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2004年7月31日(土)
予定表が黒くなった

暑かった。もしかしたら、当地の観測史上最高、ぐらいの気温ではなかったろうか。

某大学馬術部の学生さんがひとり当地にきていて、きょうはわたしがアテンド。露天風呂の温泉に入ってみたい、という希望だったので、「からまつの湯」という露天風呂に案内しました。仕事場から15キロほどの沢の河原にある、素朴そのものの露天風呂です。でも、本州からのライダーたちにも人気なので、たぶん観光ガイドブックにも掲載されて有名になっているのでしょうね。

わたしは温泉には入らず車で待っていたのですが、その学生さん、腕をタオルで押えて上がってきた。湯の出口に腕を当てて、火傷してしまったのです。車で動いているうちにだんだん症状がひどくなってきたので、町立病院の救急窓口へ走って、応急処置。

夕方から、雷。落雷が次第に近づいてきたので、PCの電源を落として読書。やがて夕立。
どうせならひと晩雨が降り続いて欲しかったのですが、あっと言う間に上がってしまった。明日は、またアブの大発生でしょう。

公私にわたって、用事が詰まってきました。ひとつひとつはどれも歓迎すべき用件なのですが、続くと仕事に差し支えます。わたしはいま、日々の生活を楽しんでいる余裕はないのだよな。今月はニューヨークをあいだに、前後2週間も書かなかったのだし。明日は日曜日、玄関先にはチェーンを張って、電話にも出ませんので、関係各位、よろしく。

この夏のわたしのスローガン。
「不義理を恐れぬ勇気を持とう」
毎度言っていますか。

2004年7月30日(金)
ブッシュに対抗する者

きょうも30度近かったかな。晴れ。微風。相変わらずアブ多し。
室内には、あまり気持ちのよくない虫がひっきりなしに入り込んでいます。網戸と窓枠とのあいだに隙間があるのだろうか。見つけるたびにスリッパで叩きつぶしていますが、床が汚れて、へきえき。この地の夏は、もう少し涼しくてもいいな。

『うたう警官』を中断して、『幕末・技術官僚の系譜』にかかる。仕事を切り換えた初日は、あまりはかどりません。平均の6掛けというところですね。


先日WOWOWで放映していた『ラスト・キャッスル』(ロバート・レッドフォード主演)、録画しておいたものを観たのですが、きょうは民主党大会の最終日、テーマが妙にシンクロしていました。いや、放映そのものが、民主党大会に合わせたものだったのかな。

刑務所ものの映画です。レッドフォードが、無謀な作戦を命令した罪で軍刑務所に収容された将官を演じる。やがて彼は、非人道的な管理を敷く刑務所長と対立し、刑務所暴動を指導することになる、というストーリー。
つくづく思うけれども、ハリウッドは戦争プロパガンダ、軍隊プロパガンダが巧い。ひねくれ者のわたしが、ときとしてしばしば、米軍兵士に感情移入してこういう映画に観入ってしまいますから。

最後は、誇らしげに上がる星条旗に、登場人物すべてが敬礼して終わるのです。まあ、超右翼的な映画とも言えるのですが、監督はロッド・ルーリー。あの『ザ・コンテンダー』という作品で、共和党保守派によるクリントン・セックス・スキャンダル叩きに真っ向から異議を唱えた監督さんです。あの作品では、気の毒に思えるぐらいに共和党員が徹底的にからかわれていました(牛肉を食い、煙草を喫い、女房を寝取られるのが共和党員)。
となるとこれは、ブッシュ大統領非難の映画と観るのが正しいのかもしれない。実戦経験もないのにやたらにミリタリーグッズを集めている敵役の大佐(刑務所長)は、ブッシュの暗喩なのでしょう。軍隊文化に激しいコンプレックスを持つ男、ということですから。 

民主党大会では、指名受諾演説をおこなうケリーの登場前に、ベトナム戦争当時の部下、戦友たちがひとりずつ出てきて紹介されていました。ベトナム戦争で負傷したという、片腕のない、車椅子の前上院議員も出てきて、ケリーを大統領にと訴える。つまり、軍組織は共和党文化のものだろうが、一線の兵士たちの心根は民主党だぜ、という構図を意図的に作ったのでしょうね。こちらのほうの演出も巧かった。 

2004年7月29日(木)
墓参りの季節だ

きょうはまた暑い。
アブが大発生しているので、犬を散歩に連れ出すのも億劫です。このあたりのアブときたら、ジーパンの上からでも刺してきますから。

『うたう警官』、続き。

札幌の叔母のひとりから電話がありました。
今年のエトロフ島墓参には行くのだよね、という確認。わたしは今年は申し込んでいなかったのだけど、千島連盟は叔母の問い合わせに対して、わたしも参加することになっていると答えていたらしい。どういう間違いなのだろう。

わたしはエトロフ島の島民二世なので、墓参やビザなし訪問というかたちで、「北方領土」に渡ることができます。これまで3回行きました(うち1回は、ジャーナリストの資格でしたが)。叔母たちは、自分たちの故郷ですから、毎年申し込んで、毎年行っています。島のロシア人のあいだにも親しくする家族ができて、そのひとたちがビザなし訪問で札幌にやってきたときには、叔母の家にホームステイしていったとか。

でも、叔母たちもそろそろいい歳です。あまり快適とは言えない船でエトロフ島に渡るのはそろそろ辛い。わたしは、前の渡航のあとの集まりで、国に対する要望として、船ではなく飛行機での渡航を考えてくれ、と提案したのだけど、議長には取り上げてもらえませんでしたね。国に対しては、あまりいろいろ要求しないという自己規制なのでしょうか。

叔母たちを含め父の家族の故郷に対する想いをスローガンふうに言うなら、「島を返せ」ではなく「(わたしたちを)島に帰せ」というものです。ロシア人に対する感情は、戦後すぐはともかくと思いますが、墓参ができるようになってからは、一緒に暮らせたらいいね、という気持ちを持っておりますね。わたしも、いまさら新たに難民を作り出すような解決はあってはならないと思う。もっとも、鈴木宗男の取り引きで誤ったメッセージがロシアに伝わり、日本は国後・択捉は放棄した、とみなされているかもしれません。解決の日は遠いでしょうね。


『自己決定権は幻想である』(小松美彦、洋泉社新書)
このところ、「自己決定権」という言葉が、「自己責任」という言葉と対で使われている感があります。著者は、乱用されるこの「自己決定権」という言葉について、その使われかたのまやかしと欺瞞に、実存主義的立場からきっぱりと異議を唱える。

著者は、科学史と生命倫理学の専門家で、政治的文脈よりもむしろ、医療の現場を例に取って「自己決定権」という概念を検証します。その結果、この本は、臓器移植や安楽死の問題についても、非常にわかりやすい概説書になっている。わたしにとって、これはとてもいいタイミングで読めた本。 

2004年7月28日(水)
雨の日はひたすら書く

日中は小雨。
なんとなくこの空模様のほうが、当地の7月らしいと思えてしまう。去年と一昨年の、極端に天候不順の7月の印象が強いのですね。

『Zero Over Berlin』、Amazonで予約していたひとたちの手元に届いたようです。ブログのほうに、すがやみつるさんが書き込んでくれていますが、ほかにも友人たちからeメールで連絡あり。

『うたう警官』、設定を微調整して書き進める。ちょっとバテ気味。

2004年7月27日(火)
ミスター・パエリヤ

昨夜は雷雨。一晩中、犬たちが脅えまくって、眠りたいのに眠れない。
今朝は晴れて、気温もまた上がりました。おかげで、虫が大発生しています。仕事場から一歩外に出ると、アブがどっと集中攻撃をかけてくる。馬たちも首を振り、苦しげに尾っぽを振っています。これからしばらくのあいだ、馬たちは可哀そうだな。

『うたう警官』書いた分を全部プリントアウトして、頭から記述の整合性などチェック。やはり一点、設定の微調整が必要です。この問題を解決すれば、あとは想定したラストまで一気呵成。たぶん。

隣町が、ダッチオーブンとパエリヤで町興し、ということを考えているようです。たしかに海老や貝など、海産物の豊富なところだし、パエリヤのほうは間違いなく、よく似合った組み合わせと言えます。それでその関係者のひとりがわたしの友人と話して、一度わたしが関係者にパエリヤを作って振る舞うことになってしまった。地元では、パエリヤってどんなものか、知っているひとがそもそも少ないせいです。

狼狽してます。仲間うちのバーベキュー大会でならともかく、町興しというテーマの集まりで、わたしのパエリヤが通用するかどうか。と書きつつ、わたし、この誘いがあったことをけっこう喜んでいる。自慢しているように聞こえますか。自慢しているか。しているな。
パエリヤの達人とか、炎のパエリヤ名人などとは呼んで欲しくはないけれど、ミスター・パエリヤと呼ばれるぐらいなら、ま、むきになって、よしてくれとは言いません。

そう言えば、明日、地元の生協も、雪印のチーズ工場の調理室を借りて、パエリヤ講習会をやるのです。先日チラシが入っていた。パエリヤって、いま全国区人気でしょうか。

午前中、WOWOWで、スピルバーグの『太陽の帝国』を放映していましたね。わたしは87年秋のニューヨークでこの映画を観て、それまで準備だけしていた『ベルリン飛行指令』を書こうと決めたのでした。ところが、ニューヨークでインタビューされたときこの映画に触れると、意外にこの映画を知らないひとが多かったので驚きました。17年前の映画となると、ひと回り若い世代には、もうほとんど古典の部類なのでしょうか。

第二次大戦開戦前の上海の外灘(バンド)の様子とか、市街戦の描写などが、素晴らしい。17年前の現地ロケです。伴野朗さんが上海にいたとき、バンド周辺が何日か交通規制されことがあったそうで、そのとき撮影されたものだということでした。上海が大規模に変貌する直前の姿が、大画面に捉えられています。いまや歴史的にも貴重な映像でしょう。わたしもこの映画を観て、上海取材のときにはわざわざ、古くて不便な旧キャセイ・ホテル(和平飯店)に泊まったのでした。

2004年7月26日(月)
うまく眠れない

目覚めはきょうも4時。うまく睡眠を取ることができません。そのせいか、軽い嘔気。

朝のうちに郵便物作り。こう書いてから思いましたが、けっこう手間のかかるこの作業について、何か呼び方はあるのだろうか。
午前中、郵便局、銀行、スーパーマーケット、旅行代理店。

午後、『駿女』ゲラ直し戻し。
プリンタの件でディーラーさんにきてもらう。紙詰まりは、わたしの操作ミス。お恥ずかし。


『ニュースがまちがった日』(林直哉、松本美須々ケ丘高校放送部、太郎次郎社)
今朝届いた北海道新聞日曜版の読書ページでは、この本が紹介されておりました。残念。遅かった。わたしがこれを同紙の書評で取り上げることはできません。
書評の仕事を始めると、読書が完全に新刊中心になってしまいます。たとえば『惑星ソラリス』をいま読む、といった読書ができなくなる。新刊中心に読む読書生活は歪んでいる、と個人的には思うのですが。

本書は、松本サリン事件のときの、すべてのマス・メディアが第一通報者の河野義行さんを犯人扱いした報道を検証したもの。とくにテレビ報道に的を絞り、なぜあのような誤報が発生し、またなぜそれが継続したかを検証したものです。検証したのは、地元の高校放送部。つまり、高校でのメディア・リテラシー教育の一環として、この検証があったのでした。

そういえば、時間がたつに連れて河野さん犯人説が薄れ出してから、事件の起こった長野県に住むあるミステリ作家氏が、ある文芸誌のコラムで書いておりました。いろいろ疑問は出ているが、河野氏以外には犯人はありえないではないかと。そのコラムを読んで、一方的な情報しか流されていない状況で、よくもまあこんなふうに決めつけられるものだと呆れたことを覚えておりますが。

アメリカのミステリ作家クラブがまとめたミステリの書き方のハウツー本に、こういう一節があります。
「公判で未決着の現実の事件を取り上げて、軽々しく犯人は誰だと決めつけてはならない」
たぶんあちらでは、それをやって間違ったとき、名誉棄損として莫大な慰謝料を支払わねばならないからでしょうね。日本では、メディアも作家も、そんなことは気にもとめずにすむ。

この松本美須々ケ丘高校放送部の生徒たちは、検証の最後には「テレビ局のひとたちもけっして特別(の感受性を持ったひとたち)ではない」という結論に達します。言葉を変えると、テレビ報道批判を引っ込める。でも、 この結論は、ちょっとお利口さんではないか、という印象です。そんなに寛容に、マスメディアのありかたを理解してしまっていいだろうか。最初から放送局や報道現場に興味を持っている高校生たちが、けっきょくマスメディアの「毒」に取り込まれただけではないか、という想いが残るのですが。

本の全体は、高校生のこの検証の過程を、放送部顧問の教師が教育者の立場から解説した、という構成。河野さん人権侵害報道は、あくまでもメディア・リテラシー教育の素材、という位置づけです。なんとなく高みから語られたストーリー、という読後感なのは、そのせいでしょう。

2004年7月25日(日)
夏バテかな

きょうも最高気温は30度。湿度も高い。キーボードが汗でべたべたです。
時差ぼけが治らないまま、夏バテでしょうか。かなりぐったりきています。

『うたう警官』前段の直しを引き続き。

『泉式 文科系必修論文作成術』(泉忠司、夏目書房)
これ、鈴木輝一郎氏のサイトで紹介されていた本だったかな。
創作技術ではなく、タイトルどおり論理的整合性の取れた「論文」作成のためのハウツー本。論文執筆前の心構えから始まり、資料の集めかた、図書館の利用法など、完全に文科系の学生を意識して書かれています。各章には練習問題までついている。学術論文の型と表記原則についての説明も詳しい。また、論文と小説(文芸作品)との違いについても繰り返し指摘されています。こう書くと、あまり小説家にとっては意味のない本に聞こえるかもしれませんが、全体としては、文筆業にとって有益なノウハウが豊富でした。

この手の本って、どれが決定版ということはありませんね。新しいものが出るたびに読むことで、そのつど自分の仕事のしかたを点検するのに役立つ。野口悠紀雄の本も、その意味では、わたしには定期検診的に作用しているな。いや、点滴液だろうか。読むと、仕事をする意欲もけっこう高まるのです。

2004年7月24日(土)
ビールが旨い!

きょうも最高気温は30度超。少し風があったので、窓を目一杯に開けて、涼気を入れました。
朝は4時の目覚め。6時から、犬たちを連れて、久しぶりのウォーキング。

『うたう警官』に復帰。
丸一カ月開いてしまいました。すぐには続き部分にかかれないので、これまで書いた部分の直しをしながら、意識を『うたう警官』に向ける作業。

プリンタが故障です。新しいプリンタ(Canon LBP3200)は、以前のものよりも4倍くらいの速さでプリントしてくれるのですが、給紙機構に難がある。ひんぱんに紙詰まりを起こします。マニュアルでは、紙詰まりを起こしたときはフロントカバーを開けて紙を取り除けばよいことになっているのですが、カバーを開けただけでは、この作業は不可能。紙押えのパーツのひとつをドライバーではずして、ようやく詰まった紙を取り除くことができる。今回は、この方法でも駄目です。紙がどこか奥のほうで詰まってしまっている。週明け、ディーラーさんにきてもらうことに。

『ベルリン飛行指令』コミック版、地元の北広堂書店さんにありました。
店主の山本さんから、サイン入り『天下城』と交換しましょうとの申し出なので、物々交換。山本さんの話では、コミック版『ベルリン飛行指令』は、Yahooのオークションでもけっこう人気で、たまに出ると3千円ぐらいの値がつくこともあるのだとか。また出たら取っておきます、と言われたけれども、ま、そんなには要らないかな。


夜、旧農業試験場ビルで、沖縄民謡のコンサート。この建物は、保存運動の成果で解体を免れたもの。上野駅ビルとか小樽駅ビルと共通する時代的刻印のある建物です。ここで、保存運動の一環としてのコンサートがあったのでした。地元の有志たちで作られたバンドの演奏。ビールが旨いぞ、という日だったので、出かけてきました。友人たちが大勢きていましたね。
10時、宴もたけなわでしたが、わたしはヘルパーさん(代行運転)を呼んで、早めに帰宅。

友人たちのいまの最大の関心事は、羅臼町との合併の問題でした。合併協議会に参加せずと決めた標津町は、住民投票で民意を問うています。ところが中標津町と羅臼町とでは、この手続きが踏まれていません。前回の町長選挙、町議会議員選挙でも、合併は争点とはなっておりませんでした。やっぱり住民投票はやったほうがいいんじゃないの、という話が大勢でしたが、いっぽうで、新市の名前も話題に。斜里町が知床町に、羅臼・中標津合併後の市が、知床市、というのが、なんとなくもう空気になっているみたいです。

ただ、知床が世界自然遺産に登録されたら、保護規制はいっそう厳しいものになる。観光客が飛躍的に増えるとは考えられません。むしろ観光客の入域を制限しなければならないほうに動く。そうなると、「知床」は秘境・辺境のイメージがいっそう強い地名になるのですよね。合併推進派はこれを機に町から市になろうとしているわけだし、その場合、「知床」という地名はかえってこの地域の都市的発展を妨げませんか。ブロードバンドもない、携帯電話も通じない、という事実(認識)が、日本じゅうに定着してしまう。都市的産業の誘致も、苦しくなるのでは?

2004年7月23日(金)
時差ぼけ、ひどし

気温が上がりました。お昼の時点で、寒暖計が示す屋外の気温は31度。ロフトには熱がこもって、仕事ができません。『駿女』ゲラを持って地下の収納庫へ避難。

今年は天気がよいせいで、近所の酪農家さんたちは、よい草が穫れたと喜んでいます。たしかに去年は、夏日が一日もないという夏でしたから、今年のこの天気は恵みでしょう。酪農家さんの頬もほころぶ夏。


週刊新潮、タイアップ・コラム原稿送り。


時差ぼけが、いまになって出てきました。ニューヨーク滞在中はほぼ完全にコントロールできていたのですが、帰国してからは誘眠剤の使用は控えていた。そのせいで昨夜は寝つけず、今朝は4時すぎの目覚め。日中は眠くて眠くて、とうとうベッドに倒れこんで3時間ほど眠ってしまった。我慢せずに、誘眠剤を使えばよかったのだな。

『ユニット』の第2準備稿が、プロダクションから送られてきました。舞台を東京と関東圏に移し、全体に話をコンパクトにまとめています。死者の数も少なくなっている。読む限りは、サスペンスよりも、登場人物間の感情の行き交いのほうに重点を置いたシナリオです。
出演者は未定。候補は挙がっていますが、これはここにはまだ記さないほうがいいですね。

2004年7月22日(木)
ウォームアップの日

半日かけて、仕事場を掃除。明窓浄机がわたしの仕事場のキャッチフレーズになる日はいつのことだろう。

週刊新潮タイアップ・コラム、原稿書き。
『駿女』ゲラ直し。


札幌の古書店、サッポロ堂書店のIさんから電話。札幌古書店組合が共催する9月の某文化イベントで講演してくれないか、というもの。サッポロ堂書店さんは、北方関係専門の古書店で、わたしは箱館戦争関連の資料をほとんどこちらで集めたのでした。快諾。


昨日飛行機の中で読んできた本。
『主婦AV女優』(松山ももか、徳間書店)
帯にこうあります。「38歳までは、私もふつうの妻であり、母親だった」
著者自身も書きます。「ふつうの主婦だった私が」
だけど、ここに書かれていることがすべて事実なら、何が「ふつう」なものですか。家庭があって、一男一女の母。同時に硬めのジャンルを専門にするフリーライター。ときどきライターの仕事で海外取材。いっぽう伝言ダイヤルで男を漁り、ホストクラブにも出入りする。つきあっている男の数が8人。
これがAV女優になる以前の生活です。これがふつうの主婦だって言うなら、日本にフェミニズム運動はいらないんじゃないか。

何年か前、AV業界のある人物が断言している記事を読んだことがあります。「女がAVに出る理由は100パーセント、カネ。例外はない」
また、AV女優たちの「身の上話」は全部嘘、という話も聞きます。

こんな子がなぜ? あるいは、こんなふつうの奥さんがなぜ?という問いの答は、残念ながらひとつなのでしょうね。そうではない物語も読みたい、というのが、わたしを含め、こういう本の読者となる男たちの期待なのでしょうが、この本も、同じことしか教えてくれない。著者は、直接には子供の教育費を稼ぐために、とAV女優になった理由を語るけれども、その前に、ホストクラブに行く費用や8人の若い恋人たちとの交際費は、どうやってまかなっていたの? たしかに著者の告白は、「赤裸々」ではありますが、必ずしも正直ではないと感じられる。ただし、AV業界の情報は豊富で具体的です。

また、著者の松山ももかという熟女俳優さんは、検索してみるときちんとWeb上に宣伝用写真も公開しておりました。AV出演は家庭には内緒、とのことだけれど、その家庭は事実上崩壊しているわけだし(読む限りAV出演以前にすでに)、写真も公開している。となると、主婦がリスクを冒してまでもAV、というサスペンスは弱いのですよね

この本にはたぶんゴーストライターさんがついているはずですが、もしかしてここに描かれる人生には、そのライターさんの生活と、著者のそれとがまぜ合わされているのではないかな。いずれにせよ、著者はけっして「ふつうの主婦」ではないけれど、本の行間から見えるその人生は「よくある話」と言えそうです。

この本、北海道新聞の読書ページで紹介するには、向かないだろうな。


三行広告。
コミック版『ベルリン飛行指令』(画・望月三起也)を探しています。もしお持ちの方で、手放してもよいと言っていただける方、わたしのサイン入り『天下城』上下と交換してもらえませんか。メールでご連絡いただけると助かります。

2004年7月21日(水)
メール復旧

仕事場に戻ってきました。時差ぼけが、いまごろ出てきてつらい。
戻って、なによりもまず、メールのやりとりができるように、復旧作業。送受信オーケーです。関係各位、ご迷惑をおかけしました。今後は、メール送受信体制を改善します。

東京は、朝7時の時点で30度。昨日同様の暑さになるとか。逃げるように羽田へ向かって、中標津行きの飛行機に乗り込みました。それにしてもこの暑さ、もう笑い事で済ませられる事態ではないと思うのですが。日本の夏は熱帯なのだ、という事実を認めたうえで、対策を本気で取らねばならないでしょう。羽田孜の半袖スーツ(数年前までは着ていたそうですが、いまはどうなのかな)は、為政者たちが日本の夏の暑さを冗談でしかとらえていない証左みたいなものだと思いますが。

中標津は、嵐が通り過ぎたばかりのような空。風があって、雲の様子がドラマチック。気温は24度でした。
空港からまず動物病院(ペットホテル併設)に行き、預けていた二匹の犬を引き取る。今回は不在期間がわりあい長めだったせいもあって、犬たち、かなり寂しがっていたとか。

週刊新潮、タイアップ広告原稿のゲラ戻し。
留守電に、書類の返送を促すものがあって、その書類を探してみたら、デスクの郵便物の山の下から、未開封の封筒が出てきました。出発前のドタバタの時期に配達されたらしい。あわてて開封して、書類に必要事項を書き込み。明日、投函します。


このところ、いくつかの雑誌が立て続けに「中国で働く」特集を組んでいますね。いえ、一見「中国経済特集」ふうに見えるのだけど、記事をよく読むと、こうなったら中国で働こうぜ、という中身なのです。わたしが目にしたのは、ダカーポ、Newsweek日本版、そしてAERA。

つまり日本人が中国ベースの賃金をもらっても、労働者個人としては日本で働くのと同じ水準の生活が手に入る、ということですね。これで実際に元の切り上げがあった場合、賃金の差は逆転するということになる、のではないかな。中国から職を求めて密入国、という流れが、ある瞬間に昔話となり、蛇頭が日本人の不法移民を中国に送りだすようになるのではないだろうか。それも、そんなに遠くない将来に。

2004年7月10日(土)
近況更新の代わりに

近況の更新、少しのあいだお休みします。
その代わり、明日以降、ブログのほうに書き込みしようと思っております。技術的トラブルがなければよいのですが。
ブログ佐々木譲のカフェ&バー新店はこちら。
上のブログに何も新規書き込みがない場合は、こちらのカフェ&バー旧館ものぞいてみてください。うまく飛ばない場合は、左のサイドバー、「新掲示板」「旧掲示板」から入ってみてください。

どちらにも何も新しい書き込みがない場合は、たぶんPCの設定でお手上げ状態ということです。

2004年7月9日(金)
本について語れるなら

忙しかった日でした。
『駿女』第2回原稿送り。
『幕末・技術官僚の系譜』ゲラ戻し。
週刊新潮タイアップ・コラム2週分送り。

朝、斑馬を馬仲間の牧場に短期里子に出す作業。やってきた馬運搬車に馬たちが興奮して、捕まえるのが大変でした。
そのあと町で買い物。散髪。お見舞い。


北海道新聞で書評を書かせてもらうことになりました。小説は取り上げず、ノンフィクションだけ。自分で本を選び、ほかの書評家さんとだぶっていないか調整して、書きます。面白い本があれば随時書かせてもらえるので、「本について語りたい」想いがいつもある身としてはとてもうれしい。

わたし、以前、朝日新聞で、自分で3冊の本を選び、これを短く紹介する、という仕事を1年間やったことがあります(テリー伊藤『お笑い大蔵省』をいち早く紹介したのは自分、と自負しております)。ひと月に一度で、交代制でした。ちょうど倶知安(ニセコ)にいたときで、ネットで本を注文することもまだできなかった時代です。そのため、月に一回札幌まで出かけて新刊を仕込んでくるのだけど、タイムラグが出がちで、紹介したいと思う本を3冊選ぶのがけっこう難儀でした。

ある出版社がご好意で送ってくれた見本刷りの本を取り上げたことがあります。
掲載されてから、業界の知人に指摘されました。
「あの本、まだ出ていませんよ」
まさかと、送られてきた本の奥付を確かめても、たしかに紹介記事掲載時には刊行されていたはずの本。ところがこの本、何かの事情で刊行が延びたのでした。実際に書店に並んでから初版本の奥付を見たら、刊行の日付はひと月あとになっていました。過ぎたことでしたが、たらりと汗が流れました。

今夜はビール。胴回りを気にしつつ。

2004年7月8日(木)
へばり気味

『駿女』第2回仕上げ。
『幕末・技術官僚の系譜』ゲラ直し。
週刊新潮タイアップ・コラム2週分。

ちょっとへばりました。


中央公論新社の「Web小説中公」が創刊。『駿女』第1回が掲載されています。
Webとは言いますが、プリント版(小冊子版)もあります。リアルタイムパブリッシング対応の書店で210円。これ、プリントの様子を近々実際に見てみたいものです。ゼロックスが開発していたオンデマンド出版と同じコンセプトのシステムですよね。
電子版はこちらで案内。まるごと読む場合は157円。作品ごとに読む場合は1作品52円。
携帯電話版もあるそうです。

出版産業も俄然IT化が進んできた、という印象ですね。

2004年7月7日(水)
旅先インターネット初体験

『駿女』続き。


昨夜、モバイルPCの使い方で、すがやみつるさんに助けを求めました。
じつはわたし、モバイルPCを使うようになったのは、やっと1年前から。講義や講演の仕事が増えてきて、パワーポイントを使う、という必要に迫られ、ようやく買ったのでした。

それまでは、富士通は親指シフトのモバイルPCを出さないし、親指シフトでなければ、わたしは原稿が書けない。という理由で、モバイルPCを持っていなかったのです。でも、コンパクト親指シフト・キーボードも発売されたし、これと軽いモバイルPCの組み合わせなら、パワーポイントを使うだけではなく、なんとか原稿も書けるかと、去年の6月、初めて買ったのでした。

ただし、これまでは、旅行先でメールをチェックしたり、インターネットを利用するという使い方をしたことがありません。一応、ダイアルアップができる設定にはしてあるのですが。
取材旅行が多かった時期、必要になるかなと思ってAir−Hも導入、契約してみたけれど、これはただの見栄でしたね。わたしのライフスタイルには、まったく必要なかった。それに気づいてけっきょく契約はキャンセルしました。旅先でインターネットを使えないなら使えないでも、仕事にさほど支障はありませんでしたし。

でも、近々やってくる機会では、旅行先でもインターネットを使おう、きちんと発信も続けようという気持ちになっております。で、そのための準備を昨日から始めたのでした。最初DIONとKDDIのカスタマー・サービスに問い合わせたのだけど、海外ローミング・サービスの契約とか、WEBメールの使い方の話とかをいろいろ聞かされ、そのうち、まずこっちの電話でこの点を確認してくれという無限ループ状態に。最終的には、インターネット環境にあるところなら、自分のモバイルPCを持っていって設定を変えずにそのまま使えます、という答をもらったのですが。

でも、この理解でよいのかどうか、不安でならない。それで、すがやさんに助けを求めるメールを送った次第。すがやさんはこの点では、音響カプラーの時代からの先駆者ですから、たいへん詳しい。お忙しいはずなのに、たいへん丁寧なアドバイスをいただきました。それも二度も。すっかり恐縮してしまっております。
ともあれ、旅行先からも情報発信、という試み、うまくゆけばよいのですが。


警察庁国松長官狙撃事件で、新展開。実行犯は端本悟被告と、警視庁は特定したようだとか。
わたしはちょうど、『警察が狙撃された日 国松長官狙撃事件の闇』(谷川葉、講談社α文庫)を読み終えたところでした。

これは、98年2月に三一書房から刊行、2002年10月に文庫化されたものです。
著者は、狙撃犯は、自供した小杉敏行巡査長だという前提のもとに、オウムと薬物との関わりとか、警察内部のじつに複雑かつ重層的な対立構造を描きます。ところが、妙にあちこち文学的で、意味がわからず立ち往生したところが何カ所もありました。巻末に安原顯氏による整理された解説がなかったら、読後、キツネにつままれたような気分だったかもしれません。ええと、結論はけっきょく何だっけと。 

著者の執筆意図は、狙撃実行犯を特定することではなく(もう自供した人物がいるわけですから、そのことに疑問をはさむ必要はないということのようです)、むしろ、その被疑者が逮捕されずに放免されたその理由を探ることにあったようです。今後の捜査の進み具合次第では、ちょっと貴重なルポになりますね。

2004年7月6日(火)
容赦権もまた認められるべきだ

『駿女』続き。

雑用もいろいろ。ヤマト運輸、ツタヤ、スーパーマーケット。
散髪もしたいのだけれど。

昨日書いた、女子高生コンクリート詰め殺人事件について少し補足。
わたしはあの加害者Bに更生の機会を与えてやって正しかったと主張しているわけではありません。そもそもわたしは、このような犯罪(きわめて弱い立場の被害者が、一方的に残虐にいたぶり殺される、というような、年少加害者による殺人事件)の場合、司法が社会を納得させるだけの合理的な判断ができるかどうかについて、若干の疑問を持っています。でも、結論を出したわけでもない。

何度も書いてきたように、「仇討ち権」について考えるのもそのためです。その仇討ち権について、短篇も書いたし、長編(『ユニット』)でも、思考実験を行った。だけれども、まだ自分自身、すっきりとした意見を持つには至っていません。
 
この事件の場合、当時すでに議論が起こったことですが、被害者家族が加害者A(主犯と認定された少年)の家族から、公判途中で5千万円の慰謝料を受け取ったという事実があります。公判の中でこの事実がAの弁護側から明らかにされ、その結果、Aへの判決は一審で懲役17年(二審で20年)となったのでした。佐木隆三は、「判決が金で買われた」と憤慨して書いておりますが、少年Aの両親としてみれば、慰謝料の支払いには、まちがいなく「判決を買う」という想いをこめたことでしょう。

べつの言いかたをすると、この事件で被害者の家族は、慰謝料を受け取ることで、逆・仇討ち権(容赦権、とでも呼ぶのだろうか)を行使し、事実上、加害者たちに極刑を望まないという意志表示をしているのです。

被害者の身内がそれで納得している以上、社会があの司法判断に、軽いの重いのと、とやかく言うことはできません。司法は現行法の範囲内で量刑を決めたのであるし、その結果としての加害者たちの社会復帰を、社会は受け入れざるを得ない。
ということを前提にしての、昨日の書き込みでした。


『出版をめぐる冒険』(長岡義幸、アーク出版)
このところ、北海道の新興のミニ出版社の活動がとても気になっています。『北海道警察の冷たい夏』の寿郎社、『わたしの赤い自転車』の柏艪社、雑誌『EastSide』のバルク・カンパニー。『faura』のナチュラリー、北国からの贈り物、など。つい最近も札幌グラフコミュニケーションズという新しい出版社が、『季刊札幌人』という雑誌を創刊しました。『南極料理人の悪ガキ読本』の亜璃西社は、いまや老舗の部類ですね。
出版不況が叫ばれて長いのに、ましてや景気の冷え込んだ北海道で、それにもかかわらず活躍している出版社がある。出版産業というのはまだけっして構造不況業種というわけではないのだろうか、と首をひねっておりました。

本書は、その疑問に多少応えてくれます。「これは出版業界のプロジェクトXだ」とコピーがついていますが、ルポルタージュというより、ビジネス書です。業績を伸ばしている13の出版社の特徴ある経営が紹介されています。読後、出版って、やはりまだまだ面白い産業だなと思いますね。
それにしても、わたしは第一部「オンリーワンを目指せ! 小出版社の挑戦」で取り上げられる7社のうち、6社を知らなかった。

2004年7月5日(月)
ちょっとへばり気味

『駿女』第2回続き。きょうはややへばり気味。
北海道新聞コラム、ゲラ直し。
読売新聞の取材を受ける。「わたしの転機」というテーマ。

月曜日は、一週間でいちばん忙しい日です。買い物に行くし、郵便局や金融機関にも行く。ファクスのやりとりがある。電話がかかってくる。電話をかける。

きょうは、早朝、馬が放牧地から脱走したので、これを捕まえるという騒動があり、牧柵の応急修理もやらねばなりませんでした。午後には、ひとつ取材。あれやこれやで、仕事にかかれたのは、けっきょく夕方。

89年の女子高生コンクリート詰め殺人事件に関連したニュースがあったので、2冊の本をパラパラと読み直す。
『17歳の殺人者』(藤井誠二、ワニブックス)
『十七歳、悪の履歴書』(渥美饒児、作品社)
前者は、ほかの少年犯罪についてのルポもまとめた作品。加害者少年たちに拘置所まで面会に行くなど、対象へかなり肉薄しています。
後者は、ノンフィクション・ノベル、といううたい文句なので、記述されていることの一部は虚構なのでしょう。それだけに、少年たちの生い立ちや事件の経緯について、描写は生々しい。

いまニュースになっている再犯容疑者は、裁判では従犯(ナンバー2)という立場で裁かれた、少年Bのことなのでしょう。報道から判断して、たぶん。
わたしが上記2冊の本を読んだ印象で言うと、ワルの程度がいちばんひどい主犯格の少年Aに対して、Bのほうは、いくらか社会性もあって、更生の可能性もある加害者と読めていたのですが。いや、善人になるだろうという意味ではありません。人生の損得を計算できるだけの判断力は身につくだろう、という意味です。その意味では、再犯の事件は、ずいぶん粗雑に感じられる。

最初にわたしが観たテレビ・ニュースは、この容疑者の職業を「コンピュータ・オペレーター」と伝えていた。その後見るニュースは、コンピュータ会社のアルバイト、となっています。この容疑者が、出獄後どのような職業教育を受け、どのような仕事をしていたのか、きちんと知りたいという気持ちがあります。
見逃しているのかもしれませんが、マスメディアが容疑者名を報道していないのも不思議ですね。逮捕、起訴も事件発生から少し時間がたってからのことですし、何かまだ報道できない事情とか事実でもあるのだろうか。

2004年7月4日(日)
『ベルリン飛行指令』英語版予約受付開始

『駿女』第2回続き。
昨日に続いて快調です。というか、これが本来のペースだと思う。今年の春ごろは、どうしてこの調子が出なかったのだろう。動き回る用事が多すぎて、集中がブツ切れになったという事情はありますが。

朝早くから業者さんがきて、庭の草刈り。
昼には馬仲間のM嬢が、久しぶりに馬に触りたくてと寄ってくれました。ちょうどいいタイミングなので、削蹄を手伝ってと頼んで、ふたりで馬たちの削蹄作業。いつもお願いしている削蹄師さんがいま体調不調で、削蹄を頼めない状況なのです。素人がふたりでは、馬たちの蹄はでこぼこに削られて見栄えは最低。でも、しばらくもたせることはできるでしょう。削蹄がひとりでできるようになると、馬飼いも本物なのですが。


掲示板のほうで、すがやみつるさんが教えてくれました。
『Zero over Berlin』、Amazonでもう予約を受け付けているのですね。
上のサイトでは、パブリッシャーズ・ウィークリーの紹介記事も読めます。



『初恋のきた道』(チャン・イーモウ監督)を観ました。未見だったのです。
この映画をいままで観ていなかったわたしは、とことん怠惰でしたね。お恥ずかしい。

先日来『ららら科学の子』のことがずっと頭にあって、それでこのDVDを借りてきたのでした。あの作品の中国部分の描写に、ひょっとしたらこの映画がいくらか影響しているのではないかと思ったのです。この映画について、情報だけは読んでおりました。

チャン・ツィイー(Zhang, Zi Yi、日本語表記、これでいい? 英語版予告篇では、ズァン ズィ  イーと発音しているように聞こえるのだけど)のプロモーション映画、という評判もある作品です。たしかにこの映画、その魅力の9割は彼女の表情です。その表情を繰り返し観るために、DVDを買う価値はありそうだな。

ただ、観ている途中から思ったのですが、これってかなり図式的な進歩主義史観プロパガンダ映画の設定なのです。都会からきたインテリが、無学な民衆を幸福にしました、というお話。若いときの山田洋次も作りそうです。たとえば米倉斉加年とおさげ髪の倍賞千恵子なんていうキャスティングが思い浮かぶ。ラストの葬送を指揮するのはハナ肇か(きっと山田洋次版では、最初の授業で問題を起こすわんぱく少年がいて、ハナ肇はその成長した姿)。もちろんチャン・イーモウの語り口は、観ているあいだはそんなことを感じさせないくらいに洗練されているのですが。

『MUSA』はもうDVDになったのでしたっけ。

2004年7月3日(土)
快調に書けた日

『駿女』第2回
きょうは快調でしたが、飛ばし過ぎると明日が使い物にならないので、ほどほどに。

『Zero over Berlin』、見本刷り上がりは7月13日、と Vertical.Inc.から連絡がありました。


途中下車してしまった本。
『世界のすべての七月』(ティム・オブライエン、村上春樹訳、文藝春秋)
決して退屈な作品ではないのですが、アメリカの中産階級の生活の不毛、虚飾といったテーマに乗れない、ということなのだと思います。毎日ひとつのエピソードを読んで、461pの本の半分まできて、閉じました。連作短篇をまとめたという作品なので、最後まで読み通さなくても、たぶん読後感に質的な差はないでしょう。これまで、ティム・オブライエンの作品では、『ニュークリア・エイジ』を読んでおりますが。

この作品、69年にアメリカのある大学を卒業した同窓生のそれぞれの人生と、そのほぼ30年後の同窓会を描く、という小説です。じつはわたし、同窓会ものが割合好きで、いくらか変形の『IT』(スティーブン・キング)とか、映画では『ビッグ・チル』『ビューティフル・ガールズ』などを、ひそかに愛している。自分自身でもこのテーマに挑んだことがあります(『勇士は還らず』朝日新聞社)。もう一度、次にやるときは50代の男女の話で、とも、ぼんやり構想しているな。

でも、同窓会ものの小説や映画は好きなのに、自分では現実の同窓会には出たことがありません。現実の同窓会が持っている(に違いない)「ドラマ」に、出席する前からたじろいでしまうせいでしょうか。


夕方、一番草刈りの終わった牧草地を、エゾシカの母子が飛び跳ねてゆきました。仕事部屋の窓からガラス越しに撮った写真ですが、わかりますか。
画像をクリックすると、大きなサイズの写真に飛びます(画質はよくありません)。

2004年7月2日(金)
拉致の恐怖

集英社新書ウェブ連載『幕末・技術官僚の系譜』第2回送り。
続けてすぐ『駿女』と思ったけれど、さすが駄目でした。資料と格闘していたので、少々へばっています。

三菱自動車はもう目も当てられないというところにまできていますね。国内販売が駄目でも、北米市場でブランド力を維持できるのなら存続もあるかなと思っていましたが、アメリカでも6月は47パーセント減。もうこの流れを止めることは不可能でしょう。いまや三菱の問題は「いつまでもつか」というところなのではないだろうか。


『よど号と拉致』(NHK報道局「よど号と拉致」取材班、NHK出版)
このテーマでドキュメンタリー番組が作られていたのですね。番組のほうは観てはおりません。
本書は、その番組の制作スタッフが、取材の過程を丹念に記述したルポルタージュ。北朝鮮が関わった拉致事件の中でも、とくによど号グループが関与したとされる、有本恵子さん、松木薫さん、石岡亨さんの三人の拉致事件を追及しています。

取材を進めるうえでの関係者のモチベーションは、テレビ番組になるかどうか、というところです。そのせいか、こうして本として較べてみると、高沢晧司『宿命』、八尾恵『謝罪します』に、実行犯側の情報量ではやや負けているという印象も。ただし、切り口の多様さという点では、さすが組織を使えるNHKです。 
  
前半を呼んで背筋が冷えるのは、まだ報道されていない拉致被害者の存在の可能性があることですね。その人物、救う会が作った被害者名簿の中に名前は入っているのだろうか。
後半は、ザグレブを舞台にした北朝鮮とよど号グループの拉致作戦の様子が読みどころです。ザグレブを知っているので、わたしにはいっそう。

拉致事件の中でも、わたしがもっとも身近な恐怖を感じるのは、石岡亨さんのケースです。『宿命』には、石岡さんが田宮高麿の妻・森順子のその手口を「色仕掛け」と表現したことが記されている。
拉致工作の責任者、田宮高麿は、自分の妻に、身体を使って日本人男を引っ張ってこいと命じ、妻の森順子はその任務を立派に果たした、ということですね。森順子たち「よど号の妻たち」は、たぶんヨーロッパで、石岡亨さん、松木薫さん以外にも、何人もの日本人青年にアプローチしていたのでしょう。本書にも、メキシコで魚本民子がふたりの日本人(男女ひとりずつ)を、「マーケットリサーチ」という名目でヨーロッパ旅行に誘っていた事実が記されている。魚本民子は、森順子と較べて、いくらか積極性に欠けていたようですが。

ともあれ、よど号グループのこの徹底した人間不信とニヒリズムは、いったいどこからきたものなのだろう。北朝鮮社会に過剰適応した、ということなのだろうか。


きょうは素晴らしい快晴。雲はまるで9月のもののようでした。

2004年7月1日(木)
道警、ついに降参かな

『幕末・技術官僚の系譜』続き。


道警本部、ついに全部署での組織的な裏金作りを認めることに。否定転換の方針、とか。
ううむ。これで、予見の作品であったはずの『うたう警官』は、現実の後を追っかけた作品となってしまいました。
先日上京したとき、『ららら科学の子』と、わたしが構想していたエイジャン・ノワールの設定の類似性の問題で、あるひと(担当編集さんではない)に言われたものです。「早く書かないからですよ」
はい、その通り、です。


当地の合併後の新市名の件、全国から1300通の応募があったそうです。
ちなみに、こんなものがベスト4。
1、知床市
2、しれとこ市
3、南知床市
4、はまなす市
ということは、これはきっと、斜里町が北知床町、当地が南知床市となるのでしょうね。北九州市とか、西東京市とか、南アルプス市とか、詩情も何もあったものじゃない無味乾燥な名をつけるなよと言いたくなるのですが。でも、こういう名前の応募が多かったということは、それが自然で素敵な名前だと感じるひとたちも多いということなのでしょう。知床が全国区人気の秘境だとしても、中標津の行政域に知床の名をかぶせるのは、かなり無理があることなのですが。

もうひとつ地元ニュース。と言っても札幌の話題ですが。
札幌では、一部の官公庁、企業が、いわゆるDaylight saving timeの導入実験を始めたそうです。これを各メディアは、一様に「サマータイム導入」と伝えている。イギリス英語ではたしかに、summer timeに「夏時間」の意味もあるようですが、ふつうは「サマータイム」と聞けば、ジャズ・スタンダードのあの曲が思い浮かぶし、「夏という季節」を意識します。無理して英語を使わずに、「夏時間」と呼ぶのではまずいのでしょうか。
香山リカにも教えてやりたい。「夏時間」じゃ格好悪いと感じる日本人がこれだけいるようだから、「日本語復権にみるプチナショナリズム」という現象は、まださほどたいしたトレンドではありませんよと。


そもそも、夏至も過ぎてから「夏時間」導入実験をやってどうするのだろう? 


『アダルト・ピアノ おじさん、ジャズにいどむ』(井上章一、PHP新書)
誰か他人が楽器をやっているという本を読むより、それだけの時間、自分で練習するほうが健全だとは思うのですが、わたしは根っからの活字派なのでしょう。
これは、ホステスさんにもてたい、という純粋な動機で41歳からジャズ・ピアノを始めたおじさんの、じつに誠実なピアノ・エッセイ。電車の中では読まないほうがいいと思う。近頃読んだ本の中では最高に「笑った」一冊です。正直に告白しますが、この著者(風俗史の専門研究家)の妄想には、かなり共感します。

読んだあと、べつにホステスさんにもてたいわけじゃないが、と言い訳しつつ、きょうはオカリナを5分。 

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