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近況過去ログ  01年9月〜10月


なに!締め切りを間違えていた?


リニューアル別冊文春、締め切りを間違えていました。二週間早い。
ううっ、ちょっとこれは戦慄の日付です。
今回に関しては、意識の下層に閉じ込めた(思い出すまいとしていた)という
意識操作をしていたつもりもないので、完全にまちがえたまま覚えていたのですね。
明日から、こちらの原稿にかかります。

昨日は満月。きょうも夜空が明るい。でも、気温は零度近くまで下がっているでしょう。
いま、犬たちを夜の散歩に連れ出しましたが、キャップをかぶっていても、
頭が冷たい。週間予想では、札幌は今週末、雪になるようです。

『スウィート・ノベンバー』という映画の予告がテレビで流れています。
雑誌の映画評でもよく見るようになりました。
これ、サンディ・デニス主演の映画『今宵限りの恋』のリメイクですね。
たぶん原作は、ブロードウエイのお芝居です。
前の作品は、監督がたしかロバート・エリス・ミラー。
この監督、寡作ですが『きんぽうげ』も撮ったひとではなかったろうか。

30年以上前、これが名画座におりてきたとき、毎日通って観ました。
5回か6回は観ているはず。
いわば都会のファンタジーで、思い切り大胆に言ってしまえば、
『ティファニーで朝食を』とテーマが似ている。好きな映画です。
当時は、主演のサンディ・デニスという女優さんも好きでした。
若い映画ファンは知らないでしょうね。マーガレット・ドラブル原作の『碾臼』という
映画でも主演しています。

(柴田かおるさんのサイトでこの部分が紹介されたので、少し情報を追加します)。

サンディ・デニスは、マンハッタンのビレッジに住む、いくらかエキセントリックな
女性(ビレッジではふつうかもしれないけど)。
アンソニー・ニューリー(たしか)は、ウォール街の中年ビジネスマン。ワーカホリックです。
WASPのウディ・アレンという役どころと言ってもよいでしょうか。

そのニューリーは、運転免許の更新会場でサンディ・デニスと知り合い、
その生きかたに呆気に取られながらも、彼女につきあうようになります。
サンディ・デニスは、特に職を持たず、アパートのサブレットで生活費を
稼いでいる女性。サンディ・デニスは、ニューリーの堅物ぶり、ワーカホリックぶりに同情し、
彼をその精神の病から解放してやると、一カ月だけの同棲を提案します。
彼女は、そのように毎月同棲相手を変えて生きているのでした。

ニューリーは、一カ月のバカンスでも取るつもりで同棲をはじめるのですが、
次第次第に、本気でサンディ・デニスに恋してゆきます。世界観、価値観も
変ってゆく。やがて、彼女が同棲相手を一カ月ごとに変える、という生きかたには、
ある理由、深い根拠があったと知ります
最初、シチュエーション・コメディのように始まった物語は、ここから
胸にしみるラブ・ストーリーに変化してゆきます。

サンディ・デニスの、ちょっと体温の低そうな、貧血ぎみの雰囲気が、
この役柄にぴったりです。もうひとり、ミア・ファーローでもこの役が似合っていたかもしれない。

ニューヨークについての情報がまださほど日本には紹介されていないころです。
わたしは、ビレッジのひとや生活についての映画としても、この作品を楽しみました。

この映画について正確な情報を書こうと、『TLA FILM & VIDEO GUIDE』を
開いたのですが、載っていません。マイナーすぎる作品ということでしょうか。
たぶんビデオにもなっていないのでしょうね。

予告篇を観ると、リメイク版は主演ふたりがあまりに美男美女すぎるという印象があります。
ミラー版のあの切なさは、たぶん薄れているのだろうな。

01/10/31



とりあえず時間を空けた


頭が切り換わらない、と、いつまでも悩んでいてもしかたがないので
赤旗日曜版連載を5回分書いて、時間を作りました。これでこっちの連載に関しては、
丸一カ月の余裕ができる。もちろん、週刊ポストのほうはしっかりとたしかなボリウムで
残っていますが。

きょうは、赤旗日曜版の原稿を送った勢いでお酒を飲みます。
ちょうどボランティア・グループの会合があるので、市街地に出るいい機会。
わたしは相手がいないとお酒を飲むことはないので、
ひとと会わないとまったく飲みません(逆に言うと、東京では毎日飲んでいることになるか)。
考えてみると、前回は先週日曜日に飲んだのが最後だから、八日ぶりということになる。
と、さりげなく、仕事の遅れは飲んだくれているせいではないことを訴えつつ、
今夜飲むことの弁解。

きょうも風の強い日でした。馬たちは、馬小屋の風下側でじっと風を避けている。
馬小屋の脇に風除けの壁を作るつもりで、途中まで作業にかかったのですが
中断していました。そろそろ残りを一気にかたづけなくてはなりません。
焦っているときは、なかなかそういう作業をする気にはなれないのですが
初雪が降る前に、早く。10月末ですから、初雪はもう一、二週間のあいだに、
確実に降ります。それまでに、終わるだろうか。

01/10/29



USB接続の親指シフト・キーボードが届いた


「親指シフト・キーボードを普及させる会」の同業、小森健太朗さんの手配のおかげで、
富士通コンポーネントから、「USB親指シフト・キーボード(コンパクト)」という製品が
送られてきました。製品モニターとなって、大いに宣伝してほしいということですね。

これはいい。テンキーやカーソルキーがなくて、じつにコンパクト。
幅29.3センチ、縦13.3センチ、厚さ3センチ(実測です。正確ではないかもしれません)。
USB接続でこのサイズなら、このキーボードだけ持ち運ぶことができます。
出先のPCを使わざるをえない営業職のひととか、派遣スタッフなどが、
自分のキーボードだけ持ち込んで使う、という使いかたができそうです。
(ドライバソフトをインストールさせてもらえるか、という問題はありますが)

もちろん、会社支給のPCとJISキーボードをやむなく使っているひとも、
キーボードだけ取り替えて使える。富士通製のPCを選択できないひとも、
キーボードについては、自分に合った製品を選べるようになったわけです。
まだ試作段階なのか製品説明が入っていないので、価格もわからないのですが、
KB211(たしか1万2千円?)以下か同じ程度でしょう。

ドライバソフトはまだ暫定版とのことで、記号の入力等にいまは多少まごつきそうです。
でも正式発売のときには、ドライバソフトも完全版が出るのでしょう。

ついでに私見。日本の企業で、IT革命が不十分なままの理由。
80年代、社長直属の「社内OA委員会」あたりで、
キーボードには種類がある、ということも知らないひとたちが、
PCメーカーから相見積もりをとったのでしょう。
結果、いちばん安かったPCとJISキーボードを一括採用、一律に事務系・営業系の
社員にあてがった。そのため、ホワイトカラーが日本語書類を作る能率は、
いまだ手書き時代と変っていない。もしかしたら、低下している。
記録のデジタル化についても、同じ。

キーボードにだって、理系向き・文系向きのちがいはあるのに。

01/10/27



いま彼に勧めたい場所


キューバで会った、あの困った日本人から手紙がきました。
先日、わたしは送ってもらった写真の御礼のついでに、問題のホセとの一件について、
「ホセのしたことは当然」と短く書いて送ったのですが、その返事です。

「あんたに問題があったわけじゃネエダロー何様のつもりだ!」
「人を甘く見るな!世の中あんたの都合のいいように回って行かネエヨ!」
「俺も横浜生まれの横浜育ち昔から毛唐を知っ(て)るぜ!」
「気のきかねえ田舎者は気を付けて口を利きなヨ!」
「その内貴殿も泣きを見るぜ!」
(手紙の一部を表記どおりに転記。このひと63歳なんですが)

問題はあんただ、というわたしの指摘に対して、このひとがどれほど立腹したか、
じつによくわかる文面です。それでいて、妙におかしい。

前の「近況」には書きませんでしたが、
ホセが旅行途中にガイドの仕事を放棄したことについて、このおっさん、
ハバナで日本大使館を通じてホセの所属する旅行代理店に抗議したらしい。

わたしはおっさんの手紙をもらってすぐ、ホセから教えられたホセの知人のメールアドレス
(キューバでは、一般のひとがインターネットを使うのはなかなか難しいことですが)に、
ホセあてのメールを送りました。
旅行中の仕事ぶりに対するお礼と、
こんどのトラブルについては、自分はホセがしたことを理解する、という中身。
ホセが自分の上司や勤め先に弁明する際の証拠になればよいと考えたのでした。

あんなおっさんのために、有能な青年が仕事を失ってはたいへんです。
おっさん、キューバの旅行代理店の日本事務所の幹部と仲がいいと言っていましたので、
彼の話のしかた次第では、ホセはほんとに解雇される心配がありました。
その後どうなったのかは、わからないのですが。

便箋だけでは書き足りなかったのか、
封筒にも「そっちに説明に行こうか!」と書いてある。
べつに説明はいらないし、その暇があったら、おっさん、その勢いで、
こんどはアフガニスタンに行ったらどんなものだろう(ぜひまた報道ビザで)。
タリバン相手に、ホセにとったと同じに振る舞えるかどうか、知りたいものです。

01/10/26



とりあえず仕事場まわりを整理してみた

レベル4.5に行く前に、仕事場まわりを整理してみました。スチールラックと、
カルテケースふうの書類入れを買って、散らかっていたデスク周辺のものを収納。
溜まりに溜まった下書き原稿やファックス用紙、ファックスのコピーなども、どさっとゴミ箱へ。
なんとか少し気分転換にはなりそうです。

軽めのレベルのときの気分転換法のひとつに、手当たり次第に雑誌を読む、
というのもあります。これも試しました。というのも、地元の書店が改装して、
ずいぶんと雑誌のフロアが広がったのです。いままで入荷していなかった雑誌も、
並ぶようになったので、この書店に行ってまず雑誌の立ち読み。

気がつくとこのところ、「癒し系」と呼ばれるのでしょうか、小学館『サライ』のような、
中高年向きの趣味の雑誌、セカンドライフ雑誌が、何誌も立て続けに創刊されています。
この春に創刊された『オブラ』もそのひとつでしょう。
きょうは次の三冊を買ってみました。
『日経おとなのOFF創刊号』、『MILES創刊号』、『HEMINGWAY創刊2号』

「寝台車の旅」と「温泉または和風旅館」「寿司」は、
この種の雑誌の定番特集のようですね。
いや、もうひとつあった。「さあ趣味を持とう」といった呼びかけで、
「カルチャー教室の案内」、もしくは「趣味のサークル」特集。
ということは、その雑誌が想定する読者は、
その歳まで趣味さえ持っていなかった中高年ということになりますか?
「趣味にハマるための秘訣」なんていうタイトルに、わたしなら「大きなお世話」と
感じてしまうのですが、ありがたい情報、と受け取る読者もいるということなのでしょうね。
ふうむ。

01/10/25



レベル4.5の気分転換

なかなか頭が新作に切り換わらない。だんだん切羽つまってきています。
前にも書きましたが、こんなときは、切実さのレベルによって、
わたしは5つの対処法を持っています。
1、冷たい水で手を洗う。2、散歩もしくはドライブに出る。3、部屋の掃除をする。
4、旅行をする。5、引っ越す。
3がだめで、4もきかなかった。こうなると、レベル5に行く前に、
もうひとつ、レベル4.5を試してみるしかないかもしれない。つまり仕事場の模様替え。
デスクとPCを、いっそここのロフトに持ち込もうかと考えはじめました。
ロフトなら、資料はあまり手元に置けない(本棚を置く壁がない)けれども、
とにかく気分は変ります。
ひと仕事ですが、これは試してみる価値がありそうです。

もちろん、もうひとつ、たいへんポピュラーな手もあります。
つまり、ぎりぎりまで、何もしない。集中力をため、テンションの圧を上げる。
この方法は効果的だと聞くのですが、麻薬的な危険もあるそうです。
依存症になり、しかも「麻薬の量」が増えてゆくのだとか。
ぎりぎり、の程度が一回ごとに煮詰まってゆくのでしょうね。
怖くて、わたし向きではないな。

01/10/23



当地の「Great Green Grid」耕地防風林が、北海道遺産に

根釧の平原には、宇宙から見ないとその存在がよくわからないほどの、巨大なスケールの
耕地防風林が、格子縞の模様を作っています。ホーレス・ケプロンの提言を受けて、
北海道庁が作った防風林。幅は百間(180m)、間隔は一千間(1.8q)。
去年でしたか、NASAのエンデバーに乗った毛利衛さんが写真を撮ったおかげで、
ようよくその壮大さが、地元以外のひとにも知られるようになりました。

わたしは、この耕地防風林を「北海道遺産」に登録しようという運動に加わってきました。
先日は最終的な調査があって、審査員のかたがたを現地に案内したり、
ヒアリングを受けたりしたのですが、きょう、北海道遺産が25件、発表となりました。
運動が実ったようです。わたしたちの「グレート・グリーン・グリッド」耕地防風林も、
そのひとつに指定されました。

遺産は、自然や歴史など五つの分野に分けて選定されるのですが、
当地の耕地防風林は、たぶん産業(農業)分野での指定、
全道500件あまりの候補の中から選ばれた25件だそうです。
この指定はちょっとうれしい。つぎはこの耕地防風林を使って、根釧の平原に馬の道の
ネットワークを作りたいものです。

日の落ちるのが早くなっています。日没の前、4時ごろでもすでに、
空からは光が薄れ、妙に物哀しげです。晩秋も、終わり近く。
カレンダーの残りを見るたびに、背中に戦慄が走ります。

01/10/22



うれしさも半分くらい『武揚伝』打ち上げ

上京して、中央公論新社担当編集者さんたちと、『武揚伝』の打ち上げ。
いままでがまんしていたのです。が、すでに『武揚伝』は書店の平積みの台から
退き、二刷りの声もかからないままです。大いに盛り上がる、というわけにはゆきませんでした。
もう頭を次作に切り換えよう。そうそう、毎日新聞の匿名書評は、池沢夏樹氏のものだったと
わかりました。これはとても光栄です。

とんぼ帰りのスケジュールの中で、ほかにふたつ打ち合わせ。

2003年は、ペリー来航150年ということで、『中島三郎助』を某地方紙に書くことに
なるかもしれません。

地方紙配信、戦国時代の築城家と軍師の物語、これについても打ち合わせ。
『中島三郎助』との関連で、連載開始が延びるかもしれなくなりました。
また、どうしても原稿枚数が足りないので、全体の三分の一程度だけを書くしかなく
(『スターウォーズ』の一篇のように)、これについても、通信社さんは頭を抱えた様子でした。
結論は保留。

帰ってきたら、部落でお葬式。今夜はその手伝い。

興味深いメールが、マイクロフソフトの仕事をしているリサーチ会社から。
自然言語解析のために、その素材としてわたしのホームページ上の日本語テキスト・データを
使わせてもらいたいとの申し入れ。昨年から大量の日本語データを集めだしたそうですが、
いま「books」というカテゴリーで調べていて、わたしのホームページに行き当たったらしい。
わたしの文章が、解析の対象になってよいほど「正しくて」「よき」日本語であるかどうかは
疑問ですが、断る理由もありませんね。たぶん、ホームページを開設している多くの作家に、
同じ申し入れがなされているのだと思いますが。

01/10/19



仕事の秋深まる


先日の嵐の翌日から、ナラの木々はいきなり黄葉。
気がつくと、きょうはもう色褪せて見えます。カラマツの黄葉はこれからですが、
でも、周囲ではもうトラクターの動く音も聞こえず、ずいぶん静かになりました。
いよいよ当地は晩秋の気配です。

別冊文春担当編集者さんから、締め切り確認のメール。
隔月刊化リニューアル第一号の締め切りは、およそ一カ月後です。

『ネプチューンの迷宮』文庫ゲラと、表紙見本案が徳間書店担当さんから届く。
こちら12月刊。ゲラ直しの戻しは今週中ですね。

赤旗日曜版『黒頭巾旋風録』原稿を送って、あと10回。
年内終了予定で、これは予定どおり、順調に進んでいます。

でも、この秋までかかって、いまなお難渋しているものが、二件。深く溜め息。

01/10/16



わたしはまるで町会議員のようだ


仕事場をこちらに移して、来月で丸三年。これだけの時間が過ぎると、
もう完全に地元民として扱われ、各種の活動にもいろいろお呼びがかかるようになります。
地元へご恩返しを、という気持ちもあるので、できるだけ断らないようにしていますが、
このところちょっと、お役目や行事が増えていますね。

先々週は、大スケールの耕地防風林を北海道遺産にしよう、という運動のメンバーとして、
ある会合へ。
先週は、地元の青年会議所主催の講演会で講師。
きょうは、地元のホース・アソシエーションという団体のメンバーとして、役場との交渉に出席。
明日は、標津川蛇行復元計画のオブザーバーとして会合に出席します。
こうやって数え挙げてみると、この町の町会議員なみのスケジュールのような気がする。
そうそう、この夏は、野生動物保護センターの夏季セミナーで、講師もつとめたのだった。

この文章を読む担当編集者に怒られそうです。
「原稿は書いているんですか!」

ええと、その、進行具合ははかばかしくありません。
というわけで、地元のみなさま、佐々木はしばらく、各種行事など、不義理することになります。
つきあいの悪い、偏屈な小説家になります。ご了解を。

01/10/15



USB接続の親指シフト・キーボードが出る


「親指シフト・キーボードを普及させる会」の小森健太朗さんからメール。
富士通が、USB端子に接続する親指シフト・キーボードを発売するそうです。
となると、メーカーを問わず、たいがいのPCで親指シフト・キーボードが
使えることになるわけで、これは朗報。

ただし、富士通内部では、この売れ行き次第では、親指シフト・キーボードの命運が決まると
語られているらしい。親指シフト・キーボードが消えれば(リュウドもMAC用の親指シフト・キーボードを
ディスコンにしてしまいましたし)、優れた技術がマーケティングのまずさで消滅する
悪しき例をまたひとつ増やすことなります。
このニュース、親指シフト・ユーザーは、積極的に広めてくれませんか。
できれば、PC買い換えのときには、このキーボードを選びましょう。
とくに、勤め先で、あてがわれたPCを使わざるをえず苦労しているホワイトカラーのみなさん、
キーボードだけは、自分で買って取り替えて使いましょう。

きょうは、薪積み。
昨日、近所のかたからトレーラー一台分の薪をいただきました。きょうはその薪を、
庭に積む作業。当地の友人たちが十人もやってきてくれて、わずか一時間で
すっかりきれいに積み上げ、片づけてくれました。みなさん、手慣れたものです。
仕事場の主暖房は蓄熱ヒーターなのですが、真冬の冷え込む日や吹雪の日には、
薪ストーブに火を入れたくなる。薪の燃える音や炎が欲しくなります。
これだけ薪があれば、今年は、たとえマイナス30度になっても、
心理的には十分、その寒気に耐えられそうです。

01/10/14



インターネットを使わせぬメディア

昨夜から大雨。明け方には風も強まって、嵐、と呼べるだけの悪天候でした。
確実に冬が近づいてきています。防風林が十分なだけ育つにはまだまだ年月がかかるし、
例年のことを思い、いまから吹雪の日のことが心配になります。

一昨日の講演のことで、昨日、北海道新聞の地元の支局から電話。
内容についての確認だったので、
念のためにこのホームページも見てくださいとお願いしたところ、
道新ではウィルス被害をおそれて、いま社内のPCのインターネット接続を禁止しているのだとか。
ん? それはもしかして、原稿を送るにも、ファックスを使っているということだろうか。

会社が備品のPCのインターネット接続を禁止したとしても、
ジャーナリストがインターネットを使えなければ仕事にならないのでは?
いや、そもそもこの時代にインターネット接続を禁止する新聞社があるということが
信じられない。一時的な禁止措置なのだとは思いますが、でもnimda(でしたか?)発生から
ずいぶん時間もたっています。どういうことなのだろう。

昨日はけっきょく、わたしが自分のサイトのその部分をプリントアウトし、ファックスで送りましたが。

01/10/12



いわゆる「北方領土」問題について講演


仕事場のある街のJCから声がかかって、昨日、『北方四島とわたし』という題で講演しました。
講演のあとから、言い足りなかったこと、説明不足だったことに気づくのはいつもの通り。
旧島民二世として、これまで三回訪問したエトロフ、クナシリについて語りましたが、
強く訴えたかったのは、つぎの部分です。

北方四島の領有権問題解決のためには、日本政府は返還後の島のありようについて、
明快なビジョンを示すべきだということ。
そして、返還のために必要な政策として、つぎの3点が考えられるということ。
1、北方四島を全域、国立公園とすることの誓約(領有権の主張が、資源目的や
経済的な理由ではなく、日本人のアイデンティティの問題なのだということの証として。
同時に、世界に対し、日本はこの地域を地球の宝として、大事に扱うことのアピール)。
2、全域を非軍事・非武装ゾーンとすることのアピール(ロシアと世界に対して、将来にわたって
ここを軍事的に利用したり、武力紛争地域とはしないことの誓約)。
3、現在住んでいるロシア人に対して、二重国籍を認める(地元のひとびとの不安の除去、
具体的なインセンティブの提供による地元世論の変化の誘導)。

さらに、領有権問題がどうしようもなく行き詰まってしまった場合。
1、日本政府とロシア政府がともにこの地域の領有権を放棄する。
(それでも、日本人にとって、「不当にロシアに占領された」というトラウマは癒すことができる)。
ロシアにとっても、この地域を永遠の係争地とするよりよいという選択になる)
2、島の本来の住人であるアイヌ系のひとびとと、環オホーツクの先住民族に、
この地域を引き渡し、オホーツク共和国を作る。
3、旧島民と、現在住むロシア人のうち、希望する者はこの共和国の国籍を持つ(千島っ子、あるいは
クリルチャニ、と呼ばれる人々として、共存する)。

この後段を語っているうちに、胃が痛んできました。
ちょっと過激なことを言っているか、という想いがあったのですね。

中央公論担当者から電話。
『昭南島に蘭ありや』文庫の件、組んでみると当初の予想を大きく超えて
750ページになったということ。文庫本のつかとしては厚すぎるので、
上下二巻にしたい、とのことでした。となると、前回ノベルスで出たときの定価よりも、
高くなるかもしれませんが、しかたがないか。刊行は11月。
『ネプチューンの迷宮』が12月なので、刊行時期はうまい具合にずれました。

01/10/11



土方歳三は北方謙三が連載中だった


5日、日中に会った毎日新聞の編集者から言われました。
「『土方歳三』、北方さんがうちの夕刊で連載中ですよ」
まるで知らなかった。1月から連載がはじまっていたとか。
身近なところにいる同業者が、いま連載中となると、
少し時間を置かねば書くことはできませんね。

夜、冒険作家クラブのパーティで。
わたし「北方さん、いま土方歳三、連載中なんですってね」
北方氏「そうだよ。だけど、おれの土方は、ちょっとちがうんだ。箱館で死なないんだ」
わたし「だって、死んでるじゃないですか」
北方氏「死体は確認されたの?」
わたし「新撰組の隊士たちが、最期に立ち合ってますよ」
北方氏「(少しの沈黙のあと)おれの土方は、箱館で死なないで、北に逃げるんだよ」

以前にも、わたしに土方歳三の最期の様子を訊いてきた同業者がいますが、
このひとと北方謙三氏は別人です。土方歳三の箱館での死を認められないひとって、
けっこういるようだ。

二十代後半に小説を書き出してから、よく行くようになった酒場があります。
最初は新宿にあったのだけど、銀座の端に移って名前を変えました。
ママと客の顔ぶれだけが二十年来一緒。ほとんど変わらない。
ある社会人ラグビー・チームの連絡場所にもなっているお店なのですが、
5日深夜、編集者たちとそのお店に行くと、民主党幹事長がひとりでやってきました。
そのうち、彼もわたしたちのグループと一緒になって、テロ報復戦争問題で激論という事態に。
お店が新宿にあったころのことを、少し思い出しました。

聞くと、このところ、新宿のあるエリアの酒場は、連日そんな様子だとか。
「いま、あのへん、おもしろくないんだよ」と、軟派系のお客がぼやいていると聞きました。
湾岸戦争のときとはちがって、国家対国家ではなく、
「テロリズム」対「アメリカ(的)文明」という構図の戦いとも言えるわけですから、
言い分がいくらでもある、というお客が多いのでしょう。
そういえば、時事問題で激論、なんていう場には、久しく立ち合ったことがなかった。

たまに業界人をしたおかげでしょう。ずいぶんハイになってしまいましたが、
深夜、アルコールがある一定量を超えたところで、テンションは一気に反対方向へ。
どういうわけか(アルコールのせいに決まっていますが)、
やたら不機嫌、妙にすさんだ気分になって、その夜が終わりました。
そうならないためには、この仕事場のある土地でも、
適度にテンション上げてお酒を飲んでいたほうがいいのでしょうね。

01/10/9



たまには業界人もする

冒険作家クラブのパーティが明日、東京で。
このパーティ、正確には「日本赤ペン大賞授賞式」であり、それプラス懇親パーティ。

赤ペン大賞というのは、冒険小説を書いている作家の側が、日ごろお世話になっている
編集者のその仕事ぶりを讃えたいと、受賞者を会員の投票で選んで顕彰するものです。
本来、黒子と見られる編集者ですが、業界ではやはり、その仕事ぶりはきっちりと知られるし、
その実績は編集者個人の名で語られます。ふつうはメジャーな賞を受賞した作品の
担当編集者が、所属出版社内では評価されることになるのですが、
メジャーな賞になればなるほど、業界関係者の実感とずれることがある。
このひとに賞をあげるとしたら、むしろあちらの作品の
ほうではないだろうか、そちらを送り出した編集者のほうが、じつはすごい仕事をしたのだと
言えるのではないか、と。

それで、いっそ作家が選んでしまおうということになったのでしょう。
今回は第一回ということで、今年だけの実績で投票するのではなく、
これまでの仕事を全部ひっくるめ、業界の誰もが納得する四人を選び出したとのことです。

と、ひとごとのように書いていますが、じつはあまりよくは経緯を知らない。
推薦してくれ、という通知もきていたのだと思うのですが、忙しさにかまけて、
たぶんよく読まなかった。結果的にわたしは棄権したのですね。
所属団体の総会だけじゃなく、業界の集まりそのものにあまり出ていないほうなので、
こういうことになります。

とはいえ、受賞四人のうち三人がわたしの担当編集者なので、
駆けつけなくてはなりません。明日から数日、近況報告はお休みします。

01/10/04



まずい、文庫が重なる


中央公論新社・担当さんから電話。『昭南島に蘭ありや』文庫化作業進行中。
650ページほどの、弁当箱級の厚さになるとのこと。解説は、単行本が出たとき、
「ミュージック・ライフ」(意外なメディア!)にじつに的確な書評を書いてくれたライターさんがいて、
そのかたを探してもらっています。まだ連絡がついていないとのことですが、
だいじょうぶでしょう。

徳間書店からも、買い物に行っているあいだに留守電が入っていました。
『ネプチューンの迷宮』(新潮文庫から、徳間文庫に移ります)、
タイトルこのままでもよいですか、とのこと。
「迷宮」と「迷路」の概念をとりちがえてつけてしまったタイトルだけれど、いまさらこれは
しかたがないな。

ふと気がついた。まてよ『昭南島に蘭ありや』と『ネプチューンの迷宮』は、同時に出ることに
なるのだろうか? 以前わたしは、単行本が三冊同時刊行ということになって、そのことに
無頓着だったために、担当編集者にずいぶん迷惑をかけたことがあります。
こんどの場合『ネプチューンの迷宮』のほうがひと月ずれてくれているといいのだけど、
まだ担当さんと連絡が取れていません。中公文庫のほうはもう刊行時期は動かせないはずですが。

きょうは週刊ポスト2回分、赤旗日曜版3回分を送稿。
ポストをもう一回分書くつもりだったのだけど、
久しぶりに部屋の掃除をしているうちに夕方になってしまいました。
外はまだ猛烈な突風。朝にはおさまるはずだったのに。

01/10/3



嵐。冬の厳しさを思い出させる悪天候


朝から猛烈な風が吹きまくっていましたが、午後からは強い雨も加わりました。
この土地の冬の厳しさを意識させる、冬の兆しの嵐。明日の朝まで続くそうです。
いまは冷え込んではいないけど、ひょっとしたら明日の朝には、これが初雪になっているかな。

角川春樹事務所書き下ろし、書くぞと態勢を整えたのだけど、出だしのところで
取材が入って、二度中断。まずいまずい。まるで進んでいないぞ。
再度のウォームアップには時間がかかるほうだし、
初雪が降ってしまったらどうするのだ。

01/10/02



ついつい『幕末・維新三部作』なんていう話をしてしまった

昨日は、角川書店の担当者おふたりが、『鷲と虎』改訂版を届けに、仕事場に来訪。
市街地のビジネス・ホテルが満室だったため、ふたりが泊まったのは近くの温泉郷の、
シマフクロウの出る旅館でした。ここで食事をしながら、次回作についての打ち合わせ。

角川書店では『鷲と虎』に続く、第二次大戦の陸の物語、海の物語を一作づつ書こうかという
話があったのですが、担当編集者さんたちは、『武揚伝』を読んでちょっと方針変更、
中島三郎助を主人公に書きませんか、と提案してきました。
たしかにいま、わたしがもうひとり歴史上の人物を書くとすると、
取り上げたいのは、中島三郎助ですね。かなり『武揚伝』と記述は重なりますが。
話ははずんで、ついつい言ってしまいました。
「土方歳三、中島三郎助をそれぞれ書いて、
『武揚伝』と合わせて『幕末・維新三部作』になりますね。土方を書けば、幕末の動乱の京都を
描くことにもなるし」
ちょっと口が滑ったか。土方については、書きたいという気持ちはあるものの、準備にも時間はかかる。
いま書けるテーマではなかったな。Iさん、Tさん、昨日の話、この部分はちょっと保留です。

空気がどんどん乾いています。牧草地の地表からも、湿気がほとんど消えました。
気温が下がっているので、虫も消えたし、トレッキングにはいいシーズンです。
明日一日、原稿書きをがんばって、日曜は馬に乗る日、としようか。

01/09/28



『鷲と虎』改訂版が出ます


きょう、『鷲と虎』の文庫版、見本刷りが届きます。広告を気をつけて見ていなかったけど、
すでに刊行・配本ずみかもしれません。きょう、届くというのは、担当の編集者さんが、
仕事場に持参してくれるからなので、じっさいの刷り上がりの日とはずれているはずです。

この『鷲と虎』、単行本刊行時、主人公ふたりの確執の解決のしかたが不満、という
声をよく聞きました。冷静になって考えてみると、たしかにエンターテインメントとしては、
あまりうまい解決法ではなかった。同じ程度に強いライバル同士をふたり、決闘させる場合、
作り手はたとえどちらにも等分の共感を寄せているにせよ、勝敗ははっきりつけねばなりません。
というわけで、文庫版では、その部分を書き改めました。
たぶんこんどは、おおかたの読者にも納得してもらえるでしょう。

そうそう、『高橋尚子物語』、放映は今夜です。テレビ朝日系。
コロラドというよりは、むしろスコットランドという雰囲気で、仕事場周辺が出てくると思います。
シナリオを見せてもらっていませんが、もしかするとわたしのコテージは、
竹中直人が「虫が出るので引っ越す」と決める、「汚い民家」なのかもしれない。
わたしの仕事場では、テレビ朝日系を含め民放が二局映らないので
(電波条件の悪い辺地なので)、今夜自分の目でたしかめることはできません。
誰かがビデオに撮ってくれるでしょうから、あとでそれを見せてもらうことになるでしょう。

01/09/27



習慣からの逸脱の危険


体不調です。
昨日、じつは葉巻を一本喫った。わたしはふだん煙草は喫いませんが、
禁煙しているわけではないので、ときと場合によっては口にします。
昨日は葉巻を一本、成り行きで喫うことに。
すると、酸欠になったせいでしょうか、脚がふらつき、気持ちが悪くなって嘔吐。
完全にダウンしてしまいました。胸のむかつきは、今朝まで続いています。
本来習慣的になすべきことで、しかも自分の習慣にないことは、
たとえ成り行きでもしないほうがいいようです。という事実に苦しみながら気づきました。

毎日新聞にも『武揚伝』について、短い書評が載りました。
「波瀾万丈の活劇」とある。この評価もうれしい。

時事的な話題。
狂牛病問題で、武部農林水産大臣と農水省は、あれこれ姑息な世論操作をしたり、
釈明したりしていますが、彼らのその操作がけっきょく
日本の畜産農家をつぶすことになるのではないでしょうか。
武部大臣は一昨日、今後とも日本国内では肉骨粉の製造、販売を認めてゆく、
と発言しました。しかもその理由は、安全性ではなく、単に屠畜処理場の能力の問題です。
でも、それがたとえ豚やニワトリ用という名目であっても、
市場に流通しているかぎり、転用する農家は出てきます。消費者の疑念も消えません。
世間では、以前からすでに、オーストラリアの牛肉以外は食べないほうがいい、
と語られていますし、今後は、この動きは加速するでしょう。
日本の畜産農家は、武部農水大臣の罷免を要求してもよいくらいの事態なのでは?

01/09/24



アメリカは戦争で固まったわけではない

ニューヨーク・シティの友人からEメール。きょう、ユニオン・スクエアで報復戦争に反対する
市民の集会があり、そのあとピース・マーチがあるとのこと。彼女も参加するとのことでした。
あのとんでもない攻撃を受けたニューヨークの市民の中にも、報復に反対するひとびとが大勢います。
ニューヨークの世論でさえも、けっして戦争一辺倒ではない。
いや、ニューヨークだからこそ、戦争にはノーと言うひとびとが多く、じっさいに
それを口に出せるのかもしれません。

月刊プレイボーイ、連載終了。最後の回は、さすが難渋しました。どう締めくくるか、
どんな言葉で終わらせるか、ここが決まらないと、読者にもカタルシスを感じてもらえません。
こんどの場合は、成功したでしょうか。
このあと、原稿をさらに書き足して、単行本の刊行はたぶん来春以降でしょう。

昨日はこの地方、ところによっては雪、の天気予報でした。じっさい、午後に降った雨のあと、
気温は急速に下がったのですが、夜は快晴。星空となりました。
雪にはならなかったなと安堵して朝起きて見ると、斜里岳は初冠雪です。
ううむ。今年も初雪はいよいよ間近。なのに、角川春樹事務所の警察小説シリーズ、
出だしのところを行ったりきたりのままだ。焦ります。

01/09/22



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とうとうウィルスにやられたか? 


昨日あたりから、急にインターネットとの接続・切断が不安定になりました。
そこへ、今朝、高野孟さんから、新種ウィルスについての警告メール。強力なものらしい。
感染したサイトを開くだけで感染してしまうとなると、対策はないな。
妙な添付書類は開いていないので、感染したとすると、毎朝巡回している定番サイトの
どれかを開いたとき。わたしの発信するメールに添付書類がついていなければ、
感染していないと見てよいのだろうか。気がついたことがあれば、お知らせください。

01/09/20



1962年10月の決断

月刊プレイボーイ『キューバの血、ハバナの夢』の最終回にかかっています。
キューバ危機の篇の2回目。この回はさらにゲバラの死までを記述して、全体も終わります。
ちょうど『13日間』(ロバート・ケネディ)の、こんなくだりを読み返しました。
危機のさなか、キューバを低空で偵察飛行していたアメリカのU2型偵察機が撃墜された日のこと、
ケネディ政権の閣議は、ただちにキューバに対して報復を、と
議論が白熱するのですが、数時間の激論の末、ケネディは報復を思いとどまります。
キューバ攻撃はそのまま全面核戦争に発展する可能性が大きい以上、報復を決断するのは、
いま少し待ってもよいと。大統領は言ったそうです。
「明日は攻撃すまい。もう一度、努力してみるのだ」

その翌日、キューバでは、カストロがサンアントニオ空軍基地に出向いて、
米軍機の飛来を待ちます(これはべつの資料)。
米軍による報復爆撃は不可避と見て、彼自身が空襲に対する反撃の指揮をとるつもりでした。
カストロは、防空壕で生き延びるつもりはなく、空襲で死ぬことを覚悟していたのです。
でも、ぎりぎりのところでケネディとフルシチョフとのあいだに合意が成立、
ソ連はキューバのミサイル基地を撤去、
アメリカはトルコのミサイルの撤去とキューバ不侵攻を約束して、
キューバ空襲・侵攻は回避されるのです。
人類が核戦争の瀬戸際までいったときのエピソード。

否応なく較べてしまうのは、今回の事件。でも、ブッシュ政権の内部では、1962年10月のような、
重く真剣な議論がなされている、というようには感じられません。
大統領の風貌のせいでしょうか。大統領のスピーチライターも、あまり優れているようには
思えない。『インディペンデンス・デイ』のビル・プルマン大統領の演説のほうが
感動的だった、というのでは情けないでしょうに。

べつの些末な話題。
きょう、牧場用の資材を、専門の業者さんに注文したときのやりとり。
相手「お届けは土曜になります」
わたし「何時くらいになるでしょう」
相手「わかりません」
わたし「おおよその時間の目処がつけば、こちらもいろいろ段取りができるのですが」
相手「お客さんの勝手な都合を言われても」
わたし「何時に届けてくれ、と言っているわけじゃありません。
届くのは何時ぐらいになりますかと聞いているだけですが」
相手「わかりません」

こういうやりとりのあと、わたしは思います。
この電話の相手とわたしは、同じ文明の中に生きているのだろうか。

01/09/19



その日、わたしはどこにいたか

友人の柴田かおるさん(かつてニューヨーク在住)が、自分のサイトの中に、
こんどのテロをめぐって届いた自分宛てのEメールを公開、
特別のページを作りました(リンクページから入ってください)。
マスメディアには登場しないアメリカ市民の感覚で記されたEメール。
発信人の職業はややジャーナリズム寄りなので、やはりバイアスはかかっていますが、
興味あるひとはぜひ一読を。

フレデリック・フォーサイス『オデッサ・ファイル』は、
「ケネディ大統領が暗殺されたとき、自分がどこにいたかを記憶しているひとは多い」
という印象的な一文からはじまります(記憶に頼って書いていますが)。
こんどの2001年9月11日についても、のちのち、ひとは「自分はそのときどこにいたか」を
意識しながら思い出すことになるのではないでしょうか。

もうひとつ思います。
あのとき、もしかしたら自分はあの現場にいたかもしれない、という可能性を
ほんの少しでも考えられるひと(いわゆる西側社会の市民の大部分ですね)と、
その可能性をまったく想像できないひととで、
この事件の受けとめかたは完全にちがうのではないだろうか。

カナダにいたとき、向こうの公共広告機構のような団体が流していたテレビ・コマーシャルを
よく見ました。10歳くらいの金髪の白人少女が、子供部屋のベッドの端に腰掛けて、
カメラを見て微笑んでいる。その画面に、ナレーションが入ります。
「想像してみてください。あなたにはベッドルームも、シャワーもトイレも学校もない、ということ。
地球には、そんな子供たちが大勢いるのです」
いつのまにか画面は、同じ構図のまま、戦火の跡とおぼしき瓦礫の上に腰掛ける、
ボロを着た同じ少女の姿に変っている。風が吹き、少女の周囲には煙がただよっています。
少女はもう微笑んでいません。ただ、うつろな目をカメラに向けているだけ。
たいへん印象の強い、説得力のあるCMでした。

でもいま思い起こせば、このCMの洗練された語り口が、いささかむなしい。
このCMの善意の提供者さえ、たぶんこの事態が北米の市民の上に
(瞬間的にとはいえ)起こるとは、想像できていなかったはずですから。
でも地球上には、それをリアルに想像し、期待し、現実化してみせると決意できるひとびとがいた。
わたしたちの想像力は、そこにまでは及んでいませんでした。
ほんとうに想像してみるべきは、その点だったかもしれないのに。

ひとりごとのページのほうに書く話題だったな。
時差ボケがまだ続いています。このところ、東に飛んだときの現地での時差ボケ対策は
見事に成功するのですが、帰ってきてからがつらい。

01/09/18



そういえばカダフィ大佐とはどうなったんだろう

アメリカ・テロ攻撃、最初の衝撃から時間が少したったことで、自分の好奇心のありようが
いくらか野次馬的になっていることを感じます。どんな大事件についても、すべていつかは
そうなりますが。
ウェブ・サイトでは、同業の大石英司氏のコメントと分析が興味深い。
いまURLを記すのが手間なので、興味あるかたは、「読書の素」から作家サイトに入ってみてください。
飛行機と軍事についてニュースがあるとき、わたしはこのひとのサイトをよく読んでいます。

報復攻撃が目下の話題の焦点ですが、そういえばカダフィ大佐に対して、
アメリカ政府は、けっきょく手打ちとしたんでしたっけ。宿舎爆撃までやりましたが、
パンナム機爆破犯の身柄引き渡しで、決着が着いたのだったろうか。

昨日は、仕事場周辺でホリプロ『高橋尚子物語』の撮影。
映画(テレビ)関係のひとたちを間近に見ていて、自分がとある映像プロダクションで
働いていた当時に感じていたことを思い出しました。たぶんその業界に自分が長くとどまらなかった
理由の遠因になっていることです。あっさりと言ってしまうと、あの業界の関係者の7割は、
社会的常識を完全に欠落させたひとたちだということ。同時に、自分たちのやっていることに、
世間は(あるいは市民は)、ひれ伏して当然、という思い上がりがあることです。

「映画の撮影だって言えば、どんな無理言っても聞いてくれる。映画慣れしていない田舎ほど
そうだよ」と、あの業界の男が言っていましたっけ。
昨日は、つぎつぎと繰り出される、話がちがうぞ、という要求にいちいち応えてやりましたが、
一日つぶして、御礼は菓子折りひとつでした。コロラド・ロケに行く予算を組んでおきながら、
国内ではこれかい、というのが正直な感想。
わたしは、映画慣れしていない田舎のひと、ということなのでしょうね。
おもしろい話、と受けてしまった自分を少々恨めしく思っています。ほんとは昨日は、
仲間たちと馬の遠乗りの予定だったのでした。
妙に不愉快な気分で終わった土曜日。

01/09/16



アメリカ空港閉鎖の余波


ニューヨークの友人たちからEメール。昨夜はメールのつながらなかった友人から電話。
ただ沈黙して聞くしかない衝撃と深い喪失感の告白。
阪神大震災とちがい、これはテロの結果というせいもあって、たぶんニューヨーカーたちの
心の傷の大きさは、わたしの想像を越えていると思う。もしかして人類は、もう
ニューヨークに観光旅行になんぞ行けなくなってしまったのではないか?
今後、誰がタイムズスクエアで「グリース」を観て笑えるだろう。

アメリカの空港が閉鎖ということで、ちょっと興味深い申し入れがひとつ。
ホリプロが「高橋尚子物語」とかのテレビ・ドラマを製作している最中とのことですが、
コロラドでのロケができなくなったので、当地をコロラドに見立てて撮影するという。
昨日、ロケハンにやってきたホリプロのひとから、女子マラソンチームの合宿所として
わたしの仕事場を使わせてくれないかという打診があったのだけど、
きょうディレクターほかがやってきて、正式決定。わたしの仕事場が
コロラド州ボールダー近郊のコテージという設定で使われることになりました。
天気がよければ、コロラドに見えないこともないけど、曇っていたらむしろここは、
スコットランドです。うまくごまかせるのだろうか。

旅行中にメールがどっさりたまっていて、まだ全部にお返事できません。
少し時間をください。

01/09/14



11日夜、アメリカから帰着しました。


ワイオミングに行っておりましたが、10日にコーディの町から帰路に着きました。
でも、デンバーで乗り換えるはずの便が欠航。どうやってみても、
つぎのロサンゼルス発の便には間に合いそうもない。
ユナイテッドの係員は、は、「デンバーに一泊するという手もありますが」と
勧めてくれましたが、経由地を変更してもらい、いったんサンフランシスコに行って、
そこから日本行きの便に乗り換えました。成田上空は、台風の影響で、着陸順番待ちの
飛行機がぐるぐる旋回している状態でしたが、なんとか夕方6時ころに着陸です。

家に帰り着いたところで、あの大ニュースでした。
デンバーで一泊していれば、まだ足止めだったことでしょう。
ご心配されていた関係の皆さんも多かったことと思います。佐々木は昨夜から中標津におります。

こんどの取材の件、こんどの事件のこと、書きたいことは山ほどありますが
それはおいおいと。まずは、日本にいる、ことのご報告です。

01/09/14



カストロ議長の新しい映像


いま南アフリカで、人種差別撤廃世界会議という会議が開催されているそうです。
朝の衛星放送、ザッピングしていてぶつかった外国ニュースなので、
コメントの前半の部分を聞き逃していますが。
この会議では、アフリカ諸国は、奴隷制度についてのヨーロッパ諸国の責任を追及し、
賠償を求めてゆく方針とのこと。ヨーロッパ諸国は反発しており、
会議はまとまるかどうかむずかしい、との解説がついていました。

この参加者の記念写真撮影のとき、その場を仕切っているように見えたのは、
濃紺のスーツ姿のフィデル・カストロ。元気そうです。
そういえば、先日のベネズエラ訪問のときの映像でも、
わたしがハバナで見たときのような弱々しい印象は薄かった。
選択され、編集された映像のマジックでしょうか。それともほんとに元気になっているのか。
こういう映像を繰り返し見ていると、自分がじっさいに目撃したときの印象のほうが、
不確かなものに感じられてきます。ふしぎなものです。

01/09/01




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