角川春樹事務所の担当編集者さん来訪。
約束の書き下ろしを2月7日に書き出したとたんに、週刊新潮の話がとびこんできたので、
春樹事務所の書き下ろしはプロローグからまったく進んでいない。
担当編集者さん、プリントアウトされた原稿の枚数を見て絶句しました。
申し訳ありません。なんとか5月を乗り切ったところで、続きを書き出します。
春樹事務所からは、先日、新田賞受賞祝いのワインを贈ってもらっていました。
シャトー・オーブリオンの96年。これを携えて町の郷土料理の店へ。ここに
持ち込みさせてもらって、担当編集者さんと一緒に空けました。
申し訳ない気持ち一杯ではありましたが、ワインはおいしかったな。
鈴木宗男疑惑で、7人の逮捕。ムネオハウスの入札妨害容疑ですが、
これはODA疑惑に較べたら、問題になる金額が2桁、3桁小さい。
検察は、こっちのほうにこれだけの人手と精力をさいていいのだろうか。
第一秘書も逮捕していますから、最終目標はODA疑惑なのかもしれませんが。
逮捕された根室の渡辺建設、中標津の犬飼工務店の社長には、
少しだけ同情的な気分にならないでもありません。
後援会に入らなければ公共事業はもらえず、脅され、干される。
ムネオハウスの事業についても、手に余るので丸投げするしかないし、とうぜん利幅は薄い。
なのに、(町の噂では)1000万円のキックパックを鈴木宗男側から求められた。
どういう分担で捻出するか、当時、ふたりは中標津の某所で会って悩んでいたそうですから。
夕方から雨。また気温が下がっています。たぶん日中の最高気温が7度か8度。肌寒い。
でも、例年、ゴールデンウィークって、こんなものであったような気もする。
02/4/30
快晴が続いています。
例年、この地方のいまごろと言えば、まだまだ気温も低く、風も強くて、
とても喜べるような好天ではなかったような気がするけど、
今年は暖冬を引きずっている。気温も高めで、山の雪の消えるのが早い。
牧草地も日毎に緑が濃く、密になっています。
お天気の気持ちよさとは裏腹に、仕事のことでわたしは焦り出している。
ひと前に出て行けば、やたらに腹が立ったり癇癪を起こしたりしそうで、
昨日は朝からマイナー・トランキライザーを4〜5時間おきに飲み、
落ち着こうと努めました。『天下城』第一回の入稿が終わるまでは、わたしは鬼です。
友情を保ちたい相手とは、こういう時期にはできるだけ会いたくない。
夜は仲間が採ってきたギョウジャニンニクを食べる会。匂いが強烈なので、
仲間と一緒に、明日は仕事をしなくていい、という日にしか食べられない。
おひたし、卵とじ、それに天ぷら。絶品だけれど、食べ過ぎるわけにはゆかない。
もうひと口、と箸を伸ばしたくなる手前で、こらえました。
きょうは『ユニット』続き。
02/4/29、朝
銀行口座を移す件、けっきょく支店の利便性から東京三菱にしようとしたのですが、
代理の者がわたし名義で口座を新規開設することはできないらしい。
本人が身分証明書を持参で作らねばならないのだとか。
信金なら、娘名義の口座だって作れるのに。
仕事場のある土地は、都市銀行など一行もないという土地ですので、
5月末までに新規開設は不可能だな。不本意ながら、そして不便を承知で、
しばらくはみずほを使い続けねばなりません。
でも、すでに、みずほの口座解約の流れはとまらず、いまや静かな取り付けが
起きている状態だという。三菱自動車や雪印食品の例もありますが、
こういうことには寛容で鈍かった日本の市民も、
ずいぶん積極的かつ鋭敏に反応するようになりましたね。
きょうは一日雑用で終わった日。四輪駆動車のタイヤ交換。各種振り込み。清掃。
たまっていたメールに返信。原稿一本送信。事務的なこといろいろ、その他。
体重がとうとう70sを超えました。過去最大値です。
このひと月ばかり、知人たちからも、はっきりと肥満を指摘されている。
3年分の過食と運動不足のつけがいきなりどっと出た、という感じです。
減らさねばなりません。
ここまで体重が増えたのは、10年ぶり。42〜3才のころ、さまざまなストレスで
69.5sまで増えたことがあります。このとき人間ドックを受けたあと、医師から
「少しやせなさい」と言われた。
素直にその後の1カ月で4s落としたら、体力が落ちてダウン。
舌には真菌が生える、というところまでいってしまった。
舌を診てもらった医師は過労だという。じつはダイエットもしているのですが、
と告白したら、「そんな身体に悪いことはよしなさい」と言われた。
以降は、食事療法はせず、ストレスの解消につとめるのと、運動とで、
なんとか体重を増やさずにきたのですが、
ここまできたら食事療法はせざるをえないでしょう。
疲労感のあるとき、つい炭水化物を取り過ぎるのがまずい、とはわかっています。
今後は、野菜とタンパク質中心に変えなければならない。季節がよくなってきたので、
運動不足はかなり解消されると思いますが。
無理のないダイエットに成功したかた、いい方法があれば教えてください。
02/4/26
22日から、『天下城』第二回目の取材旅行。先日書いた仮説の確認のため。
もう東京経由で行っている余裕もないので、女満別空港から直接関西空港に飛んで、
ひとりで、福井県・一乗谷と、滋賀県長浜(河毛)・小谷城址を見てきました。
一乗谷は、知っている方も多いと思いますが、朝倉氏の本拠地だった城下町。
信長に攻め滅ぼされたあと、一乗谷はそのまま打ち捨てられたため、
奇跡のように400年前の城下町の基礎部分がそっくり残ったのです(柴田勝家は、
越前支配の拠点を北ノ庄、現在の福井市に移した。一乗谷の遺構は水田の下に埋まった)
昭和42年から発掘調査が始まって、その規模、その保存状態のよさに、
関係者が驚きました。いまは谷全体が国の史跡に指定されています。
ここは素晴らしい。
長さ1.7キロ、幅2〜300メートルの、美しい小さな谷がまるごと遺跡。
発掘作業はいまも続いていますが、一部には、復元された街並みや町屋もあります。
5年か10年後には、修学旅行の定番コースに入るのではないだろうか。
お目当ての石積みについての感想。
小規模なものは、川原石を野面積みにしただけの素朴なものですが、
少し規模の大きいものについては、観音寺城の石積みとの共通点を感じます。
大胆、雄渾、という印象のある力強い凝灰角礫岩の石積み。とくに、下城戸(城門)の
升形(矩形の空間)の大石積みは見ものでした(わたしも言うようになったな)。
この谷の石積みについては、小説家的想像力を刺激されます。
小谷城のほうの石積みは、そこそこの規模はあるものの、
残念ながら野面積みで、技術的にはさほど進んだものには見えません。
一乗谷も小谷城も、元亀年間に織田信長との決戦に備えて改修工事があり、
いまに残る石積みはそのときのものと推定されているのですが、
ふたつの城の石積みは、まったくべつの技術者集団が担当したのかもしれません。
一乗谷には、当然山城もあるのですが、城址までは往復180分かかると案内にある。
一番短いコースは片道60分ですが「きついです」と注意書き。城址見学は断念しました。
福井市の近くには丸岡城もありますが、これは近世の城なので見学はパス。
天守台の石積みも、建設当時のものそのままではないそうですし。
この取材旅行初日の22日、大阪で『冒険者カストロ』のゲラをあいだに、
担当編集者さんと打ち合わせ。ゲラの出る日と、わたし、担当編集者さんの
それぞれの都合がうまく一致せず、けっきょく大阪ですることになった次第。
『冒険者カストロ』は、公刊された記録や研究書の再構成ですから、
引用、参照が多く、そのぶん綿密な校正作業、ゲラ直し作業が必要です。
どうやっても6月刊行はあきらめるしかないとなり、7月末の刊行ということになりました。
それにしても、打ち合わせを大阪でするとは、今週にかぎっていえば、
わたしはジェットセットでしたね。
02/4/25
有事法制の話ではなくて、わたしの仕事のことです。
『天下城』、第1回入稿まであと一カ月。もう一回追加取材に出かけ、
帰ってきたところで、まず別冊文藝春秋次回分100枚を書き、すぐに
週刊新潮にかかる。冒頭部分は時間がかかるのが常ですので、締め切りまでに
何回分書きためることができるか。
というわけで、この近況を見ている関係各位、佐々木はまたしばらく、不義理御免、
つきあいの悪い男になります。よろしく。
わたしには、ゴールデン・ウィークはないぞ。
昨日、新潮社の担当編集者さんが『黒頭巾旋風録』のゲラを持って来訪。
この作品、わたしは講談本のような徹底したエンターテインメントを
書いたつもりでいたのですが、編集者はもう少しシリアスな作品と読んでくれたようです。
なので、文庫やソフトカバーにはせず、ハードカバーで刊行。
そのためには、少し加筆も必要なのですが。
タイトルも、一考しませんかと言われていたのですが、これはこれでよいということに。
8月刊。
編集者さんを迎えにいった中標津空港で、弟子屈に住むライターの西川栄明さんに
会いました。東京に取材に出かけるところとか。ちょうど新刊が出たばかりと言います。
『40才からの 都会2田舎8の生活術』(講談社+α新書)。
少しだけ見せてもらいましたが、わたしのことも、実践例として数行書かれておりました。
こういう内容の新書が出てしまうと、わたしの『馬を飼う生きかた』のほうの遅れが
悔やまれる。焦ってきますね。
きょうはお昼になって、ぱたぱたとトレッキングをすることが決まり、
5カ月ぶりに雪の解けた町有牧場へ。四人、四頭の馬に乗って一時間半。
終わったらわたしの仕事場に寄ってコーヒー。四時には解散。
去年は、トレッキングというと大イベントでしたが、今年はかなり日常の一部になった
感があります。これで二頭積みの馬運車があると、もっと日常になるな。
02/4/21
昨夜は、友人たちが新田次郎文学賞受賞記念のお祝いの会を開いてくれたので、痛飲。
先週受賞の連絡を受けてから、最初の公的なお祝いです。さんざん飲むことになると
わかっていたので、出かける前にハイチオールCと胃薬を飲んで、体調を整えた。
でも、今朝はやっぱり二日酔いです。いったんお酒が入ると、抑制が
きかなくなるというのは、やはりアルコール依存症ってことだろうか。
町で飲むときは、帰りは代行運転を頼むのですが、昨日はずいぶん人が出ていたらしい。
深夜12時に頼んだけど、車がきたのは1時半。11時くらいで切り上げておけばなあ、と
いつものとおりの虚しい反省。
今夜も編集者さんがゲラをもってやってくるので、受賞祝いの乾杯ということになるでしょう。
夜はつかいものにならないと思うので、昼間のうちに、この近況を更新しておきます。
水曜日に降った雨のおかげで、周辺の牧草地からほぼ雪が消えました。
当幌川の南の雪解けよりも3週間遅かったけれども、とにかく春。
サクラの咲くのは当地は五月下旬ですが、少し早まるかな。去年庭に植えた二本のスモモも、
花を咲かせてくれるでしょう。放牧地や角馬場が完全に乾くまで、あと数日か。
いよいよ、乗馬の季節。ゴールデンウィークには、6q先のレストランまで
馬でお昼を食べにゆきたいのですが。
船橋洋一氏のコラムで知りましたが、先日の海南島でのフォーラムで、
小泉総理はこう発言したらしい。
「日本人は日本をだめだだめだと言うが、世界には日本を真似している国がたくさんある」
アジアの首脳たちを相手に、よくもまあこんなことが言えるものです。
いま、世界に、日本を真似ようとしている国なんてただのひとつもないと断言できる。
バブルが終わった後でも、「それでも日本は世界一だ」と口にしている日本人を
外国のあちこちで見かけました。いつも赤面したものですが。
02/4/20
S社Gさんに、今朝、飛行機が出る前にもう一度会って、事情を訴えました。
このホームページの備忘録の部分をプリントアウトして、月間の執筆枚数を書き添え、
このとおり、やはりいまはとてもできそうもないと。
とりあえず、時期については、再考です。ほっ。
あの備忘録、いやこの資料館全体、じつはそもそも担当編集者各位への
業務連絡用として作ったつもりでした。
ひんぱんに近況を見てくれたなら、仕事の進み具合も詰まり具合も
わかってもらえるでしょう、と。でも、インターネットにはまったく無関心の編集者さんも
いますので、事情を知っている編集者さんから見て
「横入り」をするひとも出てくるわけです。わたしの事情などしらんぷりして、
約束とりつけたほうが勝ち、という作戦ではないと思いますが。
どうであれ、べつの編集者さんから、「うちの仕事はどうなってるんだ?」と、
また詰られそうです。
『ステージドアに踏み出せば』の担当さんから、刊行は6月ですと訂正あり。
もうかなり混乱しています。手もとにいまあるゲラが、
『ステージドアに踏み出せば』(明日戻し)、『疾駆する夢』(きょう落手)。
さらに、明後日『黒頭巾旋風録』がきて、来週月曜には『冒険者カストロ』。
はて、どういう順に出るんだったか。
02/4/18
S社B誌のGさんが来訪。今年秋で定年だといいます。
Gさんとはおつきあいは長いのに、なぜかうまくタイミングが合わず、
これまで仕事をご一緒する機会がなかった。
定年までにひとつぜひ、と言われて、ついつい、ええ、と応えてしまったのですが
待てよ、今年のわたしは、もうすでに月間生産能力の限界まで約束してしまっている。
5月からは、風邪も引けないという状態だった。
なんとか時期については再考してもらわねばなりません。
明日、もう一度会うので、そのときに、この件を打ち明けますが、
Gさん、がっかりするでしょう。それを考えると、できません、と言うのもつらい。
かといって、安請け合いしては、かえって迷惑をかける。ううむ。
Gさんから、『疾駆する夢』で描ききれなかった自動車をめぐるドラマなど
書いてみませんか、と持ちかけられたのがこの失敗の原因のひとつ。
わたしのほうは、『プロジェクトX』を観たばかりで、その興奮が残っていました。
ならばこういう人物がいるのですが、と、わたしは片山豊のことを話した。
Gさんは片山豊のことを知らなかったけれども、いい題材だとすぐに理解してくれて、
じゃあ、片山豊を、と話がはずんでしまった。
片山氏を書くなら取材は急がなければ、という想いもあったし、お酒も入っていたしなあ。
頭を抱えています。
02/4/17
『武揚伝』を書いたことがご縁で、東京農業大学の客員教授となる話が持ち上がり、
きょう正式に、向こう一年間委嘱の辞令がきました。
網走にあるオホーツク・キャンパスの客員教授かと思っていましたが、
辞令にはとくに所属は記してありませんね。
特別な義務はない、とのことですが、たぶん年に一回ぐらいは、
創立者・榎本武揚の生涯について、学生に話をすることができるのではないだろうか。
これは楽しみです。
ちょうどきょう、農大の進士学長からも、
新田次郎賞受賞についての祝電が届いたところでした。
わたしの榎本武揚への関心が、このようなかたちでべつのこととつながる、というのは、
少し妙な気持ちもします。やや過激な武揚を書いたつもりだったのですが、思いのほか
広く受け入れられたのだろうか。
一緒に送られてきた客員教授名簿を見ると、百人ほどの名簿の中には、
農業の研究者や農業関係企業のトップのほか、
井上ひさし、夏樹静子、幸田シャーミン、今井通子、稲本正、と言った名も見えます。
この客員教授制度というのは、東京農大応援団という性格のものかもしれません。
『ステージドアに踏み出せば』、若竹七海さんが解説を書いてくれたのですが
そのファックスが届きました。『あこがれは上海クルーズ』にも触れてくれた
素晴らしい解説です。文庫は来月刊行、でよかったかな。
きょう、明日と、このゲラの直し。
『プロジェクトX』、片山豊と、Z、そしてカルロス・ゴーンの接点があんなところにあったとは。
若いときにZに乗っていて、日産の社長となってから片山豊を復権させたゴーン。
あらためて思うけど、彼はただのコストカッターじゃない。きわめて情のひとなのですね。
02/4/16
明日の『プロジェクトX』には、日産の片山豊が登場するそうです。これは見ものです。
前にも書きましたが、片山豊は日本人としては本田宗一郎についで二番目に
アメリカの『自動車の殿堂』入りした人物。日本車をアメリカ市場で売った男として
日本よりも海外の自動車業界で有名です。『Mr. K』という英語の評伝まで出ている。
彼は日産の宣伝課長時代に「日本モーターショー」を企画して始めた人物であり、
ブルーバードをオーストラリア・ラリーに参加させるなど、マーケティングの分野で
大活躍したひと。しかし異端児であったため、日産本社には徹底して嫌われた。
(「フェアレディなんて名前の車がアメリカで売れるか」と役員と喧嘩した話が有名)。
日産は最後には彼に業務上横領の疑いをかけて、
この功労者を役員にすることもなく追放したのでした。
わたしは『21世紀への道 日産自動車50年史』と『日産自動車史』の
ふたつの日産の社史を持っていますが、どちらにも、
片山豊のことはただの一行も出てこない。完全に社史からも抹殺されているのです。
でも、カルロス・ゴーンが片山豊を復権させた。
片山豊はいま、日産の関連会社の顧問になっているそうです。
そして明日の『プロジェクトX』。彼の存命中(いま93才)にこういう番組が作られるとは、
とてもうれしい。これは、タイガースの快進撃に酔いしれる古くからのタイガース・ファンの
心境に近いものでしょうか。
そういえば『プロジェクトX』の、ビデオVHS規格の開発者たちの話が、
映画化されるそうですが、ちょっとだけ異論がある。VHS開発秘話、感動的な話に
まとめられておりましたが、VHSがデファクト・スタンダードになったのは、
その技術的優位性のおかげというよりは、マーケティングのせい。
功績を讃えられるべきは、マーケティング関係者でしょう。わたしは、技術的には
いまでも、ベータ規格のほうが優れている、と思っているひとりです。
(ユーザーの数は少なくても、親指シフト・キーボードのほうが断然
JISキーボードより優れた規格であるのと同じです)。
02/4/15
週刊現代の書評(紹介)で、志水辰夫(敬称略)の『負け犬』のゲラを読みました。
わたしは以前、志水節とも呼ばれる志水辰夫の基本的テーマは、
「故郷と家族を捨てて自己実現を果たした男の苦い悔恨の想い」にあるのでは
ないかと書いたことがあるのですが、『負け犬』はそのテーマをさらに徹底して
吟味しています。家族を捨てた男が、果たして自己実現などできたのかと。
詳しくは週刊現代に書きますが、『負け犬』に収録された短篇は、
家族が解体し、みすからも破滅した男たちの、最後のよりどころとしての家族への追憶、
という主題で統一されています。志水節は、いよいよ(よい意味で)センチメンタルとなり、
抒情はいっそう強くウエットになっている。
これは、よい意味で、と繰り返しますが、ずぶずぶの演歌。
映画で言えば、高倉健、倍賞千恵子主演、監督は降旗康男(山田洋二ではなく)
という感じですね。泣けます。
明日は、この原稿書き。
02/4/14
昨日、夜7時半に、『武揚伝』が新田次郎文学賞受賞、と連絡を受けました。
この賞は、候補作を事前に発表しないのですね。携帯電話に連絡を受けて、
最初はとんちんかんな受け応えをしてしまったかもしれません。
初めての分野に挑んだ作品です。このようなかたちで評価されることはとてもうれしい。
昨晩は町に出て、お酒を飲みました。
以下、夜に記す。
町営馬鈴薯原種農場で、古い農機具の競売会。というか、あらかじめ値段のついた
農機具を抽選で希望者に売るという、パブリックなガレージ・セール。
レーキのような、牧場のエクステリア素材になるようなものがないかと行ってみたのですが、
実用的な品ばかりでけっきょく何も買いませんでした。
28年前のトラクターが7万円で、これはちょっと魅力でしたが、
飾りにするためだけに7万円はやはり出せない。
レーキならば、もう一台あってもいいかなと思うのですが(いま、一台は
牧場の入り口脇で、門柱の代わりに鎮座してます)。
天気がいいので、冬のあいだに傷んだ牧柵の修理作業をしました。
同じ馬飼いとしての仕事でも、こういう作業をしているときは、自分がカウボーイにでも
なった気分になります。でも馬糞掃除をしているときは、家畜人ヤフーの心境ですね。
おれは馬の奴隷か、と感じてしまう。
放牧地のはずれの沢で、見知らぬひとがやってきてクレソン採り。
この沢、私有地なのですが、ま、根こそぎ採ってゆかないかぎりは
めくじらをたてることもない。ところが、わたしが牧柵を修理し、
雪の下から出てきた道端の投げ捨てゴミを集めているあいだ、
このひとは一時間以上も採り続けです。
そんなに採っていったら枯渇するだろうに、とさすが心配になりました(商売でも
しているひとだったのだろうか)。
で、このひと(中年男)、わたしが道端のゴミ掃除をしているのも承知していながら、
沢のそばのただのひとつの空き缶を拾うでもなく、クレソンだけ採って消えてしまった。
山菜採りは田舎暮らしの楽しみのひとつですが、農家の中には山菜採りをするひとを
毛嫌いするひとも少なくない。気持ちはわかります。
きょうの近況は、ちょっと牧歌的すぎますか。
02/4/13
昨日は、友人にアルバイトを頼んで、彼と一緒に馬の避難小屋にたまった馬糞の掃除。
しっかり腰痛防止ベルトを巻いて、ほぼ一時間フォークをふるったのですが、
これがけっこうきつかった。夕方には、倒れるようにベッドに突っ伏し、三時間ばかり仮眠。
起きてから、栄養剤を二本飲みました。体力が落ちています。
このところ、日の出が早くなっているので、ずいぶん早い時刻に目が覚めます。
カーテンの隙間からもれてくる光が強く、それ以上は眠れない。
これでは仕事に差し支える、という場合は、アイマスクをかけて、なんとかもう一時間か
二時間、うとうとしようとするのですが。
NHK『利家とまつ』、先日は最後のエキストラ映像の部分で、
福井県一乗谷の様子が映されていました。最近発掘が進む、朝倉氏の城下町。
気になっていた場所ですが、石垣、石積みがどの程度使われているのかいまひとつ
情報がなかった。でもこのNHKの映像を見ると、ほうぼうにかなりの規模の石垣が
残っています。
先日の取材旅行を経ての、わたしの仮説。
信長の安土城以前、浅井氏はすでに穴太衆を使っていたのではないか。
二度にわたって信長の攻略戦を退けた小谷城は、穴太衆の石垣だったのではないか。
浅井氏と朝倉氏の同盟関係を考えると、一乗谷にも穴太衆が入っていた可能性は高い。
この仮説を確認するため、『天下城』を書き出す前に、あらためて
一乗谷と小谷城に行こうと思っています。
このところ、近況の更新はいつも朝。
更新の日付は、事実上、一日遅れです。
02/4/12
先日、山口県の妻子殺害事件の二審判決について書きましたが、掲示板のほうに
これに対して書き込み。じつはほかに知り合いからも、かなりシリアスな問いかけの
メールをもらっておりました。重いテーマの問題であり、軽く読み流すことはできない、
ということなのでしょう。あらためて真剣に考えさせられます。
別冊文藝春秋『ユニット』、5月15日、次回締め切り。
昨日の国会の党首討論。小沢一郎の小泉総理への問いかけが興味深いものでした。
「パレスチナのひとびとの自爆行為は、テロなのか、民族自決のための抵抗運動なのか」
パレスチナの情勢は、最悪の場合、新たな中東戦争です。小泉総理がアメリカ政府に
対して、対テロ戦争には全面的に協力という立場をとった以上、成り行き次第では
日本もこの中東戦争に自衛隊を派遣しなくてはならない。
イスラエル・アメリカ側に立って参戦するつもりがあるのか、ないのか、小沢一郎の質問は
要はそういうことでしょうが、小泉総理は質問をはぐらかして逃げた。
テロ、という言葉を安易に使い、それを悪であると決めつけてしまったったつけが
回ってきそうです。
02/4/11
注文しておいたビデオ『風林火山』稲垣浩監督、三船敏郎主演と、
テレビ版『風林火山』里美浩太郎主演のDVDが届きました。
映画のほうは、69年の制作。たしかこのころ、福島県の相馬の野馬追いでは、
参加する馬の数が50〜60頭ほどに減ってしまい、このままでは、日本では
時代劇の撮影はできなくなると心配されていました。
それでこの作品は、『最後の時代劇超大作』というようなうたい文句で、
相馬町の全面的な協力を得て製作されたはずです。
さいわいその後、相馬でも馬は復活し、最近は600頭もの馬が野馬追いに
参加しているそうです。黒沢明は、『影武者』の撮影のために、アメリカから
70頭だったか120頭だったかの馬を輸入したし、小淵沢周辺でも馬は増えた。
この『風林火山』と較べても、先年のNHK大河ドラマ『葵三代』の関が原の
シーンなどは、けっして見劣りしていません。騎馬戦シーンに関しては、
いまのほうがはるかに見応えのある映像を作りうるようになっています。
(関が原で騎馬戦があったかどうかは別問題として)
さて、『風林火山』、お目当ては城攻めシーン。
この映画の中にも城攻めのシーンが少しだけあったような、という記憶で買ったのですが
30数年ぶりに観てみると、武田信玄の信州・戸石城攻めのシーンが
わずかに出てきました。城攻めの途中の一瞬、という描きかた。
角川映画『天と地と』でも、似たような場面があった。
残念ながら、どちらも城攻めの直接の描写そのものは、省略されています。
騎馬戦シーンとちがい、城攻めシーンはセットも作らねばならず、それなりの土木工事も
必要です。大作映画であっても、なかなか描写はむずかしいのでしょう。
来週、ふた組の編集者さんが、たて続けに来訪することになりました。
忙しい週になります。
02/4/10
みずほの口座を閉じようか、と書いたところ、知人から、自分はもう変えた、
というメールがきました。やはりすでに、個人口座の引き揚げが始まっているのですね。
昨日、きょうのニュースを見ていても、このドタバタぶりに、
当事者たちの危機感は薄い。世界最大の銀行を作る、ってことだけで、
舞い上がってしまっていたのでしょうか。
わたしが第一勧業銀行に持っていた口座は、
以前の勤め先が給料振り込み先と指定してきたので作ったもの。
リテールについては一切おつきあいのないところだったし、閉じても問題はない。
では新しい口座はどこにするか、と格付け会社のホームページに当たってみましたが、
4月1日、みずほ発足以降については、まだどこも格付けを出していない。
また、ムーディーズとS&Pでは、個々の金融機関の格付けも微妙にちがう。
ちょっと考え込むことになりそうです。金融関係者のかた、ここだけはやめとけ、という
銀行情報がありましたら、こっそり教えてください。
掲示板のほうで、忍沢さんからも指摘がありましたが、『安土幻想、信長謀殺』という
新刊が、安土城築城と穴太衆について詳しく描写しているらしい。忍沢さん以外からも
教えられました。で、あわてて紀伊国屋に注文。参考資料にするのではなく、
むしろ、似てしまわないようにするため。テーマが『天下城』とまったく同じ小説で
なければよいのですが。
講談社から、志水辰夫氏の短編集『負け犬『が出ます。
週刊現代から書評(正しくは、紹介文、でしょうか)の依頼があったので快諾。
昨日、修理に出していた四輪駆動車が治ったとのことで、取りにいってきました。
後部ドアパネルのへっこみを、取材旅行のあいだに修理してもらうつもりだったのですが
前輪の取り付け部分のベアリングが破損していたとのことで、この部品交換と修理にも
時間がかかった。ずいぶん前からのようですが、と言われてしまった。
でも、3月初旬にも一回、割れたヘッドライトカバーを交換するので工場に出していたのです。
そのときは、気がつかなかったのだろうか。
それにしても、よくあちこちが壊れる車です。法定耐用年数は過ぎているので、あまり
文句は言えませんが。
つぎはいっそべつのメーカーの車にしようか、とも考えるのですが、悪路走破性のいい
実用的な四輪駆動車で、鈴木宗男後援会関係者が乗っている、とみられずにすむ車種は、
なかなかありません。同一視されたくない、と考えること自体、無意味な抵抗でしょうか。
きょうは雨。これで気温も上がってくれれば、雪解けも一気に進むのですが。
02/4/9 朝に記す
今朝(8日)目覚めたら、また雪。うっすらとですけれど、ほんとかよという想い。
昨日は日曜日なので、友人たちとクレソン鍋の会。
クレソンのことを、わたしは先日、「川セリ」と書いたけれども、
これはまちがいでした。「ミズカラシ」(水芥子)というのが和名のようです。
当地のひとは、「タカナ」と呼んでいる。
放牧地のはずれの沢に降りていってクレソンをたっぷり採り、
ラムを使ったシャブシャブに、いわば春菊の代わりに入れて食べました。
苦みはなく、芥子というけれども、辛くはない。むしろ甘い、春の味です。
ラムは、どちらかといえばこのクレソンの味を楽しむためのつけ合わせ。
でも、地元の若いひとの中にも、クレソンを知らないひとがけっこういるのですね。
フキノトウやタラの芽ほどにはポピュラーな山菜ではないようです。
一連のみずほ銀行のトラブルの報道で、わたしの場合、すべての取引先に対して、
銀行口座が変ったことを通知しなくてはならないのだと知りました。
6月までは、旧口座名でもこれまでと同じように振り込まれるらしいので、
技術的な理由ではなく、銀行側の都合による勝手な制度変更ということなります。
当地の信用金庫も、昨年、合併後に、それまで使えた振り込みカードが使えなくなった。
どうして顧客の利便性を無視してシステムを変えるのかと窓口で文句を言ったところ、
翌日、担当セクションの上司がタオルを持って謝りにきました。でも、形式的な謝罪。
顧客に迷惑をかけている、とはまったく思っていないようでした。
こんどのトラブル(と、トラブル隠し)の件もあります。どうせすべての取引先に
新しい口座を通知しなければならないのだとしたら、いっそみずほをやめて、
銀行を変えることにしますか。
きょうは岩波のPR誌『図書』に、『冒険者カストロ』をめぐるエッセイ10枚。
02/4/8
取材旅行の途中、熱海で下車して、日本冒険小説協会の20周年記念大会に
参加してきました。日本冒険小説協会というのは、俳優、コメディアンの
内藤陳さんを会長とするハードボイルド、冒険小説のファンクラブ。
20年前に発足し、毎年3月末(または4月初め)に、
熱海に会員を集めて、前年の「大賞」の発表・授賞式を兼ねた大会を開催しています。
毎年、何人かの小説家も参加して、夜を徹して冒険小説を語り合うのが常ですが、
今年は20周年ということで、歴代の大賞受賞作家がほぼ勢ぞろいしました。
参加作家は、船戸与一、逢坂剛、北方謙三、志水辰夫、大沢在昌、宮部みゆき、
それにわたし。受賞作家で不参加は、藤田宜永と福井晴敏のふたりか。
桐生祐狩(字はこれでよかったか?)、馬里邑れい、辻真先氏らも参加していました。
さらに書評家や編集者も多数参加、盛会でした。久しぶりだったのですが、
子供連れの参加が多かったことにも驚きました。20年もたてば、若い読者たちも、
歳を重ね、たいがいは家庭を持った。その子供たちも、けっこう大きくなっているのですね。
夜を徹して語り合う、と書きましたが、最近は作家のほうは、眠れないのがつらいと
(というのも、読者たちが寝室にやってきたり、読者たちの部屋に招ばれてお酒を
勧められたり、というのが、朝まで続くので)、会場となるホテルとはべつのところに
部屋を確保するのがふつうとなっています。
深夜1時くらいまでは読者と歓談。そのあとは会場を出てしまう。
わたしは今回、伊豆の船戸氏の仕事場のほうに移動して、
こちらで少しお酒を飲んだ後、眠らせてもらいました。
志水辰夫氏、書評家の井家上隆行氏、翻訳家・山田順子氏が一緒でした。
ふだんは、北海道のはずれの仕事場で、業界とも読者とも無縁の生活ですから、
楽しい集まりでしたよ。この会と集まりが、20年も続いたというのも、考えてみれば
すごいことだな。
鈴木宗男問題。
当地の自民党は、支部長に衆議院議員の北村直人を選びました。
自民党の内規では、支部長は自動的にその選挙区の衆院選候補となるらしい
(茨城の中村喜四郎の選挙区はどうなんだ、という疑問はありますが)。
ということは、つぎの衆院選では北村直人は小選挙区からの立候補。
鈴木宗男は無所属で立って北村直人と自民票を奪い合う、ということになります。
こうなると苦戦するでしょう。
あんがい鈴木宗男は、本来の地盤である十勝から立候補するかもしれません。
どうかそっちへ行ってくれ、というのが偽らざる気持ち。
これはババ抜きと呼ぶべきか。飛ばし、なのか。
02/4/6
こんどの取材旅行、週刊新潮の担当編集さんと一緒の旅でしたが、集中的に
「石積み」を見たおかげで、三日目にはわたしたちふたりとも、石積みの様式の
ちがいがはっきりわかるようになっていました。
一日目に、安土城址でたっぷりと穴太(あのう)積みのなんたるかを観察し、
翌日は観音寺城址の石積み、さらに比叡坂本でもまた多くの穴太積みを見ました。
これだけ見たために、その特徴を言葉にすることはできないけれども、
それが穴太積みかそうではないのか、ひと目で区別がつくだけの
「目」ができてしまったのですね。少し自慢。
三日目、もしかすると穴太衆が積んだのかもしれない、という仮説で
名古屋・小牧山城に行ったのですが、残されていた信長時代の石垣を見るなり、
わたしたちはふたり、顔を見合わせて言うことができました。「ちがう」
(小牧山城の石垣は、築城技術史の中ではほとんど無視されています。
解説書にも、あまり詳しい記述がない。それでかえって気になっていたのでした)。
そんなわけで、いま頭の中は、『天下城』のことだけ。5月末には第一回分の入稿ですので
このくらい熱くなっていてもけっして困ったことではありません。
わずかの合間に、秋葉原で参考資料としてDVDソフトをいくつか買ってきました。
古代・中世の合戦の様子がリアルに描かれているもの。
『始皇帝暗殺』(城攻めのシーンだけは、見応えがあった)
『ジャンヌ・ダルク』リュック・ベッソン版です。
『ブレイブ・ハート』これは、野戦シーンの資料として。
ほかに、これはというものがあれば、推薦していただけませんか。
当地、日中の最高気温はちょうど零度。東京とは二十度差でしょうか。
春は浅く、雪が消えるまで、あと一週間はかかりそうです。
02/4/4
週刊新潮6月からの連載『天下城』の取材旅行から帰ってきました。
近江八幡(安土城)、比叡坂本(穴太衆の根拠地)、岐阜、名古屋とまわり、
途中、熱海で開かれた冒険小説協会20周年のイベントに参加、
それから長野、松本方面で、信濃の山城跡をいくつか訪ねる、という旅。
山登りという部分が少なからずあったので、少々疲れました。
詳しい近況報告は、明日以降。
メールの返事も明日以降になります、ご了解を。
日経BP社が6月にシニア向けの新雑誌を創刊しますが、先日、
この雑誌の編集部から、幕末の人物を素材に連載をという依頼がありました。
この件でも、今回の旅行中に、編集部と打ち合わせ。
『武揚伝』を書いたことで、わたしは歴史小説、時代小説も書ける
もの書きとして、どうやら業界にも認知されたようです。
『武揚伝』以降、決まる話はすべて、歴史・時代小説。
日経BP社の雑誌、6月創刊号から連載開始というのは不可能なので、
来年1月号からということになりました。取り上げる人物は未定。
今後半年間に打ち合わせて決めることになりますが、わたしは
江川太郎左衛門、玉虫左太夫、それに小栗忠順の三人を候補として挙げました。
これ以外の人物になる可能性も十分にありますが。
02/4/3