くつくはずです。
(おっと、北海道の感覚で言ってます。よその地方は、またべつの事情があるかも
しれませんが)
バンクーバーの郊外のリッチモンドという町は、
フレーザー河の中州にできたところですが、30年に1度は洪水が確実にあるとして、
一般住宅の一階部分は、居室ではなく納戸とするよう指導していた。
行政は、30年に1度の規模の災害まで完全に防げるような治水対策はしない、
ということです。これくらいの割り切りをしなければ、公共工事費は無限にふくらみます。
日本には、もうそんな余裕はないはずですから。
深夜になって、また胃痛。ちょっと根をつめすぎてますか。
02/6/29
今朝の北海道新聞によれば、エア・ドゥが飛行機を借りるために結んだリース契約は、
ふつうでは考えられないほどリース会社に有利な契約、
しかも常識はずれに高いリース料金だったらしい。
記事は、当初の経営陣の甘さ、経験不足を指摘しているけれども、
むしろこれは、リース会社と、介在した商社の悪辣さを問題にすべきところではないだろうか。
商社は三井物産とわかっているが、リース会社はどこだ?
どこであれ、三井物産とリース会社は、エア・ドゥをカモと見て、食い物にしたということです。
可哀相に。これじゃあ、高コスト体質はついてまわったでしょうね。
せっかく資本を集めて何か大胆なことをやろうとした起業家のもとに、
わっと蟻が群がるように海千山千の連中がやってきて(最後には役人までもが、
ほくそえんでやってきて)蜜をすすった、ということなのでしょう。
一度、エア・ドゥのスチュワーデスが、飛行中ずっと操縦室でだべっていた、
ということで、彼女と操縦士が運輸省から処分を受けたということがあった。
社員たちの一部も、じつはただの蟻だったのかもしれない。
きょうはエア・ドゥの株主総会。石子社長の、まるで危機感の感じられない表情と
発言に、彼が社長としてやってきた時点でエア・ドゥは死んだのだという想いを
強くします。スカイマークのほうは頑張っているのに。
きょう、『疾駆する夢』再校ゲラが出たというメール。
いけない。わたしは7月前半、かなりタイトに予定を組んでしまっているぞ。
円が118円まで上がっています。この円高は、正しくはドル安というべき
ものだとは承知していますが、ちょっととまどう。
02/6/28
知り合いから、わたしの体調についての診断メール。
どうやらわたしは、ストレスからくる自律神経失調らしい。
対処療法についてもアドバイスをもらったので、とりあえずはこれ以上悪くなることは
ないでしょう。でも、ストレスの原因は何だ? 突然の訪問客や、断れない用事の来襲も
減っているのだけど。
今月のPC雑誌をざっと眺めていたら、ThinkPad s30の話題が載っていました。
前にも何度か書いたIBMのB5モバイル・ノート。
3月に生産終了を発表したところ、これがいきなり売れ出したとか。
法人需要で、大量のまとめ買いもあったらしい。たちまちIBMの在庫もなくなったそうです。
PCは、生産終了を発表すると、売れ行きが止まるか売れ出すか、
どちらからしいけれど、ThinkPad s30は後者。
それでもわざわざ記事になるのは、
やはりそれだけの特筆すべき動きだったということでしょう。
あのサイズであのスペックです。やっぱりいい製品だったよなあと、
自分の決断力不足を嘆く。富士通なんぞに期待しないで、
やはりあれにコンパクト親指シフト・キーボードをつないで使うべきだった。もっとも、
ThinkPad s30の人気の理由には、キータッチのよさ、ということがあるらしく、
わたしの想定する使い方は完全に邪道ですが。
B5・サイズのノートについては、IBMでなくても、大部分のメーカーが
開発・生産の能力を持っているでしょう。要はコンセプト・メイキング。
富士通だって作れるだろうに。
それとも、IBMもThinkPad s30を生産終了にするくらい、この市場は小さいのだろうか。
02/6/27
悪天候が15日間続きましたが、ようやく昨日から快晴。
きょうから、『ユニット』第5回にかかるつもりでしたが、ファクスを二本送ったあと、
頭が切り換わらず、けっきょく雑用の日となりました。
天気がよいので久しぶりに馬小屋掃除と、丸馬場の草刈り。
それから仕事場にクリーナーをかけ、手紙を書いたり、その他あとまわしにしてきた
雑用をいろいろ。まとめて言って、きょうは日常生活をきちんとこなした日、だったか。
それにしても、週刊新潮の原稿ストックができない。
目算では、週刊新潮のためにひと月のうちの10日を使い、残りを書き下ろしのための
時間にあてる、ということだったのですが。
G8サミットの会場として、カナダ・カナナスキスの風景が何度もテレビに映っています。
お、カナナスキスってここなのか、と、ちょっと見入ってしまいました。
昨年、ワイオミングの牧場行きを決める前、じつは行き先として、カナナスキスの
ゲストランチも候補に挙げていた。Webサイトで見つけて、気になっていた土地です。
周辺の山岳地帯を一週間かけて馬でめぐるというコースが紹介されていました。
個人装備は、柔らかいバッグにつめてひとり13キロまで、と、
わくわくするくらいに極限的な馬の旅。
ただ、この情報には写真が添えられておらず、
どんな風景の土地なのか、よくわからなかった。
バンフに近いので、あんなものかなとは想像していたけど、ニュースで観ると、
バンフ以上に深山という雰囲気がありますね。馬で過ごす休暇には、
とてもよさそうな場所です。あらためてブックマークしておこう。
02/6/26
エア・ドゥが民事再生法を申請。
この事態は、再び航空運賃の値上げというかたちで、わたしたちに返ってくる。
北海道民、とくに札幌市民は、なんとしてでもエア・ドゥを存続させるべく、
支援すべきだったのに。二往復(当初)の便を満席にするぐらいのことは、
何も難しいことではなかったはずです。
なのに道民は、露骨にエア・ドゥつぶしにかかった大手の飛行機に乗り続けた。
同じ時間帯の便の運賃だけエア・ドゥと同額にするという、公正取引委員会も
問題にしたあくどい商売の手口を、承認した。
そしてけっきょく、エア・ドゥという果敢な価格破壊者、挑戦者を殺してしまった。
どんな挑戦も、どんな高い志も、北海道では評価されず、支援されないということです。
もうこのような企業は、二度と北海道からは生まれないでしょう。
その結果、北海道は確実に衰亡してゆく。鈴木宗男にすがって公共工事に
依存し、せっかくの新しい起業家も見捨ててきたのですから、衰亡は自業自得。
こんな北海道に、未来なんてない。北海道人の「開拓者精神」? 笑い話でしょう。
堀知事は、道庁OBが社長になるまで、エア・ドゥには一度も乗ったことがなかったという。
道庁だけでも、出張旅費規定をあらため、エア・ドゥの航空運賃を旅費規定の基準と
していたら、と考えます。札幌市民にしても、シアトル市民がマリナーズを応援するように
エア・ドゥを応援してやるべきでした。自発的に。自分自身の損得の問題としても。
なのに、ああ、あのひとたちときたら。
大手航空会社幹部の高笑いが聞こえるようだ。
開業から半年ぐらいだったか、エア・ドゥの苦戦が伝えられているころ、
わたしは一度、東京から札幌経由で帰ることにして、わざわざエア・ドゥに乗った
ことがあります。けっきょく、あれがインデペンデントの航空会社としてのエア・ドゥに
乗った最初にして最後の体験ということになる。
北海道庁が送りこんだ石子という社長が最初にやったことは、笑わせます。
従業員に再建案の作文を書かせ、「提出しない者は去れ」と脅したのです。
組織を締め上げて発破をかければ、売上げが伸びるでしょうか?
そもそも再建案を考えるのは、天下ってきた経営者である自分の責務でしょうに。
消費者の支援を得られず、市場経済を知らない官僚にもてあそばれて、
ひとつの冒険的な企業が死んだ。繰り返すけれども、こんな風土では、
もう絶対に、挑戦的な起業家が現れることはないでしょう。
その結果、北海道は確実に衰退する。北海道がまるごと、閉山した炭鉱跡地の
ようになる。
でも、さらにその結果が想像できるから怖い。
「やっぱり、公共工事しかないべさ」
鈴木宗男が復活する。
02/6/25
B社「M」誌編集部から、札幌旅行特集で、エッセイと、誌面登場のお話。
わたしの仕事場が札幌にあるのだと誤解されているか、という心配もあったのですが
誤解はなかったので、快諾しました。いまでも札幌には年に何度か、
とくに用事がなくても出て行って、古い友人たちとお酒を飲んでいます。
好きな街ですし、話題にできることもいろいろある。
ただ、わたしの思い出の中では鮮明でも、いまや消えているところもあるだろうな。
札幌ガイドを買ってきて、語るべき場所について、確認したほうがいいかもしれない。
某夕刊紙からは、連載企画だという「わたしのヰタ・セクスアリス」のページに
登場してほしいという。
この企画、著名人に「少年期の性的体験、童貞喪失体験」を
語ってもらうものだそうです。苦手な話題です、とお断りしました。
先方も粘ってきましたが、ほんとにこのような話題については、マイクを向けられたくない。
そもそもわたしは、私小説作家ではありませんし、自分の生の体験をもとに
物語や作品を作る、というタイプの文学者でもありません。
そういうことを語ることに、さして強い欲求がないほうです。
小説新潮では、一見わたしの分身かとも思える主人公を設定して連作を書いて
きましたが、あれだって完全にフィクション。ただ、青春回想記ふうにご誤読されている
ようなので、書き進めるのが億劫になっています。ちょっと最初のコンセプトを
まちがえたシリーズでした。
というわけで、そこをなんとかと迫る相手に負けずに、NOと言い切ったわたし。
担当ライターさんは、今週末、当地へくる、と、しっかりもう予定を立てておりました。
少しお気の毒でしたが。
今夜、知床峠は雪で通行止めだそうです。
当地、けっきょく15日間、悪天候と低温が続きました。ひどい6月。
でも、このあたり、満月が出ています。明日こそは、天気もよくなって、
夏の到来を実感できるでしょう。
02/6/24
軽い胃痛が、激痛へと発展。胃のまわりを触ってみると、体温がない。
冷えきっています。ストレス性の痛みではないようだ。と判断して、
「温灸くん」とかいう治療器を引っ張り出しました
(ネーミングは「温球くん」だったかもしれない)。
身体の冷えた部分に熱を与える電気式医療器具です。
これで繰り返し胃のうしろ側(背中)を温めているうちに、痛みは引きましたが、
やはり血行障害でしょうか。だとしたら、原因はなんだろう。
食生活だろうか。
二週間ぶりに、ホース・トレッキング。
いまのわたしの乗馬インストラクターであるM嬢と一緒でした。
彼女は酪農学園大学の馬術部出身。国体級の障害馬術の選手だったひと。
わたしは馬場馬術はほとんど知りませんが、彼女は逆に、ホース・トレッキングを
まったく知らない。外乗といえば、大学の構内で乗ったことがあるだけだそうです。
それなら、とわたしがいつもの町営牧場に案内したのでした。
休みなしに、2時間半、牧場内の主要なトレイルコースをひとめぐりしてきましたが、
天気がちょっと悪かったのが残念。
02/6/23
足に水虫ができました。下半身の血行がよくない証拠です。
以前、同じようなことになったときは、鍼と灸で直しましたが、
最初、足の裏で灸をされてもまったく熱さを感じないほどに、足が冷えきっていた。
あのときと症状が似ている。ウォーキングでも、血のめぐりはよくならないのですね。
回数券を買って温泉に通おうか。
きょうは加えて、軽い胃痛。わたしは仕事に追われているとき、胃ではなく
腸にくるほうなのですが、いまの状態は、自分で意識している以上にストレスなのかな。
先日、テレビで、満腹感は得たいがカロリーは取りたくない、というひと向けの
キャベツ料理を紹介していました。茹でたキャベツとキクラゲのマスタード和え。
これ、手軽なので、このところときどき作ります。
一汁一菜プラスたんぱく質の、一菜の部分ですが。
これが、うまくない。というか、飽きたのだろうか。
こいつを食べていると、わたしの人生総体が妙に悲しく思えてくるのはどうしてだろう。
きょうも雨。寒い日でした。今年は寒い。まだストーブを焚いている家庭もあるようです。
わたしはとりあえず、厚着で我慢していますが。
02/6/22
よくやるのですが、郵便物が届くと、封を切ってちらりと中身を見るだけで、
内容物の点検を怠る。とても大事なメッセージが入っていたり、至急の返事を求めて
いたりすることがあっても、気づかないまま放っておく、ということがしばしばです。
『冒険者カストロ』のゲラが届いたときも、
戻しの期限についてメッセージが入っていることを知らなかった。
なんとなく、『黒頭巾』が終わってからで間に合う、と考えていて、
じつは先週、作業にかかるべく、封筒の中身を全部取り出したら、メッセージ。
え、17日まで! もう期限には絶対に間に合わない、と血の気が引きました。
担当編集さんも、12日に電話をくれたのですが、電話した瞬間に、17日は無理と
わかったのでしょう。24日です、と、とがめる調子もなく延ばしてくれた。
でもほんとうは、怒り狂っていたことでしょう。申し訳ありません。
きょう、ヤマトで発送しました。お手元に届くのは、月曜になりますが。
関係各位へ。
締め切りについては、口頭、手紙、ファクス、Eメールに電報、電話と、
考えられるすべての伝達手段で、わたしに認識させたほうがよいと思います。
とくに、お酒が入ったときに言われた場合、わたしは仕事の用件は完璧に忘れます。
ちょっと根を詰めた日が続いたので、きょうは起きるのがきつかった。
身体に血がめぐっていないような気分(半分ゾンビになったような)。
なんとかヤマトの営業所まで行ってから、温泉。入浴したあとマッサージを頼んで、
ようやく身体に血がめぐっている感覚がかえってきました。
体重のほうは、ひと月半の努力もむなしく、また70キロ。
再び筋肉をつけることも同時にやらないと、ダイエットの効果はすぐに消えてしまいますね。
何かダンベル代わりになるものを、明日探してみよう。
以前使っていたものは、ひとつ5s。いまこれを使うと、確実に腰痛がひどくなります。
それにしても、きょうは寒い日だった。日中の気温が6度でした。
天気は雨。明日もこの雨は続くようです。
02/6/21
ワールドカップの話題、日本が負けたので、解禁とします。
じつはこの二週間ばかり、『天下城』を書き進めながら、いっぽうで考えていたのは、
日本チームの面々の面構えが、なんと戦国時代を想起させるかということ。
戦国ものの大河ドラマ、あるいは映画に、あの面々をそっくり採用してくれないだろうか。
あれは、まさに、若武者たち。ほかのプロ・スポーツにも、とうぜん芸能界にもない
面構えぞろいと思うのですが。
同じ青春群像映画にするにしても、あの面々、たとえば「特攻隊映画」には似合わない。
「新撰組」ドラマでもちがうでしょう。「滅びの美学」や「センチメンタリズム」とは無縁です。
「仁義なき戦い」でもない。
やはり戦国もの。思い切り派手な兜と旗指物をつけた、目立ちたがり屋の
若武者たちの映画がいい。
『十二人の侍』なんて映画の企画を夢想しておりました。
時代は天文年間、舞台は戦乱続く信濃。
度重なる武田晴信(信玄)の侵攻に危機感を募らせた村上義清は、
領外から牢人者の軍師を招き、家臣の若者のうちから精鋭を選び出して、
武田の騎馬隊に負けぬ最強の騎馬部隊を作ることにする。
この軍師は、重臣たちの不安や反発を無視して、独自のコンセプトで
部隊作り。中田英寿以下、他国へ武者修行に出ていた面々まで呼び戻して
猛訓練にかかる。そして彼らの活躍は・・・、というもの。
23人の代表全員を出し、『二十四の兜』なんてタイトルにしてもいいかな。
「プロジェクト・チームもの」のセオリーに従って、構成はつぎのとおり。
プロローグ 戦乱の信濃。守り神を求める声(主題の提示)、
第一部 ひと集め(軍師の登場、メンバーの個性と特技の紹介)
第二部 猛訓練(監督との対立、内部の軋轢。そしてその昇華)
第三部 決戦(個人技とチームプレイの妙技)、そして凱旋、歓呼する娘たち
エピローグ 静かに去ってゆく軍師。その後の歴史と、メンバーの消息
もちろん大スペクタクルの「上田原の戦い」の合戦シーンに続いては、
「アイーダ」の凱旋行進曲にのせて、若者たちが葛尾城の大城戸をくぐって
凱旋してくる。メトロポリタン歌劇場のあのシーンが頭にあります。
この部分だけ、演出はゼフィッレリふうに。
サッカーは詳しくないので、ニュートラルな立場で観ていたつもりですが、
同時にこんなことを考えていたのですから、きっとわたしも興奮していたのでしょう。
02/6/19
座りっぱなしで、腰痛が出てきています。体重も、あらら、またきょうは70キロちょうど。
仕事に余裕がなくなると、すぐにこれです。じつにわかりやすい体質。
体重に関していえば、先日のご接待フルコース料理と、お昼のラーメンが
きいたような気がする。とくにラーメンがまずかったんだろうな。
鈴木宗男問題で、扇千景大臣の言葉が怖い。
「逮捕されたら、サラリーマンだったら会社辞めるでしょう。ちがいますか?」
ちがうでしょう。法的裁きと、社会的生存権は別問題。
独裁国家の模範市民ならともかく、民主国家の市民であればひとは誰だって、
法の定めるところにより、逮捕される可能性がある。
そして法によって裁かれ、法が定めた刑を受ける。
なのにこの法的制裁に加えて、
仕事まで失わなければならないってことにはならないでしょう。
仕事を辞めねばならないのは、公務員が汚職か破廉恥罪で
有罪となった場合ぐらいです。
ということを、昨日のテレビ・ニュースを見ながら思っていたのだけど、
今朝の北海道新聞には
「交通事故を起こしたら公務員は辞職せよ」という投稿が載っていた。
こういう感覚って、いま常識となりつつあるのだろうか。
わたしたちは、どんな法規からの逸脱も、どんな過失も、絶対に許されないのですか。
わたしは聖人君子としては生きられない。独裁国家の模範的市民としても生きられない。
02/6/18
小学館・週刊ポスト担当者さんからメール。
『疾駆する夢』のゲラ、上下二段で組んでみたら、878ページになったそうです。
これでは一巻では無理ですね(『ストックホルムの密使』で約560ページ)。
一段組みで上下二巻にするしかない。
あるいは、原稿を300枚くらい削るか。でも、これも事実上は不可能です。
上下二巻というのは、読者のことを考えると、避けたいところなのですが。
『ステージドアに踏み出せば』集英社文庫になりました。
とてもていねいに作ってもらった文庫版です。水口理恵子さんのカバーも
おしゃれだし、「私を、選んで」という帯のコピーもいい。
解説は、若竹七海さん。6月25日発売です。
もともとはコバルト・ノベルスとして刊行されたものですので、
『武揚伝』とはちょっと趣がちがいますが。
一週間続いた悪天候(雨、強風、霧、低温)もようやくきょうの雷雨を最後に
一段落したようです。明日は暑くなるらしい。
02/6/17
町(役場)の地方自治講座実行委員会という組織が、今月の講師として
熊本大学の佐藤誠先生を招びました。
佐藤先生は、『リゾート列島』(岩波新書)という本の中で、
当時のリゾート法施行によるリゾート行政がもたらすものについて、じつに戦慄的な
予言をされたかたで、じっさいにその後の「リゾート行政の結果」が
どれほど日本社会を荒廃させたかについては、先生の予言どおり。
リゾート法にのっかったたくぎんはつぶれ、多くの不動産会社や
建設業界が天文学的な負債を抱えて、10年たってもいまだに立ち直れない。
リゾート建設に賭けて財政が破綻した地方自治体も、
十指ではきかないのではないだろうか。
佐藤先生は、そのような結末を(たぶん)日本でいちばん早く、
いちばん端的に指摘されていたのでした。
佐藤先生はその後、阿蘇山の放牧地の荒廃を救う運動を主導されて、
野焼きボランティアを組織したり、北海道和種馬を多数導入することで、
阿蘇山の広大な草地を守ろうとするなど、グリーンツーリズムの分野でさまざまな
実験を試みています。国土交通省の「北海道観光研究会」の座長だそうです。
昨日は、その佐藤先生との懇談の場を作っていただいたので、近くの温泉で
いろいろお話をうかがったのですが、先生は「北海道は日本のモンタナになれないか」と
言う。同席していた町役場のひとたち、口をあんぐり開けました。
というのも、わたしも、当地は「日本のモンタナ」になりうる、と町役場のひとを相手に
何度も言ってきたことで、打ち合わせもなしに、奇しくも佐藤先生とわたしの主張が
レトリックまで一緒だったのでした。
ロバート・レッドフォードの映画で『モンタナの風に抱かれて』という作品がありました。
ニューヨークのおしゃれな家庭が、娘の乗馬事故でいったん壊れ、そのあと、
家族がモンタナに行くことで癒され、再生されてゆく、というドラマ。
アメリカ市民にとって、モンタナという地名がどういうイメージのものであるか、それが
じつにストレートに説明された映画でした。
わたしは、この仕事場のある土地が、日本人にとってのそんな土地に
なりうるのではないか、と考えているのだけど、なかなか賛同者を得られなかった。
たしかにモンタナ、という地名自体、なじみが薄いものですし。
きょうの先生の講座で聞いた聞いた興味深い事実。
大分県が、グリーンツーリズムの具体策については、各種の法律の規制よりは
県の運用のほうを優位におく、という方針を出し、農水省もこれを追認したそうです。
つまり、たとえば農家が民宿を始める場合、建築基準法や消防法、旅館業法などの
細かな規制は気しなくていい。農家民宿をしたい農家の意欲のほうを、県の運用で
応援する、ということです。となると、当地の意欲ある農家さんたちもやりやすい。
馬鹿馬鹿しい法律は、都道府県レベルで骨抜きにできる、ということですね。
わたしは、緊急にそれをすべき法律の名をもうひとつここで挙げたいところだけど。
02/6/15
ひさしぶりに町に出て、友人たちとお酒。
その前にいくつか町で用事をすませたのですが
あちこちで話題となっていたのは、改正となった道路交通法の、
飲酒運転の罰則規定でした。
「酒気帯び」の基準が引き下げられ、わずかの量でも「飲酒」ということになった。
罰則も重くなり、施行後は、取り締まりも一段と強化されたとか。
当地では、1日零時4分に逮捕者一号が出たそうです。
しかし、東京やそのほかの大都市と、当地の交通事情とはちがう。
ろくに公共交通機関がなく、買い物に行くのに20キロ30キロ車を走らせるのは
当たり前という土地です。
こんな土地まで、人口稠密なほかの地方と一緒にして、
一律の法律で取り締まるのは馬鹿げています。
そもそも、道路交通法改正に賛成した国会議員のみなさん、
大部分が運転手つきの車に乗っているはず。
どんなときでも自分で運転しなければならない市民の生活感覚はわからないでしょう。
一昨年の東名高速の事故は極端すぎる例で、
あの事件をきっかけに「酒気帯び」「飲酒」の定義を見直すなんて、人気取りも
いいところです。
交通事故全体の中で、飲酒が原因の事故の割合は、さほどとは思えません。
携帯電話の使用中の事故と同程度でしょう。飲酒運転の罰則を強化したところで、
交通事故の発生件数ははたして1パーセント減るかどうか。
純粋に論理だけで考えれば、交通事故の97か8パーセント(正確には知りません)は、
飲酒とは関係なしに、路上に自動車があるから起こる。
道路を封鎖し、自動車を全面使用禁止とすれば、交通事故はなくなります。
欧米各国、酒気帯び運転の規定がゆるい国では、日本と較べて、
それほど交通事故が多いでしょうか。
つい数年前まで、東京23区内には、建前上自家用車は入ってはならないことに
なっていた。こんなアナクロな交通行政、道路行政のせいで、
日本の社会は自動車社会化への対応がみごとに遅れてしまった。
その結果としての、交通事故の多発です。
農村のとある農家でギター・コンサートが開かれ、聴衆はコンサート終了後に
少しワインを飲んで自宅に帰る。そういう生活の豊かさまで、この法律は否定してしまいます。
(先日の例を詳しく言うと、取り締まりを心配して、参加したご家族の奥さんたちが
ワインを我慢、車を運転して帰った。でも、そこまで生活を窮屈なものにする必要が
あるだろうか?)
「酒気帯び」の定義、欧米の平均値くらいで十分でしょう。
念のために書いておきますが、わたしは町で「飲酒」した場合は、
カーヘルパー(代行運転)で帰っています。でも北海道のこの地方、カーヘルパーなんて
ない町が大部分なのですが。
02/6/13
またぶつけてしまった四輪駆動車を、保険で直すことにしました。ちょっと
小遣いで直せる程度のものではないので。考えてみると、ゴールド免許のわたしは、
いままで任意保険の保険料は払うだけ払って、ただの一度も使ったことがない。
今回ぐらいはいいでしょう。
昨日は朝からPCのハードディスクが不調で、カリカリ、カリカリといつまでも
まわり続けている。
いちおうは反応するのですが、処理能力が100倍ぐらい(あるいは1000倍か)
遅くなった感じでした。昨日の近況の2行を書いて転送するのに、15分くらいかかった。
あるいはメモリーのほうの問題だったのだろうか。
とにかくあわてて原稿とホームページの中身のバックアップを取り、
デフラグ(うまく機能しない)と強制終了・再起動を繰り返しているうちに、
お昼前にようやく突然のように復旧。かなり寿命が近づいているような気がする。
親指シフトのB5ノートが出ないか、と待ってないで、
とりあえずデスクトップの新しいPCを入れるべきかもしれません。
『天下城』5回目を終える。
1回の原稿量は、400字詰め原稿用紙に換算して17枚なので
ほんとうなら2日で1本は書けなければならない。なのに3日かかっている。
負荷が1.5倍くらいの仕事ということになります。
書き出し部分を通過すれば、わりあい楽になるのでは、と期待しているのですが。
でも、もう5回目なのだしな。
『冒険者カストロ』のゲラ直しは来週金曜日まで。
来週もきつそうだ。
債権者M新聞から、どうなっているのかね、そちらに行くが、という電話。
はい、まだ角川春樹事務所もとっかかりから進んでおりません。
こちらが終わらないことにはかかれないわけで、悩んでおります。
ご接待もご来訪もうれしいが、だからといってそれでわたしの抱えている事情が
解決するわけでもなし。ひたすら、申し訳ない、という想いが積み重なるだけですね。
すみません。
昨日は、H新聞から、西木正明氏の新作の書評を書いてもらえないか、という電話。
返事に困っていると、向こうが察して「お忙しいですか」と訊く。
「はい」と短くひとこと答えたら、電話口の向こうで苦笑されたようです。
答が素直すぎたろうか。
きょうの体重は67.5s。
ひと月半で、ここまで落としたのですから、いいペースか。
でも唇の端が割れてきている。胃が荒れたときのように。
これはひょっとしたら、身体の抵抗力が落ちたせいかもしれない。
栄養分を取っていないわけじゃないのですが。
02/6/12
ハードディスク不調、寿命か
02/6/11
昨日は、オフの日。かねてから計画していた「仲間と馬に乗る日」。
今回は、野営つきです。つまり、馬を町営牧場に連れていって、馬に乗ったあとは
そのままテントで野営という企画。じっさいには、馬よりも野営のほうが主眼の
イベントになって、参加者は50人くらいだったろうか。
こういうイベントだとだいたい料理は焼き肉と決まってしまうのだけど、
昨日はダッチオーブンを4個も使って、ただワイルドなだけの食事じゃなかった。
楽しみました。
ところが、オフと決めた昨日は雑事が多い日で、朝からなんとなく落ち着かない。
ゴミ収集日だし、生協の配達の日。そのほかにもやることが多くて、ちょうど、
大きな旅行に出る直前のような精神状態。
こういう日には運転には気をつけようとは思っていたのですが、
不安は的中。トランキライザーを入れた薬入れを忘れてしまったこともあって、
最後の最後で、事故です。
きょう、仕事場の駐車場で四輪駆動車を後退させているとき、馬運車に
ぶつけてしまった。注意力がまるで散漫になっていましたね。
先日と同じ場所、後部ドア(バックパネル)とバンパーがへこんでしまった。
先月、前回の修理の支払いを済ませたばかりです。
また整備工場に持ってゆくと、笑われることでしょう。
わたしの友人の意見「前に出したときの修理ができてなかったことにしたら」
テントの中で眠りについて、数時間後から雷雨。
テントのフライシートを叩く雨の音を夢うつつで聴きながら眠るというのは、
久しぶりの体験でした。
02/6/9
近所の酪農家さんが、昨年、使わなくなった二基のサイロを改装して、
自分の版画のコレクションを展示する小さな美術館を作りました。
昨夜は、この美術館を会場にして、町のアマチュア・ギタリストふたりによる
小さなコンサート。近所のひとが20数人、聴きに集まりました。
聴衆の半分は、搾乳を終えた後にご夫婦でやってきた酪農家さんたちです。
昨夜、アコースティック・ギターの音色を聴きながらも感じていたのは、
この土地にある空間と時間の豊かさ。
また、この地の農村景観がちょっと日本離れした
美意識で作られていることの理由にも、あらためて思い至りました。
この土地に入植した農家さんたちが、どんな農業を目指していたのか、
どんな農村を作ろうとしてきたのか、そもそもどんな人生を求めてきたか、
その強い目的意識の結果としてのこの土地の景観であり、
ひとつひとつの農家のたたずまいなのだ、と気づきます。
けっして、ただなんとなく(効率追求の結果として)できてしまったものではない。
もちろん、個々の農家さんの家まわりには、それぞれ差はありますが、
地方全体として、の話です。
コンサートのあとは、ワインを飲みながらお客同士で歓談。
ライブで聴いた音楽の心地よさと相まって、いい夜になりました。
原稿締め切りを一本、クリアした解放感もありましたが。
02/6/8
きょうは暑かった。今年最初の夏日かもしれません。北見では29度あったそうです。
でも夜になると、少し涼しくなった(とはいえ、屋内ではTシャツでじゅうぶん)。
いま犬の散歩のために外に出てみると、霧が出ていました。
これから、ぐんと涼しくなってくるだろうか。
『仕事中』の表示は、きょうも効力発揮です。
夕方、外に出ようとすると、ドアノブに袋がひっかけてあって、中に野菜が入っていた。
誰かが訪ねてきたけど、チャイムを鳴らさないまま帰っていったのでしょう。
袋の中に某宗教団体の施設のイベント案内が入っていましたが、
訪問者の見当がつかない。野菜を土産にきてくれたのですから
わたしの知り合いだろうとは思うのですが。
02/6/6
朝から宅配便がつぎつぎと配達にやってきて、上京中に買ったものを届けてくれます。
ほとんどが本ですが、中国ふう急須と湯飲み茶碗も届きました。
これは、脂肪を取る(という)プーアル茶を飲むため、どうせ飲むならと、
中華街を歩いたときに買ったもの。安かった(もともと高いものではないですね)。
いま、その急須でいれたお茶を飲みながら、このサイトを更新しています。
昨日は、仕事にかかる前に、買い物と、仕事場の大掃除と、馬具小屋の整備。
ニュージーランドから届いたハンガーやら鞍のラックやらを小屋に取りつけました。
わたし自身の鞍ふたつのほかに、友人の鞍をふたつ預かっているので、
都合四つの鞍が、いま整然とラックに載っています。
ホルターやハミ、手綱なども、小屋にそれらしく収まった。
西部暮らしの男の納屋の雰囲気、と思って悦に入っているのは本人だけですか。
夏もパニックになりそうなので、二年続けた「野生動物保護セミナー」での
講師のボランティア、今年はやらないことに。
もうひとつのボランティア仕事、標津川流域整備計画のオブザーバーについては、
今年度も委嘱したいと打診がきていますが、ちょっと悩んでいます。
これは、年に数回の出席義務なので、できないことはないのですが。
明日には結論を出して返事をしよう。
02/6/5
31日は午後6時から東京会館で、新田次郎文学賞の授賞式。
朝、犬たちを預け、調子のおかしい四輪駆動車をディーラーに置いてから空港へ。
飛行機の中でも、『黒頭巾旋風録』の直しをずっとやっておりました。
式場で担当編集者さんに渡す約束だったものですから。
帰宅して、スーツに着替えてから、八重洲へ。ここで一件打ち合わせ。
それから中央公論社に行き、社長さんにあいさつしたのち、担当編集者さんたちと
東京会館へ。こういう場面に慣れていませんから、落ち度がないようよろしく頼むと
お願いし、編集者さんたちの指示のままに、関係者にあいさつまわり。
早乙女貢氏、池宮彰一郎氏、宮城谷昌光氏、縄田一男氏ら、
推理作家協会や冒険作家クラブのパーティではお目にかかれないかたがたの
ご出席があって、たいへん感激でした。
デビューした当時の担当編集者さんも大勢いらしてくれて(みなさん、出版社の中では
かなり偉くなってます。当時同年代だったとしても、いまみなさん52、3歳ですから)。
少しだけご恩返しができた気分でした。
8時半から銀座のワイン・レストランで二次会。式のあいだはろくにアルコールも
食事も喉を通っていないので、そのぶんを取り返すべくガンガン飲んだのですが
これはまちがいでしたね。飛行機の中でも仕事をしていたせいもあって、
オフモードへ切り換えた際、針は反対側へ振り切れてしまった。
せっかく二次会に出席してくれたかたがたと、わたしはろくに会話していないような
気がする。ひたすら飲んでいたのだろうか。
三次会は新宿。もうこのあたりから、ブラックアウトです。ほとんど記憶がない。
四次会まで行き、帰りは中央公論の編集者さんに付き添われて帰宅。
初夏の陽気の東京で、スーツを着て公式行事に出たのですから、その時点でもう
脇の下には冷や汗。背中も濡れていた。
鞄にはいちおう着替えのシャツを入れていったのだけど、着替えるタイミングもなく、
汗で濡れたシャツのまま二次会、三次会、四次会でした。
翌朝目覚めて、おのれの汗臭さに愕然。また友人を何人か失くしたような気がする。
土曜日は、午後に中央公論新社ビルで、読売新聞のインタビューを受け、
そのあと八重洲ブックセンターで新刊をまとめ買い。
6時半から原宿で、赤旗編集部と『黒頭巾旋風録』の打ち上げ。
日曜日は、角川書店の編集者さんたちと、『黒船』取材のため、浦賀へ。
中島三郎助は、浦賀では郷土の英雄でしたね。郷土資料館は、事実上、
中島三郎助記念館でした。ペリー上陸地点や浦賀奉行所跡、中島三郎助の
住宅跡地をまわり、最後は浦賀・東林寺で中島三郎助のお墓に詣でて取材終了。
そのあと横浜に出て、中華街で取材の打ち上げ。
きょう月曜は、まず東京三菱銀行に行って新口座開設。
おや、ずいぶんと日本の銀行も、リテール重視になっているじゃないですか。
いままでの第一勧銀は何だったのだ? 新サービスの通知さえ、わたしは見た覚えがない。
東京三菱は、窓口の女性たちが制服を着ていない、というだけでも気持ちよかった。
第一勧業銀行(みずほ)には最近行っていないけど、どうだったのだろう。
午前中は、神田神保町。
東京堂書店(改装工事中で、狭い仮店舗で営業していた)と、三省堂で新刊本の買い物。
かなり疲れていて、古本屋を回る元気はなし。石井スポーツ登山用品店で、
少し登山グッズの買い物。
それから秋葉原へ。なんとなくPCショップをまわる。ThinkPad S30は生産中止なのですね。
前回、若松通商で168,000円で出ていたことを思い出し、ちょっと後悔。
石丸電気で、DVDとCDを買って、浜松町へ。もう鞄も重くて、歩く元気もない。
飛行機の中ではひたすら眠って仕事場にもどったのが6時半。
今回の上京は、きつかった。
明日からは、『冒険者カストロ』ゲラ直し。
メールへの返事は、明日以降になります。
02/6/3